17-17 忌むべきエルク
エルヴン・ライヒと怨嗟魔王を退けた翌日。
俺は鉄格子の部屋で一晩過して固まった肩を回し解していた。
「凶鳥。出所だ。出ろ」
戦に勝利したのならば宴会というのが相場であるはずなのに、どうして囚人のごとく牢屋で過さなければならなかったのか。物資乏しいナキナだからパーティを開催できない、という理由だけでは説明が付かない。
「思ったよりも短かった。感染の疑いはなさそうか?」
「凶鳥は既にいくつも呪われていたというではないか。今更疑っても仕方がないゆえじゃ」
俺を牢屋から出したのはナキナ忍者衆筆頭のイバラと、獣の種族の代表になっているジャルネ。珍しい組み合わせだ。
「俺を問題児みたいに言うなよ。こうして大人しく牢屋の中に入っていたぞ」
「アサシン職の『暗影』スキル持ちのお前など信じられるか」
イバラがいる理由は、ここの牢屋の忍者衆の管轄だからである。
スパイ活動や要人警護を行うのが忍者衆の仕事であるが、捕らえた敵を尋問し情報を収集するのも仕事の一部だ。業務上、こうした人目に付かない怪しい地下牢も設備として必要になる。
聴覚に集中すれば遠くの牢屋で尋問を受けているエルフの喘ぎ声が聞こえてくるようだ。
「くぅ。うっ!」
いや、幻聴などではない。現在進行形で、捕虜にした敵エルフに対して尋問が行われている。
法律の届かない場所に収監されてからの暗部を生業とする忍者による追及。体を労わらない厳しい取調べ。敵とはいえ同情ぐらいしたくなる。
「ふ。よく耐えたが体は限界だろう。おい、一枚追加だ」
「はぁはぁ。この、外道共めッ」
ナキナの忍者はどのような拷問を好むのだろうか。やはり石抱きだろうか。肉が焦げる臭いが漂ってくるので、あるいは根性焼きか。
「ほら、焼けたぞ。ナキナでは王族だって食べられないA5牛だ。口に入れた瞬間、溶けるような繊維の柔らかさと、甘味さえ感じる豊潤な油。狩猟民族のエルフならば食べずにはいられないはずだ」
「肉のために種族を裏切るものか。そんな馬鹿な手段で誰が情報を話すとっ!」
「だったら何も語らず、ただ食えば良い。……だが、お前も感じているはずだ。捕らえられてから二日以上。三食ずっとステーキばかりで下腹に違和感があるだろう。そろそろ、服がウエストに食い込み始めているはずだ」
「くッ」
「口を紡ぎ続けた結果、得られたダラしない体を仲間達に見てもらえ。ふふふ、恐れる事はない。敵に仲間を売らなかった勲章だろう? オークのような三段腹を誇らしく弛ませてみろ」
「おのれェェぇッ」
……きっと高度に洗練された異世界戦術なのだろう。捕虜が肥満体型になって帰還したなら、その捕虜は優遇され、賄賂を受け取っていたと勝手に深読みして敵内部に疑念が広がる。そんな感じの知能指数の高そうな作戦なのだ。
続きが気になるが無理やり無視してジャルネと向かう。
「俺に関して言えば、感染の疑いはもうないと思う。一日経っても怪しいスキルは発現していない」
「非表示属性のスキルは本人でも確認できんから安心はできん。外に出てもしばらくは一人での行動を禁じるぞ」
ジャルネがいる理由は、獣の種族の野生動物染みた鋭敏な感覚で診断を行っていたからである。
牢屋に入れられている人物は、昨日、怨嗟魔王と接近戦を行った者達だ。怨嗟魔王と直接触れたと疑われる人物は、全員が一夜を隔離されながら過した。
「ちなみに、誰か陽性だった奴はいるのか?」
「……今のところは全員陰性だ。誰も、怨嗟魔王になっていない」
ケンタウロスやフェアリーだった生物が、怨嗟魔王として活動する。また、感染性の呪いを疑うには十分な数の怨嗟魔王が昨日はナキナを襲撃した。
怨嗟魔王と戦った兵士達にも感染が広がらないとは言い切れない。それが、俺達が牢屋に入っていた理由である。
「ゼナ殿にも手伝ってもらっておる。少なくとも、自覚症状のある者はおらん」
