14-5 魔王殺し
七十の首が生える合唱魔王の異形には、気色悪さと凶悪さが両存する。汚らしい毒性唾液に塗れた牙が並び、冷血動物の瞳の数々が俺を喰い殺そうと血を走らせている。蛇の毛玉という表現は正しいかもしれないが、十倍以上の体格差を表現しきれていないので、やや迫力に欠けるか。
「ああ、クソ。調子が出んッ。どうなっとん蛇!?」
「どうした、どうした。そんな千鳥足で」
「お前の顔が醜過ぎて頭痛が止まんし、寒気がする」
よろよろと突出してきた蛇頭を避ける。カウンターで、柔らかい喉へと氷の刺突剣を押し込んだ。
根元から二又に分かれて再生し、これで首の数は合計七十一となった。
酒をたらふく飲んで酔っ払った魔王が相手なので、特に厳しい戦いではない。
……いやまあ、嘘なのだが。
「青、残りの『魔』は?」
(…………残りは60ぐらい。三節で十数回。四節で三、四回)
「俺の『魔』も30ぐらいしかない。ぎりぎり足りるか」
合唱魔王と対等以上に戦えている理由は、合唱魔王が泥酔のステータス異常にかかっているからではない。『魔王殺し』のステータス異常にかかっているからである。
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“『魔王殺し』、魔界の厄介者を倒した偉業を証明するスキル。
相手が魔王の場合、攻撃で与えられる苦痛と恐怖が百倍に補正される。
また、攻撃しなくとも、魔王はスキル保持者を知覚しただけで言い知れぬ感覚に怯えて竦み、パラメーター全体が九十九パーセント減の補正を受ける”
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対魔王における最大級のスキル。俺はそれを所持していた。
吸血魔王戦ではまだ封印解除されておらず、寄生魔王戦は勝手が違って有効的に使えず、悪霊魔王化していた頃は使用できなくなっていたので、今回ようやく役立ってくれている。
普通に考えてパラメーター九十九パーセントオフは反則的だ。100のパラメーターが1になるのならば、病み上がりの俺でも十分に戦えるという訳である。
「酔っとるとはいえ、合唱魔王と単独で戦うお前は一体、何者なん蛇」
「凶鳥だ。覚えておかなくて良いぞ」
「知らんな。お前のように特徴的な奴がいるのなら、魔界で噂にならんはずがない」
合唱魔王は強い魔王ではあるが特殊な魔王ではない。強大なパラメーターと魔法で敵を圧倒する正統派。異世界における定説、パラメーターの高さこそが生存率に直結している、を体現した魔王だ。
よって『魔王殺し』スキルのデバフのみで多くを削ぎ落とせた。あくまで個人の感想になってしまうが、殺しても殺せない吸血魔王や寄生魔王の方が攻略難度は高いのだ。
今の合唱魔王はレベル一桁代の人間族並にパラメーターがダウンしてしまっている。『魔』もダウンしているため四節魔法も使用できまい。
ならば酒などに頼らず、最初から『魔王殺し』で押し切ってしまえば良かったのかもしれない。
「どうなっておるん蛇。酒だけでは説明が付かん」
俺一人で対峙しておらず、周辺に待機させている獣の戦士達と一緒に弱体化している合唱魔王を袋叩きにしてしまえば今頃には決着が付いていた可能性もある。
「仮面、何かスキルを使っとるな?」
戦闘を長引かせてしまえば合唱魔王が異常に気付いてしまう危険性もあるのだ。
合唱魔王を最大限警戒していなければ、こんな回りくどい作戦は採用しなかった。
「確かめるか。――大波、潮騒、排除――」
「広範囲魔法の詠唱! 仕方がないっ。『魔王殺し』で『魔』を削る」
酒で『魔王殺し』を誤魔化そうとした理由は、そうしないと合唱魔王が戦ってくれないからである。
理由もなくパラメーターが大激減した場合、慎重な奴ならば撤退を選択するだろう。魔王からは逃げられないかもしれないが、魔王が逃げるのに制約は何もない。
