12-5 娘の声は届かず
ゾンビ忍者と灰色髪の女忍者の斬り合いは、接近と後退の繰り返し。馬上槍試合のごとく、一箇所に止まらずに交差し合うものであった。
高速戦闘の洗練。相手よりも早く刀を一閃し、先に相手を斬った者の勝ちとなる。実に単純で、本来ならば一度で済まされるはずの必殺剣を何度も繰り返している。
それが長く続くという事は、二人の速度は互角だ。
「最後までナキナに仕えたのならば、死した後もナキナのために消えろ。グウマッ」
「むゥ、ん。……イバラか」
手数や技量ではグウマが上回るだろう。ただ、刀に乗った力と速度は女忍者が上回る。
老化によりグウマのパラメーターは全盛期から程遠いとはいえ、死の瞬間まで培った技は現存する忍者職の誰よりも高い。対して女忍者の一刀一刀は、老人の偉業を越えようとする若者の威勢そのものだ。
「私の手で消えてなくなれ、グウマッ」
「……忍者衆の頭目の役目を忘れて私情に走るか。その代償は大きい。見てみよ、あの風前の灯となった砦を。骸骨兵の増援の先端は既に届いているぞ」
「言われるまでもないッ。お前を滅してからやらせてもらう」
完全に拮抗しているので当分勝負が付きそうにない。ギアが上がり、二人の速度は更に高まりつつある。
下手に忍者共の戦いに手を出さないのが正解だろう。それよりも、呆然としているアイサの両肩を掴んで揺さぶる。
「大丈夫か、アイサっ!」
「う、うん。僕、生きているよね?」
疑問形で聞かれたので胸に耳を当てて心臓の音を確かめてやる。心拍数が高まった音が聞こえたので生きているのだろう。
「キョウチョウ、ここ戦場だからっ」
「近場にいても邪魔だが、守れない位置で勝手に死なれるのが一番迷惑だ。最後まで俺から離れるな」
「う、うんっ!」
アイサと片足の側面を合わせつつ、戦場方向を一緒に眺める。
敵軍への遅滞活動は完全に失敗した。万の死霊は何に阻害される事なく一心不乱に砦へと攻め寄せている。唯一の例外地帯は俺達がいる地域で、半径五十メートル圏内の骸骨兵が電源の切れた機械のように棒立ちになっていた。
理由は当然、頭上に浮かんでいる月の魔法使いの加護があるからだ。額から汗を流しつつ、月桂花は魔法詠唱を続けている。
「まったく、ブレないな、月桂花は」
遠くに見える砦は悲惨だ。
城壁をよじ登り、骸骨兵が何匹も城内に跳び込んでいる。支援がなればすぐにでも陥落してしまう。具体的には月桂花を投入しなくてはなるまい。
だが、月桂花は単独で向かってはくれまい。俺以外の事柄について無関心な彼女が、哀れなだけの他人を助けようとは思うまい。
つまり、俺が砦まで移動するしかない訳であるが……障害となるがグウマである。
グウマは灰色髪の女忍者――カルテがイバラと頻繁に名前を呼んでいる――と斬り合っているものの、俺達が砦に向かおうとすれば阻止してくるだろう。
俺達の安全のために早く勝負を付けて欲しいところであるが、イバラはなかなか決めてくれない。
「ええいっ、観戦していないで手伝えッ! 仮面にエルフ!」
僅かな隙を得たイバラが、俺達に向かって吠える。ばっちりなタイミングでアイサを助けておきながら、確実な勝算はなかったらしい。
ナイフを投擲された遺恨はあるものの、アイサの命一つ分の礼ぐらいはしておいて損はない。
「仕方がない。ほら、よ!」
棒立ちになっている骸骨兵から投槍を拝借し、イバラと刀を合わせているグウマへと投じる。
グウマは背中に目でもついているのだろうか。まったく目線を向けずに槍を避けてしまう。
「――稲妻、炭化、電圧撃ッ!」
アイサの追撃もノールックで回避した。ただし、体勢が崩れたのでイバラとの交戦を止めて後退、骸骨兵の集団へと紛れて姿を消す。
イバラも退いて、俺達へと近づく。
「アイサを助けたのはカルテの指示か?」
「クッ、そんな訳があるか。あの男の腐った顔が見えてしまって、体が勝手に動いただけだ。忍者衆は砦に向かわせている」
砦の方で爆発が発生し、骸骨兵がボロボロ壁から落下していく。イバラの言う通り、忍者衆が加わり抵抗を開始したのだろう。
「忍者衆だけ? ナキナの本軍はまだ到着していないのか」
「足の速い忍者職だけで先行した。本軍の到着は早くても明日の昼になる」
良い知らせのようで悪い知らせを聞いてしまった。忍者衆の参戦で一時的には盛り返しているが、とてもじゃないが砦は明日まで持たないぞ。
仮面の下で微妙な顔付きを作りながら、ふと、左手方向から飛んできた手裏剣を叩き落とす。
「危なっ!」
グウマを倒しておかないと、おちおち悲観もしていられない。
間を置かず、別方向から二枚手裏剣が飛んできた。アイサの後頭部狙いであったが、こちらはイバラが短刀で弾く。
遠くにグウマの姿が見えたが、骸骨兵の波に消えていく。
「奴の位置は私の『殺気察知』で分かる。近づいていたら教えてやるから全員で囲んで首を落とせ」
イバラとアイサ、それと俺で背中合わせになってグウマの接近に備える。骸骨兵の影からいつグウマが跳び出してくるか目を光らせた。即席チームの割に様になっているだろうか。
