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誰も俺を助けてくれない  作者: クンスト
第十四章 百の首を落とせ
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14-6 魔の欠如に信頼の欠如

 吹き飛ばされる凶鳥を目撃した瞬間、ジャルネは中腰まで立ち上がる。頭を熊の手に押さえ付けられたので完全に立ち上がる事ができなかったとも言える。

「一人では限界じゃっ! 助けに行かねば」

「お嬢、心配いりません。あいつはまだ死んでいませんぜ。それにまだ合図が出ていねえです」

 戦場になっている破壊された滝――昨日の戦闘の最後に合唱魔王が魔法で吹き飛ばしたため、今は岩肌がき出しの大地に水が若干染みている――が観察できるギリギリの距離から、ジャルネ達は凶鳥の活躍を凝視している。

 放水魔法に腹を撃たれて後方に転がっていった凶鳥は、いったん姿を消失させたと思うと数メートル離れた地点に出現していた。

 血反吐を吐いたのでダメージは受けているのだろう。けれども、まだ戦闘を継続するつもりだ。

 凶鳥が下を向いて喋りかけると、足元の影の中から青い衣装の女性が寄りそうように浮かび上がる。女性の詠唱と共に猛吹雪が合唱魔王の前方の首五本を凍らせた。凶鳥は吹雪が止む前に跳躍しており、恐ろしげな氷像の顎を蹴り上げて叩き割る。

 合唱魔王の首は死ぬと増える。

 当然、増えた首に逆襲を受けて凶鳥はまた負傷。乱射される水流の群に押されて動けなくなった。

 姿を消して回避する手段は連続使用できないのか、負傷していると使用できないのか、今度は消えようとしない。

 氷壁を展開して防御を固めるが、凶鳥は首をすくめた亀のように動けない。

「もう十分ではないかっ! 凶鳥は役目を果たした!」

「いいや、まだですぜ。奴は合唱魔王を限界まで追い込むと言っていました。合唱魔王はかなりあせっていますが、首はまだ増え続けている。増殖が止まらない限り、前と同じになってしまいます」

「しかしッ」

「……正直に言って、俺はまだ凶鳥を信じておりません。凶鳥が合唱魔王に殺されるのを黙って見ているだけかもしれません」

 ジャルネの頭を押さえつけていた熊の手が、無骨な仕草で、脳天にある旋毛つむじを撫でた。

「だから、俺は凶鳥が合唱魔王に殺されるとも信じておりませんぜ」

 熊の戦士、ガフェインは奥歯が見えるように笑いかけていた。

 きっと、ガフェインは色々な意味で凶鳥を信じていない。

 仮面を付けただけの平凡な人間族であると信じられない。平気な顔して魔王を倒すと断言した男を信じられない。苦しい顔付きで魔王と戦い続ける男の神経が信じられない。そして、このまま常識的に凶鳥が破れるなんて絶対に信じていない。だから、熊の戦士は黙って合図を待ち続けている。

