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誰も俺を助けてくれない  作者: クンスト
第十七章 悪化する世界
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17-13 王都防衛戦2

 二日目の戦は静かな立ち上がりとなった。

 初日に行われたような長距離攻撃は鳴りをひそめ、城壁と森の中間地点にあるなだらかな平野部で五百人前後が並んで斬り合うだけである。

「やーやー我こそは、ぐふぇっ!?」

「愚かな! 人間族ごときが一騎打ちとは、森の種族もなめられたものだな!」

「……ほう、ならば俺の相手をしてみろ。肩慣らしだ」

 接近戦のみならば獣の種族を有するナキナが優勢となる。熊のガフェインなどは二日続けて暴れまくり、自慢のベアーブローに見せかけたラリアットで精霊戦士を五人ほど沈めて、足に噛み付いて引きずり捕虜にしていた。

「げぇッ、暴れ熊ガフェイン!?」

「ガフェインだァ?! 一斉に取り囲んで……ガブルッアァ!」

 その獰猛どうもうな戦いっぷりはナキナの中でブームを起こすが、戦そのものには関係ないので説明をはぶく。

 このようにして二日目が過ぎ、三日目が過ぎ、四日目となる。

 硬直した戦場に変化が現れたのは四日目の昼少し前であった。





 連絡があったので城壁の上へと登り、エルヴン・ライヒが陣を敷いている森を眺めに行く。

 エルフは常識外れの精密さでキロ単位の狙撃を成功させてくる。頭を壁の上に出さないように身をかがめて観測所まで向かうのがセオリーだ。

 到着した屋根と幕で簡易的に作成された第三〇号観測所――第ニ九号までは午前中に長距離攻撃ですべて倒壊――にはナキナの兵士五人とエルフの弓兵らしき男が詰めていた。

「状況は?」

「魔族ッ!? なんだ、凶鳥さんじゃないですか。驚かせないでくださいよ」

 最近、兵士達も凶鳥面に慣れてきたため気安く話ができるようになっている。エルフが嫌がらせで降らせてくる食人植物を狩って回っていたらこうなった。

 ここの観測所の隊長が自信満々に状況を説明し始める。


「エルフ射的レースは我が第三〇が一番オッズが高いです。三一、三二などに負けられません。午後まで生き延びれば配当二倍ですよ。凶鳥さんもいかがです」

「違う。そっちの話ではなく!」


 滅亡慣れしたナキナ兵士達の心は病んでいる。そんな彼等は戦場でも心を癒す娯楽が必要なのだ。士気を維持するために、賭け事は黙認されていた。


「まっ、まさか。暴れ熊の木彫り密造がバレた!?」


 よく見れば、観測所内には木屑が散らばっている。何気なく飾られている北海道土産みたいな木彫り熊のモデルはガフェインなのだろうか。材木の供給源は新しく加わったエルフなのだろう。仲良しなのは良い事だが。

「そうでもなくっ! エルフ陣営の動きの話だ」

 兵士の副業も禁止されていない。とはいえ、業務中の内職は職務規定違反なので厳罰ものなのだが、俺はナキナの軍人ではないので放置する。


「ああ、そっちでしたか。それが森の傍にある丘に立て看板を立てていまして。そこのエルフ君が言うには看板ではなく棒の上に盾がかけられているらしいのですが」


 気付いたのはつい先ほどの事のようだ。目の良いエルフが観測所のメンバーに選ばれてるのだが、そのエルフが発見したらしい。

「盾を棒の上に? 魔法的な意味合いがありそうには思えないが」

「はい。あるいは戦場におけるエルフの風習なのかと思いましたが、そうではないらしく」

「アイサ、確認できるか?」

 アイサは片目が義眼であるものの、俺達の中では最も視力が高い。エルフとしても優秀なのだそうだ。更に愛用の狙撃中のスコープを用いれば、地平線内に見えないものはないという。

