12-3 無謀なる遅滞作戦
「ちょっ、ちょっと待て!? あの丘の向こう側。俺の目がおかしくなっただけだと思うが、ガシャガシャと細いのが動いていないか?」
俺の『暗視』スキルに遠くを見る機能はない。だから、月光に照らされている丘の滑らかな輪郭がザワ付いても、何であるとは断定できなかった。
アイサは狩猟民族であるため視力は良いのだが、『暗視』スキルを所持していない。それゆえアイサは気付きもしていない。
こういう場合に限った話ではないが、月桂花に頼る。
「月桂花、上空から見えるか!」
スキルか呪文かで空を歩ける月桂花は高度を上げていく。と、すぐに強張った表情になって戻ってきた。
「凶鳥様ッ、膨大な数の骸骨兵が迫ってきています!」
月桂花が焦っている。寄生魔王の六節魔法を防御した時と同じか、それ以上の切迫感が口調に篭る。
骸骨兵といえば強くもないが弱くもないモンスターの代表格である。
死霊系モンスターに属するため、ゾンビと同じで殺し辛いという特性はある。ただし、呼吸器官がないため一般的には魔法を行使できない。死霊の癖して物理攻撃しかできない悲しいモンスターだ。
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“『骸骨兵』、死霊系の骨モンスター。
正しく埋葬されていない死者がゾンビとなり、肉が朽ちても動いているものを示す。正しく埋葬するにも費用が掛かるので多くの一般人が骸骨兵と化す素質を有している。
人間族の骨のみが骸骨兵化する訳ではないが、モンスターよりも人間族の方が骸骨兵化し易い。
パラメーターは平凡平均な個体が多い。生前のレベルによっては巨大な力を持つ場合もあり、より上位の死霊と化す悪夢もある”
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決して月桂花が恐れるモンスターではない。レベル100の彼女ならば、一騎当千など容易にこなせる雑魚に過ぎない。
そんな月桂花が危機を感じる膨大な数とは、いったいどれ程か。
「まさか、今いるゾンビ共と同じぐらいの骸骨兵が来ているのか?」
「いえ……おそらくは、凶鳥様の想像の十倍は下らないかと」
俺の想像が骸骨兵千人だと仮定した答えなのだろうか。いや、一万人と仮定した答えなのだろうな。
狭小な山間という地形的優位。それのみを頼りにナキナの兵士達は万単位のゾンビの前進を防いでいたが、現時点で限界だ。追加で更に十倍のモンスターが襲ってくるのであれば、物量によって砦は潰されてしまう。
「小国一つ落とすのに過剰戦力だろうに。たく、もう人間の止め時か」
俺達三人が砦の防衛に加わっても、十万の敵が相手では流石に分が悪過ぎる。
対抗策は凶鳥面を外して、俺が得体の知れない化物となってしまう事のみだ。魔王連合ごと砦の兵士達も駆逐してしまう悲劇が起きたとしても、何もできずに砦が陥落してしまう悲劇よりも随分マシなはずだろう。
仮面を外すため、手を顔に近づけていく。
「ま、待ってよ!」
アイサが俺の手を抱えるようにして、邪魔してきた。
「キョウチョウが戦うのを止めようとは思わない。けれど、自分が自分でなくなるような手段を選んじゃ駄目だよ!」
「……アイサは、ここで俺を止める意味を分かっているのか? ここの兵士達が皆無駄死にするぞ」
「僕ががんばるから、仮面を外さないで。お願いだから!」
分不相応な我儘をいう子だ。アイサごときの努力で何が達成できるという。アイサは既に努力していながら、まだか弱い少女の地位に留まっているのだ。
ただし、アイサの提案を受け入れないかというと、話は別だろう。青い瞳が純粋だったから……なんて馬鹿げた感動を覚えたからではない。そもそも、片方の目は俺が与えたものである。
「もう二度と人間に戻れなくなるって、キョウチョウが一番感じているはずでしょう!」
俺の顔に穴を開けた張本人にして殺人犯。矢で顔を射られた時から俺の人間離れは始まった。人間を止めさせてくれてありがとう、などとお礼を言いたい気持ちは一切ない。ただひたすらに罪を償え、と冷淡な感想を覚えるだけだ。
罪人の刑期が長ければ長い程に、被害者の心は報われる。
罪滅ぼしという名の献身をアイサがもっと続けたいというのであれば、望み通りにしてやりたくなるのが被害者感情として正しい。
ダンジョンの深層で仮面を外した頃は、もっと素直にアイサの制止を聞き入れられた気がする。が、今はうがった考え方しか行えない。
冷え切った感情を悲しいと思える程の人間性は、もう残っていない。
「俺が一番仮面を外したいと思っている。仮面を外して早く楽になりたい。アイサに邪魔されたぐらいで止められるか」
「やっぱりキョウチョウは天邪鬼だ。思っている事や言っている事は真っ黒なのに、本心は真逆。仮面を外したいとキョウチョウが強く望む時は、キョウチョウが仮面を絶対に外したくないと泣く程に懇願している時なんだよ。……自慢になるけど、これが分かるのはきっと、世界中で僕だけだから」
あーあ、アイサさえいなくなれば、俺はもっと自由になれるというのに。
「まったく、アイサには頭が上がらないな。……仮面ありだと困難極まるだろうが、駄目元で挑む。骸骨兵が砦に到着するのを一秒でも遅らせる。アイサ、月桂花。二人ともサポートを頼むぞ」
レベルアップを十七回も繰り返した俺にとって、骸骨兵など既に敵ではない。一対一では絶対に負けない自信があるので、常に一対一になるように戦えば十万体が相手でも完勝可能だ。
「って、できるかッ! 一斉に槍を突き出してくるな!」
正直ヤケクソだ。
砦へと迫る骸骨兵の軍団に対してあえて挑み、前方集団を遅滞させて後方を渋滞させる。死霊系モンスターは太陽を嫌うので、朝まで押さえ込めれば勝機が見えてくる。
