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誰も俺を助けてくれない  作者: クンスト
第十七章 悪化する世界
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17-2 空白期間

「ようするに、俺が御影で、御影シャドウが俺で?」


 記憶を失う前の俺の名前は御影で、ベネチアンマスクを装着して地球に現れた魔王と戦っていたらしい。外見も中身も有り様さえも、御影シャドウなる人物と瓜二つだという。

「普通に考えれば、御影シャドウの方がお前達の言う御影じゃないのか? 俺は赤の他人で?」

「お前が偽者だった場合、携帯電話持っていた説明と皐月を思い出した説明がつかない」

 なるほど、物証と記憶が証明してくれているのか。

 御影という名前にピンと来るものはないが、まあ、今更ここにいるメンバーと赤の他人でしたと言われてもそれはそれで困る。

「ちなみに、御影というのも偽名だけどな」

「おい、混乱させるなよ」

 俺は今、ペーパー・バイヤーから以前の俺について説明を受けていた。

「皐月達四人を救うために、御影はあらゆる手を尽くして戦った。自分さえも捨てて戦った」

 山羊やぎ魔王と戦った火山地帯から最寄の部族の集落へと戻れたのが深夜。それから朝方まで眠ってから、朝食をつまみつつ俺がどういった人間だったのかを聞いている。

「どうだ、少しは思い出せないのか?」

「んー、難しいな。既に思い出している事の補足にしかなっていない」

 地球で俺が倒したという化物共。巨大オークのギルクに複合魔族のスキュラ、老獪ろうかいなるゴブリンに魔性の世界樹が正体だった主様。知識や映像としては思い出していた箇所は多かった。

 だが、実感がない。

 実感がないから、物語を聞いている以上の感想が浮かばない。

「今更記憶で困る事はないし、別に問題なくないか?」

「お前なぁ。地球に戻ってから悲惨だぞ。単位とか就職とか実家も。それにな、思い入れのあるキャラと他人が作ったキャラ。同スペックでもうまく使いこなせるのはどちらだと思う?」

「ステータス面に出てこない精神的な話だよな」

「それに喪失した記憶の中に、御影シャドウに関する情報がある可能性が高い」

 ペーパー・バイヤーは確信があるのだろう。俺と御影シャドウが以前に出会った事があるから、早く思い出して正体を探れと言い出す。

「何故言い切れる?」

 わざわざ食い難いだろうに、ペーパー・バイヤーは仮面の下から食事を取って、水で喉をうるおしてから断言した。


「知らない人間には化けられないだろ。しかも恋人共にもばれないぐらいに精巧だ」


 俺に化けるという奇妙な行動を取る御影シャドウは、単純に敵として扱って倒せば良いという訳ではない相手だ。

 昨日は、御影シャドウに落花生、ラベンダー、月桂花の三人が付いていってしまった。彼女達は人質に近く、しかも御影シャドウの味方をしてしまう。月桂花の錯乱さくらんを見れば、危険な相手だと分かるだろう。

 それだけに対応の仕方を誤る訳にはいかない。

 『正体不明』の相手を倒すには、その者の来歴や本性を先に暴く必要がある。

「魔王連合もそうだが、御影シャドウも優先度の高い相手だと自覚したか?」

「そうだな……。落花生とラベンダーの二人は薄情かもしれないがまだ思い出せない。が、月桂花については色々と言いたい事がある。少し真剣に考えよう」

 御影シャドウと俺が出遭っていたとすれば、俺が異世界にやってきてから記憶を失うまでの間しかありえない。

 地球から異世界に跳ばされたのは三月上旬。その後、六月下旬ぐらいまでずっと一人で魔界を彷徨さまよっていたというのは月桂花が聞いた話だ。

 ペーパー・バイヤーに確認を取るが、おそらく矛盾はないだろうとうなずく。

「もっとも、俺が知り得る情報はお前からのメールだけだ。異世界から最初のメールが届いたのは七月九日。その後は約一週間おきにメールが届き、七月二十二日から不穏になっていく。最後のメールは七月二十三日。その後に短い通話があった」


『件名:七月九日

 本文:

