16-8 参戦者
山羊魔王は手中にパイプを重ねた楽器を出現させる。
また音に乗せて精神攻撃を行うつもりなのだろうが、山羊魔王は楽器をそのまま吹こうとはしない。
「姿を現せ、我が勇名。これは偉業達成の証だ。津波のごとく押し寄せるティターン共を調教し、侵攻を阻んだ神具であるぞ。そして……これを用いるからには我が真名を明かそう」
万華鏡を回すように姿を変化させた楽器は、法螺貝笛の姿をしていた。戦場で使われるぐらいに響く楽器なので、スキルも良く響く。
「私は真性悪魔、アイギパーン。時代によっては神とも呼ばれたがね」
有角の悪魔が法螺貝笛へと息を吹き込む。
「古代から現存する脅威たる我に、現代の者共はどこまで対応できるか見せてみせろ。高所から海底まで全てに響け、『正気度減少』発動」
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“『正気度減少』、人としての正常性を失わせ、不具合動作を誘発させるスキル。
スキル効果範囲内にいるスキル所持者以外の全員に効果あり。
スキルを受けると一時的狂気に陥り、多弁、退行、幻覚などに悩まされる事になる。数分から数時間、戦闘復帰は不可能となるだろう。
『運』や精神耐性スキルにより対抗は可能である”
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音そのものは法螺貝の深みある音響に過ぎなかったが、音に紛れる“この音を聞いた者は必ず死ぬ”という狂気的イメージに心が竦みあがる破目になる。
首の動脈を掻っ切られて、内臓を引き出されて、毒を飲まされて、海に沈められる。
そんな死ぬしかない状況を追体験を、数秒の内に何度も味わう。
俺は大丈夫だ。
鼓膜に指を突っ込まれて三半規管を引きずり出される痛みを覚えたが、精神耐性スキルのお陰で正気を保っていられる。使い所の難しいスキルが多いので、こういった時に役立ってもらわないと困るのだ。
「くそっ。馬鹿みたいに痛い音、めッ。こんなの聞いたら普通耐えられないぞ」
「……対抗手段がなければ。聞かなければ、良いの」
呟くような俺の呻きに返事をくれたのは、近場にいた淫魔王だ。
大トカゲの御輿から下りてきていた淫魔王は、両耳から血を流していた。爪の長い人差し指からも血を流しているので、己で己の聴覚を貫いたのか。
ならば淫魔王は何も聞こえないはずなので、俺に返事をくれた訳ではない。
「淫魔王、お前っ」
「真性悪魔に戦いを挑んだ時点で、身を削るだけの覚悟は、していたわ。そんな心配な目で見なくても、良いのよ」
「俺がどんな目をしているって? そんな馬鹿な。俺が魔王を心配するはずがない」
淫魔王が大トカゲから下りた理由は、大トカゲが痙攣しながら横倒しになったからだろう。山羊魔王の精神攻撃は魔獣であろうと高い効果を発揮するらしい。
となれば、と周囲を見渡せば……酷いものだ。
淫魔王に統率されていた魔獣が、本能のままに暴れて殺し合っている。気絶している間に殺されている魔獣が一番大人しい。死のイメージから逃れようと近場の生き物を積極的に噛み殺す魔獣が一番臆病だ。
幸いというべきか、山羊魔王の精神攻撃は味方敵の隔てなく効果を発揮したため、まだ残っていた悪魔族達も大混乱して同士討ちを楽しんでいる。
「皆は大丈夫か!」
魔獣も悪魔族さえも精神崩壊しているという事は、山羊魔王と見合って戦っていた俺達の中にも被害者は現れる。
「…………疲れた……地球に帰りたい」
「役立たずッ! 役立たず共は死ねェエエッ!!」
「原型一班は発狂する末路ばかりであるが……すまん。体の震えを押さえるので精一杯だ。これ以上は戦えん」
「死にたくなかったのにッ! 何で私死んじゃったのよッ!!」
「浅子浅子浅子浅子。くんかくんか。すーはーすーはー。浅子浅子浅子浅子」
……ふーむ、皆元気だな。
俺達の中からも精神崩壊した者や体が震えて動けなくなった者が現れたとはいえ、殺意を剥き出しにしているのはたった一人だけである。
ちなみに、殺人衝動を発症した人物は漆黒のペストマスク。
さらにちなみに、その問題児を連れてきたペーパー・バイヤー本人は懐郷病となって体育座りをしてしまった。
「役立たずは殺すんだァッ!!」
役立たずとは、優太ろ……いや、ペーパーバイヤーの事だろうか。
「姉さんはいつも通り。兄さんは大丈夫?」