感染経路は不明のままだ。そのため、怨嗟魔王の攻撃を受けた者、触れた者、攻撃した者、血を浴びた者を条件に牢屋へと隔離している。条件が幅広いため、隔離人数は多い。
戦い疲れた兵士を隔離するやり方に反感は強かったものの、魔王対策にやり過ぎというものはない。初期対策を怠った結果、ナキナでゾンビパニックが起きましたなどというB級な結末は避けなければならなかった。
俺も怨嗟魔王とナイフで戦っていた。触れたり返り血を浴びていた可能性があったので対象になっていた訳だ。
「わしは凶鳥よりもガフェインの奴を心配しておったが。怨嗟魔王に噛み付いたらしいからな」
ジャルネは忠臣たるガフェインの見舞いも兼ねて地下牢に現れたようだ。
ちなみに、ガフェインの部屋は俺の隣である。問題児を一箇所に集められたような気がしてならない。
「腹が減ってきたんだが」
「そう思ったので差し入れを持ってきましたよ」
さっそく、ガフェインに差し入れのため恋人たる兎のローネが現れた。
「……俺は熊の部族ではあっても熊猫の部族ではないのだが。笹なんて消化できないぞ」
「血肉が刺激して魔王化してしまうかもしれません。噛んで気を紛らせてください」
短冊を飾りたくなるような竹の差し入れに、ガフェインは顔を引きつらせていた。
隣室の熊などを羨ましがったりはしない。俺の所には誰も心配に現れなかったと僻んでも仕方がないからだ。
じとり、と横目で仲睦ましい獣の種族二人を眺めていたのがジャルネにバレる。
人望のない俺を憐れんだのか、ペーパー・バイヤーさえ顔を見せない理由を教えてくれた。
「凶鳥の取り巻きが一人も現れないのは忙しさの所為だ。昨日、怨嗟魔王がいなくなった数時間後に、今度はオリビア・ラインからオークとインプの混成遠征部隊が現れてしまってな。現在、迎撃中だ」
えっ?
『糸氏:戦争中なう』
敗走したエルヴン・ライヒの三分の二は母国へと帰還できた。怨嗟魔王の出現によってナキナの追撃は阻まれたものの、蜘蛛の子を散らすがごとく離散した兵士に士気など残っていない。軍に戻るのが嫌で故郷に帰った者も多いだろう。
ただ、この度の遠征における死傷者そのものは少ない。指揮官レベルの兵の被害は皆無と言って良い。
遠征軍を総指揮していたトレアも無事に戻れている。
トレアは現在、ある人物と対面中だ。
「精霊大帝っ! エルテーナ様っ! 一体どういう事なのですか!」
エルヴン・ライヒの女王、エルテーナに直訴を行っている最中だ。
偶然か『神託』を受けたからかは分からないが、エルテーナは敗残兵を迎え入れるため国境付近を訪れていた。トレアにとって都合が良かったと言える。
ただ、トレアは敗戦の弁明よりも質疑を優先した。
「隠していましたね、エルテーナ様!」
「……まずはお疲れ様でした。精霊戦士トレア」
「ナキナ側にはアイサ……いえっ、前族長がおられました。あの方は身を退いて隠居されていたのではないのですか!?」
宮殿の外には格式ばった形式など存在せず、国のトップと一対一で対面できている。トレアの声が酷く思い詰めているように聞こえるのは当然かもしれない。
エルテーナとトレアは森の種族なので、外見はほぼ同年代の若い娘だ。実年齢的にはトレアが上であるが、五十年も歳は離れていない。
エルテーナの白いドレスは薄い。部位によっては透けて肌が見えてしまっている。ただし下品という訳ではない。人形のような造形の顔をした彼女はエルフの中でも浮いた存在であり、人間の着衣は何を着ても神秘的に見えてしまう。
「此度の敗戦の多くは前族長がナキナに協力していた事が原因です。前族長がナキナに協力しているなど、私は一切聞いておりません!」
「精霊戦士トレア。貴女は期待通りに働いてくれましたよ」
「前族長の事だけならばともかく……怨嗟魔王については訊ねない訳にはいかない! 我々を完全に無視してナキナのみを攻撃していたあの魔王は、まるで、我々に協力しているかのようです。以前からもそのような報告は受けていました」
