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誰も俺を助けてくれない  作者: クンスト
第十六章 真性悪魔
224/352

16-10 勘違いは悲劇を生む

「おいッ、しっかりしろ!」

「愛し……い。愛……しい…………貴方は……私の……子」

「子供ってどういう意味だ! いや、そんな事よりも、皐月はどこだッ! 『奇跡の葉』とかいうアイテムがあるんだろッ」

 俺の叫び声に対して返事はなかった。

 そもそも、どこに誰がいるのか分からない。周囲は見渡せる状況ではない。

 氷の腕だったクズちりと地面に深く刺さった柱の混生によって、視界内は他惑星のそれと化している。背負っていたはずのペーパー・バイヤーもどこかに落としてしまった。皆、生きているのか死んでいるのか、そんな最低限の事すら分からない。

 淫魔王は内臓から巡ってきた血を口から吐き出す。

 下半身の蛇の部分は柱に巻き込まれて皮一枚で繋がっているに近い状態だ。腹も柱が一本貫いており、救助さえできない。

「良かっ……た。本当に……良かった。貴方が元気で。子供が……助かって」

「ちっ、違う。俺はお前の子供なんかじゃないっ」

「ああっ……その可愛い……顔を……母に……見せ……」

「そんな動けない状態で動こうとするなよッ。死にかけなんだぞ!」

 凶鳥面をでようと手を伸ばしてくる淫魔王。体を動かせば、生じた隙間からまた血が零れ落ちる。

 一挙動ごとに死にいたる苦しみを味わっているというのに、それでも、淫魔王は酷く幸せそうであった。我が子の無事を知った母親の顔そのものだ。


「女として……生きたかった。強い男達のあだ討ちを……女として……果たしてあげたかった。けれども……私は――」


==========

 ●淫魔王

==========

“●レベル:88”


“ステータス詳細

 ●力:58 守:24 速:7

 ●魔:1091/1091

 ●運:0”


“スキル詳細

 ●レベル1スキル『個人ステータス表示』

 ●エキドナ固有スキル『誘惑』

 ●エキドナ固有スキル『脱皮』

 ●エキドナ固有スキル『次世代強化』

 ●エキドナ固有スキル『怪物的誘惑テンプテーション

 ●エキドナ固有スキル『子供掌握』

 ●魔王固有スキル『領土宣言』(無効化)

 ●実績達成ボーナススキル『母性』

 ●地母神固有スキル『地母神グレート・マザー』”


“職業詳細

 ●魔王(Dランク)(休職中)

 ●地母神(Dランク)”

==========

“『地母神グレート・マザー』、世界とは母によって成り立つスキル。


 ありとあらゆるものを生み出すことが可能。父たる者の格にも大きく依存してしまうが、世界すら生み出す事が可能である。

 そして、生み出した我が子に対して多大なる干渉が可能となる。精神掌握を望めば人格をすり潰して聞き分けの良い子を作る事も当然可能であるが、本スキルを有する者は子供の不利益を望みはしない。

 大抵は我が子の命に関わらず厄災を、母たるスキル所持者が肩代わりする程度となる。

 なお、本スキル所持者は我が子に殺害されるか、我が子の致命傷を肩代わりする以外に死ぬ事はなくなる”


“実績達成条件。

 数千年におよび母としての徳を積み、子供の命を救い続けて、神格を得るにいたった”

==========


「――母として、優れ……過ぎました」





「エルフごときの矢が刺さるとは、屈辱だ!」

 地上から続け様に射られる銀の矢を、山羊魔王はうざったらしそうに尾びれで弾き落とした。

 森の種族の長弓に次の矢を装填しているのはエルフの精霊戦士、リリームである。

 かつて前任の勇者職と共に地球へとやってきたリリーム。エルフとしては年若い彼女であるが、勇者パーティに選ばれる程度には力を持っている――前任勇者がリリームを選んだ理由はステータスに載っていない数値を気に入っての事であるが。

 ただ、逆に言えば勇者パーティの一員に過ぎなかったリリームが、勇敢にも一人で魔王に弓を引いている。地球での経験がリリームを強くした、とは本人も他人も思ってはいない。