「族長様、大丈夫ですか! って、危ないッ。メルグスなぜ銃を撃ってくる?!」
「師匠! 落ち着いて! もうっ、影から出て行こうとしないで! というか何でアジサイにリリームがここにいるのよ?! アジサイは兄欠乏症で三日に一度は引き篭もって、リリームは森恐怖症のはずでしょうに」
精神攻撃に耐え切ったのは俺と淫魔王の他には、皐月。ペーパー・バイヤーが連れてきた青い子とポニーテールなエルフも無事らしい。青い子に憑依してしまった青は……何故か正気ではないのに戦える状態だ。
戦場のほとんどが狂乱に陥った中で、前線にいる主要メンバーが戦闘不能になっていないのはマシな状況と言えるだろう。
山羊魔王へは俺、淫魔王、皐月、青い子の四人で挑む。後衛組だった皐月にも前に出てきてもらう。
「本当にどういう事よ、アジサイ! 御影以外の男の腕を掴んじゃって浮気? 歓迎するけど」
赤にチョークスリーパーをかけながら、皐月がやってくる。
「皐月こそ釈明を求める。兄さんの独り占めは条約違反。他三人からフルぼっこにされる用意はOK?」
「はぁ?? それ凶鳥っていう別人よ」
「………………理解した。そう、これは兄さんじゃない。だから貰っておく」
「ちょっ、姑息な事考えたでしょう。どういう事かきちんと教えなさい」
皐月が何やら青い子に詰め寄って、肩を揺らし始める。戦闘中なのだが。
「あー、二人とも、知り合いなら仲良くしてくれ」
「兄さんがそういうなら」
「はあぁあアあああああぁああ?! この鳥男が御影なのッ!?」
ポニーテールエルフにも参戦願いたかったが、彼女の相手は狙撃銃を撃ってくる漆黒のペストマスクだ。
「悪いが一人で相手してくれるか? マスクの中の人も傷付けないように!」
「承知! 御影様!」
エルフは弾を目で避けながら良い返事をくれる。頼もしいものだ。
それはそうと、さっきから御影って人違い甚だしい。
御影って確か、あの黒いベネチアンマスクの正体不明の男だったか。悪霊魔王だった最後に現れて俺を殺してくれた恨みはあるが、恨みさえなければ格好良い男だと断言できる。そんな男と間違えられるなんて光栄だな。
「私が『怪物的誘惑』を使えば……」
狂乱のペストマスクを見て、淫魔王は提案してくれる。
「そんな事したら、数少ない正気な淫魔王の子まで使い物にならなくなるだろ」
「うまく聞こえないわ」
「スキルは使ってくれるなって、言っているんだ!」
周囲から狂った魔獣がやってこない理由は、母を守ろうと人知れず活躍している子供がいるからである。この現状で、淫魔王の魅了スキルを使うのは推奨されない。
突進してきたサイの魔獣が、足元に伸ばされた舌に躓いて転ぶ。クリクリと動く透明な目玉が淫魔王を少しの間見詰めていた。
「ともかく、やるぞ! 皐月と青い子――」
「妹の名前を忘れた? 私はアジサイ」
「浅子浅子浅子ぉおおお」
「姉さん。異世界では本名NGで。それと皐月のゴーストを抑えるのをお願い」
「――ええぃっ! 俺は記憶喪失なんだ! 名前は後で思い出すから山羊魔王へ攻撃だ!」
左右に並んだ魔法使い達が上空の魔王へ向かって魔法を放つ。
「――全焼、業火、断罪、地獄炎、罪ある人はその罪によって生じる炎に焼き尽くされるであろう!!」
「――静寂、氷塵、八寒、絶対凍土」
山羊魔王は、両腕を広げながら迎え入れる。
「存外多く正気を保ったな。いや、真性悪魔に立ち向かう人間など、最初から頭がイカれているのか。どちらにせよ君達は力不足だ。せめて五節魔法を唱えられる者がもう一人はいないと、次の反撃で全滅してしまうぞ」
右腕に火傷を、左腕に凍傷を負いながらも山羊魔王は魔法攻撃を耐えてしまう。『守』は減らしているはずなのに、生命力を削り切るには魔法使い二人は少ないのだ。
『呪文一節』を有する山羊魔王の反撃は、素早い。
「――地獄変“煉獄”」
繰り出されたのは火属性の六節魔法。
火炎の塊が爆発的に成長し、頭上を埋め尽くしてから降り注ぐ。
「マズっ、――全焼、業火、一掃、火炎竜巻、天に聳える塔のごと……間に合わない!?」
皐月は対抗呪文を練り上げようとしたものの、五節魔法を行使したばかりだったため呪文詠唱が間に合わなかった。そもそも、間に合ったとしても火属性の魔法を打ち消すのに火属性は効率が悪かっただろう。
炎の塊に押し潰されかける俺達。まだ距離があるのに、放射される膨大な熱量に皮膚から水蒸気が立ち昇る。