木の枝に腰掛けていたエルテーナへとトレアは詰め寄る。
トレアはエルヴン・ライヒに不信感を持ってしまったらしい。前族長たるゼナの人間族に対する弱腰は気に入らなかったものの、種族に平穏をもたらし続けた実績は称えられるに値する。エルテーナの精霊帝国建国も、ゼナの信任があったという前提があればこそ森の種族の多くが賛同したのである。
もっとも、憎い人間族を貶めたい気持ちがあるので、エルテーナおよび隠れ里の里長達がクーデターによって精霊帝国を立ち上げたのだとしても気にはしなかったはずだ。
しかし、事実を同胞に隠したのは大問題である。
身に恥じるものがなければ堂々とクーデターを公表すれば良い。精霊帝国は種族の理想。正当性を訴えれば、それだけで良かったはずなのだ。
それができない理由があるとすれば……その正体は怨嗟魔王となるのだろう。
「どうなのですかッ」
「……まったく、どうしてそんなに聡いのに。期待通りでしかないのかしらね」
獣の種族を支配する作戦の中でも、怨嗟魔王の目撃報告は数多く上がっていた。偶然であったのだろうとトレアは考えていたのだが、撤退中に己の傍を素通りしていくナックラヴィーを見て違和感を覚えないはずがない。
信じた理想が穢されていたと知り、悔しさからトレアは剣を抜いた。
「皆の前で、真実を打ち明けてもらいたい!」
巫女職としては人類最高峰のエルテーナであるが、パラメーターは戦士向きではない。
エルテーナの拘束は容易く思えたが……藪の向こう側から放たれた矢を回避するためにトレアは後方へと跳んだ。
「伏兵ッ、当然か」
「精霊戦士トレア。貴女は期待した通りの戦士でした」
藪から現れたのは皮鎧を着込んだ化物だ。二メートルほどの長身で、見えている顔は表皮が剥げているから赤く腫れあがっている。
「まったく、期待通り。私は貴女に対して全然期待していなかったので、逆説的にナキナに負けて逃げ帰る事から今ここで歯向かう事まで一通りすべて、期待した通り」
しかも化物の数は二体。
エルテーナを守るように前に出てきて、左は弓を、右は剣をトレアに対して突き出している。
「本性を現したなッ、エルテーナ。その化物は、何だ!」
「酷い事言うのね。この者達は精霊帝国の版図拡大のために己の身を捧げた国士だというのに。まあ、見た目が見苦しくて臭いのは仕方がないのだけど」
「ッ、まさかッ!? その化物は元が森の種族だというのかッ」
トレアが対峙している二体は、ナキナに現れた化物、ゼナがエルクと呼んだ化物と同一種である。
エルフとエルク。言葉は似ているがトレアはエルクという単語を知らない。
人類にとって、特別エルフにとっては禁句なのだ。原型一班としてゼナが戦っていた頃には数多く量産された化物なので高齢のエルフならば嫌という程に知っているが、語られる事は一切なかった。
何せ、エルクはエルフを品種改良したモンスターなのである。
魔王の邪法を用いて――闇の中で拷問を続けるとも言われるが真相不明――モンスターと化したエルフは、同じ人類を滅ぼす魔の兵士として優秀であった。戦闘能力は高く、命令には忠実。バラエティは豊かで、人間族と交配した強化エルクが生み出された事例さえあったという。
「同族をモンスターにするなど、エルテーナ、お前は狂っているッ!」
エルクというのは数ある俗称の一つだ。エークやウークとも呼ばれたが、オークという呼び方が多数派だったという説もある。
現代におけるオークは二足歩行する豚面のモンスターを示すが、本来オークが示すものはまったくの別種であった。違いを示すために真オークという言葉も一時期用いられたが、現在では廃れてしまっていた。
エルテーナが従える二体のエルクは現在に蘇った真オークだ。完全に同一種であるかは分からないが、魔王の邪法で誕生したモンスターなのは間違いない。ここに二体揃っているという事は既に量産が始まっているのか。