 特に、リリームの背後で倒れているエルフの娘などは、リリームを一切信じていないのだ。血縁だからこそ、不甲斐ふがいない姉の活躍を想像できない。

「不甲斐ない女。役立たない女。姉妹の中で最も優れたお前がそんなだから、俺が、こんなにも不甲斐なくて役立たないんだ!」

 ペストマスクが、地面に落ちている。

 山羊魔王のスキルで正気を失ったメルグスが、いや、最愛の妹たるアイサが、精霊魔法の根に囚われながらリリームの背中をにらんでいた。たとえアイサが正気であったとしても、長らく行方不明になっていた姉が腑抜ふぬけて再登場したとなれば怒り狂って当然であった。

 敵からも妹からも酷い評価を受けるリリームは、ふっ、と鼻で軽く笑う。

「随分と見くびられたものだが、アイサ、お前の言う通りだ。私は役立たない。己では決して敵わない超常の存在を知ったのだ。実は恐怖で体がかじかんで、うまく手が動かない」

 山羊魔王は角を振って矢を弾く。射線を完全に読まれた結果であったが、五秒以内に連射された銀矢が山羊の首に突き刺さる。

 突き刺さった矢からは草が生えて、一時的にではあるが山羊魔王を拘束する。


「しかし、だからこそ断言できる。高々、真性悪魔相手であれば、私は十二分に戦える! そう、この精神安定剤さえあればなっ!」


 山羊魔王が動けない間に、リリームは腰袋から棒状のクリアなケースを取り出した。ピルケースかもしれないが、何故かビンみたいな形をしている。

 リリームはそのピルケースの蓋を外して口を付け、中にある錠剤を豪快に含んだ。

「うむ。薬だが良い味だ」

 ちなみに、その錠剤の味はラムネ味である。

 というか、錠剤の形をしているが薬ではない。未開発地域の多い異世界には森林が多く、ビクビク震えてまともに外を歩けないリリームを見かねて、アジサイが持参していた菓子を薬と称して与えたものだ。プラシーボ効果は偉大である。


「『妖精化』! 羽を生やせ!」


 リリームの背中に昆虫のものに近い光の羽が二対構成された。飛行能力を得て、一気に上空へと飛び立つ。

 接近戦を挑むため、リリームは装備を銀剣へと変えている。

 山羊魔王が拘束を逃れた際、リリームは既に銀剣を大きく振り被っている。振り下ろしの切っ先が山羊の頭をかすめる。

 いや……フライングエルフの存在に気付くのが少し遅かった。山羊魔王の片側の角が斬り落とされて、空中を舞う。

「精霊戦士のSランク! 人類の生息分布的に馬鹿げているぞ。どうしてこの場に、世界に百人もいないSランクばかり集まっているのだ!?」

「行くぞ、魔王!」





 肉欲に溺れる毎日に飽きた訳ではなかった。

 男共を指先で可愛がってやるのに飽きた訳ではなかった。

 けれどもそれ以上に、我が子を愛する事を優先するしかなかった。淫魔王はこう己の生涯を振り返るような台詞を血と共に吐く。

「……うらみなんて、忘れるべき、だった。私が望まなければ、多くの子供達を……悪魔に殺される悲しいなんて事、なかったのに……。でも、最後に一人ぐらいは……私の子を……」


「だからッ、俺はお前の子供なんかじゃないと言っているだろうに!」


 淫魔王は俺の訴えを聞いてくれない。俺を自分の子供だと勘違いしたままだ。

 当然ながら、俺は淫魔王の息子などではない。地球で専業主婦をしている母を持つ、生誕に何の由来も持たない普遍的な人間である。淫魔王は俺と誰かを間違えてしまっている。

 訂正の言葉を何度も言っているのに効果はなかった。

 聞くつもりがないのかとイラだってしまったのだが、それは酷い誤解だったと息を呑んで気が付く。淫魔王は山羊やぎ魔王の『正気度減少パニック』スキルに耐えるために聴覚器官を潰していたのだ。

