12-10 意外なる挟撃
ゆで卵のごとく魔法に撃たれて炭化した体を割って、再起動する。
溜め込んだ骸骨兵は二万体。魔法の絨毯爆撃に焼かれる寸前まで可能な限りを溜め込んだ。焼かれた体の再生などいくらでも行えるが、酷く業腹だ。まだ『同化』していなかった骸骨兵が大量にいたというのに、ほとんどすべてを壊されてしまったからだ。
「悪霊魔王様ッ!!」
体の下で喧しく叫ぶ月桂花を放置して、上体をそらす。
「黙って見ていろ、月桂花っ! 我は今、楽しんでいるのだ!」
魔法は超遠距離から発射されたらしく、魔王化したとはいえ反撃は不可能だ。合唱魔王とやらは後回しにするしかない。
ならば、まずは近場にいる墓石魔王から屠ってやろうではないか。四肢が絡み合って構成された下半身を鞭のように捻らせて墓石魔王の直方体へと叩き付ける。
異常なまでに比重の大きい物質でできているのかビクともしない。転倒させれば自立できなさそうだが、あえて足元は狙わない。下半身を長く延長して、墓石魔王へと巻き付かせる。
「『守』が高かろうと関係ない。死霊共、取り込め!」
体から染み出る無数の腕が墓石魔王の『同化』を開始する。
墓石魔王は悲鳴一つ上げずに前進を続ける。いや、稼働部を地面に突き刺す動作が、墓石魔王の攻撃手段だったのだろう。踏みつけられた大地は吐血するかのごとく地下構造体を隆起させた。
鋭い棘となった岩盤が花のように咲き乱れて、悪霊魔王の体を次々と突き刺す。
魔王の体とてダメージが加わり続ければその内消滅してしまうだろう。だが、俺に対して中途半端な攻撃は悪手だ。黒い海が出血して、地上に降り注ぐ。黒い水溜りからは腕が伸びる。腕で止まらず上半身、腹、足も現れ始めた。
神話にて、神の体から次世代の生物が登場する機会は多い。同じように、悪霊魔王の体からは眷族たる悪霊が誕生する。ゾンビのように腐っても欠損してもいないが、生気が皆無の冷たい体の人間族が二百体ほど産み落とされる。
悪霊共は墓石魔王を登り始め、親たる悪霊魔王の『同化』スキルを促進させる。墓石魔王の表面を悪霊で覆いきれば『同化』は完了するだろう。
強固な防御性能に反比例して墓石魔王の攻撃性能は低い。抵抗すればする程、俺の体が傷付いて悪霊の数は増える。
このまま押し切れる。こうも想像したが……魔界からの長距離魔法砲撃が再開される。
今度も百近い五節魔法が流星のように戦場に降り注いだ。数発直撃して体は焼かれ、眷族は蒸発。墓石魔王の取り込みに失敗してしまう。
……いや、まだ逃がさない。
「『暗澹』スキルで取り込んでやる」
魔法砲撃が終わらない内から暗澹空間を展開して、墓石魔王の巨大な全身を内包した。
黒い海と直結している暗澹空間内は隠世と化している。骸骨兵ならば五秒とかからず体をむしり取られて消えるが、墓石魔王の場合は――。
“――我ハ無敵デアレ。『スキル拒否』”
墓石魔王が初めて人語を発音した。すると、墓石魔王の周辺だけであるが、暗澹空間が消し飛んで正常な世界へと浄化される。
「は、はははっ! スキルを拒否するだと、これだから魔王は!」
魔王連合に所属している魔王共は、吸血魔王にせよ寄生魔王にせよ、怨嗟魔王もそうであるが、どいつもこいつもなかなか死んでくれない。様々な手段で死に対する耐性を備えている。
つまりは、死の総督たる俺の好敵手だ。俄然、やる気が出てくる。
魔法砲撃が完全に止んで、暗澹空間も時間切れで消え去った。これでふりだしに戻った訳であるが、目前の墓石魔王および魔法砲撃を加えてくる合唱魔王、実質二柱の魔王と戦っている俺の方がダメージ量が多い。
更に、状況が悪い事に腐ったドラゴンの鳴声が響く。
「痛イノッ!! 痛イクテ苦シイノォオオオ!!」
「ギルクめ、敗北したか。あるいは魔法砲撃に巻き込まれたな」
上空からはドラゴンゾンビがブレスを放つ。真正面からは墓石魔王が愚直に迫る。
更に駄目押しで……というには少々威力が心許ないが、雷属性の魔法が背後から放たれた。
