12-14 受け継がせる者
遅くなりました。
二つ分書いているようなものだったので……。
===============
●落花生
===============
“●レベル:86”
“ステータス詳細
●力:45 守:50 速:91
●魔:196/220
●運:15”
“スキル詳細
●レベル1スキル『個人ステータス表示』
●魔法使い固有スキル『魔・良成長』
●魔法使い固有スキル『三節呪文』
●魔法使い固有スキル『魔・回復速度上昇』
●魔法使い固有スキル『四節呪文』
●実績達成ボーナススキル『インファイト・マジシャン』
●実績達成ボーナススキル『雷魔法手練』
●実績達成ボーナススキル『成金』
●実績達成ボーナススキル『破産』
●実績達成ボーナススキル『一発逆転』
●実績達成ボーナススキル『野宿』
●実績達成ボーナススキル『不運なる宿命(強)』(完全無効化)
●実績達成ボーナススキル『帯電防御』
●実績達成ボーナススキル『マジック・ブースト』”
“職業詳細
●魔法使い(Aランク)”
===============
===============
●小豆
===============
“●レベル:61”
“ステータス詳細
●力:75 守:54 速:124
●魔:74/106
●運:2”
“スキル詳細
●レベル1スキル『個人ステータス表示』
●魔法使い固有スキル『魔・良成長』
●魔法使い固有スキル『三節呪文(省略可能)』
●魔法使い固有スキル『魔・回復速度上昇』
●魔法使い固有スキル『四節呪文』
●実績達成ボーナススキル『インファイト・マジシャン』
●実績達成ボーナススキル『韋駄天』
●実績達成ボーナススキル『雷魔法手練』
●実績達成ボーナススキル『不運なる宿命』(非表示)”
“職業詳細
●魔法使い(Aランク)”
===============
===============
●ラベンダー
===============
“●レベル:60”
“ステータス詳細
●力:18 守:32 速:29
●魔:182/211
●運:20”
“スキル詳細
●レベル1スキル『個人ステータス表示』
●魔法使い固有スキル『魔・良成長』
●魔法使い固有スキル『三節呪文』
●魔法使い固有スキル『魔・回復速度上昇』
●魔法使い固有スキル『四節呪文』
●実績達成ボーナススキル『エンカウント率低下』
●実績達成ボーナススキル『土魔法皆伝』
●実績達成ボーナススキル『呪文一節省略』
●実績達成ボーナススキル『土属性モンスター生成』
●実績達成ボーナススキル『野宿』
●実績達成ボーナススキル『成金』
●実績達成ボーナススキル『破産』
●実績達成ボーナススキル『一発逆転』
●実績達成ボーナススキル『不運なる宿命』(非表示)(中断)
●実績達成ボーナススキル『精霊魔法学習』
●実績達成ボーナススキル『異世界渡りの禁術』”
“職業詳細
●魔法使い(Aランク)”
===============
===============
●アスター
===============
“●レベル:60”
“ステータス詳細
●力:8 守:20 速:10
●魔:160/170
●運:1”
“スキル詳細
●レベル1スキル『個人ステータス表示』
●魔法使い固有スキル『魔・良成長』
●魔法使い固有スキル『三節呪文』
●魔法使い固有スキル『魔・回復速度上昇』
●魔法使い固有スキル『四節呪文』
●実績達成ボーナススキル『土魔法皆伝』
●実績達成ボーナススキル『土属性モンスター生成(強)』
●実績達成ボーナススキル『不運なる宿命』(非表示)”
“職業詳細
●魔法使い(Aランク)”
===============
「何ですか、この馬鹿らしい速度は!」
「遅い――電光撃!」
「誰ですか! 貴女は!」
「遅い、遅い遅い遅い! 速度こそが最速で最強に至るための近道である。そんな初歩さえ忘れてしまったか!」
雷を纏った女二人が、突き上げた右脚同士をぶつけ合う。衝突の余波も放電現象として現れた。