 耳の聞こえない淫魔王は、俺を誰かと間違えたまま死のうとしてしまっている。

「私の子を……私の我侭わがままで殺さずに……済むわ。誰も貴方を助けてくれないなんて、嘘。私の愛が……貴方を死から助けるの」

 淫魔王は、凶鳥面に微笑みながら、我が子を救ったと満足しながら死のうとしてしまっている。

 こんな勘違いは、絶対に許されない。

 絶対にあってはならない。


「泣かないで……可愛い子。森で泣いていた……可哀想な子。貴方はこんなにも至らない母の子供とは思えない程に……他人に対して優しい子に、育ってくれたわ。ありがとう」


 これは禁忌だ。

 世界には様々な禁則があり、犯してはならない罪があるだろう。最も単純で分かり易いのは、死ぬという罪。他殺自殺、事故寿命に関わらず、死というものには救いがない。何せ最終到着地点があの黒い海の底なのだ。生命として生じたからには、生命は死んではならないと俺は信じている。

 だが、今俺が犯そうとしている罪は、場合によっては死よりも罪深いだろう。

「やめてくれッ。その顔は俺に向けるべきじゃなくて、違うんだ。この凶鳥面の本来の持ち主はッ」

「ありがとう……。ありがとう……。ありがとう……愛しい――」

「だから違――ッ」

 俺は……死に行く一人の母のため、己を母の子であると偽る偽称の罪を犯してしまった。

 耳も聞こえない、目も光を失った淫魔王が寂しそうだったからといって、手を握ってしまったのだ。


==========

 ●淫魔王

==========

“ステータスが更新されました

 ステータス更新詳細

 ●実績達成ボーナススキル『汝、我が子たれ』を取得しました”

==========

“『汝、我が子たれ』、母とは血の繋がりではなく実績的なものであるというスキル。


 赤の他人であろうと我が子認定可能。

 ステータス的には子属性が付与されるが、基本的には無害”


“実績達成条件。

 血の繋がらない子供に我が子に等しい愛を注ぐ”


“≪追記≫

 本スキル所持者の心情的に、某真性悪魔だけには本スキルを使用不能”

==========


「――――子」


 この罪はもう一生償えない。それが背筋が震える程に恐ろしい。

「……違う。俺は違う」

 事切れてしまった淫魔王に弁明する機会がないから、だけではない。淫魔王の子供だった誰かが負うべき役目、母を看取るという大役を、俺は奪ってしまったのだ。こんな罪、重過ぎて背負えない。

「違うんだ。仕方が、なかったんだっ」

 握り締めていた手が弛緩し、だらりと下がる。

 怖くなった俺は後退あとずさりして、粉々な地面につまづいて倒れ込む。カタカタ鳴る奥歯の震えがうるさくて、顎を押さえ込む。

「俺の所為じゃない。俺の所為だけじゃないッ。俺が偽らなければならなくなったのは、俺だけの所為じゃないッ!」

 己を己で拘束しながら、もよおす口を押さえながら、罪の原因を求めて上空を見上げる。

 雷雨が渦巻く空の戦場では、羽で飛ぶエルフの精霊戦士が山羊でも魚でもある化物の形をした真性悪魔に斬りかかっていた。

 精霊戦士は果敢かかんだ。銀色の剣で魚の鱗をがして血を流させている。かなり善戦しているが、無茶な戦い方なので限界は近い。

 回り込んでくる魚の尾で体を弾かれた後、暗雲の中から飛び出してきた灼熱色の鎖に片腕を巻かれて拘束されてしまう。鎖を伝って雷雲の電流が流れ込んでいるのか、体中から湯気が立ち昇る。泡を口から吐いて、剣を落とす。

 無防備になってしまった精霊戦士にトドメを刺すためだろう。真性悪魔は片方しか残っていない山羊の巻き角を前にして、空を猛スピードで泳いでいる。


「お前か、お前の所為で俺はッ! 山羊魔王ぉおおオオッ!!」


 俺は……八つ当たりのために邪魔な仮面をぎ取った。

 偽称の罪に震えた心には、隠世かくりよへと通じる穴を解放する恐ろしさなど感じない。


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 ◆祝 コミカライズ化◆ 
表紙絵
 ◆コミカライズ「魔法少女を助けたい」 1~4巻発売中!!◆  
 ◆画像クリックで移動できます◆ 
 助けたいシリーズ一覧

 第一作 魔法少女を助けたい

 第二作 誰も俺を助けてくれない

 第三作 黄昏の私はもう救われない


― 新着の感想 ―
[一言] ま、ままぁ(TдT) 最初でてきたときは何も感じてなかったのに最後にかばって死ぬとか誰が予想できんねん!
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