「――爆裂、抹消、神罰、天神雷! 当ったけど大き過ぎ、効いているんです??」
暗雲から放射された四節魔法の電撃。魔王やドラゴンと比較して実に見劣りする。
電撃で背中が多少炭化したが、皮を剥ぐように負傷部位を排除すればすぐに回復するだろう。五節魔法の爆撃でも殲滅不可能な悪霊魔王の巨体に対して今更四節単発など、無力も甚だしい。
が、そんな一撃が妙に気になった。
俺の背後には何もなかったはずだ。骸骨兵共が滅ぼしたナキナの砦があったかもしれないが、兵士は全滅しもう誰も残っていない。砦自体も魔法砲撃で随分と崩壊した。
だというのに、崩れた城門に誰かが立っている。
「落花生。アイツには広く浅くの魔法ではなく、鋭く深々と核を抉るような一撃でないと」
「分かっているです。けど、アレは気色悪くないですか? 全身ホラーというか。蹴るのは流石に私も抵抗を感じるです」
二人の魔法使い職の女が立っている。顔に見覚えはない。黄色い格好と紫の格好は色彩的に覚え易いはずなので、きっと初対面だ。
『魔』の気配は人間族にしては異常だ。下手な魔族よりも高いぐらいである。
「御影も無茶を言うです。アイツを討伐するのは討伐不能王を討伐する並みに難度が高そうなのに」
「空を飛んでいるドラゴンも酷く気になるけどね。でも、ここで倒すべき魔王なのは間違いないよ。――創造、構築、要塞土精。いでよ、フォート・ゴーレム」
紫色の方が土魔法でゴーレムを構築し、頭部に乗り込む。
重厚な外装を持つ三十メートル級のゴーレムであるが、やはり所詮は人間族の工芸品レベルだ。真正面から押し合いを開始した墓石魔王と比べれば貧弱が過ぎる。
二人の顔を見た途端に感じた心が歪むような錯覚は、気のせいだったのだ。人間族など今更脅威でも何でもない――。
「――それでも来るというのか。人間族共」
夜明けが近いのだろう。稜線が薄く光り出す。
崩壊した砦の向こう側も闇が浅くなっていく。人類圏へと繋がる平野部から進軍してくるナキナ本軍も、そろそろ松明を必要としなくなる。
傾国の癖してよくもかき集めたものだが、一万以上の軍隊が隊列を作っていた。
「ナキナ国を侵犯する魔王連合に告ぐ! カルテ・カールネ・ナキナが告げる! 許し難き侵略行為にナキナ国は屈する事はない」
まだ戦域に入ったばかりであるが、隊列の中央から拡声が広がる。
「……だが、今は苦渋を飲んで提案する。新手の魔王を討伐するまで魔王連合との停戦を提案する! 魔王を滅ぼすのは人類の宿命だ。魔王連合にできずとも、我等であれば容易い仕事だ。受諾か拒絶か、証を示せ!!」
カルテの声だった。人間族だった頃に一夜程度は過ごした女なので、覚えていないなどと薄情な事は言うまい。
だが、カルテの方に俺に対する情はなかったらしい。魔王連合の侵攻に対処するために動いていたと思えば、まさか俺を倒すためだけに軍を集めていたのか。婚姻を迫ってきておいて、女とは恐ろしい。
一分間の空白を挟んだ後、三度の魔法爆撃が降ってくる。
今回は戦場を多い尽くす攻撃ではなかった。戦場の左右を意味なく爆撃するだけに終わる。悪霊魔王にもナキナ本軍にも魔法は落下していなかった。
これは魔王連合からカルテへの返答で間違いない。
爆撃によって立ち昇る煙は戦場を囲む壁のようであるが、ナキナ本軍の前後の被害はない。尻尾を巻いて後退するか、口先だけでなければ悪霊魔王を倒してみるが良いという挑戦状なのだろう。
「了解した。ナキナの力を見せてくれよう! 全軍、戦闘を開始せよ!!」
ナキナの前衛が速度を上げる。
先んじて現れていた黄色と紫色の魔法使い二人もゴーレムに乗って近づいてくる。
墓石魔王とドラゴンゾンビとは既に絶賛戦闘中だ。
「ふ、くくっ、見苦しい! 敵同士が手を取り合う光景にしては見苦し過ぎるぞ」
魔族と人類の挟撃によって劣勢となってしまった。
これではもう、本気を出すしかない。
「……ならば遊びは終わりだ。誰かある。世界を滅ぼす時間だぞ」
巨体の頭部の上、人間族の体で手を叩く。