12-7 魔王新生
崖から落下しながら最も骸骨兵が多い場所を狙って着地する。
落下最中に槍の投擲を腹や頭に受けたが、もはや人間ではなくなった俺に急所など存在しない。槍が刺さりながら骸骨兵数体を足蹴にしながら着地。足底で潰した骸骨兵を『同化』して、その分だけ体を膨れ上がらせた。
一度増えれば、後は倍々ゲームである。
体積が増えて隣の骸骨兵と接触する。接触した骸骨兵の分だけ大きくなり、近場の骸骨兵が更に巻き込まれる。
膨張した体に四肢が埋没。達磨というか、黒い繭に近くなっていく。より転がり易くなった体で戦場を横断する事で、『同化』速度を更に上昇させた。
だいたい千体ぐらいは巻き込み、基礎が整った時点で繭を割って体を再構成する。
原形としたのは下半身に六頭の巨大犬と魚の尾鰭が融合した異形の合成生物だったはずであるが、出来上がった形状は更に醜いものであった。
何本もの腕や脚が複雑に絡み合った肉柱の下半身。
上半身は人間族のものでありながら誤って背と腹を逆にして接合したため、地面に両手を付こうとすると背中を逸らさなければならない。肋骨らしきアーチが腹部から突き出て、夜空を指差す。
頭部にあたる器官は酷く簡易だ。耳も鼻もない卵型の頭に大穴が開き、泉のように黒い海を垂れ流している。
随分と奇天烈な格好をした体長二十メートルの巨体こそが、新しい姿である。
色はただ一色、底無しの黒色。黒い海と描写されるべき隠世がテクスチャのように張り付いている。
周囲を展望可能な顔の穴の中央から人間族だった頃の体を生やし、世界を睥睨する。
「…………まだだ、まだ体が小さい」
歪な体なので、動こうとして即時バランスを崩した。
好機と見たのだろう。骸骨兵共による全軍攻撃が開始される。軍隊蟻に襲われるがごとく巨体の周囲に死霊が群がる。槍で突き、剣で裂き。生まれたての哺乳類よりも動きの悪い体にダメージを蓄積させていく。
チクチクくすぐったいので腕を振るうが、両手で支えなければ保持できない体が滑って地面に後頭部をぶつける。
「海底に沈みし悪霊共よ。腕を伸ばせ。掴んで体内へと引きずり込め」
不慣れな体で難儀しているが、悪霊を使役するという機能においては優れていた。
俺の呼び声を聞き付け、悪霊共が体の表面から次々と腕を伸ばす。自発的に骸骨兵を取り込もうと蠢いた。巨体から見れば毛のような長さの腕でしかないものの、体を斬り付けていた骸骨兵を掴むには十分だ。
脳みそのない骸骨兵でも接近戦は不味いと理解したのか、敵軍が波のように退いていく。
「なるほど、動きたいのなら最初からこうすれば動けたのか。『暗影』」
人間を止めても人間だった頃のスキルは使用可能だ。
全身から影を噴出した後、敵軍の密集率の高い砦付近へと二キロ以上空間を跳躍する。地表から五メートルの位置に出現後、自由落下して多くの骸骨兵を押し潰す。
「肉もなければ命もない骸骨兵でも、体を作る足しにはなる。さあ、悪霊共。掴んで奪え。『同化』を行え」
暴れるというよりは、ただ体をのたうち回らせているだけであるが、巨体は動くだけでも凶器となった。
多くの骸骨兵が粉砕されて活動不能となる。動かなくなった骨を黒い腕が拾って『同化』する。ものの数秒で百体以上は取り込めただろう。
……これでは、まだまだ非効率だ。世界を取り込む使命を果たすのに時間はかけられない。
「『暗澹』」
半球状に隠世を展開し、半径百メートル圏内を埋没させる。
暗澹空間の維持は五秒も行えば良い。空間内は現世から隔絶された黒い海の底と化す。空間内に取り込んだだけで『同化』は完了したため、スキル解除後の大地からは骸骨兵が消失。ギャシャガシャ骨が軋む音でうるさかった周囲が、たった五秒で無音無生物の不毛地帯に変貌したのだ。
たった二十メートルしかなかった体も今では七十メートル近い。
まだ満足している訳ではないが、とりあえず、ここにいる十万以上の骸骨兵共を一晩で取り込むには十分な体が出来上がった。
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“●レベル:21”