呼吸音すら邪魔に感じる程に緊張を高める。
じらしていないで早く来いと願っていると……イバラが声を張り上げる。
「来――ィッ、三方同時だッ!!」
タイミングを完全に同期させて、骸骨兵の群をかき分けて三人のグウマが駆けてきた。二体はスキルで作り出した分身で間違いない。
グウマの本体は低スペックな分身体に合わせて紛れている。それゆえ、疾走速度は驚く程に速くはない。
どいつが本体か。外見からでは判別不能だ。分からないなら、各々が正面のグウマを対処するしかなくなるのだが――。
「僕の前のが本物! 『鑑定』は誤魔化せないから!」
――アイサの宝石製の眼は一目で本体を見破った。
犯人を追い詰める警察犬みたいに、イバラは分身体を完全に無視してグウマを目指す。
「死ぬまでナキナに尽くしていながら、死後に己の功績を汚すか、グウマ! お前の人生とはそんなものだったのか!」
「イバラ……いつまでも、親に、甘えてくれるな」
二人を戦わせるだけでは先程までの焼き回しでしかない。俺も参戦しようと一歩踏み込むのだが、アイサが服の袖口を引っ張った。
「僕に言っておいて、キョウチョウが僕から離れてどうするの!」
「いやまあ、そうだけどっ」
「あのお爺さんの『速』は高いけど……止める方法が一つある。キョウチョウお願い。闇で目隠しして!」
アイサの言う闇とは恐らく『暗澹』スキルの事だ。分身体を対処しなければならないついでに、アイサの願い通りスキルを発動させる。
「『暗澹』発動!!」
光と音の透過度ゼロの闇が、接近中だった分身二体を体内に内包した。
死霊相手でも暗澹空間は視覚を奪うので、足は止まる……はずだったのだが、グウマ共は気にせず直進してきた。流石は忍者職というべきか。グウマは己の歩幅を正確に覚えているに違いない。
驚愕はするが、俺が見えていない事には変わりない。
アイサを伴って初期位置から移動。首のあった場所を刃が通過していくが気にしない。
攻撃を空振りしたグウマの足を払って転倒させ、もう一人のグウマと縺れ合わせる。二体重なっているところへ火炎魔法を撃ち込んで終わらせる。
「アイサ、まだ準備中か?」
「ちょっと待って。――模倣、人形、自律人。うん、終わったよ」
分身体はダメージ超過により消滅。暗澹空間を解除した後には、俺とアイサしか残っていなかった。
「術を解除した時こそ好機。殺ッ!」
「ま、待てッ。私に……娘に集中しろ!!」
イバラと戦っていたグウマの本体は、『暗澹』解除を狙って瞬間加速する。イバラを突破して俺達を……というかアイサを狙う。グウマとアイサの接点は今までなかったというのに、何故そこまで執着するのか分からない。
加速した老忍者は目で捉えられない。パラメーター的に止めようがない。
瞬きが終わるよりも早く間合いへと飛び込んできた。低い体勢のまま繰り出す刺突で、アイサの胸の中央を抉る。
……アイサの心臓から吹き出る血が、グウマの腕を伝う。
「むッ?!」
腕を伝う血の色が変色し、泥水と化した。苦悶の表情を浮かべていたアイサの顔も茶色くなり、トロけていく。
「この感触は……傀儡か!」
気付いたとしても既に遅い。グウマは突き出していた手を引っ込めるが、粘着質な泥水がトリモチのように繋がり、逃しはしない。
グウマが刺したアイサは、魔法で作り出した真茶色な偽者だった。暗澹空間を展開している間にアイサが土を材料に魔法で製作した、本人そっくりな土人形である。敵が素早いのであれば罠に嵌める。狩猟民族ならではの発想だ。
土人形の材料にした地面には人間一人分の穴が開いており、アイサはそこから顔を出す。
「ぷふァっ。キョウチョウ、今!」
言われるまでもない、と手の平をグウマの腹部に押し当てた。最後の『魔』を使い果たしてゾンビに特攻のある火属性魔法を放つ。
「――発火、発射、火球撃ッ! フレイム・エンドッ」
「それでも、まだ、朽ちるには早いッ」
グウマの覇気が火炎と交じり合う。
火球の直撃を受けた脇腹を炭化させながらも、体全身を燃やされるのを防ぐためだったのだろう。グウマは、土人形と繋がっている右腕を付け根から引き千切って後退していく。
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“『ゾンビの腕切り』、腐り堕ちてでも動き続けるためのスキル。
トカゲの尻尾切り。致命傷を受けた際、体の一部を犠牲にして切り抜ける事が可能。ただし全身を破壊してくる攻撃は許容範囲外”
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イバラは逃しはしないと手裏剣を投じたが、残った片腕を盾にしてグウマは遠くまで逃げ去った。骸骨兵共の群集に紛れてしまったため追撃は不可能だ。
気配は完全に遠ざかった。まあ、グウマならば引き際を誤る事はないだろう。
「グウマァァあアーーーーッ!!」
グウマと同じように、イバラの叫び声も万の骸骨兵の行軍に紛れて消える。