13-11 野営
「――ようするに魔王が協力して世界が危ない。ちなみに、皐月が倒したナックラヴィーとモスマンも魔王連合に所属する魔王だ。倒しても倒しても復活するのが特徴だが、奴だけが特殊な訳ではない」
「魔界を旅している間に世界が大変な事になっていた!」
「皐月はいつから魔界に潜っていたんだ……」
魔王連合の台頭を知らなかった皐月に一通り説明し終えた。ネットのない異世界だから仕方がないとはいえ、重大ニュースを逃し過ぎだと思う。
「エルフの族長殿は温厚で話が分かると聞いておる。謁見さえできれば協力できると思っていたのだが、追い返されてしまったのでは仕方があるまい」
あっはっはっ、と楽しくもないのに堂々と笑うジャルネ。
絶望感を漂わせているよりもずっと良い反応だ。将来に至らなくても既に大物感がある。
「とはいえ、一つも成果なく帰る訳にもいかん。そこでおぬし等じゃ。エルフの部隊を追い払ったおぬし等をスカウトしたい」
「お嬢。人間族なんですぜ。素性も知れません」
「ガフェインは大柄な癖に器が小さいのう。どんな種族でも使いこなしてこその大将よ」
俺はどう転んだとしても魔王連合と戦う運命にあるらしい。七転八倒して堕ちる所まで堕ちたというのに、また戦いの舞台へと引っ張り上げられようとしている。
「普段『魔』が高いと威張っている長耳共を圧倒したのは実に痛快じゃ。獣の種族は魔法を不得意とするが、ここにはわし等の弱点を補える魔法使い職が三人もいるではないか」
……ん。三人?
皐月に赤と青と……あれ、俺は?? 目当ては本体ではなく、オプションの方か。
「戦力としてだけではない。火の鳥殿がわし等に賛同すれば、火の鳥殿を崇めておる犬の部族もわし等に取り込める」
「いや、私は鳥じゃなくて人間だし」
「謙遜するではない。子供を助けるためにマグマに跳び込んで、溶けない人間族がいるものか。子供を追って火口に跳び込んで、片手だけ残して沈み込んでいく姿に誰もが悲観したという。が、そこから炎の翼を纏い飛翔したのであれば、神以外にありえぬ」
皐月も俺が知らない所で苦労しているんだな。「違うのに」と顔を隠して俯いてしまった。
やっぱり、自分だけが不幸だというネガティブな思考は間違っている。世の中の生命全てが不幸なのだ。
「返事はどうじゃ」
さて、スカウトに対してどう答えるべきか。
ジャルネ陣営の戦力の少なさは、まぁ、他人の事は言えないので黙認可能だ。
魔王連合と戦う意味。これは……どうだろうか。個人的には記憶を奪われた恨みが残っているのだが。皐月の事は思い出しているので、もうどうでも良いような気もする。
「……交換条件があるわ。獣の種族なら魔界の探索も可能のはず。私の大事な人の捜索を手伝ってくれるのであれば力を貸してあげる」
皐月はジャルネのスカウトに乗る気だ。大事な人というのは、なるほど、浅子か。
「人探しじゃな。獣の種族は嗅覚が秀でておる。すぐに見つけてみせよう」
「なら私はOKよ。で、そっちの人達は君の管轄でしょう。どうする訳?」
皐月に異存がないのであれば俺も拒否はしない。
「魔王連合とは因縁がない訳ではない。力を貸そう」
「うむ。歓迎するぞ!」
満足気に頷いてジャルネは角を振る。
「ようこそじゃ。わし等の解放軍に!」
日が落ちて夜が迫ったため夕飯の準備に入る。
草食動物らしく、ジャルネはイネ科の雑草をじか食いしている。
どこかに消えていたガフェインは、アロワナみたいな巨大魚を担いで戻ってきた。豪快に頭からかじりついて喰っている。
「この辺りの草は不味いのう。魚が食える熊の部族が羨ましいぞ」
「旬が過ぎているのでそこまで美味くはありませんぜ」
アウトドア派な種族だ。とても人間族には真似できな――。
「んー、トカゲって鳥肉みたいでカロリー的には助かるのだけど」
「おい、皐月。女子がトカゲを普通に魔法で炙って食べるのはどうなんだ?」
「蛇喰う女よりマシでしょうに。キャプチャーしたらまず味を確かめるのが鉄則って言いながらパクパクと」
スネーク・イーター。誰が蛇食べたのでしょうね。
皐月は荒処理したトカゲに串を通して塩を振りかけた後、魔法で程好く焦がして食べている。頭がなければ焼き鳥を食べているように見えたかもしれない。
ちなみに、夕食の光景に赤と青の二人はいない。俺の影の中に戻っている。顕現しているとそれだけで『魔』を消費してしまうためだ。『魔』を生産できない死人にとって死活問題であるため、影に潜んで休んでいる。
==========
“●レベル:21”
“ステータス詳細
●力:73 ●守:56 ●速:87
●魔:11/63
●運:5”
==========
『魔』が勝手に減っているので彼女達も食事中なのだろう。
どうも俺は潔癖症が過ぎるらしい。魔界からナキナに戻って食生活がまともに戻っていた所為で、魔界の豪快な味覚を忘れてしまっていたらしい。生物ならば喰わねば生きられない。
ならばと鹿と熊と幼女を見習って、そこいらに生えている木から果実をもいで食べる。
「うむ、美味である」
脳が蕩ける美味さだ。
「はぁぁあっ、ちょっと、何食べた!」
