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誰も俺を助けてくれない  作者: クンスト
第十四章 百の首を落とせ
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14-3 アルコールハラスメント

 大人が入り込める大きさのかめが荷車に詰め込まれていく。独特の発酵臭と、たまに気泡が浮かぶ音が聞こえてくる瓶の中身はアルコール、つまり酒だ。

 獣の種族は効率的な醸造場を持たない。集められた大量の酒は、各部族が所持していた酒を一滴残らずかき集めたものである。そのため瓶ごとに匂いとアルコール度数は異なり、風味も独特だ。それでも魔界産の酵母を用いた地酒は一級品ばかりである。

 百人の人間族であっても飲み干せない量の高級酒がいったん集落地に集められた後、すぐさま出荷されていく。百の首を持つ大魔王に献上するのだ。これでも足りないぐらいだった。


「熊族の勇猛なる戦士、ガフェインよ。戦士なれば戦いから逃げようとは思わぬが、本当にそのハルピュイアの仮面を信じられるのか?」


 時刻は既に夕刻。

 合唱魔王のご機嫌を取るという名目で酒の徴収を行いながら、戦士達の説得も同時平行で行っている。

「俺は昨日、この仮面に女を助けられた。女と一緒に魔王から逃げ延びる事ができた。この屈辱染みた恩だけは否定できんからな。正体不明の男だが、殿しんがりとなって生還できるからには力があるのだろう」

 まだ傷がえていない戦士達を前に、ガフェインは完全装備で大斧をかついで向き合っていた。再度の魔王攻略戦に難色を示す戦士達のネゴシエーションの最中だ。

 焚き火の揺れる光に照らされるガフェイン。その斜め後方に俺とジャルネが控えている。

「そうは言うが……」

「信じられる者だけが付いてくれば良い」

「戦うのは良いが、無駄死にするのは……」

 説得ははかどっていない。ガフェインはくま望ある戦士であるが、口が達者という訳ではないためだ。

 逆にこういう人心掌握に長けているのはジャルネなのだが、ジャルネ自身が魔王に勝てると信じていないので強く働こうとしていない。

 これ以上グズグズしていると作戦開始に間に合わなくなるので、俺が前に出る。


「戦士であっても死ぬのは怖いか?」


 あおるような第一声の直後、「怒りを買うだけじゃ」とジャルネに服を引かれてしまったが構わず続ける。


「当然だな。死は誰だって恐れるものだ。だから約束しよう。今回の魔王攻略で俺は一人も死者を出さない! 一人でも死んだ時点で攻略失敗と見なして撤退して構わない!」


 大言を言い放つ俺を見る戦士達の顔はいぶかしいものばかりだ。

「…………無理じゃろ」

 傍にいるジャルネにさえ、小さくつぶやかれてしまった。





 深夜未明。

 本日は生贄の日であるというのに、まだ生贄は到着しない。そもそも昨日襲撃があったばかりだ。来ない可能性が大きかったので、合唱魔王は首を長くして待ってはいなかった。

 ただ、期限切れの報復砲撃のため、九本の首が山猫の部族の住処へと照準を合わせているだけだ。日はまだ変わっていないかもしれないが、気分次第で砲撃を開始するつもりだ。

「……なんじゃ。来たんか」

 合唱魔王は寝かしていた巨体を立たせる。生贄共と思しき集団の『魔』を検知し、『千里眼』スキルで姿を確認した。

「日の期限だけじゃなく、時刻も決めておくべきじゃったのぅ。……ほう、今日は数が多い。びのつもりか」

 生贄の集団は女子供が大半で清潔な衣装を着込んでいる。武装した者はいない。味は保証できるが、レベル的には美味しくない生贄達だ。山猫の部族に生贄を要求するのは今回が限界だろう。

 やれやれ、と頭を一つ振って合唱魔王は決定する。後腐れをなくすために山猫の部族を砲撃するだろう。

 もちろん、生贄を喰ってからになるだろうが。

「生贄……だけじゃないのぅ。何か運んでおる」

 生贄ではなさそうな男達が、丸太を組んだ輿こしのようなものに瓶を乗せて運んでいた。生贄達も背中に瓶を背負っている。鬱蒼うっそうとした悪路を、大荷物を持って歩いているのであれば生贄の到着が遅れるのは当然だった。

