17-7 救世主職バレ
魔王連合についてもゼナ達に訊ねてみたが、全体像は掴めていないとの回答であった。
「連合を組むにもそれなりの力量が必要となるだろう。ただ、山羊魔王や合唱魔王と張り合える魔王自体、数が限られる。少なくとも山羊魔王を上回る化物は……そう多くない」
待て。ほぼ完全体な真性悪魔だった山羊魔王以上の化物がまだ魔界には生息しているというのか。流石にあんな化物と何度も戦いたくはないぞ。
「対抗するだけ馬鹿らしい相手であるが、基本的には上空を浮いているだけだ。数年前に街を飲み込んだばかりで腹は減っておらんだろうし、以前に討伐不能王が追い返してからあまり地上に近づいておらん。空が落ちてくると気にしても無駄であろう」
知能があるタイプの化物ではないので魔王連合に所属しているはずがない、とゼナは安心させてくる。
ならば、ゼナの話は聞かなかった事にして他方面、教国は何か掴んでいないか聞いてみる。
「人類圏で戦闘が激化する前に淫魔王の捕虜となったので詳しくは。姉様は何か知っておられます?」
「淫魔王様からも詳しい話は聞いておら……あ、いえ。そういえば合唱魔王が討伐された際に、残りは自分を含めて七柱になった。動くなら今しかない。こう仰っていたような」
ネイトが淫魔王から聞いていた情報はかなり重要だ。敵を知らなければ戦には勝てない。ようやく敵の総数が見えてきた。
合唱魔王討伐時点で七柱ならば、現在は五柱になる。
迷宮魔王、墓石魔王、怨嗟魔王の参加は既に判明しているので、未知の魔王はたったの二柱。
「……まだ二柱も、まったく姿を現していない奴がいるのか」
「凶鳥。でも半分終わったと考える事もできるよ!」
アイサ言う通り、物事はポジティブに考えよう。既に半分終わっているのだ。まだ半分も残っているというネガティブな思考は気持ちを沈ませるだけになる。
敵が魔王連合だけではないという点さえ思い出さなければ、こんなにも心が涼やかだ。
「それでゼナさん。仕事を増やしてくれた森の種族について一言」
「ふむ。つい世界が混乱していた所為で夢を見た馬鹿共に国を盗られてしまった。首謀者を捕らえて正さねばな!」
あまり反省していない態度でゼナは、自称精霊帝国の者達の責任を追及した。トップが責任を取るのが常識であるが、まあ、今のゼナは王位を簒奪されてしまっているから仕方がない。
この場に森の種族が三人も揃っているが、三人とも異世界エルフのテンプレート的な性格をしていない。
「私の顔を見詰めて、ど、どうしました。御影様??」
他種族に対して排他的、敵対的。それがエルフなので「くっ」と言ってしまいそうな外見のリリームも当てはまりはしない。
だが、精霊帝国を自称するエルフ共は自分達以外を格下であると見下しているはずだ。魔王ではないので世界を征服して滅ぼすつもりはないだろうが、世界の混乱を優秀な自分達が治めてやらねば、ぐらいは考えているかもしれない。
「精霊帝国。エルヴン・ライヒについて詳細を。森の種族は人類をどうするつもりです?」
「魔界に住んでいる自分達を森の種族は不公平だと感じている。種族のスペックだけを見れば森の種族が他種族を従える構造こそが正しい。だから、本来あるべき不平等関係を取り戻すため、森の種族が他種族を統治する。そういった謳い文句だったな」
異世界の歴史は長いものの、エルフが人類全体を支配していた期間はない。大国を作った事例はあっても長続きしないのだ。他種族に対して森の種族はあまりにも数が少ないため簡単に立ち行かなくなる。
それでもエルフ共が、本来の地位を取り戻す、と妙な台詞を喚く理由は、かつて世界のすべてをエルフの大国が支配していたからという物語を信じているからだった。
エルフの国は世界全土を支配していたため、辺境にあるこの大陸も支配圏の一部であるのが本来正しい。人間族や魔族がのさばっている現状こそがおかしいのである。
「まこと、物語みたいな話である。隠れ里の長共が言いそうな世迷言だ。森の種族の絶対数を考えて動けというのだ」
「エルヴン・ライヒは最初から破綻している、と」
「その通り。三十の隠れ里と都に分散配備した精霊戦士三千人と、魔法使い職五千人でどうやって人類全体を支配しろというのだ」
「その情報、エルフの最高機密では……」
エルフ共は人類統治を目的にして動いてはいるものの、野望に対して戦力は圧倒的に不足しているとゼナは明かした。寿命の長さで誤魔化しているがエルフはレッドリストに載るべき種族となっているらしい。
獣の種族に対する攻勢も初期段階を超えれば停滞する。人類への侵攻も精々がナキナ止まりらしい。ナキナはいつも盾としての役割を忠実に果たすなぁ。
