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誰も俺を助けてくれない  作者: クンスト
第十三章 二度目の孵化
182/352

13-4 ブレイク・ポイント

「モンスターの咆哮ッ?! 臭いを嗅ぎ付けられたの? ちょっと、行ってくる!」

 いさましい事に、女は洞窟の外へと出撃していく。が、その手には一切の武器を所持しておらず、戦えそうな印象はない。

 ただし『魔』の総量は人間族としては桁違いだ。人類最高峰の月桂花には届いていないものの、次点が女であるのは確かだ。

 高位の魔法使い職であるのは間違いない。そうでなくては、危険しかない魔界で一人旅などできるはずがない。モンスターに襲われる事も慣れているだろうし、撃退するのもお手の物だろう。


“GaAAAAAGAAッ!!”


 ……モンスターの鳴声が、俺の聞いた事のある奴と同一でなければ、女に危険などなかったのだろうが。

 他生物全てに対し、憎しみを抱く程に高まった怨嗟えんさの声。

 特徴的で耳に残る咆哮は、間違いなく怨嗟魔王のもの。

 肌のけた化物らしい化物。目玉は大きいが一つだけ、足は逆に多くて四本もある。種族はナックラヴィーに属し、『泣き叫び狂う』を体現した実に痛々しい姿の化物だ。

 登場するたびに討伐されているので、既に飽きるというか呆れてしまう魔王であるものの、戦闘能力は決して低くはない強敵である。そも、討伐しても再登場を果たす『正体不明』の存在を前にして、女が無事でいられる保証はどこにもない。

 だから、俺は……出て行かない。

 床に寝転んだままうずくまる。

 女は十中八九死ぬだろうが、そんな良くある悲劇が俺を動かす理由になるものか。ありえぬ仮定となるが、俺が洞窟の外へと出て行ったところで、弱体化のはなはだしい現在のパラメーターでは女共々、殴殺されるのがオチである。

 

 耳をふさぎ、まぶたを閉じる。


 洞窟の外に出て行く理由など微塵もない。世界中の人間族が同じ状況に陥った場合、外に出て行かない者が多数派となるはずだ。ならば、俺だけが非難されるはずがない。俺は一般常識に従っているだけだ。


 心を手放して、眠りに入る。


 もう何度も自問しては自答して、とっくの昔に答えは出てしまっている。

 俺を助けてくれない奴等を、俺が俺を犠牲にして助けなければならない理由はない。理由なんて、どこにも落ちては――。





「気色悪いモンスターは消毒だァ! ――全焼、業火、疾走、火炎竜巻」

 洞窟から出た早々、皐月は四節魔法を唱える。

 渦を巻いた風に火が着火されて、火炎の渦が柱のごとく一気に天まで伸び上がった。直径一メートルほどの火炎旋風に成長した後、不規則な動きで森の中から突進してくる魔王と正面衝突する。

 炎の竜巻に巻きつかれて燃えさかる怨嗟魔王。皮膚のない体は一気に干上がり、生きながらに炭と化してしまう。

“痛I、痛I、痛痛痛痛I痛痛I、辛IIッ!!”

 怨嗟をつかさどる魔王でなくても絶叫ものの生き地獄だ。

「人間の言葉を喋る? まさかコイツ、魔王と繋がりあるモンスターなの!」

 異世界にまだまだうとい皐月は怨嗟魔王を知らなかったが、人間族の言葉を喋った事実より判断した。『領土宣言』スキルを有する魔王は、自身と配下に他種族との会話能力を付与できるのだ。

 流石に目前のナックラヴィー自身が魔王であるとは想像できなかったようだが、皐月は目付きの鋭角を強める。野良モンスターを倒すようにはいかないと『魔』を高めた。

“辛IIッ、GAァAAAッ!”