 連れてきたアイサは俺の頼み事ならば嬉しそうに引き受けてくれる。観測所からそっと銃口を外に出して、丘の上へと目線を向ける。

 俺も太陽に照らされる丘を凝視してみる。まあ、視力検査の一番下の記号さえ見えない人間には何も見えない。


「……『鑑定モノクル』発動。確かに小さな盾がある。盾自体は一般的なものみたい」


 アイサの眼は誤魔化せるものではない。本当に丘の上に、人間の頭ぐらいの高さに小さな盾が飾られているだけのようだ。

 エルヴン・ライヒの謎行動の意図は分からないが、とりあえず報告だけはしておこうと観測所を後にする。

 だが、指揮所に到着する前に事態が動いた。

 森から女の拡声魔法が響いてきたのだ。


“――愚かな人間族共! 前族長をかたる偽物を用意し内部分裂を誘う手管てくだ、実に人間族らしい卑怯なやり口だ! ――”


 慌てて階段を駆け戻り、狙撃を気にせず城壁から身を乗り出して遠くを見る。

 魔法で声を王都全域へと伝達しているのだろう。声の主らしき女は豆粒よりも小さな姿を森から現しているらしいが、アイサに指差されても良く見えなかった。


“――だが、人間族よりも優れた我等を騙す事などできるはずがない! 囚われた戦士達よ! 森の種族の族長ともあろう方がどうして下劣な種族と森の種族を平等だと嘘を付く? どれだけ多くの同胞が人間族に襲われ、奴隷として売り物にされ、尊厳を切り刻まれてきたのか! ――”


 異世界の歴史事情に詳しくないので言い返せないが、少なくとも新しく加わったエルフ達は不平等な扱いを受けていないような。一緒に木彫り熊を密造しているぐらいだし。

「ま、まさかっ」

「アイサ、どうした??」

「凶鳥っ! 聞き覚えないかな。今喋っている人の声!」


“――人間族は悪魔の集まりだ。同胞を返せ、家族を返せ、妹達を返せッ!! ――”


 アイサに言われると、どこかで聞き覚えがある女の怒り声なような気がしてくる。

 一度エルフの集落でクレイジーなジャーニーを体験しただけあって、エルフと知り合う機会は多かった。ただ、あの頃は心も体も不調だったので顔を覚えている相手はほとんどいない。

 今傍にいるアイサはもちろん例外だ。あと、俺を失明させかけた老人。

 それと……行き倒れていた俺を親切にも捕えて投獄し、散々な目に遭わせてくれたアイサの姉ぐらいだ。


“――騙されるな同胞達! ナキナにいる前族長は偽物だ。本物であるはずがない――”


 今聞こえてくる言葉は人間族の公用語だ。通じる言葉で怒り声を聞くのは初めてなので断定できないが、大声を出しているエルフの声はアイサ姉のものとそっくりであった。

「まさか、姉さんが敵を率いていたなんて……そんな……」

「アイサ。姉妹で敵と味方になるなんて可哀想に」

 アイサがショックを受けているので、喋っている女がアイサ姉、トレアであるのは確定だろう。

 肩を震わしているアイサが痛ましくて俺も心がつらくなってしまう。戦争は悲惨であると頭で理解していたが、そんなものは上っ面な感傷だったのだ。敵と味方に分かれてしまった姉妹。彼女達の心中は彼女達にしか分からない。

 少しでもアイサの気が紛れればと震える体を抱き寄せる。


“――仮に本物の族長、本物のエルフであるのならば、人間族の街からここに立てた盾を撃ち落とす事が可能なはずだ! 本物ならば一発あれば十分のはずだ! それができなければ、そこにいる族長は偽物となる! ――”


 トレアの暴論でしかない一方的な発言を聞き、アイサは更に体を震わせる。震わせながら、かすれるような声で小さくつぶやいた。


「ど、どうして…………僕の姉って使えない人達ばかりなのかな」


 ……うん。俺は何も聞こえなかった。人類すべてに優しいあのアイサが身内に対する辛辣しんらつな失言を口にするはずがない。可愛いアイサはそんな事言わない!