小豆と名乗る悪霊魔法使いが押し切り、更に回し蹴りを繰り出す。黄色い袴が舞い、編込みブーツの焦げた臭いが拡散していく。
蹴り飛ばされる落花生は空中で体勢を入れ替えて、ブーツの足底で地面に二本の線を描く。どうにか転倒を避けた訳であるが、暇を与えず編込みブーツが襲い掛かってきた。腕をクロスしてガードしたが、足蹴の威力を防ぎ切れず落花生は吹き飛ぶ。
「浮いたな。もう地面に帰れると思うな!」
踏み込んだ地面を始点に、ロケット発射の爆風のごとく粉塵が広がる。
加速する小豆は蹴り飛ばした落花生よりも速く動き、背中に回り込む。飛び込み前転しながら体を半捻りして準備を整えた。水平移動する落花生を逆さまの体勢のまま蹴り上げ、無理やり垂直方向へと上昇させる。
エアリアル。
釘で打ちつけたように落花生を空中に止め続ける。帯電するツインテールが軌跡となって見えるだけで、高速移動を続ける小豆を目で捉えるのは不可能だった。
足蹴を続けて重力さえも蹴り上げる。
「蹴る。蹴る、蹴る、蹴る、蹴る、蹴るッ!」
小豆の猛攻に対して落花生は為す術がなかった。
「私こそが天竜川最強の魔法使いだったというのに、お前はッ」
このまま何もできぬまま落花生は蹴り殺されてしまうのか――。
「速いです。私よりも速いなんて信じたくはないですが……速いだけ。速いだけなんです!」
「――粘土、泥土縛」
「――岩盤、積層、土層球」
土属性の魔法同士が衝突して堆積していく。
「貫通力が足りない。だったら――攻城、岩石弾」
ラベンダーは追加で岩石を放って、球状の土壁の中にいるアスターを攻撃した。
卵の殻が割れるようにして土壁は破壊される。割れ目から見える内部空間には……誰も入っていない。
「逃げられた!?」
「――土竜、掘削、坑道行。これは趣味に合わないからって、貴女は使っていなかったからね」
土壁の底を掘って移動してきたアスターが、地面から手を伸ばしてラベンダーの脛を掴む。悪霊だけに軽くホラーだ。
遠方からは退避していた雄鹿のゴーレムが疾走してきており、鋭利な角を前方に突き出していた。足を掴まれて動けないラベンダーは絶体絶命の状況だろう。
「もうっ、どうにも煩わしい。――陣地、束縛、土封方陣。範囲攻撃なら小細工できないはず」
ラベンダーは魔法使い職としては一歩秀でている。短縮魔法を更に短縮するスキル、『呪文一節省略』を独学で会得しているため、四節魔法であっても三節で発動可能だ。
土柱が隆起して六角の方陣を形成した。重力に影響を及ぼす空間を形成し、内部に取り込んだ者の動きを封じる。もちろん、術者であるラベンダーは対象外である。
最大展開したため、ラベンダーの魔法は直径百メートルの大魔法陣を形成した。『魔』は相応に消費してしまったが、足元のアスターとアスターの僕たる雄鹿も重力に潰されて動けなくなる。
アスターの頭が重力に潰され、ぐにゃりと潰れてしまったのはかなり予想外であったが。
「嘘ッ、これは土人形!?」
「頭が良いのに騙され易いのが貴女だったものね」
ラベンダーが四節魔法の出力調整を誤った訳ではない。地中から現れたアスターが土で出来た偽者だっただけである。
「貴女は優秀よ。けれども……優秀なのに怠けてしまった。そのすべてを見ていた私に勝てるはずがないじゃない」
――落花生の体は、青く帯電していた。体を突きぬかんとするつま先に静電気が纏わり付く。と、つま先は勢いを急速に失い、落花生の腹に届く寸前で停止してしまう。
フレミングの右手の法則。とは断定できないが、電力をエネルギー源とした斥力場を落花生は発生させ、小豆の猛攻を耐えていた。
==========
“『帯電防御』、電磁力的な力でバリアを生成するスキル。
雷魔法による磁化が原因で発生した皮膚から数十センチ以内に発生したバリア。
偶然の産物であるが、『守』パラメーターに依存しない防御力は生存能力を大きく向上させる。物理防御、魔法防御がメインであるが、大気摩擦遮断により移動にも貢献する”
“実績達成条件?
