13-8 運命的な遭遇戦
モンスター満ち溢れる異世界においても、熊は生態系を築けているのだろうか。針金のように硬そうな毛に覆われた体はフルプレートアーマーに勝る。
大きさからヒグマではないかと想像される。日本にも生息している。
ヒグマは魔界でも生息可能。ヒグマは日本にも野生種が生息。よって、ヒグマが生息する日本は魔界と同じぐらいに危険、の三段論法が成り立つ。
「人間族が。お嬢、どうするんで! 狩人職かどうか掟通り確かめますか」
日本のヒグマは喋ったりしないが。
よく観察すれば簡易ながら服を着ているぞ、このヒグマ。頬に模様を書き込み、爪にもアートが施されている。
「噛んで死ななかった人間族が良い人間族で、死んだ人間族が狩人職という熊の部族に伝わるアレじゃな。愚か者めっ! 矢で射られている最中なのじゃぞ」
そもそも、幼女を肩に乗せて走る熊など実在しない。落とさないように片手を肩に回して、大事そうに守っている。
さて、突然現れたヒグマに対して死んだフリをするべきなのだろう。が、状況が許してくれない。ヒグマと幼女は先程から弓で狙撃されており、弓を持った集団が後から出現したからである。
美麗なる顔と横に突き出した耳。
武装したエルフの集団がヒグマを追って現れた訳であるが、当然ながらエルフ共も俺達の存在に気付く。
「止まれッ。新手がいた……いや獣共ではない、人間族だ!」
俺達、ヒグマ、エルフは三角形の頂点を形成した。互いに敵対する愛のない三角関係が形成されてしまい全員の動きが一旦止まる。
ヒグマとエルフの陣営について関係性が見えないものの、俺達は巻き込まれただけの被害者で間違いない。
「エルフに、獣の種族」
「獣の種族?」
ヒグマの正体を呟いた皐月に、知っているのかと問いかける。
「知らないの? ああいった動物似の種族の人達の事よ。最初はとっつき難いけれど、話してみると案外話の分かる人達よ。旅人には優しいし」
皐月は個人的に交流があったのだろうか。獣の種族に対して好印象を抱いている。
「一週間ほど集落に滞在させてもらったわ。チーズやバターが美味しかった」
なるほど。ウルルンときそうな良い出会いがあったのだろう。
ヒグマ達が危険ではないという証拠にはならないが、話が通じるという情報は貴重だ。とりあえず明確に危険な相手ではない。
では、俺も経験を語るとしよう。何を隠そう、俺も他種族の集落に滞在していた経験があるのだ。長い耳の彼等彼女等は手厚く歓迎してくれて、縛られたり失明させられかけりと貴重な経験ができた。
「そのおぞましい鳥の仮面はッ! こんな場所でのこのこと、お、おおおおお前はッ!! 私のアイサをどこに連れて行った、言えッ!!」
そうそう。滞在先の家にいた長女さんは美人さんで、丁度今、憎悪の視線を向けている女エルフと同じ顔をしていた。エルフは全員デフォルトで美人なので、特別長女が綺麗な訳ではない。
邪魔臭く金の長髪を一度かき分けてから、女エルフは身長ほどの大きさの弓を構え直す。もちろん矢は装填済みだ。
「何であの綺麗なエルフに妹の仇みたいな目で睨まれている訳?」
「鳥のお客様。恨みを買うぐらいであれば商品をご購入ください、であります」
「何故我等を追っていた森の種族に恨まれているんじゃ、あの鳥の面は」
幼女共の素朴な感想の所為で後頭部が痒くなる。
「答えろッ! 呪われた男め。アイサを返せ!」
アイサの名前を知っている女エルフとなれば、十中八九アイサの姉だろう。名前は……もう覚えていないが、顔に見覚えはある。
アイサ、か。
あの時は地球に追放するのが最も素晴らしい手段だと思っていたし、後悔もない。滅ぼすつもりの世界に置いておくよりずっと良かったと胸を張れる。
「この人でなしめ、災いの鳥!」
問題は、追放したまま帰還させる術がない事だ。どんなに凄まれてもアイサ姉の願いを叶えてやる術はない。
つまり、エルフ陣営との話し合いや和解は不可能と思って良いだろう。
大まかに味方と敵の区分けが済んでしまったため、事態が進展してしまう。アイサ姉は追っていたはずのヒグマを放置した。弦を限界まで引き、矢を放つ準備を整える。
「答えられないのなら、答えさせるまで。全員、まずは邪魔な人間族から対処するぞ。鳥の仮面以外は始末しろ」
エルフは数が多い。それぞれが弓で狙いを付け始め、すかさず放つ。
飛んできた矢は皐月の心臓に達する前に――、
「――炎上、炭化、火炎撃!」
――火炎によって無力化された。
俺の所為で皐月を巻き込んでしまって申し訳ない。全部エルフが悪いので諦めて欲しい。
「まったく、どうしてエルフに襲われなければならないのか。こうなったら手伝いなさい、ヘンゼル」
「業務外、であります。無料、無駄働きは商会で忌避されている、であります。……が、行商における危険や関税は排除。商売は自由であります」
そして、完全にとばっちりでヘンゼルへも矢が飛んでいくが、彼女は自衛を開始する。
ヘンゼルは両手をだらりと下げると、袖口から何かを取り出した。すぐに腕を水平に構え直すと、取り出した物に付属するトリガーを引く。
甲高く爆ぜる音が、鼓膜を震わせる。火薬の臭いが広がる。
ヘンゼルは鏃を銃撃したのだ。鋭い視線は異様に研ぎ澄まされており、容赦は一切存在しない。
リボルバー式の拳銃の銃口より白い硝煙が立ち昇る。
……というか、銃だと!?