「だって、この人達、せっかくあの老害がいなくなったというのに精霊帝国に反対ばかりして分かり合えなかったのですもの。国の意志が一つにならなければ人類統一なんてできませんわ」
「人を何だと思っているッ。ここで死ねッ」
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●トレア
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“●レベル:81”
“ステータス詳細
●力:193 守:91 速:67
●魔:212/212
●運:3”
“スキル詳細
●レベル1スキル『個人ステータス表示』
●精霊剣士固有スキル『力・魔・良成長』
●精霊剣士固有スキル『耐魔法』
●精霊剣士固有スキル『刃物の扱い』
●精霊剣士固有スキル『三節呪文』
●精霊剣士固有スキル『精霊の加護』
●実績達成ボーナススキル『不老』
●実績達成ボーナススキル『森林博愛』”
“職業詳細
●精霊剣士(Aランク)”
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トレアのパラメーターは平凡だ。レベルは高いため各数値は高いものの、スキル構成は平凡極まる。種として秀で、狩場に恵まれた結果、命をかけなければならない戦いがそれだけ少なかったという証だった。
エルクの材料となったエルフも平凡な人物だ。精霊戦士ですらない学術者であったが――、
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●エルク
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“●レベル:62”
“ステータス詳細
●力:240 守:130 速:145
●魔:435/435
●運:0”
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――エルクと化してからパラメーターが底上げされていた。
一体だけならばまだどうにか対処できたかもしれないが、二体相手ではトレアであっても勝てる見込みは――。
地面に押さえ付けられたトレアを見下ろしている人物は四人。
二体はエルクであり一人はエルテーナであるが、残った最後の一人は戦いが終わってから現れた老人だ。
「ふん、戦士型にしては長く生きているため目をかけてやっていたが……。知識型への変化もありえるかと思ったが、所詮は戦うだけの生物でしかなかったか」
トレアは頭を押さえられているので、目だけ動かしてその老人の顔を確認する。
「里長……か。全部知っていて、エルテーナに協力するか。同族を化物にして使役する女と、クッ」
「同族? おろかな。森の種族は本来知識型のエルフのみ。精霊戦士として戦う戦士型や種族の絶対数を増やすだけの繁殖型などはエルフではない」
トレアは老人を知っていた。住んでいる隠れ里の長を務めている翁の顔だ、覚えていないはずがない。
隠れ里の長の多くはエルテーナに協力的だ。その中でもトピューアという名の老人は強い後ろ盾になっている。
「トピューア様。この子もエルクに変えてしまってよろしいですね」
「構わん。戦士とは国を救うための道具だ。使ってやらねば損でしかない」
伸びてきた蔦に手足を縛られて、荷物のように担がれるトレア。
「ではそのように。お前達、怨嗟魔王様のところに運んでいきなさいな」
エルクの肩で揺られて、深くて暗い魔界の奥へと入っていく。
「アイサ……リリーム……」
トレアはエルテーナの受けた『神託』通りに行動した。運命の輪から逃れられる程の才能がなかったため、魔界の奥に消えていく。
トレアの最後は既に決まっているのだろう。




