13-6 出張通販サービス
皐月が殺される悪夢を見た。
ついでに、皐月のような顔をした幼女に男性機能を殺される悪夢を見た。
全部ただの夢だったのだろう。ほら、今の俺は皐月に膝枕されながら眠っている。枕としてこれ以上ない感触だ。悪夢を見れるような体勢ではないと思われるが、夢は職業ほどに選択が難しいので仕方がない。
「皐月……夢を見たんだ。嫌な夢だったんだ」
「へー。そうなの。どんな夢を見た……ん、私の名前教えていたっけ? というか呼び捨て??」
瞼はまだ開いていない。随分と眠っていたのか脂が接着剤みたいに張り付いているので取るのが大変で、何より、惰眠というものはいつまでも貪っていたくなるものだ。
「皐月が死んでしまう夢さ。酷い死に方で、頭がぺちゃんこ」
「へー。その通りだったんだけどね。……というか、君。いきなり饒舌になったわね」
皐月の声が額の上の方向から聞こえてくるのは当然だとして、声質が妙に高いような。まるで幼女のごとき高周波である。
そんな馬鹿な話はない。皐月は春先より大学入学しているので立派なJDだ。
「全部夢だったのだから心配いらない。こうして皐月は生きているのだから」
「まあ、そうよね。『火の鳥』スキルが発動して私は生きている。……若返った状態から元に戻るまで最悪十日必要だけど」
「…………ハっ? 若返った??」
思わぬ言葉を聞いて、両目を開眼する。
俺を膝枕しながら見下ろしていた人物は……五歳以上、下手をすると十歳は若返った姿の皐月でる。炎の中から出現した幼女でもある。
「ぅゎ、ょぅι゛ょっょ――」
「えいやッ」
開いた両目を二本指で刺された。
「このスキル。若返るデメリットがあるのが玉に瑕だけど、不意打ちで殺されてもリザレクションできるのがメリットね」
幼女になった皐月は、洞窟から引っ張り出してきた外套に包まっていた。一枚下は相変わらず全裸で寒そうだ。
「……まるで何度も死んだ事があるような口ぶりだ」
「そりゃ危険しかない異世界だもの、致命傷の一度や二度の経験あるわよ」
幼女化した経験は既に二度ほどあり、今回で三度目なのだそうだ。
経験則によれば、『火の鳥』スキルで幼女化した場合、己を殺害した敵を討伐したとしても元の年齢に戻るまで早くて五日かかるとの事だった。
何度も経験しているため皐月は落ち着いている。が、未開の土地で肉体年齢が下がるのはかなりのハンディキャップだと思う。日本ですら最近は物騒で、子供の一人歩きはできなくなってきているというのに。
「『魔』パラメーターは下がらないから問題にならない。死ぬよりマシでしょう」
「生き急ぎ過ぎているぞ、皐月」
「私が無茶しないといけない人を探しているから、仕方がないでしょうに。……クシュ」
寒気に肩を震わせる皐月。恋人の俺は目の前にいるというのに、いったい誰を探して死に至る苦労を続けているのか。
俺の服も着せてやろうと近づくと「寄るな、ロリコン」と警告されてしまった。
魔法使い職として弱体化していない事の証明に、火属性魔法を唱えて焚火を作り上げる。暖を取る皐月の童顔が赤く照らされる。
「寒っ、夕方になって気温が下がってきているわよね」
「スキルで復活するたびに服も燃やしていて、無茶をする」
「そんなの問題にもならない。通販しているから」
皐月は妙な事を口走った。ふーむ、俺の知っている皐月は、山奥で遭難しても携帯があるから大丈夫と言っちゃう頭の弱い子じゃなかったはずなのに。
いや、幼女になって知能も退行しているのかもしれない。そうであるのならば微笑ましいではないか。
「……なに、気色悪いわね」
先程から皐月は酷い態度だ。恋人であるはずの俺に冷淡な態度ばかり取っている。とても火属性とは思えない。
恥ずかしがっているのかな、と好意的に思っている。……と付近の茂みがカサカサ鳴り始めた。小動物が巣穴から現れたのだろうかと想像していると――。
「いつもご利用ありがとうございます、であります」
