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誰も俺を助けてくれない  作者: クンスト
第十ニ章 東部戦線異常しかなし
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12-9 老兵は死ぬ。ただでは去らぬ

 五節魔法という名の数多あまたの流星が貫いた戦場は焼けただれた。

 四方一帯は絨毯爆撃により焦土と化し、左右にそびえていた山も形を変えた。大地を埋め尽くしていた骸骨兵は消し飛び、燃えカスは盛り上がった地面と混合され土葬された。地獄そのものの光景だった戦場が破壊され尽した光景とは、何と表現されるべきなのだろうか。

 広域破壊を生き延びた骸骨兵は多くない。どうせ死んでいるという正論は除外しても、二十万の軍勢は二千近くまで縮小してしまっている。

 それと……当然のように無傷で稼働している墓石色の巨大なる魔王。

 百メートル以上の直方体にはいくつも魔法が直撃したはずであるが、細かなヒビすら走っていない。職人が研磨したかのごとき平面を保っている。

 重低音な汽笛が響く。

 稼働部位が動くたび、加重移動により土砂が舞う。地形が耐えられず、ささくれみたいに岩が隆起する。五節魔法の被害も酷いものだったが、墓石魔王の歩いた範囲も荒らされてしまっていた。無慈悲に荒野を生成し続けるマシーン。『行軍する重破壊』の二つ名は伊達ではない。

 迷惑この上ない魔王であるが、その巨体が盾となったがゆえに骸骨兵を率いていたリッチ、ゲオルグは生存し叫ぶ事ができていた。


「何故、何故警告もなく無差別攻撃を行ったのですかッ!」


 ゲオルグはナキナ侵攻を完璧にこなせていた。大量の兵を投入するという策を必要としない策により、ナキナの国土を半分奪い取り、最終防衛ラインとなっていた砦も落としてみせた。

 国盗りの実績により、戦後は魔王として昇格する事も十分に可能だったのだ。

 ……突然、野良で無名で、顔のない魔王が襲いかかってくるなんていう不幸な事故さえなければ、すべてが完璧であった。

「これはあんまりな非道です! 吸血魔王様から受け継いだ兵を炭にされて、どう再起しろというのですか!」

 ゲオルグの骸骨顔に皮膚は残っていないが、残っていたなら汗でびっしょりと濡れていただろう。

「魔王連合は私を見捨てたのですか!!」

 リッチの嘆き声を聞いているかもしれないが、墓石魔王は一切答えない。愚直に行軍を続けている。

 悲嘆に暮れる。そんな贅沢な時間を味わっている余裕さえない。

 ゲオルグは急ぎ撤退しなければならなかった。生き残った兵士を多くかき集めて、魔界へと落ち延びる。有能な兵士はほとんど失ったため再起は難しいだろうが、なに、死霊に寿命は存在しない。長く雌伏を続けていれば自然に死体は増えていく。

 次こそは吸血魔王の意思を継いだ魔王に昇格できるはずだ。


「…………最悪の時こそ冷静に。バラバラに動いている骸骨兵共をたばねなければ。『動け死体』スキルを再行使しましょう。『動け死た』――」


 ――背中から心臓へと短刀を刺し込まれ、喉をナイフで破壊されなければきっと叶った未来だ。


「――他生物を喰って力を増すとなれば、まずは周囲の雑兵から排除して更なる増強を防ぐ。それが分からぬとは所詮、その程度の器でありました。ゲオルグ様。いや、魔族」


 片腕のない老人忍者が、ちる直前の体でゲオルグを刺していた。

 背中の影から老人は顔を出す。眼球があるべき場所では、小さな鬼火が燃えている。

「グ、グが?! がだあな、何ゼ!?」

「何故? そんなに不気味か、魔族。私は、スキルによる束縛が弱まる瞬間をずっと待ちわびていたのだぞ」

 ゲオルグの背後より気配なく現れたのは、グウマだった。ゲオルグはグウマに刺されて致命傷を受けた訳である。

 先の戦闘で片腕を失ったハンディキャップを感じさせない、的確で素早い暗殺であった。心臓を潰すのは魔族暗殺のセオリーであり、呪文詠唱をさせないために喉を狙うのもセオリーであった。

 不意討ちにより重要器官を破壊されたゲオルグであるが、だからといって簡単に死ねるはずがない。使役していたゾンビにリッチが反逆されるなど、後世に残してはならない恥辱である。

 ゆえに、グウマは抵抗されるよりも先にゲオルグを始末する。

 垂直ジャンプしてから両足でゲオルグの首をホールドする。太股に力を込めながら体をねじり、同時に後方へと体をそらしてリッチの首を限界以上にらさせて、断ち切った。

 骸骨顔が荒野に転がり落ちる。

 念入りに、着地したグウマの足底で割られて崩れる。


「自分の死に場所は、自分で選ぶ。誰かに操られるなど耐え難い」


==========

 ●リッチを一体討伐しました”