合唱魔王を逃がすのはかなり危険だ。きっと二度と近場には現れてくれない。『魔王殺し』は有視界にいる魔王に対してしか効果がないので、地平線の向こう側から魔法砲撃された場合は大人しく殺されるしかないだろう。
だから『魔王殺し』の発覚を遅らせて戦闘状態を継続するため、パラメーターダウンの理由を与えてやるために酒を飲ませたのだ。モンスターに口臭攻撃された時のように、ステータス異常が複数重なれば一つ一つをいちいち気にしなくなるかな、という楽観もなくはない。
小細工で、常時スキルを発動しないようにはしていた。攻撃をヒットさせる時だけや、魔法で範囲攻撃されそうになった時だけ『魔王殺し』で合唱魔王を弱体化していたのだが――。
「――魔法が発動せんかった。『魔』がたったの15? 『魔』以外も軒並み下がってしまって、これが原因かッ!」
――たった今、バレてしまったらしい。
「パラメーターを弱体化させるスキルを持っておったか、仮面! しかし、このあまりにも悲劇的な下がり方は異常が過ぎる?! このような奴が存在していたのならば魔界の奥地から出て来なかったというのにのぅ!」
「今更気付いても遅い。首が多くなり過ぎて、動きが鈍っているから逃げられないぞ」
「……いや、そういやぁ、一人おったか!!」
スキルは正体が暴かれてしまうと効果が薄れてしまう。だから、合唱魔王が『魔王殺し』に気付く前に決着を付けるのが最善だった。
俺がそうしなかったのは、合唱魔王がまだ何か隠しているのでは、こう直感していたからである。
「魔王連合が動き出す前にちょっかい出してきた人間族がいたぞ! 『不可視の致死性』融合魔王に『救済悪手』猿帝魔王の二大魔王を滅ぼしおったアサシンが、そういうスキルを所持していたはずだ。三騎士が始末したと聞いていたが、生きていたのか!」
「そうか。魔王連合にはもう『魔王殺し』がバレていたのか。危ないところだ」
「お前がわし等の、敵かッ!!」
合唱魔王はまだ追い込み切れていない。魔王連合に所属する魔王ならば何かしらの計略をまだ隠しているはずだが、合唱魔王はまだ見せていない。
合唱魔王が切り札を見せるとすれば、それは首が限界まで増えた後になる。
「そうだ、合唱魔王。俺は既に吸血魔王と寄生魔王も始末しているぞ。次はお前の番だが、どう足掻く。得意の魔法も、四節魔法をせいぜい一回唱えるので限界だろう?」
悪霊魔王の際に受けた砲撃の数が百程度だったので、首の分裂限界は百本ぐらいではないかと想像している。胴体が支えられる限界から見てもまず間違いない。
「いいや、分裂する首のパラメーターは本体よりも下がるから三節までが限界!」
蛇の口から呪文が響く。
合唱魔王本人が言うとおり魔法は三節規模でしかない。だが問題は、数だろう。
十本近い首が魔法を発動しようとしている。これはつまり、首一本ごとに『魔』が設定されているという事なのだろうか。
「――放水、射撃、水流撃!」
「――放水、射撃、水流撃!」
「――放水、射撃、水流撃!」
水流が様々な角度から放たれる。
所詮は水とは侮れない。消防車の放水を強化にして、体を窪ませるまでに水圧を高めた魔法だ。直線的な魔法なので一つ、二つならば避けられたもの、十の数は避け切れるものではない。
氷の壁が地面から伸び上がって水魔法から俺を守った。青の自発的判断だ。同じ三節魔法の防御魔法らしいが、複数の放水を受けても氷壁は壊れなかった。
「それにのぅッ、首は分裂する瞬間に、『魔』が回復するん蛇!」
だが、合唱魔王は更に魔法攻撃を続けてくる。
『魔』を使い果たした首は用済みなので、カートリッジを交換するかのごとく他の首に食い千切られて捨てられてしまう。間髪いれず、二倍に増えて復活した首は完全回復した『魔』を使い三節魔法を発射する。
水流の連続に氷壁は厚みを削られて倒壊。壁の後ろに隠れていた俺に水流が命中してしまう。
ヘビー級のストレートパンチを受けた衝撃により、俺は遠くに飛ばされていく。