「はぁあ?! どうして異世界に銃があるんだ??」
「入手元は秘密、であります。ちなみに商会所属の商人のみが所有できる非売品、であります」
ヘンゼルの武具はどう見ても拳銃であった。しかも簡易なマスケット式ではなくリボルバー式。装填弾数は四発のみであるが、地球製のものと機構に大きな違いはない。
小さな体でヘンゼルは飛ぶように走る。死角に回り込もうとしていた潜伏エルフを目ざとく発見すると、二挺拳銃を横倒しにした格好良い構え方で銃撃していく。
「あの子も秘密だらけで大概なのよね。まあ、商売に対する熱意が本物なのは火属性的に分かるけれど」
「小癪なッ!! ――ネイブ《蔓よ》、ニラトセ《拘束せよ》、トーホス《新枝の》ッ!」
その場に残っている俺と皐月へと、周囲の木々より異常成長した枝が伸びてくる。
「残念だけど、エルフの精霊魔法は知人経由でしっているのよね。――業火、疾走、火炎風」
皐月が生成した火炎旋風が枝を一掃した。火炎旋風はそのままアイサの姉を目指して進出していく。
不規則な軌道を描く竜巻は避け辛そうであったが、難なく避けてしまった。無駄にレベルが高いらしい。
「魔法使い職か。クソ、妙な子供が引っ付いたか。煩わしい」
「子供言うなッ!」
炎を纏った皐月は本格的な魔法攻撃を開始した。対するアイサ姉も矢と精霊魔法で反撃を開始する。横から見た感じ、五分五分の戦いである。
ちなみに、俺は病み上がり中なので完全に観戦モードである。足手まといは目立たないのがベストだ。
目立たないといえば、戦闘に置き去りにされているのは俺だけではない。向こう側でヒグマと角付き幼女も放置されている。
「何て奴等じゃ。普段は好戦的、野蛮と我等を称しておいて、いざ蓋を開ければこれだ」
獣の種族と言ったか。
そういえば、ナキナを出立する前に獣の種族が人類の敵になったという話を聞いていた。ヘンゼルといい、潜在的な敵性ばかりが集うな。
「鳥の仮面に付き従うという事は、おまえも鳥類か!」
「知るかッ。異世界人はどいつもこいつも私を見て火の鳥とか!」
「……む、鳥とな」
角付き幼女に視線を向けられた気がしたので、仮面を向けてみる。他人に憎悪される絵柄なので嫌われてしまうかもしれない。
「お嬢。どうしたんで。あいつ等どこからどう見ても人間族ですぜ」
「いや、思い出したぞ。あっちの魔法使いは火の鳥の化身じゃ。犬の部族の窮地を救ったと言われる神様じゃぞ」
「マジですかい。熊の目には人間族にしか見えませんぜ」
幼女とヒグマは顔を寄せ合ってヒソヒソ話し込んでいる。
「それに……こっちを見ている恐ろしげな鳥の仮面。アレは恐らく、鳥の鳴く森、ではなかろうか」
「何ですかい、それは」
「森の種族との境にあるという森に住む妙な鳥じゃ。精霊とも言われているがの。気色悪い鳥の仮面を付けているのが特徴で、鳥でもないのに己を鳥と称する妙な鳥じゃ。ただし悪い奴ではないようで、森に迷った者を鳴声で出口に導くと言われておる」