――顔を出してきたのは、旅慣れたフード付き外套を着こなし、大きな荷物袋を背負った可愛らしい女の子だ。片手には真ん中から割ったような板を握っている。
白いファーを首に巻いているのと、片目を伸ばした前髪で隠しているのが特徴的だ。せっかくくっきりした目を持っているのに勿体無い。
「オルドボ商会、出張通販サービス部主任、ヘンゼルであります」
……ふむ、幼女が幼女を呼び寄せたぞ。
「所属商人は常にニコニコ、お客様こそが神様。どのような辺境にも費用によっては出張サービス。それがオルドボ商会、であります」
無表情、無感情に新しい幼女が何か喋っている。宣伝文句のようであるが、まったく宣伝になっていない。
「それでお得意様。この度はどのような商品がお望み、でありますか?」
「服を売ってくれない? 子供用を一着。それと予約注文で、五日以内に前回頼んだのと同じ火力アップが付いた服を用意しておいてね」
「物を大事になされないお客様は神様、であります。浪費家こそが商売人にとって市場にして至上。いいえ、決して商品を用意する身として悲しいなどと思いはしません、であります」
「無感情に毒を吐くわよね、アナタって」
それにしても、とヘンゼルを吟味する。
皐月と以前からの知り合いらしく、親しくはないが砕けた会話を行えるぐらいには仲が良いらしい。同じような背丈の子供達が親睦を深めている光景に、擦り減っていた心が豊かになっていく。
ただし、ヘンゼルは己をオルドボ商会に所属する商人と語った。
オルドボと言われて俺が一番に想起する相手は、迷宮魔王に仕えし三騎士が一体である。無茶苦茶な防御力を誇り、エルフの里を襲撃した難敵だった。その名前を冠する商会となれば敵である可能性が高いはずであるが、ヘンゼルからは一切の敵意を感じない。
感じられるのは、商売っ気だけである。
「……この鳥類系男子は新しいお客様、でありますか?」
「違う違う。ちょっと危ない人だから近づいちゃ駄目よ」
異世界的にオルドボという氏名は、ジョンとかジョージとか太郎とか、そういった汎用的な固有名詞なのだろうか。真実を調べる必要がある。
「ヘンゼル。オルドボ商会とは何だ?」
「我等が商会にご興味がおあり、でありましたか。オルドボ商会は世界中に支店を持つグローバルな商会、であります。歴史は浅いですが、幅広い品揃えにより高い顧客満足度を誇る商会、であります」
ヘンゼルはテキパキと答えた。
人類圏の各所に店を構える大商会とオーガのオルドボが結びつかない。そも、魔族が商いを営むはずがないし、魔王連合の下部組織が大々的に宣伝しながら活動するはずがない。ただ名前が似通っていただけなのだろう。
警戒心を解きながら、いちおうレベルで質問を続ける。
「ちなみに、商会の長はグふぇグふぇ言ったりしないのか?」
「……申し訳ございません、であります。オルドボ商会では情報も商品。ギルド長の口癖の情報料はマッカル金貨一千枚、であります」
人形みたいな仕草でヘンゼルは頭を下げた。
個人情報さえも売買するとは流石商人であるが、口癖一つが金貨一千枚は可笑しくないだろうか。もう少しだけ質問を続ける。
「たとえば、商会の長は体長三メートルぐらいだったり金色の眼をしていたり」
「…………申し訳ございません、であります。オルドボ商会では情報も商品。ギルド長の身体的特徴の情報料はマッカル金貨五千枚、であります」
やっぱり可笑しくはないだろうか。商会の長といえば商会の顔も同じ。最も注目を浴びるべき人物の見た目の情報に金貨五千枚は価格設定が狂っている。
雲行きが怪しくなったので核心をつついてみる。
「オルドボ商会の長、オーガだったりしないか?」
「………………申し訳ございません。オルドボ商会では情報も商品。ギルド長の種族の情報料はマッカル金貨一万枚か命をお支払いください、であります」
黒商会で確定してしまったではないか。
「いや、購入はやめておこう」
「賢明なお客様、であります。他に何かご要望はございますか、であります」
ヘンゼルが商人であるのも間違いないらしく、そのまま営業活動は続けられた。