「火を恐れずに突進してくる。こういった手合いは苦手なんだけど、ねッ」

 魔法使い職として何が正統派であるかは一考に値するとして、皐月の戦闘スタイルは王道的だ。完全遠距離型の魔法使いとして己をビルドしている。相手が接近してくる前に、高火力高出力の炎で焼き尽くし殲滅する。某黄色のごとく接近戦を挑んで無駄にリスクを背負うような真似はしない。

 怨嗟魔王は四脚走行で火炎の竜巻を突破して、長い腕を前に突き出した姿を見せる。

 二人の相対距離はおよそ二十メートル。

「――炎上、炭化、火炎撃!」

 追加で火球を放つ。怨嗟魔王の胸に直撃して相当のダメージを与えたが、この魔王に対して即死しない攻撃はむしろ余計だ。『戦闘続行』スキルで足を動かし続ける。


==========

“『戦闘続行』、異常なまでの粘り強さに辟易へきえきするスキル。


 勝負の決まった戦いであったとしても最後まで続行可能。

 本スキルを上回るためには、肉体的な限界を超えるダメージでは不十分。肉体を破壊するダメージでゴリ押しする他ない”

==========


 ならば、と皐月は地面に両手をついて新たな呪文の詠唱を開始する。そろそろ距離的に余裕はないため、この一手で勝機を見出す必要があるだろう。

「――加熱、融解、熱崩壊。筋肉馬鹿ならこれでハメられるはず」

 皐月の魔法は大地に作用した。怨嗟魔王の前脚の着地の瞬間を狙って、地面を高熱によってドロドロに溶かす。馬のような脚部が勢い良く沈み込んだ。

 脱出しようとしても既に遅い。

 前脚だけではなく後脚も溶けた大地へと飲み込んだ。液状化した土や石は底なし沼のようにねばり付く。更に、マグマとなった大地そのものが魔王の体に時間経過でダメージを与えた。溶鉱炉に落下したならば、未来から来た殺人ロボットとて溶けて消えてしまうのが定番だ。

 下半身を沈降させてしまったため、マグマの中で必死にバタフライ水泳する怨嗟魔王。

 このまま決着が付く……のであれば容易いものだが、怨嗟魔王も皐月もそう甘く思ってはいない。


“IIIIァ痛IIッ――絶叫、振動、復讐、波動叫!”


 怨嗟魔王は直下に向けて四節魔法の咆哮を放つ。その勢いを使って融解した大地より飛び出す。

「甘い! ――直撃、爆風、風柱撃ッ!」

 上空へと逃れた怨嗟魔王の頭を爆風の柱が押し潰す。硬い壁に衝突して首の骨を折ったかのような音をかなでながら、怨嗟魔王は再び溶けた地面へと落水した。

 一手上回った皐月は、絶対的な好機を得る。

「トドメを! ――全焼、業火、疾走――」

 最後の仕上げに、皐月は最大火力にて怨嗟魔王を焼き尽くそうと四節魔法を唱え始める。

 案外危なげなく、終始優勢のまま戦闘を終えようとしている。事実、皐月が四節目を唱え終えれば、目前で溶けかけている怨嗟魔王を滅ぼせたはずだ。


“――BAAAァガAAァァァッ!! 憎IIッ!! オ前ガ、憎IIッ!!”


 その代わりに、上空・・の怨嗟魔王に殺されていただろうが。

「――うなッ?! 新手なんて反則!」

 気色悪い姿をしていた。怨嗟魔王なのだから気色悪くて当然であるが、上空を飛ぶ新手はナックラヴィーとは大きく姿が異なった。

 不気味な文様で輝く蛾の羽。

 毒性を孕んだ鱗粉りんぷん。胴体は怪しい光沢の粉に覆われてしまっており、カビた果物のような色合いをしている。

 体長はおよそ二メートル。羽も一枚が二メートル。その他のパーツ構成は人間族に近い。

 どこをどう見てもナックラヴィーとは異なるが、赤く血走った眼球のみが酷似していた。


“――痛クテ辛IIッ、苦シIッ!! 憎ラSIIッ!!”


 魔族としてはかなり新しい分類となるソイツは、異世界人からはモスマンと呼ばれていた。


==========

“『モスマン』、名前通りの蛾人間。

 昔から存在する化物ではなく、近年になって登場した未確認生物。人間に蛾の羽を追加し、目を血走らせた姿である。一部のモスマンには両腕が存在しないという。地球では、正体は鳥ともエイリアンとも黒いゴミ袋とも呼ばれている”


“《追記》

 UMAであるが、馬っぽい外見であるはずの怨嗟魔王とは大きく姿が異なる。というか別種であるのは間違いない。

 それでも、この魔族が怨嗟魔王である事も間違いはないのだ”

==========

“●レベル:???”


“ステータス詳細

 ●力:??? 守:??? 速:???

 ●魔:???/???

 ●運:???”