「ようするに無謀な愚か者の集団だった。そんなに危険視する必要はなかったのか」
安心する俺に対して、ゼナは「いや」と否定を口にする。
「エルフを決起させた首謀者、エルテーナは危険であろう」
雲を使って姿を世界にお披露目した女エルフをゼナは危険視していた。そんなに危険な雰囲気を持った女には見えなかったが、何が危険なのか。
「エルテーナは齢百の若いエルフであったが、頭の回転が良く、何より高位の巫女職であったので片腕として扱っていた。あやつとは顔を合わせない日はなかった」
「巫女職。本人が知りえるはずがない情報を神託として受信し、危険を察知する特殊スキルを持つ巫女職がわざわざ人類統治を提唱した。そう考えると確かに危険な」
「それもあるが私の危惧はそこではない。……私は、心を読むスキルを所持していたのだぞ?」
そういえば、ゼナは読心スキルを所持していたような。
青紫の瞳の視線が俺を見ている。どうやら、目で相手を見る事で効果を発揮する方式のスキルらしい。
疑う訳ではないが改めて試しておきたい。俺が一番好きなものは何か。この問いさえも心で思っているだけなので、直感で答えを導き出せるはずがないだろう。ちなみに、答えは照り焼きチキン。
「ふむ、好きな者はアイサに皐月? 二人も……欲張りな男であるな」
ふと、組み立て椅子から複数人が勢い良く立ち上がる。その内の一人はノーパソを脇に抱えて退避を開始したペーパー・バイヤーだった。薄情な男である。
「……兄さん。妹なら私がいるというのに、そんなエルフを選ぶなんて酷い勘違い。これは深刻。脳が傷付いているに違いない。今すぐ全身氷付けにして日本で精密検査してもらう。姉さん、臨戦態勢」
「ふ、アジサイ、そうはいきますか。別の妹と一緒に名前を呼ばれたとはいえ、三人から一人にライバルが減った状況はむしろ好ましい。今が戦う時なれば、師匠召喚!」
『氷姉:妹に呼ばれたからおちますね』
『大紅団扇:恋愛相談ならいつでも受け付けます。なお、そんな経験私にはない模様』
『稲妻キック:了解です』
『醤油:だから一体誰だったの……』
皐月とアジサイは影から専属ゴーストを呼び出して敵視し合う。一触即発の雰囲気が漂うのを無理やり無視して、ゼナと話を進める。
「えーっと、ごほん」
「よ、良いのか?」
「ごほんっ! 読心スキルの力は分かった。ゼナはエルテーナと毎日会っていたのに、エルテーナの野心を暴けなかった。別のスキルか魔法で対処していた用意周到な女は危険ですね」
俺の想像は、的外れであった。
「いや、エルテーナの場合はより悪質だ」
読心スキルを何かしらの方法で防いで、裏で策謀をめぐらせていた。そんなはずはないとゼナは断言する。
「エルテーナはな、事を起す前日まで私に忠義を尽くしておった。だから本当にただの気まぐれで、それこそ急に味覚が変わって食の好みが変わるかのように、ふと、その日になって私を裏切りエルヴン・ライヒの建国を思い付きおったのだ」
あまりにも劇的な心理変化なので、第三者による洗脳を疑いたくなったようだ。が、エルテーナなる女エルフはまったくの健康体で、自由意志を保っているらしい。
「心情変化が劇的で、見ている分には愉快なものであったぞ」
「完全な思い付きでクーデターを起した!? そんな場当たり的な行動が続くはずが……」
「『神託』スキルで危険を予知しているのだろう。巫女職としては優秀だったのだ」
なかなかの狂人振りであるが、エルテーナが『神託』スキルを有する巫女職であったのが問題であった。
魔王連合の侵攻による周辺国の疲弊。
その魔王連合も複数体が討伐済み。
スキルを通して世界情勢を知るエルテーナは、エルフが漁夫の利を得るには今が好機である、これを知り得る立場にいた。彼女の甘言は彼女の巫女職が保証し、隠れ里の長達の賛同を確保した。
帝国支持者が穏健派を上回ったところで、エルテーナはゼナの拘束を行おうとしたが、寸前にゼナは国を離れた。
これが、エルヴン・ライヒと化したエルフ暴走のあらましである。
「妄想を実現するまでの行動力は見事であったが、このあたりが限界であろうよ。……エルテーナが本当に何も考えずに動いたのであればな」
「ゼナはこれからどうするつもりですか」
「当然、森の種族を正常化する。攻勢限界で森の種族が止まったところで、ナキナか獣の種族の手を借りて都に逆侵攻をかける。穏健派の者達を救出し、エルテーナを捕らえるのだ」
魔王を倒す力をもった俺達も、当然のように協力を求められる。正直に言うとエルフに関わりたくはないのだが。
「何を言う。力ある精霊戦士リリームに稀有な『鑑定』スキルを使いこなすアイサ。二人もエルフを従えておいて嫌とは言うまい。二人は協力してくれるのであろう?」