 瓶の中身は揺れている。恐らくは液体で飲料。

「これは、酒、じゃな。酒は好物じゃが……う、ううむぅ……」


==========

“『弱酒』、お酒はほどほどに、酔ったら飲むな的なスキル。


 酒に酔い易い体質となり、舐めるように飲んだだけでコップ一杯を一気飲みした効果を得られる。

 なお泥酔のステータス異常にはステータス減少やスキル失敗があるので注意”


“≪追記≫

ヒュドラーそのものが酒に弱いという逸話いつわがある訳ではないものの、多くの神話で蛇は酒によって失敗している。そもそも蛇は酒の一種になるぐらいに相性が抜群”

==========




「合唱魔王よ。昨日の非礼を詫びたい。ここに用意した酒はすべて献上するっ!」

「お前は喰い損ねた子供か。はっ、のこのこ現れて言う事が飲んで忘れろでは怒りは収まらんのぅ」

「安心するがよい。わしも生贄の一人じゃ」

 鹿の部族の少女、ジャルネが両手首を繋ぐ鎖を見せた。他の生贄も全員、反抗の意志がない事を表すために装着している。

「馬鹿を言う。逃げたお前が返ってきた。プラスもマイナスもない。ただ怒りだけが残っておる。……そこでおびえていろ、魔法で焼き尽くしてくれる」

 合唱魔王はジャルネに向けて首を一本伸ばして、喉奥に『魔』をチャージし始める。


「食欲がかぬか? わしは巫女職じゃぞ?」


 しかし、ジャルネが職業を明かした事で口を閉ざした。

 魔族の中で言われている定説に過ぎないが、人間の味は職業によっても異なるという。美味と言われる職業の代表例は巫女職だ。清らかなイメージが美味いと思わせているだけかもしれないが、合唱魔王は定説を信じていた。

「ふん。せっかくの生贄だ。望み通り喰らってやろう」

「待て待て。まずは食前酒であろう。これらの酒は我等の取っておきじゃ。酒で喉をうるおしてからの方がわしは美味いぞ」

「それも、そうじゃな。では、そこの瓶を一舐め――」

 ジャルネが運んできたやや小さな瓶を選び、合唱魔王は妙にゆっくりと、慎重に頭をジャルネの真正面に近づける。そこから長い舌を伸ばして、瓶の中にひたそうとした。

 合唱魔王の酒の飲み方は、巨体に似合わず実に可愛らしい。


「大魔王が遠慮するではない。それ、まずは一献じゃ」


 ただ、あまりにも可愛らし過ぎたので、ジャルネは待っていられない。消火活動でも行うがごとく豪快に瓶を傾けて、中身をすべて合唱魔王の口内に投じた。

 合唱魔王の首が、ごくり、と音を鳴らす。

「うっ――」

「ほれ、瓶はまだある。もう一献」

「あっ――」

「うむ、いける口じゃな。そら、瓶を持った腕が重い重い。重過ぎるからもう一献」

「やめっ――」

「大魔王様の格好良いところ見てみたい!」

 瓶ごと一気に飲んだと言っても、体格差を考えれば酒の量はお猪口ちょこ程度でしかない。合唱魔王の胴体が全長五十メートル近いともなれば、水滴を数粒舐めたに過ぎない量だ。

「どうじゃ。美味いじゃろ? わしは飲んだ事はないが、父上やおじい様は皆美味いと」

 合唱魔王は――、


「――――ひっくっ」


 ――首を弛緩させて地面で伸びてしまった。鱗があるので顔は赤くなっていないが、完全に酔っている。

「えっ、たったこれだけでもう酔ったのか??」

 ジャルネが驚くのは無理もなかった。数々の魔法を放って戦士達を一掃した魔王の首が、だらしなく下顎を伸ばし切り、ひっくひっく、しゃくり上げているのだ。


「なっ、その首だけズルいじゃろ!」

 「こっちにも酒をよこせ! 一本酔ったなら二本も同じじゃろうが」

  「飲んでもないのに酔いが回るのは損でしかないのぅ! こうなれば飲め飲め!」


 ただし、大量に用意した酒が無駄になる事はない。

 まだ酒を飲んでいない首八本も酒を要求し始める。

 酒に弱いのであれば、飲むための口を数多く用意すれば良いと考えたのだろう。血流でアルコールが運ばれているため、愉快に首を千切って数を増やし始めた。


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 助けたいシリーズ一覧

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