雷魔法を纏ったまま入水し、己の電気で感電した事でひらめいた”
==========
「ただひたすらに速いだけなんです! そんな最強は酷い妄想だと分からないのですか!」
「こ、のッ!! 誰が苦労させたからッ、速くなり続けたと思っているんだ!」
「知りません。知らないです、お前なんかっ」
「まだ言うか!! 修学旅行で三日留守を預けていた時、誰が泣いて助けを求めてきた。学生に自腹で沖縄から帰らせておいてなんて物言いっ! 『韋駄天』を実績達成させておいてお前は!」
==========
“『韋駄天』、速さこそが尊さを体現するスキル。
走り続けている限り、十秒毎にスキル所持者の『速』が一割増す”
“実績達成条件
一日で百里以上を移動した後、『速』で勝るモンスターを討伐する”
==========
戦闘中であるにもかかわらず言い争いに集中していたからだろう。小豆の垂直角な蹴り上げが、落花生の回転脚と十字に重なる。
小豆の足は威力不足で弾かれる。バランスを崩しながらもどうにか地面に着地する。着地した事により『韋駄天』の速度アップが途切れた。
傍でしっかりとした着地音が響く。猛攻が終わった事により、落花生は地上へと復帰したのである。体中に電気をほとばしらせ、サイドテールが浮かび上がってしまっている。雷神の化身が顕現したかのようだ。
「まぐれ当たりめ。お前はやはり、遅過ぎる。最速の私こそが最強だったとまだ思い出せないのか!」
小豆の正体について、落花生は未だに思い出せるものは何もない。己の十八番たる格闘魔法を、己以上に極めている人物など一人しかいないはずなのに、落花生は致命的に忘れてしまっているからだ。
それは、ある夜に満月を見上げた瞬間だったからだろうか。
三月初旬を境に、音信不通となってしまった誰かの名前を叫び続けていた夜。満月に惑わされた次の瞬間から、落花生は何故自分が泣いているのかを忘却してしまっていた。
忘却は今なお続いているが……落花生には確信を持って言える事があったのだ。
「最速こそが最強? だったらどうして、私の傍からも最速で消えちゃったのですかッ!」
本物のアスターは地面を掘り続けていたのだろう。方陣の範囲外、かなり遠くで姿を現す。
「何をやっても裏をかかれてしまう。思考を読まれている? いや、私を熟知されてしまっているのか」
アスターは雄鹿のゴーレムを再生成して腰掛け、戻ってくる。距離が開いていて時間がかかるので、余暇を会話で有効活用する。
「そう。私は貴女のすべてを知っているから。魔法使いとしての趣向や形質、戦闘スタイル。更には学園で一人昼食を食べているのに、それをちっとも寂しいと思っていない孤独なところまで。ニッチな情報まで網羅している私に、貴女の魔法は通用しない」
「……訊ねたい。私の学生生活を知っているという事は、日本人で間違いないのか」
「異世界なんて死後初めて知ったぐらい。背は低いけれども、生前は先輩って呼ばれていたのよ」
ラベンダーは会話中だというのに顔を下げてしまった。
落花生以外に友達のいないラベンダーであるが、それでも、孤独な学園生活を送っていた記憶はない。
……いや、孤独もなにも、三年生以前の記憶が曖昧で思い出せないのだ。思い出せないものは無いも同じ。寂しいとさえも思えない。
それは三月初旬だっただろうか。天竜川上流という僻地の引継ぎを律儀に済ませてきたというのに、以降、一切連絡をしてこなくなった人物がいたはずだ。
不安な気持ちはあったものの、ある夜に満月を見て以降、不自然に無関心になってしまった。レベルアップに対しても無気力になってしまったのは、満月を照らしていた人物にとって想定外だったに違いない。
「…………訊ねたい。アナタは私にとってお節介な人物だったか?」
「嫌な顔をされていたのは間違いない」
「…………訊ねたい。アナタは私にとって大切な人物だったか?」
「嫌な顔をされていたから分からない」
雄鹿はラベンダーの魔法の有効射程内まで接近する。
しかし、ラベンダーの土魔法は完全に読まれてしまっている。次に何を詠唱しようとも、アスターは軽々と回避してみせるだろう。
「た、訊ねたいっ! アナタは、私のっ! 師匠だった人物か!」
何せ、ラベンダーに土魔法の極意を伝授したのがアスターその人だからだ。癖をすべて知られていたとしても、決して不思議ではないのだ。