 ただ、そんな信頼はネガティブが過ぎるだろう。

 獣の戦士達の助力を願った凶鳥が望んでいるものとは、もっと素直な信頼感のはずだ。


「お嬢も、凶鳥の野郎を信じられませんか?」


 ガフェインの熊顔を見上げていたはずのジャルネは、ふと、視線を苦戦中の凶鳥へと向け直した。

 壊れかけの氷壁に守られる凶鳥も、ふと、視線を戦場の遥か後方へと投げていた。

 偶然重なり合った視線の中で凶鳥は「しっかり見ているな」と言っていた。口元だけが見えている仮面を付けているので、ニヤ付いている様子が確認できる。

 氷壁が壊れる寸前、合唱魔王の首が多数、苦悶の大声を上げた。

 しぶとく生き残っていた凶鳥の分身体が、氷の武器を合唱魔王の胴体に突き立てている。即座に尻尾に叩き潰されて消滅していたが、本体が逃げるだけの時間を稼ぐ。

 凶鳥本体は後退しない。魔王の首を狩る事に固執し続ける。

 その傷付いても戦い挑むのに固執する雄姿は、物語的ファンタジーだ。

 かつて、ジャルネの母が語り聞かせていた救世主。人類を大魔王の脅威より救ってくれた救世主のイメージと凶鳥が重なり合う。


「………………信じたい」


 ジャルネは、重たそうに腰を下ろした。





「『暗影』発動、ダッ!!」

 回避に使わず温存しておいた『暗影』スキルを使い切る。正直、内臓が破裂したんじゃないかという痛みが腹から響いて気絶寸前なので、無理やり押し切るしかない。

 手短な蛇の後頭部へと跳躍して、思いっきり振り上げていた氷の刺突剣を脊髄へと突き入れる。戦果を確認する暇をしんで、次の頭へと跳び移る。

 氷の大剣へと武器を変更して、二つ目の蛇頭を斬り付ける。傷から吹き出る血で上半身が汚れてしまうものの、血に含まれている毒成分は俺に効かない。安定の『耐毒』スキルである。

 二つ目にトドメを刺す前に、三つ目が大口を開いて頭上から降ってきていた。俺を飲み込むつもりらしかったが、代わりに火球の魔法をプレゼントしたら喜んで炎上してくれた。

 二つ目の頭をきっちり斬り落としてから、『暗影』で別の頭へと跳躍する。意識が朦朧もうろうとして、気絶しかけた。便利な『暗影』はもう使用限界だな。

 首の密集地帯へと深入りしているので、周囲から多数の首が伸びてくる。

「青ッ、頼む!」

(これで打ち止め。『魔』は、限界……)

 青の支援攻撃も終わりを迎えた。消滅ギリギリまで『魔』を使い、最後に五本の首を凍り付かせてくれたので十分に役目を果たしたと言えるだろう。

 合唱魔王の首はおおよそ九十本。正直、からみ合いながら動き続ける蛇の首を正確には数えられない。おそらく、九十は超えているだろうという希望的観測も大きい。

 残りはたった十本。そう己を信じ込ませて、足場の悪い鱗の道を駆け巡る。

 斬って、斬って、跳ね飛ばされて。

 斬って、魔法で撃たれて、跳ね飛ばされて。

 跳ね飛ばされて、斬って、喰い付かれて。

 魔法で吹き飛ばして、喰い付かれて。

 喰いつかれて、喰いつかれて、喰いつかれて。

 喰いつかれて、喰いつかれて、喰いつかれて、喰いつかれて、喰いつかれて、喰いつかれて、喰いつかれて――。


「凶悪なスキルを持っている割には大した事なかったのぅ。これで終わりか?」


 パラメーターがいくら低くても、止めどなく襲ってくる蛇の群をいなし続けるのは難しかった。四肢をそれぞれ蛇頭が喰らっており、空中ではりつけにされた状態にされてしまう。

 『暗影』が使えれば逃げ出すのだが、スキルを発動し過ぎてオーバーヒート中だ。

「人の腕をハムハムする、な。――発火、発射、火球撃」

 右腕を飲み込んで引き千切ろうとしていた蛇の口内で魔法を発射する。

 煙を吐きながら蛇頭は力を失って倒れていくが……接ぎ木のように首の側面から新しい首が分裂再生してしまう。

 ただし、その数はたった一つだけだ。


「む、スキルの上限に達したようじゃのぅ」

「合唱魔王、やっと、お前も限界だな?」


 チェックメイト一手前という危うさであったが、合唱魔王の首をすべて出現させる第二段階は完了だ。

 魔王攻略作戦はようやく第三段階。獣の戦士達を呼び、全員で蛇を刈り取る。

 合図は火球の魔法を上空に放つ事だ。フリーになった右腕を垂直に伸ばして呪文を唱える。


「――発火、発射、火球撃!。……ん? んん?」


 魔法は、発動しなかった。呪文を間違えた覚えはないが、もう一度唱えてみる。

「――発火、発射、火球撃! 発火、発射、火球撃! あ、あれ??」

 呪文は間違っていない。だというのに魔法が発動してくれない。何となく、着火しないマッチを擦っているような感覚だ。

 まさか、という思いで網膜内のパラメーターを確認する。


==========

“ステータス詳細

 ●力:21(弱体)

 ●守:15(弱体)

 ●速:24(弱体)

 ●魔:0/63

 ●運:5”

==========


 『魔』の残量がゼロでした。完全なるガス欠だ。誰か、J〇F呼んできて!

