15-7 偽の手紙
「配給される食事も随分と質素になってきたものだな」
「王様に雇われている私達はまだマシです」
「どうにもならなくなる前に、オリビア・ラインの打通作戦を開始するべきじゃないかな」
ナキナの寂れた城下町を仮面の男と二人の魔法使いが歩いていた。
配給を行っている広場を遠巻きに、長蛇の列を作る市民や難民達を眺めている。魔族侵攻を逃れた国民や、数は少ないものの旧オリビアから逃れてきた者もいる。怨嗟魔王に破壊された区画に急造された難民住宅には、生活基盤を失った人々が未来なく暮していた。
「ラインの向こう側の調査も進んでいないのに、立ち向かうのは無謀だ。むしろ南か西も手か」
「南は獣の種族っていう人類裏切った種族が住んでいるです」
「西は魔界。エルフも住んでいるらしいけど」
「チェックかけられまくっているな、この国。チェックメイトは近いぞ」
明日の食事さえ困る国の中では三人は恵まれている。先の魔族侵攻の最終局面において、悪霊魔王を見事倒した彼と彼女等は国から頼られているからだ。働きに対して釣り合っているかは定かではないものの、少なくとも食事面では優遇されていた。
「どこに行くにしても人手が足りない。外様の俺達を防衛戦力に組み込んでいる状況をどうにかしないとなぁ」
「そういえば、オリビア・ラインからの魔族侵攻をほとんど一人で阻止したっていう人を招いたって話だけど」
「期待の新人です。どんな人です?」
「噂程度だからそこまで詳しくは。でも、特徴的な格好をしてい――」
三人の内、黒いベネチアンマスクを常備している男の名前は御影という。
異世界において排斥され、忘れ去られてしまっているアサシン職のスキルを用いて魔族と魔王を屠る特殊な人間だ。特殊なのは当然で、彼は本来、この世界の住民ではない。
かつて故郷の世界にやってきた大魔王を討伐する偉業を達成した御影。事故で異世界に飛ばされてしまう不運はあったものの、故郷の世界に住んでいた頃のように魔王と敵対し、討伐する日々を過ごす。
簡単な生活ではないものの、今日この時まで御影を脅かすものは何もなかった。
「――よう、御影。探したぜ……」
嘴付きのマスクで顔を隠す、怪しい男さえ現れなければ完璧であったと言える。
「ふ、不審者だ! 難民は多いからな。こういった輩も紛れ込む」
「はっ、第一声からフザけているところは完璧だ。なるほど。これは見分けが付かないな。本人である可能性の方がむしろ高い」
「…………怪しい人物。随分と馴れ馴れしいが、お前は何者だ?」
御影と嘴付きマスクの男は、大通りから一区画程離れた細道で出遭ってしまう。角を曲がって現れた御影を待っていたかのごとく、嘴付きマスクは壁に預けていた背中を離す。
「俺はペーパー・バイヤー。お前を探していた」
「俺を探していた、ねぇ。ペーパー? バイヤー?? 紙売り男なんて知らないぞ」
突然現れた謎の男、ペーパー・バイヤーなる人物に御影は心当たりはない。後ろを歩いていた魔法使いの二人、落花生とラベンダーに振り向いて知っているかと訊ねてみるが、誰もペーパー・バイヤーの正体に行き着かない。
「そのマスク。ペストマスクに見えるね。異世界で見るのは初めてだけれど」
「マスク繋がりで、やっぱり御影の知り合いでないんです?」
ふと、ペーパー・バイヤーは首元へと手を近づけて、紐でぶらさげていた黒い長方形の箱を取り出した。
二つ折りになっていた長方形をパカりと解放して、保存中のメールを呼び出す。近くに寄らなければ読めない事を承知で、液晶上に本文を表示させる。
「本当に本人そのものだ。が、一つだけだが大きなミスを犯した。あの馬鹿なら絶対に書くはずがないメールを残しておいたのは悪手だ」
ペーパー・バイヤーが手に持ち、印籠のごとく前に突き出した黒い長方形の箱の正体は、ガラパゴスな携帯電話。御影という人物が愛用していた古い機種である。
フルカラーではない液晶上には、こう書かれている。
『件名:拝啓、記憶を無くした俺へ
本文:この手紙を発見できたという事は、レベルダウン後にもそれなりの『運』が残っている証拠か。あるいは、ガラケーに縋り付く程の苦境に立たされている証拠なのだろう。
恐らくは後者だ。
この世界は辛辣だ。弱きを殺戮し、強きも滅ぼされる。弱も強も相手を食い殺す事しか考えていない。記憶を失い、さぞ苦労している事だろう。
こうなった状況を可能な限り書き残すが、今の俺も記憶を失い続けている状態だ。だから、一番大切な事をまず書き残す。
この腐った世界を呪え。
お前を貶めたすべてに復讐しろ。
お前を助けなかった奴を絶対に許すな。
この世界では、復讐する動機ほどに満ち足りた資源はない。
報復手段は書き残すまでもない。お前にとって、他者を祟るぐらい造作もないはずだ――』
「一見するとそれらしい復讐文であるが、馬鹿な証拠を残したな。記憶を失っていくあいつの中に、最後に残るものが素直な復讐心のはずがない。最後にあいつは、俺に助けてくれって頼んできたんだよ。記憶と共に復讐心や天邪鬼な心が消えていって、素直に助けてくれって言ってきたんだ」
ペーパー・バイヤーはメールの本文を御影へと突き付けた。
「だから、書き残しておくならば、世界を祟る暇があるならまず俺を頼れっていう内容でなければなら――おっとっ」
突き付けられた携帯電話へと、御影はナイフを投擲する。
ペーパー・バイヤーの動きは攻撃を避けられる程に洗練されたものではなく、危ういものであった。が、投擲寸前に回避を始めていたため避ける事に成功する。
「……そういえば、俺の携帯を奪った魔族がいたっけな。返してもらおうか」
「見苦しいマネをする。おい、黄色に紫の後輩! こいつ御影のパチもんだぞ!」