「それは、貴女が思い出すべき事よ。思い出す方法は簡単、私を倒しなさい」
アスターは優しく道を諭した。
かつて、ラベンダーを魔法使いに誘った時と一緒の表情だ。
「Sクラスの魔法使いにかけられた魔法は、Sクラスの魔法使いにしか解けない。でも、優秀な貴女はもうSクラスに相応しいはずなの。それなのに、まだAランク止まりな理由はたった一つ、実績を達成していないからよ」
悪霊魔王の配下として蘇ったアスターであるが、アスターには一つ明確な目的が存在した。魔王の配下となってしまえれば、ラベンダーと戦い、敗北する役目を果たせられる。
「師匠を超える実績。それが貴女のやり残しで、私の未練よ」
踏み出しかけた小豆の右足が、停止してしまう。
思い出してもいない輩からの罪の告発に、悪霊の心が大きく揺さぶられる。
「誰ですか! 私を一人置いて消えてしまったアナタは誰なんですか!」
「そっ、そんなに知りたいか! ならば速度で私を超えてみせろ。はっ、不可能だろうがな!」
「だったら、もう手加減はなしです。その最速を、私がぶっちぎるです」
「生意気を、言うなッ!!」
二人は同時に距離を取った。その距離はたったの五十メートル。魔法使い職の異端二人にとっては酷く短い。
両手を地面に付けて腰を突き上げての前傾は、クラウチングスタートの体勢。
合図を待って、二人は走り始める。
ラベンダーは下げていた顔を水平に戻した。
頬を伝う液体が散ってしまうが、今は拭えない。目前に現れたお節介な女を、望み通り倒してやらねばならないからだ。
「さあ、貴女の成長を見せて! 土の魔法使い、アスターが征す!」
「だったら成長を見せるから! 土の魔法使い、ラベンダーが征します!」
酷く罰当たりな方法に思えるが、本人が手荒な供養を望んでいるのだから仕方がない。
「――エエツギヴ《大樹よ》、ティウォーグ《手を伸ばせ、生えよ、栄えよ》――」
「ッ?! 土魔法の詠唱とは違う!」
「――スィウォーグウォス《成長しを見せつけよ》!」
==========
“『精霊魔法学習』、精霊に関する理解と尊重の証たるスキル。
森の種族の出自、精霊の存在を認識して理解を深める。
結果として植物を操る精霊魔法を行使できるようになる”
“実績達成条件
森の種族であればそもそも学習の必要はないので、森の種族以外が精霊魔法を使えるようになる必要がある。が、大魔法使いでもなければ、森の種族以外が精霊魔法を行使できるようになるはずがない”
“≪追記≫
本人いわく「異世界渡りするためにエルフ語の解読が必要だったから、少し勉強したらできるようになった」らしい……”
==========
ラベンダーとアスターの間で植物が急成長していく。魔王同士の戦いによって荒れ果てた大地が以前の姿となり、いや、以前よりも青々と成長していく。
森が生え広がる。樹木が伸びて結集し、大樹となって空を突き上げる。
木々が伸び上がる、焚き火が弾けるような音。
それを切欠に雷の魔法使い同士が走り始める。
「雷の魔法使いッ、小豆が駆けるッ!!」
「雷の魔法使いッ、落花生が駆けるッ!!」
五十メートルの短距離であるため『韋駄天』スキルは発揮できないものの、『速』パラメーターでは小豆が勝っている。この勝負、最初から見えていた。
「『マジック・ブースト』発ッ、動ッ!!」
==========
“実績達成ボーナススキル『マジック・ブースト』、魔力を速力に置換するスキル。
注ぎこんだ『魔』の十倍の値を瞬間的に『速』に加算する。
速度だけ急上昇して筋肉や関節が耐え切れず自滅する、なんて間抜けなスキルではないものの、恩恵が高い分燃費が悪い”
==========
落花生が異世界にて速度アップのスキルを得ていた時点で、勝敗は決まっていたのだ。
背中にロケットブースターを背負ったがごとく、急加速する落花生は音速を超える。生じるソニックブームを『帯電防御』で防ぎながら、更なる加速を求めた。
「――せああァぁああッ、私のッ、勝ちです!」
跳び上がりながら空中で体を捻る。足を前方へと突き出す。この攻撃姿勢への移行も落花生が速い。
「このッ――――馬鹿な弟子め。いつも無茶ばかりして。最後ぐらい手加減してよね、まったく」
「ぇっ、あ」
落花生の加速はもう誰にも止められない。