“スキル詳細

 ●実績達成ボーナススキル『正体不明』”


“職業詳細

 ●魔王(Sランク)”

===============


 皐月は上空の怨嗟魔王モスマンに対処しなければならなかった。

 しかし同時に、まだ倒しきれていない地上の怨嗟魔王ナックラヴィーにも対処しなければならなかった。

 不条理な二択に対して選択を悩んでいる皐月は緩慢かんまんであり、既に時間切れだ。

 赤い眼を光らせるモスマンは鋭いつま先を突き出しており、急降下で皐月の脳天を狙っていた。そのために皐月は…………気配を殺していた男に横から突き飛ばされなければ、その場で死んでいた事だろう。

 皐月のいた場所に無断で踏み込み、死の代役を担った仮面の男は絶賛爆笑中だ。


「――は、ははっ、はははッ!! やっぱりだ。お前も、俺を助けそこなった!!」


 男は、己の経験通りに物事が進んでいるから笑っている。皐月の詰めの甘さを嘲笑ちょうしょうもしているのだろう。自分以外の誰かを恨みながら死ぬのが男の最後の望みだったのだから仕方がない。

 ただ、男の思考はゆがみまくっていた。屈折しまくり、百八十度反転してしまっていた。

 女を笑ってやるという目的を果たすために男が選んだ結末は、身をていしての人助け。

 結局、どれだけ絶望しようとも、己の歪んだ思考を最後まで矯正できなかったという訳である。天邪鬼は最後まで天邪鬼であり続ける。


「――ははは、やったぞッ! 世界中の誰も俺を助けてくれないから、せめて、俺だけは誰彼構わず助けてやったんだ!!」


 男、凶鳥という名の怪鳥は本望のままに死を迎える。スタミナ不足でパラメーターは弱体化しており、モスマンの一蹴に耐えられる体ではない。簡単に頭蓋骨が潰されて死ぬ。

 ……いや、これは少しだけ可笑しい。

 …………いや、これはかなり可笑しい。 

 ………………一見、凶鳥は望み通りの結果を得られたようにも思えたが、これは絶対的に可笑しいのだ。

 パラメーターが不足しているのならば、レベル89の女を『力』7で突き飛ばせるはずがない。いくら魔法使い職が肉体的に貧弱だからといって今の凶鳥ではまったく歯が立たない。


===============

 ●皐月

===============

“●レベル:89”


“ステータス詳細

 ●力:34 守:37 速:37

 ●魔:274/274

 ●運:125 = 25 + 100”


“スキル詳細

 ●レベル1スキル『個人ステータス表示』

 ●魔法使い固有スキル『魔・良成長』

 ●魔法使い固有スキル『三節呪文』

 ●魔法使い固有スキル『魔・回復速度上昇』

 ●魔法使い固有スキル『四節呪文』

 ●実績達成ボーナススキル『火魔法趣向』

 ●実績達成ボーナススキル『ファイターズ・ハイ』

 ●実績達成ボーナススキル『成金』

 ●実績達成ボーナススキル『破産』

 ●実績達成ボーナススキル『一発逆転』

 ●実績達成ボーナススキル『野宿』

 ●実績達成ボーナススキル『不運なる宿命』(非表示)(無効化)

 ●実績達成ボーナススキル『火の鳥』”


“職業詳細

 ●魔法使い(Aランク)”


“装備アイテム詳細

 ●火妖精の袴(火魔法威力三割増)”

===============


 よって突き飛ばしたはずの皐月に力負けしてしまい、凶鳥ははじかれ、倒されてしまう。

 地面に尻餅を付いてしまい「お生憎様」と非難の目を向けてくる皐月と目線を合わせてしまう。


「――なーに、馬鹿しようとしてい――」


 モスマンと皐月がゼロ距離で重なる。

 砲弾が直撃したかのような土砂が立ち上がった。見えているのに、何も見えなくなる。

 ただ、土色の煙の合間に混じって見える血飛沫やら骨やら肉片やらは、赤くないだろうか。女のカラーリングからはかけ離れていて判然としない。

 皐月の色合いとは大きくことなっていて、凶鳥は判断したくない。


「――――ははっ、あ? あれ、さ、さつ、さつき? 皐月?? 皐月が、あああ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 凶鳥はこれでようやく、本当に壊れた。


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 ◆祝 コミカライズ化◆ 
表紙絵
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 助けたいシリーズ一覧

 第一作 魔法少女を助けたい

 第二作 誰も俺を助けてくれない

 第三作 黄昏の私はもう救われない  (絶賛、連載中!!)


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