X-4 走馬灯4
まさか、という思いであった。
どんなバッドスキルにも耐える気概を持っていたつもりでいるが、記憶を封印されては気概そのものを失ってしまう。
何て事をしてくれたのだ。こう長鼻獣を糾弾するよりも先に、俺はスキルを発動させた。スキルが封じられるよりも早く、発動させなければならなかった。
「『暗影』発動ッ!」
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“『暗影』、やったか、を実現可能なスキル。
体の表面に影を纏まとい、己の分身を作り上げるスキル。
即死するはずの攻撃が直撃したとしても、作り上げた影に攻撃を肩代わりさせる事が可能。なお、本人は、半径七メートルの任意の場所に空間転移できる”
“実績達成条件。
アサシン職をSランクまで極める”
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汗のように体内から真っ黒い影を噴出して、全身の皮膚にまとわり付かせる。
行き先を指定している余裕はない。最大の七メートルを空間転移する事だけを念じてスキルを発動させて、鎖の拘束から脱出する。
次気付いた時にはもう転移していた。藪に倒れながらも地面に手を付いて転倒を阻止する。
すかざす走り始める。
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“ステータスが更新されました
レベルが20下がりました
また、以下のスキルが封印されます
●アサシン固有スキル『暗影』
●アサシン固有スキル『暗殺』
●実績達成ボーナススキル『ハーレむ』
●スキュラ固有スキル『耐毒』
●実績達成ボーナススキル『救命救急』
●実績達成ボーナススキル『一発逆転』”
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ぎりぎりのタイミングだった。もう一秒でも遅れていたら脱出に失敗していた。
「ッ!? どこに消えたのですか!? 近くにいるはずです。追え、追うのです!」
『運』が良かったお陰かもしれないが、俺のパラメーターは低下し続けている。完全に下がりきる前に、安全圏に逃れなければならない。
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“ステータスが更新されました
レベルが30下がりました
また、以下のスキルが封印されます
●アサシン固有スキル『暗澹』
●アサシン固有スキル『暗躍』
●アサシン固有スキル『暗視』
●実績達成ボーナススキル『破産』
●実績達成ボーナススキル『成金』
●実績達成ボーナススキル『吊橋効果(大)(強制)』
●実績達成ボーナススキル『オーク・クライ』”
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どうして逃げなければならないのかを忘れてしまう前に、安全な場所に避難しなければならない。まあ、困った事に、魔界に安全な場所などないのだが。
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“ステータスが更新されました
レベルが40下がりました
また、以下のスキルが封印されます
●アサシン固有スキル『暗器』
●レベル1スキル『個人ステータス表示』
●実績達成ボーナススキル『非殺傷攻撃』
●実績達成ボーナススキル『エンカウント率上昇(強制)』”
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俺は魔王連合に戦いを挑み、ミスを犯してしまった。
単純にレベルダウンするだけではない。様々なバッドスキルを得た状態で記憶を封じられる。弱くてニューゲームにも程がある。
だが……、ミスを犯したのは俺だけだろうか。
確かに俺はミスを犯した。魔王連合と戦わなければならないというのに、弱くなって達成できるはずがない。
まあ、普通はそう思うだろう。
記憶を失えば、俺だってそう思うに違いない。
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“ステータスが更新されました
以下のスキルが封印されます
●実績達成ボーナススキル『正体不明(?)』(封印中)”
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“『正体不明(?)』、姿を目視されても相手に正体を知られなくなる。
相手が『鑑定モノクル』のスキルを所持したとしても、己のステータス情報の隠匿が可能。ただし、このスキルは正体を隠すだけの機能しか持たないため、探索系魔法やスキルには何ら干渉はしない”
“実績達成条件。
本来は実績より得られるスキルではない。神秘性の高い最上位種族や高位魔族のみに許された固有スキルである”
“≪追記≫
レベル差が50以上あり、かつ、強い興味を持たれている相手に対して正体を隠し続けた事により、人間族でありながら開眼したものと思われる。
しかし、これが本来の『正体不明』スキルであるかは、スキル効果により誰にも解らない”
“≪追記2≫
――更新中 wait a minute――”
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奴等は、決して封じてはならないスキルを封じてしまったのだ。
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“≪追記2≫
――『記憶封印』スキルにより、無効化属性も封じられました。
この状態で封印が解除された場合、決して開いてはならない穴が開いてしまいます。
顔のないスキル所持者に呪われた人物の未来は、神とて保障しかねる”
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ただの人間族に成り下がっていた俺では、魔王連合に勝てないのは道理だろう。砂浜で砂を握れば、そこに含まれる小さな一粒が俺なのだ。
では、人間族かも定かではない俺ならばどうなるのか。せっかくなので、異世界でも試してみようではないか。
失う物は多かったが、条件はどうにか整えた。
「俺が魔王共に勝つには、これしかないっ!」
前方から地響きのような音が響いている。
偶然聞こえてきたのではない。俺はそこを目指して逃走していた。
地盤がズレ落ちたかのような一面の瀑布。地球でいうところのナイアガラの滝が逃走ルート上にあるのは調査済みだ。
膨大な量の水が落ちていく騒音しか聞こえない。そんな場所に跳び込むのは勇気ではなく、ただの自殺志願だろう。
「正直死ぬ程怖いが、仕方がないっ!」
黒くて何も見えない滝へと俺は跳び込んでいく。
実のところ、跳び込む事自体に恐ろしさを感じてはいなかった。こういう水面に飛び込む事に、俺は慣れている。
「異世界の魔王よ! 異世界の人類よ! これが、『討伐不能王』を葬った――の真の姿だ!!」
後は……どこかの愚か者が顔の穴を開けるを待つだけ――。
――死体のようにだらりと下げていた腕を動かし、俺は眉間に刺さった矢を掴む。
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“スキルの封印が解除されました
スキル更新詳細
●実績達成ボーナススキル『正体不明(?)』”
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眉間に刺さる矢を引き抜いた。血や臓器が滴っていないのは、そう不気味な事ではない。
俺は台詞を吐く。自分でもゾっとする、深海の底のように冷たい声だった。
「――鳥でもない者が、深淵の上に巣をかけてはならないのだ」