小豆の体を蹴り付け、打ち砕いた瞬間に様々な思い出が蘇ろうとも止まる事はない。
==========
“職業更新詳細
●魔法使い(Aランク) → 魔法使い(Sランク)”
==========
“ステータスが更新されました
スキル更新詳細
●魔法使い固有スキル『五節呪文』を取得しました”
==========
土属性にとって植物は天敵である。アスターは抵抗の素振りを見せたものの、土魔法は植物の栄養源となるだけで効果は得られなかった。
蔓に絡め取られて雄鹿ゴーレムは動きを止める。アスターも等しく束縛されてしまっている。
「土の魔法使いが植物操るなんて邪道だけど……許してあげる。だって、貴女は私の大切な弟子なのだから」
「アナタはやっぱり、私の先輩だったんだっ!」
「おめでとう。ラベンダー。これで免許皆伝となりました。今より貴女は立派な魔法使いよ」
==========
“職業更新詳細
●魔法使い(Aランク) → 魔法使い(Sランク)”
==========
“ステータスが更新されました
スキル更新詳細
●魔法使い固有スキル『五節呪文』を取得しました”
==========
たとえ落花生が緊急停止できたとしても、目的を達成した小豆が居残る事はなかったので結果は変わらない。
落花生は涙を目尻に浮かべるが、それよりも速く小豆は消えていく。
「ま、待ってです」
「馬鹿ね。せっかく強くなったのに泣いちゃって。これで、さよならなのに」
「待つですッ! 師匠!!」
小豆は消滅する寸前、少しだけ落花生の頭を撫でた。最速の魔法使いだから可能だったのだろう。
網膜にSランク昇格メッセージが浮かび上がり、ラベンダーは確信を持って思い出す。忘れてしまっていたお節介な先輩の顔と名前を全部思い出したのだ。精霊魔法を緊急停止して、必死に駆け寄る。
けれども、死者と生者が対面する奇跡はそうそう起こるものではない。ただ、アスターがあまりにも弟子想いだったから、少しだけ非情なだけの現実が甘くなっただけである。
ラベンダーは手を伸ばした。
アスターは手を伸ばさず、微笑んだ。
蔓の巻かれた小柄な師匠へと手を伸ばした。
蔓の中で小柄な体を縮めて、微笑んだ。その微笑も今は掠れてしまっていて――。
「――悪霊としての未練は消えてしまったから、行くね。じゃあねっ」
「まッ、待って!! 先輩ッ!!」
届いた手が触れたのは、人の形に巻かれた蔓の束のみであった。
墓石魔王の体を押し返し、押し返される拮抗状態の中心点。
巨大な大穴が開いた悪霊魔王の顔。その中央に生えている人間族の体。
凶鳥という名前だった人間族――凶鳥という名前も所詮は思い付きの偽名でしかない――は、消えていく配下の気配に、不満を覚える事はなかった。
「人間族というものは度し難い。悪霊となった後ですら、生前のごとく振舞おうとする。それほどに理性的な生物がなにゆえ、悲劇を生むのか理解し難い」
理解できない生物の粗相に、いちいち動揺していられないからである。
状況的にも、人間族の悪霊が何体逆らおうとも影響はない。悪霊魔王が墓石魔王に勝利した瞬間、墓石魔王の悪霊を呼び出して使役すれば簡単に補える損失だったからだ。
この瞬間にも、二人の悪霊が成仏してしまったが関係ない。
「戻りました。悪霊魔王様」
「……月桂花か。どこに消えていた」
短期的に見ても、損失は月桂花の復帰により補填可能だった。
「申し訳ございません。悪霊魔王様を狙う危険人物を排除しておりました」
連戦により月桂花は少しやつれていた、体に擦り傷以上のダメージはない。何者かと戦っていたらしいがそつなくこなしたのだろう。
「その者の遺品です。悪霊魔王様」
「人間族の悪霊はあまり信用ならないが、そいつはどういった人物か?」
「こちらのナイフを使っていた男です。黒い仮面の男で、どことなく悪霊魔王様と似ていましたわ」
馬鹿らしい事を月桂花が言ったため、少し興味が沸いた。
月桂花が布切れに包んで持ってきた遺品のナイフとやらを手元に持ってこさせる。
「ふっ、笑えないな。我と似た人物などいてたまるか。仮に存在したとすれば、嫌悪ですり潰すしかなくなる」
月桂花は空中歩行で人間体へと近づいて、布を取ってナイフを見せる。
「――はい、その似た人物も同じ事を仰っていましたわ」
手渡すために、黒い刀身のナイフを近づけていき――――人間体を刺した。