「はっ! 御意でございます」
「僕もできれば。……凶鳥が許してくれればだけど」
身内の二人が協力的なら、仕方がないのか。
共有するべき情報は共有したので、今日はこれでお開きだ。検討するべき、調査を続けるべき事が多かったが、話し合いなんてそんなものだろう。
「いやいや。そなた等の素性について、まだ話し終わっていない」
「――はっ、『神託』きました。ここで貴方達の正体を訊ねよ、と」
話し合いが終わったと思ったら、異世界人の三人が俺達に注目していた。
「特に仮面のお主。……あ、いや、複数人おるが、こっちの鳥の方。そもそもお主は何者であるか教えてもらおう。魔王を倒せる勇者が無名のままという訳にもいかない」
「俺の名前は凶鳥で、無名という訳でも」
「世界的に無名ではないか」
「そうです、不思議な力を持った皆様。せっかく縁ができたのですから、教国から世界に伝えましょう。様々な魔王を討伐した勇者の登場は、人々を元気付けますよ」
興味を持たれても、俺の人生は異世界人にとって信じ難いものばかりなので毎回信じてもらえない。俺が記憶を失っている所為で、知識で話をしていて感情や緊迫感がないからかもしれない。原稿を読んでいるように経験を語っても、信じられないのは当然か。
特別、地球にやってきた討伐不能王なる大魔王を討伐した件は俺も正直信じてもらえる自信がない。
「な、んだとっ? お前達は禁忌の土地出身者? 討伐不能王を葬ったというのか!」
あ、いや、読心スキル持ちのゼナが相手ならそうでもないのか。
「族長様。間違いありません。このリリームが御影様の偉業と、身震いする恐怖的な力を体験しております」
「確かに。禁忌の土地に送り出したリリームがここにいるのだ。信じぬ訳にはいかぬし、討伐不能王を滅する者達ならば、合唱魔王、山羊魔王を立て続けに倒せぬ訳がない」
異世界出身者で地球を知っている者達も揃っている。ゼナとリリームが同族であるのも証言の信頼度を補強してくれるだろう。
「勇者レオナルドはどうなったのだ? 一緒に教国の者を送り出したはずだが」
「禁忌の土地にて横暴を働いたため、二人とも。特にレオナルドはあのオーリンにテイムされる恥を晒しましたが、こちらの御影様が見事お仕留めに」
ナキナなど比べ物にならない教国の王族二人もここにはいる。身元を保証してくれる人員は揃っているではないか。
主に私怨で魔王連合と戦っていた俺であるが、数々の魔王討伐を正当に評価されても良い頃合なのかもしれない。地位や名声に興味はなくとも、皐月達までそうとは限らない。それに、わざわざ地球から自腹で救援にやってきてくれたペーパー・バイヤーに渡せる小遣いぐらいは要求できるかもしれないではないか。
もちろん、すべての個人情報を明かそうとは思わない。特に、救世主職は異世界の住民達にとって特別な存在だと想像できる。余計な関わりを得たくなければ、職業は開示しな――。
「ななな、なっ! うわっ、救世主、職!?」
――あ、しまった。思った時点でゼナに対しては遅かった。
「はい、族長様! 僕の凶鳥は救世主職です。この目が証明します」
しかもアイサには既に知られてしまっていた。
“――『神託』する。
世界は滅びる窮地にあり。
最大級の窮地に、抗う術なし。
人類は滅びる。世界は終わる。生きとし生きるもの、皆等しく死滅する運命にあり。
しかし、救世主は既に現れた。
顔のない救世主は、そこにいる。
世界にはまだ救われる可能性が残っている。
されど楽観する事はなかれ。救世主は記憶を取り戻さぬまま、刻限が迫っている。
火、氷は集まれど、雷、土は未だ迷う。四属性は世界を救う力はなくとも、救世主を守護するに最適なれば。救世主の非力を補助するに四属性の親愛以上のものはなし。
月の陰りが払われれば、更に補助が高まるのは言うまでもなし。
森の種族の姉妹は二人だけではない。全員揃った時こそが、魔の解明の始まりとなるであろう。
そして、片目の商いの救いこそが次なる一歩となり、更には偽りの大商を挫く。
神と成りし竜は未だ救われず、過酷の中にいる。
竜の救いは必須となる。必ず救え。
勇気ある者は王位を継いだ。更なる向上が求められる時が来るであろう。
黒き鳥に世界を救うという役目を模倣させたままでは、世界は救えない。
記憶を思い出し、黒い鳥の真実を暴け。
――我は、世界を救う者を助けるため『神託』を続ける。
世界が滅びるその時まで、世界を救い続ける業より神へと到達した存在なれば。世界を救うためのシステムに昇華したならば。
人よ。世界の滅びを知りたくば、我が教えよう。
我は教えの国にて、いつまでも世界を救う者を待っている”
“――追記。紙なる者。ガンバレ、ガンバレ!”




