14-4 ステータス異常は酒の所為
生贄達にお酌させて合唱魔王はご満悦だ。最初は九本しかなかった首が三十本ぐらいにまで増えてしまっているが、酔っ払っていない首は一本も存在しない。
「これで持ってきた酒はすべて飲ませたが」
「――うまく飲ませたものだ。後は俺の仕事だ」
ジャルネは本当にうまくやってくれた。酒を飲ませるまでが一番の難関だと思っていたのだが、楽々こなしてくれた。首の数も最初から三十本。上々である。
「きょ、凶鳥か。どこから現れた!?」
『暗躍』で気配を消して近くでずっと見守っていました。死人を出さないと断言してしまった手前、生贄役の者達の安全を確保しなければならなかったので。正直、かなりヒヤヒヤしていた。
生贄達の手鎖は、知恵の輪のごとく実は簡単に外れる。
自由になった猫耳の生贄達。これからここは戦場となるため即時離れてもらおう。
「ジャルネも離れていろ。ただし、見ているんだ」
「わしは何を見ていなければならぬのだ?」
合唱魔王討伐の第一段階を達成してくれたジャルネには褒美があってしかるべきだった。
「救世主が、魔王を倒す瞬間をっ!」
子供でありながら御伽噺を信じられなくなってしまった可哀想なジャルネには、せめて、職業的救世主の存在を見せてやりたかった。
「どういう、意味じゃ!?」
既に魔王戦に意識を集中しているため、ジャルネの疑問には答えない。
酔い潰れている蛇の眉間を足底で踏み付けて、剣を掲げるように両手を夜空に突き出す。
「青ッ、氷魔法で武器を生成しろ!」
冷気が手の平から伸び出て氷の刃と化す。青は今回、影の中から俺を全力サポートだ。
鋭く細い刺突剣の柄をくるりと返す。体重を乗せて、鋭い切っ先を蛇の額に突き入れる。
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“●レベル:21”
“ステータス詳細
●力:21(弱体)
●守:15(弱体)
●速:24(弱体)
●魔:63/63
●運:5”
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つい最近まで死にかけていた俺の体は、未だに本調子からは程遠い。魔王の体を貫く程の『力』はないはずであったが……氷の刃は深く突き刺さって血が吹き上げる。
「合唱魔王。この凶鳥が不幸を届けにきたぞ!」
合唱魔王討伐作戦は、いくつかの段階によって構成される。
第一段階の目標は、酒を飲ませる事。
ジャルネの手際が良かったからなのか、酒を好物としていたからなのか、まさかすべての酒を飲み干すとは思っていなかった。泥酔させてしまうのは出来が良過ぎる。
「もう飲めんけぇ……ひっくっ」
「永眠してろッ!」
第二段階の奇襲攻撃が実にスムーズだ。
「『分身』発動ッ! 青、人数分の武器を用意! 酔い潰れているのなら、全部の首を刈り取ってしまえッ!」
首が寝ている間に終わらせる。
手数を物理的に増やすため、『分身』スキルを使用する。分身体のパラメーターは本体よりも低く、ほとんどレベル1と変わらない。それでも多少苦労するぐらいで頭を突き刺せている。
本来ならばありえない。
酔っ払った合唱魔王の『守』が下がっているから。それもあるだろうな。
「青ッ、再生成!」
頭蓋骨に引っかかり、折れてしまった刺突剣の交換を指示する。
四本目の首を仕留めたが、まだ首は増えようとしない。分裂スキルは任意発動型か。増えないのならばこのまま残りを殺し続けるだけだ。
「……はっ、なん蛇? 妙にズキズキ痛いが二日酔……ぃい!? げッ、何本か死んどる?!」
「おはよう魔王様。おやすみッ」
「げふぇッ」
顎の底から剣を突き刺して、内部で冷気を高めて刀身を伸ばして脳を破壊する。
「敵襲ッ! 敵襲!」
「どこの馬鹿タレ蛇!」
「いたぞ。お前は、昨日の仮面ッ?! 殺したはず蛇……ギャガァッ」
一本起きたら続けて目を覚ます。緩慢な動作であるが、野太い柱が乱立していく。
それでも敵はまだ混乱の最中だ。更に一本、もう一本。
「――発火、発射、火球撃。これで七本目。青、全体魔法!」
青い女性の呪文詠唱が影から木霊す。