“――どうした! 撃ち落とせないのか! そうだろう。私の妹もそうやって悪い人間族に騙されてさらわれてしまったのだ! それが汚らしい人間族のやり口だ! ――”




 指令所に主要メンバーが緊急集合する。要件は当然、エルヴン・ライヒの無茶苦茶な難癖への対応策相談である。

「丘の上の盾までの距離は最短でも約三.五キロ。盾の大きさは二〇×二〇センチ」

 姉と敵同士になって精神的に不調なアイサに無理を言って、盾までの距離を『鑑定モノクル』してもらった。

 エルフの事はエルフに聞く。ゼナに三.五キロの精密射撃が可能であるかたずねてみた。

「その大きさのまとの場合、一般的な精霊戦士が弓で矢を届けられる範囲は二キロが限界だ。全盛期の私でも二.五キロが良いところであろう」

 両耳を左右に振ってゼナは不可能であると答えた。

「あの敵大将め。本物の私でも不可能な事で、私を偽物に仕立て上げるとは」

 トレアの用意した盾は、ナキナに寝返ったエルフ達をエルヴン・ライヒへと取り戻すための計略であった。

 戦初日、千人の若いエルフ達はゼナを信じエルヴン・ライヒと戦う道を選んだ。逆に言えば、ゼナが信じられなくなればエルフ達は簡単に離反してしまう。一度祖国を裏切った後なのでそこまで単純に物事は進まないかもしれないが、ナキナが動揺するのは必至である。膠着こうちゃくした戦場の主導権をエルヴン・ライヒに取られてしまう危険性は高い。

 我らが知将。ペーパー・バイヤーも議論に参加する。

「無視したらどうなんだ? 三.五キロは流石に吹っかけすぎだ。それはエルフも同じはずだろ」

「私が原型一班オリジナル・ワンでなければ、奴等の難癖に誰も耳を貸さなかっただろう。しかし、過去の逸話いつわが私を過大評価させてしまっておる。私ならば撃ち落とせて当然ではないか。こうエルフならば思ってしまうのだ」

 ゼナが姿を見せてからたった数日で離間策を考え付くとは、トレアもなかなか曲者である。策を実行するのに小さな盾一枚しかもちいていないところも評価できる。

 無視もできないが、ゼナにも不可能となるとかなりの難問だ。時間が過ぎれば過ぎる程ナキナ全体が動揺してしまうため、すぐに動かなければならないというのに。


「ご、ごほん」


 時間制限が思考ばかりをあせらせてしまう。俺は事前準備で長考してから本番に挑む事はできても、瞬間的に画期的な策を思い付くのは苦手なのだ。


「ごほん、ごほん。あの……私を忘れておりませんかー。現役Sランク精霊戦士の私が、ここにいますよー」


 ふと、リリームは自己主張していた。先程からせきをしていたので風邪でもひいてしまったのかな。

「上物の弓を用意していただく必要がありますが、私ならば三.五キロ……いえ、四キロの狙撃だって成功してみせましょう!」

 おお、という感嘆と共に皆は拍手した。

「そして成功の暁には、その……ご褒美に御影様の寵愛の独占を」

 ああ? という威嚇と共に一気に場の空気が悪くなった。

「褒美は置いておいて、代理を立てる訳か。なるほど、奴等も本当に三.五キロの狙撃に成功するものとは思ってないか。精霊戦士リリーム。敵の策を真っ向から打ち破るとは実に痛快。長としてそなた程の戦士を得られたのは誇らしい」

 どうせ難癖なのである。ゼナ本人が成功しなくても、ナキナには超長距離狙撃可能なエルフが賛同しているという事実を突き付ければ言い訳可能だろう。

 リリームを主軸に対策を進めよう。こう誰もが思った時――、


「僕が! 僕が成功させてみせます!」


 ――二人目の立候補者、アイサの登場によって指令所はざわ付いた。




“――やはり、前族長は偽物だったのだ。偽物と暴かれるのを避けるために、出てこられな――”


 ナキナ王都外周城壁。その中央にそびえる大門の上方。

 他よりも見晴らしの良い塔の上。

 金色の流れるような髪と左右にピンと突き出た耳を持つ、狙撃手が躍り出る。彼女は風でなびく髪が邪魔にならないように、後ろで束ねて紐で結ぶ。


“――ようやく現れたのか! 偽物であっても逃げなかった度胸は大したものだがっ……が、え? ――”


 狙撃手は己の身長にも達しそうな巨大なライフルを槍のように掲げて天を突き上げる。

 陽光が顔に降り注ぎ、青い宝石色の瞳が強く輝いた。


“――あ、あれはっ?! アイサ??”


 アイサは自分に気が付いてくれた姉に一切微笑みかけないまま、重厚なフォルムの対物ライフルと共に体を伏せていく。


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 助けたいシリーズ一覧

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 第二作 誰も俺を助けてくれない

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