そんな策とも言えぬ策を実行部隊三人で達成できるはずがない。
骸骨軍団の先頭で、ボロ布みたいな旗を掲げていた船頭役を奇襲して、ナイフで首の骨を断った。ついでに蹴り倒して骨を散乱させて再起不能にしてやった。
順調だったのはそこまでだ。骸骨兵共は数で攻撃してくる。一瞬前まで立っていた地面は手槍と投げ槍の剣山と化した。回遊魚みたいに止まったら死んでしまう。
「吹き飛べ! ――発火、発射、火球撃、きぃっ!? 一体潰している間に十体は来るぞ」
炎の中で消えていく骸骨兵の向こう側から、しゃれこうべがガシャガシャ音を立てながら迫る。制圧力がまったく足りていない。
行軍の土煙でも隠せない骨、骨、骨。軍団と戦っているというよりも、分厚い壁と戦っているといった方が正しく思える。
仮面を外さない全力など片腹が痛くて仕方がない。それでも、人間としてできる事をすべて行わなければ敵軍を止められない。
「『動け死体』スキル発動! お前等、止まれッ!!」
俺のスキルに反応して、最前列の骸骨兵が二十体ほどが足を止めた。直後、可哀想にも後続に押されて踏み潰されてしまったが問題ない。一体ずつ潰すよりも効率的である。
バックステップで距離を保ちつつもう一度スキルを発動。これで十万分の四十だ。
「モロに死体の癖に効きが悪い。俺以外の死霊使い職がいるな! 召喚物、板塔婆千本。『グレイブ・ストライク』、開始!」
軍団の上空に細長い板を召喚しての、つるべ撃ち。
俺最大の範囲攻撃であったが、所詮は板。モンスターを倒すのには向いていない。
ただし、骸骨兵には隙間が多い。肋骨の間に板が入り込んでから地面に打たれれば動きを止めざるをえない。
動けなくなった骸骨兵はあえて狙わない。動いている奴を優先して攻撃していく。
歯を打楽器のように鳴らして威嚇する骸骨兵。眼球のない窪みが丁度持ち易そうだったので、ボーリング玉みたいに指を突っ込んで引っ張る。小気味良い音を鳴らして頭が取れたので、別の骸骨兵へとアンダースローで投げ付けた。ふーむ、ストライク。
短剣で挑んでくる濃い色の骸骨兵が現れた。なかなかの剣捌きで倒すのに難儀しそうだったので、『暗影』で背後に跳んで背骨を断ち斬った。
止まった瞬間を狙われて、遠くから投槍が飛んでくる。避けずに『暗器』で隠し持ち、すぐに解放して関係ない骸骨兵へと投げ返した。
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“●骸骨兵を一体討伐しました。経験値を三入手しました。
●古参骸骨兵を一体討伐しました。経験値を五入手しました。
●骸骨兵を一体討伐しました。経験値を三入手しました”
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五秒に一体は無力化しているだろうか。キルレシオが高まっているが、これでは遅い。遅過ぎる。倒した数よりも、俺を素通りして砦へと向かっていく数の方が百倍多い。
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“●骸骨兵を一体討伐しました。経験値を三入手し、レベルが1あがりました”
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“●レベル:17 → 18(New)”
“ステータス更新情報
●力:57 → 61(New)
●守:43 → 47(New)
●速:69 → 74(New)
●魔:16/48 → 16/52(New)
●運:5”
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久しぶりにレベルが上がった。
……それがどうした。成長率が高いだけのパラメーターに嬉しさなどありはしない。
「キョウチョウッ。――稲妻、炭化、電圧撃ッ!」
「アイサは下手に攻撃するな。狙われても守る余裕はないんだぞ」
後方支援を頼んでいたアイサが集団中央へと直接攻撃を行う。貫通力の高い雷属性魔法は多くの骸骨兵を穿ったものの、筋肉のない相手に電撃はさほど効果的ではないらしい。
電撃を耐えた骸骨兵へと、俺も魔法攻撃を行い完全に動けなくする。火葬には成功したものの、『魔』が一桁に突入してしまい、そろそろ余裕がなくなる。
敵が骨なので返り血でナイフが汚れる事はない反面、刃こぼれが酷い。自前のナイフは既に破棄した。今は、倒した骸骨兵が所持していた欠けた短剣で戦っていた。
スタミナもそろそろ厳しいだろうか。休憩する暇があるはずがなく、呼吸回数よりも多く武器を振るっている。
「月桂花はッ――もう限界か」
それでも善戦できている理由は、月桂花が幻惑魔法で敵軍の勢いを激減させてくれているからであった。魔法効果範囲内に入り込んだ骸骨兵は行軍を止め、酔っぱらいの足取りで出鱈目な方向へと歩き出す。直接攻撃力がないのが惜しまれるものの、万の侵攻を千に減らす大健闘を彼女は既にこなしているのだ。これ以上のオーバーワークは強いれない。
俺達の活躍により、敵軍の砦到着を十分は遅らせられたに違いない。
「真正面から戦うのはやっぱり無理だ。一度、砦まで後退し――」
……たった十分が俺達の限界だった。
そして、賢い敵は俺達が限界なのを見計らうだろう。
「――後ろッ!! キョウチョウ!!」
間抜けな事に、アイサに指摘されるまで気付けなかった。
老人の死霊が俺の背後に立っていた事に気付けなかった。
首にナイフを突き刺されているのに、痛みに気付けなかった。
「――『殺気遮断』術。キョウチョウよ、悪いがお前には死んでもらおうか」