吹雪が左右五本の首の体温を奪って氷結させた。
俺は戦果を見届ける事なく頭を振っている蛇頭へと剣を投擲して、斜め後方へと火球を発射する。分身体にも無茶な突撃を強いた。
そして十五本目の首が倒壊した瞬間……合唱魔王の首は十六本に増加した。
「『分裂再生』。確実に殺したと思っておったがのぅ。酒で気持ち良く酔っていたところを襲ってくるのは都合が良過ぎる。なるほど、つまりお前達は昨日の続きをしたいと言う訳か」
死亡して動かなくなった首が根元から落ちていき、新しい首に生え変わっていく。同然、数はニ倍になっており、合唱魔王の首の総数は五十本弱になってしまう。
寝ている間にすべての首を落とす。この正統攻略に俺は失敗してしまったのだ。
「対応が甘かったのぅ。逆らう輩は砲撃にて焦土にする。山羊に遠慮し過ぎたか。まあ、今からでも遅くはないが」
俺へと睨みをきかせながらも、五十本の半数が夜空へと向き直す。仰角を補正しながら蛇の動向は遠隔地、おそらくは兎の部族の集落地を照準していた。首が複数あるからこそのマルチタスクだ。
「獣に仮面。お前達は魔王を甘く見ていた。手を出してはならん相手に手を出してしまったのぅ」
『魔』の収束を検知した。このままでは合唱魔王の四節魔法による超距離砲撃が始まり、集落が壊滅してしまう。
だから俺は……特に気にしない。
「やれるものなら、やってみろよ?」
「ほざけ。そういう台詞は何か一つでも優位性を得てから言え。砲撃を開始す……ん、撃てん、急に『魔』が下がったよう――」
気にせず合唱魔王の胴体へと最接近して、蛇腹を蹴り上げた。
合唱魔王の万年杉のように太い体が、くの字に曲がる。膨大な破壊をもたらす砲門が、複数の口から泡が飛び散る汚らしい噴水へと成り下がる。
「――んなっ、ガぁ、馬鹿なッ。なん蛇この痛み!?」
「合唱魔王。そんなに酔っている癖に、俺を無視していられるのか?」
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●合唱魔王
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“ステータス詳細
●力:455 → 303(泥酔)
●守:480 → 320(泥酔)
●速:41 → 30(泥酔)
●魔:1510/1510
●運:0”
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「酔ってはいるが、たかが人間族の蹴り一つで!? 馬鹿な!」
「青、今だ。広範囲攻撃!」
影の中から、青はスレンダーな上半身だけを外に出す。彼女の手の平からは無数の氷柱が放たれた。
巨大な胴体に沿って上方向へ。覆い茂る複数の首は狙い撃つ必要がなく、氷の弾は次々と突き刺さる。
五十本に増えていた首の三分の一が倒れていく。もちろん、簡単に生え変わって増えていくが、合唱魔王の背筋をゾクりと冷たく震わせるだけの戦果は存在した。
「こう見えて俺のパラメーターは高いんだ。対して、お前は泥酔によってパラメーター減してしまっている。どうやら『守』を突破してしまっているらしい」
「いや、そんな重い攻撃には見えん! 何がどうなっ、ぐッ?!」
「事実、こうして剣が突き刺さる。俺を無視している余裕はないぞ、合唱魔王。全力を出せ」
合唱魔王は苦痛と困惑を混ぜた表情を見せている。
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●合唱魔王
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“ステータス詳細
●力:455 → 4(魔王殺し)
●守:480 → 4(魔王殺し)
●速:41 → 0(魔王殺し)
●魔:1510/1510 → 15(魔王殺し)
●運:0”
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表情からは、攻撃を命中させた瞬間だけ、某スキルの瞬間発動によってパラメーターが大激減している事実に気付いた様子はない。
第二段階も順調だな。