「ちょ、ちょっとタイム。『魔』が自然回復するまで少し待って!」

「誰が待つか! このまま体をバラバラに引き千切ってやるからのぅ!」

「いででッ、うげっ! だ、誰か助けて!?」

 単独で頑張り過ぎてしまったらしい。合図を送れないので誰も助けに現れはしないだろう。

 ……いや、もしかすると、合図を送ったとしても本当に獣の戦士達が現れてくれたかどうか。

 信頼を勝ち得る機会はなかった。

 俺に信頼されるだけの要素はなかった。

 合図を送れず、間抜けに死んでしまう方が案外、幸せなのかもしれな――。


「――合図する余裕を残しておかんとは、お主はたわけじゃッ! お主のような男を信じようとしたわしが馬鹿じゃった!! やれぃ、ガフェイン! ローネ!」

「おうさ、お嬢ッ!!」

「お任せを!」


 ――そう思った矢先だった。死角より角付き幼女を担いだ熊が跳び上がって、左腕と左脚を飲み込んでいた蛇頭を大斧で一度に両断していく。

 残っていた右脚の蛇頭は、兎耳の女性が槍で突き刺して始末してくれた。

「首は生え揃っておる。もう増えんッ! 縄で縛り上げて動けなくしてやってから、一気に斬り殺してやるのじゃ!」

 自由を得た代わりに自由落下していく俺へと、熊に乗っている幼女、ジャルネが手を伸ばす。柔らかく細い手であったが、俺を掴み上げるだけの力強さが確かに存在した。

 迷わずすがり、強く握り合う。

「この愚か者めがッ、何が救世主じゃ。そんな男はどこにもおらんではないか」

「助かった。でも、よく気付けたな、ジャルネ」

「……頭の中で戯言たわごとが響いて、仕方なくじゃ」


==========

“『神託オラクル(強)』、高次元の存在より助言を得るスキル。


 根本的には神頼りなスキルであり、いつも都合の良い助言が得られる訳ではない。そもそも、言語的な解読が困難な助言も多い。ただし意味が分かれば役立つ事も半分ぐらいある。

 神便りというよりは、アンテナの向きや天候、波長の合わせ方次第とも言える。

 結局は、スキル所持者の判断が求められる”

==========

“――『神託』する。

 あの救世主、あのままだと死にます”

==========


 ジャルネの好プレーのお陰で命を救われた。俺もガフェインの肩に乗って、蛇頭の密集地帯から退避していく。

「ハォゥォォッ、オロロロロロロッ!!」

「オロロロロロッ!」

「オロロロロロッ!」

「オーロロロロッ!」

 独特の鳴き声を上げながら、獣の戦士達が森から出でて突撃する。

 合唱魔王は迎撃しようと首を伸ばすが、その動きは遅く不十分。俺の『魔王殺し』が効いている。

 戦力は昨日の三分の一。首一つに戦士一人しか割り当てられない人数であるが、それで十分だった。ジャルネの指示通り縄を引っけて引き倒し、地面に杭打ちして生け捕りにしようとしている。

 当然、合唱魔王は暴れて抵抗するが、ガフェインが胴体を殴り付けて黙らせている。

「この、一度敗れておいてまた現れておっ、グぇッ!」

「黙って縛られろ!」

 捕縛に参加するガフェインの肩からジャルネは跳び降りた。

 戦闘能力のないジャルネであるが、最前線にて戦士達を鼓舞する彼女の存在は貴重だ。魔王の鼻先にいる子供が拳を腰に当てて堂々としているのに、戦士達がおくする訳にはいかないからである。


「獣の戦士達よ! 合唱魔王は我らが凶鳥が……救世主がっ、弱体化させておる! 抵抗する力は残っておらん。恐れる必要はどこにもないぞ!」


 昨日の敗戦後、戦意を失っていたジャルネの姿はどこにもなかった。


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 ◆祝 コミカライズ化◆ 
表紙絵
 ◆コミックポルカ様にて連載中の「魔法少女を助けたい」 第一巻発売中!!◆  
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 助けたいシリーズ一覧

 第一作 魔法少女を助けたい

 第二作 誰も俺を助けてくれない

 第三作 黄昏の私はもう救われない  (絶賛、連載中!!)


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