==========


 網膜上に浮かび上がるリッチ撃破のアナウンスを見届けて、グウマは浅く溜息を吐いた。

 グウマは死亡後、『動け死体』スキルでゾンビへと成り下がってからずっとゲオルグを始末するつもりだったのだろう。無念であろうと納得して死亡したというのに、隠世かくりよに落ちる暇なく起されたとなれば相当の不満を溜め込んでいたとしてもおかしくはなかった訳だ。

 もちろん、己を呼び起こした張本人たる死霊使い職を始末してしまえば死体に戻ってしまう。が、グウマはそれを良しとしていた。

 今更、この世に未練など残ってはいないのだ。


「――グウマ。お前は忍者職としては徹底していた。それだけは認めてやる」


 ……我が娘に看取られる最期など、心の片隅にも望んでいなかった。忍者としては及第点の人生であったが、父親としては落第であったと自覚してしまうからだ。

 いつ間にかグウマの目前に、顔の作りも似てない灰色髪の娘が親譲りの速度で姿を現していた。

「今際に現れるのがお前だったか……いや、現れたのであれば丁度良い。恩義あるナキナのため、最後に警告してから去るとしよう」

 親としての責務を一切果たさなかったため、まっすぐに対面して話をしたとしてもグウマの心に恥ずかしさは浮かび上がらない。残り少ない時間を、娘への挨拶よりも業務連絡で消費してしまうのも楽勝だ。

「歴史の闇に葬られた教国の建国記をイバラも知っておろう。強大な魔王を滅ぼした勇者が国を建国したと伝えられるが、真実は異なる。勇者よりも先にアサシンが魔王を滅ぼして人類を救った。……だからアサシンはうとまれさげずまれ、救った人類から排斥された」

 消された歴史の話である。

 大魔王を滅ぼす仕事は勇者の専売特許であり、アサシンのような小癪こしゃくな人間が大役を奪うのは禁忌だったのだろう。恐らく、アサシンをむべき職業であるという誤った歴史を残さなければならない程の禁忌だったに違いない。

 結果、願った通りにアサシンは姿を消した。

「アサシンが何を思ったかについては何も残っておらぬ。が、最重要はアサシンこそが勇者に勝る魔王殺しの職業である点だ」

 どうして、アサシンだった者は人類に復讐しなかったのか。

 どうして、アサシンだった者は人類の敵の命ばかり奪ったのか。

 彼の思考はいまいち判然としない。忍者衆にも伝わっていなければ、アサシン職を禁忌と定めた教国に記録が残っている可能性があるぐらいだろう。

「私はあの仮面の男をアサシン職のSランクと見抜いていた。あの仮面の男には伝説のアサシンと同じ存在となれる可能性があった。エルフの娘を狙ったのもそれを期待しての悪行であったが……当てが外れてしまったらしい」

「どういう事だ?」

「あの男はアサシン職としての性質よりも、死霊使いとしての性質が強かったのだ。見てみよ、あのおぞましい死の形を。アレは真性悪魔などよりも恐ろしい存在へと階級昇華している、手遅れだ」

 グウマの目線の先では、黒こげのオブジェとなっていた悪霊魔王が外皮を割り、復活する悪夢が公演されていた。さなぎから毒虫が顔を出す瞬間のように、目を背けたくなる。

 迫りきた墓石魔王へと蛇のような下半身をぶつけて巻きつかせようとしている。巨体同士による戦闘が開始された。

「イバラよ。カルテ様へと伝えよ。アレはこの地で始末しなければ手出しできなくなるとな」

 合唱魔王の絨毯爆撃に耐え、墓石魔王と近接戦可能な存在に対してどれだけ人類が対抗できるかは分からない。が、周囲に同化可能な人類がいない土地で決着を付けなければ攻略不可能となる。

 ふと、足の力が抜けて、グウマは倒れた。『動け死体』スキルで動いていた体がただの死体に戻ろうとしているのだろう。

 人類にとって重大な警告を終えてからグウマは死のうとしていたが、イバラの視線は冷たかった。

「そんな事が、お前の遺言かっ。その程度の事はカルテ様も気付いていた」

「……なるほど……すべては年寄りの冷や水であったか……」

 グウマは去る。親らしい事を一切こなさないまま娘の前で死ぬ。


「…………そうだ。迷惑ついでに……私の体を………捨てておいてくれ。…………アレに取り込まれて…………ナキナと……お前と……戦いたくは、な………………ぃ……」

 

 二度と動かなくなったグウマ。

 イバラは忌々しい男の死体を荷物のように担ぎ上げると、魔王共が争い合う戦場から撤退していく。

「くそッ……なんて軽い体だったんだ」

 イバラの背中越しに、轟音と閃光が戦場を埋め尽くす。合唱魔王による二度目の絨毯爆撃が行われたのだろう。

 しかし、閃光の中でも魔王の異形は動き続けていた。

 いったい、どのような手段であれば悪霊魔王を討伐できるのか。イバラには分からない。

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