 夜、スケルトンとインプ、キメラの化物と戦った

 キメラの奴、やたらと強くていきがってやがったがきっと魔王にちがいねぇ

 人間を馬鹿にしやがって。とりあえず、討伐しておいた』


 ~~~


『件名:七月二十二日

 本文:

 失敗した。失敗した。失敗した。失敗した

 魔王が手を取り合うのは想定外だ。一匹でも面倒だというのに、複数体が協力しあって人類生存圏への進攻を目論んでいる

 しかも半端な魔王の集まりではない。名声と危険度の高い魔王ばかりだ

 奴等が体勢を整える前に瓦解させようと奇襲したが、失敗した

 逃走中だが、逃げ切れそうにない』


 メールの印刷物をペーパー・バイヤーは投げて寄こす。わざわざっていたのか。

 内容は実に他愛ない。特に最初の頃のメールは異世界からわざわざ送るようなものではないだろう。

「最後のメールも救援依頼にしては分かり辛いな。そもそも、余裕がなくなる前にもっと早く依頼したらどうだったんだ?」

 他人ではなく自分だからこそ酷評できる。もう時効だろうし。

「……自分の事だから分からないか。このメールこそがお前の空白期間を推理する手がかりだぞ」

「優太郎はどうして俺の事を俺以上に理解しているんだ」

「主様倒そうとした時に、俺と入れ替わろうとしたツケだ。俺とも似通ってしまっているんだよ、お前」

 つまり、ペーパー・バイヤーも天邪鬼あまのじゃくなのか。度し難い奴である。


「七月二十二日になって急激に状況が悪化した。メールだけ見るとそう思わせるが、そんな急落を慎重なお前が許したとは思えない。だとすると、七月九日の時点でかなり追い込まれていた。その事をお前は……メールに書けなかっただけだ」


 そう言いながらペーパー・バイヤーは別の印刷物を手渡す。


『件名:三月三十日

 本文:

 不味い食べ物に不味い水。誰とも出会わないのにモンスターばかりとエンカウントする。化膿した傷口にまたハエがたかる。出口はどこにもない』


『件名:四月二日

 本文:

 ナイフはとっくの昔に折れた。心だって折れてしまいたい。

 誰かいないのか。どこかに人はいないのか? 誰でも良いから早く助けてくれ。夜が怖くて眠れないんだ』


『件名:四月五日

 本文:

 クソッ。クソッ。クソッ』


『件名:四月四日

 本文:

 今日も含めて全部嘘だったら良かったのに。人がどこにもいないのがこんなにも寂しいものだったなんて』


 好ましい内容ではなかったので、やや言葉に詰まる。

「…………これは?」

「携帯電話から削除されていたメールを復元ソフトで復活させたものだ。安心しろ、これは俺以外見ていない」

 異世界で遭難してから一ヶ月。地図も土地勘もなく魔界を抜け出すには不十分な期間だ。

 ただし、一ヶ月は精神不安を拡大させるには十分な期間だったのだろう。魔王を倒したといっても俺は現代人である。救援の見込みのない魔界で一人でいれば、孤独に心が潰されてしまっても仕方がない。

「メールを送ろうとして、寸前のところで意地が勝って削除したのだろう」

「たぶん、そうなのだろう。俺ならきっとそうする」

 ただ、その意地が七月までが限界だった。

 仕方なく、内容のない内容を送って気を引くような事を始めたのが七月九日。それも七月二十二日からは続けられなくなったようだが。

 どうやら、失った記憶の中には己の恥部が満載らしい。室内にペーパー・バイヤーしかいないのは、そう配慮してくれたからなのだろう。

「復元できたメールは一部だけだが、お前が随分とまいっていたのは間違いない。そうやって魔界を迷っている最中に、お前は何かを聞いた」

「何をだ?」

 ペーパー・バイヤーは更に印刷紙を渡してくる。バインダーに収まっているのはこの一枚で最後だ。

「鳥の鳴き声だ」


『件名:四月七日

 本文:

 どこからだろう。鳥の鳴き声が、聞こえた』




 空白期間を思い出し、御影シャドウと俺の関係性を洗い出そうとペーパー・バイヤーと二人で頭を悩ませている最中だった。

 突如、部屋の外から皐月とアイサがノックもなく押しかける。

「き、緊急事態!」

「凶鳥! 空、空見て!」

 押しかけてきた様子からまた重大な事件が起きたのか。急ぎ、素朴な作りの住居から外に出ていく。

 外に出ると住民の獣の種族が驚いた様子で空を見上げており、その内半数が指差していた。

 俺も見習って空を見る。


“――人類の皆様。魔王連合の魔族の皆様。こんにちは。私は森の種族の新しい長、エルテーナです――”


 空の雲が集まって人の形を作っていた。

 いや、人の形というよりは、耳の長いエルフの形というべきであるが。


“――いいえ、訂正しましょう。森の種族はこれより太古の精霊帝国、エルヴン・ライヒの復古を宣言いたします。ゆえに、森の種族である私も精霊大帝と訂正いたしましょう――”


 雲の形は実に精巧で解像度が酷く高い。ほとんどSF世界の立体映像と変わらない。

「あの者め! なんと度し難い宣誓を! 魔王連合という大敵を前にしていながら、人類すべてと敵対するつもりかッ」

 誰もが唖然としている中、エルフの族長――雲の中のエルテーナの言い分が正しければ前族長――が近場の木を殴りつけて折っていた。森の種族の癖に自然を破壊している。


“――人類全体の危機を救うため、これよりエルヴン・ライヒが人類を統治いたします。拒否権はございませんのでそのつもりで――”


 雲で作られたエルフは、人形のような微笑を浮かべていた。


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 助けたいシリーズ一覧

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