「お、愚か者ッ?! 神経毒の実を喰らうとは何事じゃ!」
あれ、どうして怒られるんだ。
やる事もない夜は退屈だ。が、決して暇な訳ではない。安全な野宿のためには誰かが起きていなければならないのだ。
女子供に番をやらせる訳にもいかず、必然的に俺とガフェインの二人が交互に起きていた。
深夜未明。携帯を取り出す仕草をして、以前に捨てた事を思い出した時間。
ふと、ごそごそと寝床から起き上がった皐月が一人で草むらに分け入って行く。何事だろうと後に付いていこうとすると、ムスっとした寝起きの悪さで拒絶された。
「自然が呼んでいるのよ。付いてこないで」
デリケートな事情が発生したようだが、魔界の夜は危険だ。
見張りが必要となると提案しようとした途端、足元から寒気が遠ざかっていった。闇夜に紛れて見えないが、俺の影から一人分離したらしい。デリケートな問題であっても、女同士であるので何も心配いらない。なかなかに気が利くゴーストだ。
ちなみに、野営地に焚き火の類は存在しない。野生動物は火を嫌うとも言うが、火はむしろモンスターを呼び寄せる要因になりえるからである。
真っ暗意な夜、満天の星空に見下ろされながら耳を澄ませる。自然しか存在しない世界に身を寄せていると、体が溶けて消えてしまったかのように思えてしまう。自分などここに存在しない。ただ、世界のみが存在する。そう錯覚してしまう。
「おい、お前」
……そんなボーダーレス感覚も、重低音な熊の声の所為で全部ぶち壊しだ。
「俺は人間族を信じていない。特別、お前は怪しい。醜い鳥の仮面を付けているから何だという。死臭さえする人間族を信じられるものか」
寝ているジャルネを起さぬよう、ゆっくりとガフェインは上半身を起す。肉食動物の眼光が闇夜の中でも光る。
「俺はいつも背中からお前を見ているぞ。もしお嬢を裏切ってみろ。生きながらに食い殺してやる」
「……素性不明な俺に不満があるのは当然だな。が、それなら俺も本音を言わせてもらおう。お前達はどうして子供を大将に仕立て上げた。魔王と戦う危険な役目を子供に押し付ける獣の種族は、腰抜けばかりか?」
ガフェインはわざわざ不満を口にするために起き上がった。ならば、俺も不満を言ってやる。
「浅はかな人間族め。お嬢はな……目の前で家族を、両親と兄弟を処刑されたのだ」
鋭い爪を可能なかぎり引っ込めて、慈愛に満ちた仕草でガフェインはジャルネの頭を撫でる。
「子供にとって世界とは、家族だけで完結する。世界とは家族そのものだ。山羊魔王の手によって落とされた家族の頭を認識した瞬間、この子にとって世界は終わったのだ。世界を滅ぼされるに値する殺意。一体どれ程のものか、俺の頭では想像さえできんな」
そういう訳か。こう納得する言葉さえ失う。
一度は死を司ったはずの俺の目でさえ、ジャルネはただ器の大きいだけの子供にしか見えなかったのだ。復讐の欠片さえ感じ取れなかった事実に絶句してしまう。
「復讐の炎を持つ者に年齢など関係ない。俺達の中で、お嬢が最も相応しかった。だから俺達はお嬢に従う。お嬢の言葉は絶対でなければならない」
ゆえに、とガフェインは言葉を続ける。
「醜い鳥の仮面。お嬢を裏切れば、お前を必ず殺す。魔法使いに守られていようと安心できると思うな」
「そのつもりは別にないのだが」
「人間族の口は軽い。信じはしないさ」
ガフェインは言いたい事だけ言って眠りについてしまう。まあ、俺を信じていないのであれば狸寝入りなのだろうが。いや、熊寝入りか。
念押しされるぐらいに俺は信用ならなかった。まあ、一度は魔王化している。当然の警戒心だった。
熊でありながら、ガフェインは最も人間らしい。
ところ変わって。
野営地からの徒歩圏内。
「さむっ、冷える」
用事を終えた皐月は体を震わせながら戻る。耐寒性能のあるいつもの服を燃やしてしまっている皐月にとって、魔界の夜は寒くて敵わない。魔法を使えば別であるが、魔法を察知して近づいてくるモンスターが生息しているかもしれない。風邪をひく程でなければ我慢するしかないのだ。
ふと、皐月は冷気以外の悪寒を覚えて背後へと振り向く。
幽霊が立っていた。仮面を付けた赤い幽霊だ。
「うわっ、びっくりした。赤っていう人だっけ」
幽霊であるため一切の生気が漂っていない。精巧な蝋人形を見ているのと同じ気色悪さが浮遊しているだけである。
「火属性の魔法使いって格好が似てしまうのね。でも、赤って色で人を識別するのは酷いと思う」
しかし、何故か皐月は赤い幽霊を見ても鳥肌を立てない。妙に話しかけ易い相手なので言葉をかけてしまう。返事はないのに、一字一句聞き逃していないだろうと予想できてしまうからだ。
そういった意味で、赤は不気味な幽霊だった。
「あんな正体不明の男に従事しているなんて大変ね。でも、嫌々従っている風にも見えないのだけど、赤の望みって何なの?」
一瞬、赤はギクシャクと顎を動かしかけて、強く奥歯を噛んだ。答えるつもりは……なさそうだ。
「事情がありそうね。まあ、話したくなったら話して」
あくびをかいた皐月は野営地へと戻っていく。
赤い幽霊は無言をどうにか貫いて、皐月の後ろを付いていく。