“ステータス詳細
●力:259 ●守:153 ●速:3
●魔:3137/3137
●運:5”
“職業詳細
●死霊使い →(階級昇華)→ 魔王(Dランク)
×救世主(初心者)(一時停止)(非表示)
×アサシン(?ランク)(封印中)”
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「俺は……我こそは『顔のない魔王』悪霊魔王」
そして、ここにいる骸骨兵をすべて平らげた後は……異世界全土の生者を『同化』し巡る。最終的にこの体は世界と同じ大きさにまで膨らむ事だろう。
「異世界で繰り返される悲劇を終わらせるため、必要とされて顕現したのだ。さあ、今こそこの世界の生者を死滅させる大偉業を。これまで通りこれからも、我は世界を救おうぞ」
死霊の癖して怖気づき、撤退を開始する骸骨兵共。
逃走を阻むために砲身を意識して片腕を水平に伸ばす。角度は上へ三十度。最も飛距離が出るようにして五節魔法を発射する。
「逃げられると思うたか。――灼熱、業火、断罪、地獄炎山、地獄の業火でも罪人の罪過は滅せられぬであろう」
狙ったのは敵軍本体ではなかった。その逃走ルート上、約十キロ先にあった森林地帯。紫色の火球が戦場を横断しながら飛んでいき、森に着弾すると同時に紫色の災が森に広がる。
紫色に揺れ動き、照らされる夜。死霊か悪霊しか動いていない地獄の風景。
紫色の炎に罪人が触れれば、罪過を燃料に火は燃え続ける。人を一人でも殺めていたならば、当然、死ぬまで炎上は続く。
「材料とする肉と骨を燃やしては意味がないのでな、逃げ道を封じさせてもらった。とはいえ、投身して自らの罪に焼かれる事まで禁じようとは思わない。どうせ、最後は黒い海で再会する」
骸骨兵共の行動は二つに分かれた。
無謀にも悪霊魔王へと立ち向かう者。
無謀にも悪霊魔王から逃れようとする者。
放心したように動かなくなる者も若干いたような気もするが、そんな無様な死霊、カウントする気にもなれない。体をひねらせて、蛇のような下半身で潰してしまった。
「死を避けられぬように我は決して避けられない。さあ、さあっ! 我と化して世界を救おうではないか!!」
砦を腹に、向かってくる骸骨兵の取り込みから開始していると……ふと、空中から歩いて、顔の辺りに誰かがやってきた。
「お喜び申し上げます。凶鳥様。いえ、悪霊魔王様」
「……月桂花か。お前も生者ならば、生者らしく死に抗おうと無駄な努力をするべきではないのか?」
「そのようなご無体なお言葉、仰らないでください。わたくしはどのように変質しようとも、貴方様をお慕い続ける女なのです」
魔王と化した後でも月桂花は態度を変えず、嬉しそうに頬を赤く染めながら近づいてくる。
嬉しいとも煩わしいとも思わない。ただ、彼女が本気だという事だけは疑わなかった。それだけだった。
顔の中心付近にある人間族だった頃の体を目指しているのだろう。
更に近づく月桂花を言葉で制す。
「待て。止まれ」
「この愛は本物です。信じてくださいませんか?」
「違う。そうではない。それ以上近づけば悪霊共が腕を伸ばす」
月桂花の魔法はそこそこ役に立つ。『同化』しようとしまいと悪霊魔王に従僕として尽くすというのであれば、巨体に組み込むのではなくスタンドアロンで動ける状態にしておくのが無難だ。
「世界を救うまでの障害は多い。月桂花は当面、生きたまま我に尽くせ」
「御意でございます。悪霊魔王様」
生者を容認する己の言葉について不審な点は存在しなかった。世界を救済すると決めたからには、いつかは必ず月桂花を黒い海底へと誘う。どうせ時間の問題だ。
時間の話を言うのであれば、悪霊魔王に抵抗する生者共を駆逐するためにも月桂花は使い潰さなければならない。
実際、この場にも悪霊魔王の救済に楯突く輩が現れて、交戦が始まろうとしている。
「アアアアアアアアァァァァアァッ!!」
高高度から直角に降下してくるそいつは、『魔』の検知範囲に入るよりも先に口からレーザー光線を発射してきた。