このピンチに動いたのは、アジサイだ。
「――昇華、隔絶、絶対防御、氷要塞――」
「愚かな。四節魔法で六節魔法を防げはしな――」
「――最後が長ったらしいから『呪文一節省略』。氷の魔法使いは天竜川のみならず異世界においても最強」
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“『呪文一節省略』、魔法に関する理解と最適化のスキル。
『魔』を通常の一.五倍消費する代わりに、呪文を一節省いて魔法を完成できる”
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五節魔法を四節で仕上げる早業にて、炎さえ凍てつかせる極寒領域を空へと展開した。
広大な領域を焼き尽くす山羊魔王の六節と対し、アジサイの魔法は三割弱しかカバーできていない。だが、俺達を熱から守るには三割でも十分に広い。範囲で負けていても、炎の侵攻を完全に防いでいるので防御は完璧だ。
「アジサイ、あんたねぇ……。『呪文一節省略』って、あんな難しいの、いつの間に実績達成したのよ。その前に五節なんて使えなかったはずよね?」
「スキルは暇だったから覚えた。魔法使い職のSランクの資格は、スキュラを倒した時点でもう持っていた」
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“●レベル:90”
“ステータス詳細
●力:31 守:48 速:82
●魔:203/303
●運:18”
“スキル詳細
●レベル1スキル『個人ステータス表示』
●魔法使い固有スキル『魔・良成長』
●魔法使い固有スキル『三節呪文』
●魔法使い固有スキル『魔・回復速度上昇』
●魔法使い固有スキル『四節呪文』
●魔法使い固有スキル『五節呪文』
●実績達成ボーナススキル『耐幻術』
●実績達成ボーナススキル『氷魔法研鑽』
●実績達成ボーナススキル『インファイト・マジシャン』
●実績達成ボーナススキル『姉の愛』
●実績達成ボーナススキル『成金』
●実績達成ボーナススキル『破産』
●実績達成ボーナススキル『一発逆転』
●実績達成ボーナススキル『野宿』
●実績達成ボーナススキル『不運なる宿命』(非表示)(無効化)
●実績達成ボーナススキル『呪文一節省略』”
“職業詳細
●魔法使い(Sランク)”
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高位の魔法使いにのみ参加が許される、超常の戦いが空と大地の間で繰り広げられる。
アジサイがSランク魔法使いと判明し、山羊魔王攻略に一縷の光が見えた。
「皐月。足手まといにだけはならないで」
「生意気なっ。そっちこそ『魔』をケチっていないで威力を上げなさい」
「……ふむ、素晴らしい! まともな魔法戦闘は久しぶりだ!」
……ただし、それでも山羊魔王の優勢は変わらない。会話ほどに皐月とアジサイのコンビネーションは悪くないというのに、山羊魔王の手数と威力を上回るには至らない。
「次の攻撃がもうくる!」
「皐月は攻撃に専念。防御はこっちが担当する」
せめて、Sランク魔法使いがもう二人以上いたならばというのは無茶な要求か。
「どうした。もっと魔法を巧みに使え。呼吸している暇があれば呪文を唱えろ。私はまだ、実力の五割も出していないぞ!」
ならばせめて、山羊魔王が地上に下りてきてくれたなら、俺も戦闘に参加できるというのに。『暗影』を連続で使えば届くかもしれない。ただ、スキルの連続使用はクールタイムを長引かせる。そう何度も使える手段ではない。
魔王だろうと一撃で葬れる手段があれば、話は別であっただろうが。
見ている事しかできないから、悔しくて空を見上げ続ける。
「――カカカッ、絶滅しかけの真性悪魔」
悪魔の背後に霧のような影が生じる瞬間を、俺は見逃さなかった。
「な、に? 馬鹿な、仮面の男はまだ下にいるはず……違う男?! 暗殺職がこの場に、二人もッ」
影の中から現れる黒いベネチアンマスク。戦場に脈絡なく現れた新手の姿には、真性悪魔でさえも驚きを隠せない。
ベネチアンマスクは顔の上半分しか隠せない。だから、歪んだ口元ははっきりと見える。
「さっさと滅びてしまえよ、真性悪魔。『暗殺』発動!」
逆手に構えられたナイフが、背中側から山羊魔王の心臓を突き刺す。




