12-1 死霊戦線
王都よりナキナ東部へ、魔界に接している国境線までの本来の道のりは七日程度かかる。
だが、魔界より現れた魔族に押されて――カルテの命令で意図的に戦線を後退させた結果――今は五日程の道のりだ。
左右に壁のような山が立ちはだかるすり鉢状の地形。山脈国ナキナの中で最も狭苦しい地形に最終防衛ラインを張ったナキナ国境部隊は良く耐えていた。
モンスターがゾンビを主体とした死霊だった事も幸いしたのだろう。夜間は戦闘が続くが、太陽が昇っている間は休息できるからである。
とはいえ、死霊だからこその悩みもある。
噛み殺された味方が次の日にはモンスターとなって仲間を襲う。殺されれば殺される程に敵の数が増えていく。知った顔のモンスターを斬らねばならないストレスと、次は自分が仲間を襲うかもしれないストレスが手足を鉛に変えてしまうのに五日は十分な時間だ。
俺達が到着したのは太陽が沈みかけの夕暮れ時。
短気なゾンビ共は山の影を伝って攻撃を開始しており、ナキナの砦は陥落寸前であった。
梯子も使わず、指の爪を割りながら城壁の傾斜面を登ってくるゾンビ共。
知能はないに等しく、『守』はないに等しい。仲間意識もないはずであるが、それゆえ仲間を踏み台にする事を躊躇しない。
「おいっ、ゾンビ共が群がっているぞ。応援をよこせ!」
「門にはもっと大量に詰め掛けているんだ。こっちに誰かを回せる余裕なんてあるか」
城壁の作りや山影の位置が影響しているのだろう。この防衛地点は、ゾンビの集中率が高い。
一箇所に集まったゾンビ共は、先に到着していたゾンビを押し潰して台座とし、頭蓋骨一つ分高い位置から城壁の縁へと手を伸ばしていく。それで手が届かなければ、また別のゾンビを押し潰して台座とする。その連続だ。
最初の内は全然高さが足りていなかったというのに、腐った肉のミルフィーユは一メートル程堆積している。最終的には城壁と同じ高さにまで届くだろう。
出し狭間と呼ばれる防御設備、城壁を登る敵に石を落とす開閉口は閉まったままだ。数日に渡る戦闘により、備蓄してあった石はすべて使い果たしている。近隣から石を調達できていたのも二日前まで。在庫は完全に尽きてしまっている。
「来るなッ、来るなァ!」
とうとう、比較的新しく死後硬直の少ないゾンビの手が城壁上部の歩廊に届いた。
若い兵士は槍で叩き落そうと努力しているが、腰が全然入っていない。逆に柄を掴まれて引っ張られ、城壁から落下しかけていた。
兵士がよろけている間に、ゾンビは城壁の登頂に成功した。そのまま兵士の喉を噛み付こうとして……頭上から落下してきた直方体の御影石に潰された。
「召喚物、墓石。『グレイブ・ストライク』連射!」
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“『グレイブ・ストライク』、墓地のあらゆる物を投擲する罰当たりなスキル。
墓地に存在する物に限定した召還魔法し、投げ付ける。消費する『魔』は重量に依存し、だいたい百キロで1消費する”
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“ステータス詳細
●力:57 ●守:43 ●速:69
●魔:40/48
●運:5”
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壁を登るゾンビを質量物質が狙い撃ちする。不安定な足場で約百キロの石の直撃を受けたために、素直に地面へと落下。直下にいた数体もろとも潰されて動かなくなる。
「死体の癖して動いている。いったい、誰の許しを得たつもりだ?」
その男が、いつ現れたのかは定かではない。
気付けば外套を深く着込んだ男が、城壁の縁の上から地上のゾンビ共を見下ろしていた。顔は覗えない。覗えないようにフードで隠しているし、見てはいけない雰囲気を漂わせている。
自然発生したかのような登場の仕方であるが、あまりにも気配が無さ過ぎて不自然だ。一メートルの近距離にいた兵士などは腰を抜かしてしまっている。
「逃げ遅れた村人に、倒された兵士のゾンビ。城壁に群がっている数だけでもざっと千人弱。どいつも助けて助けてと手を伸ばしているが、伸ばした手で生者の首を握り潰すように死霊使いに命じられている」
兵士達は男の正体が分からず槍を構えるが、男は兵士達に一切構わない。自殺願望でもあるのか、城壁から跳び下りていく。
「……魔王連合。お前達は実に不快だ」
到着早々、夕食を取る暇なく戦闘開始だ。
まあ、今の俺に食欲なんてものは残っていないので問題ない。
「というか、気色悪いゾンビが群がっている中でディナーはないな」
逆手にナイフを掴む。真横から跳び付いてくる兵士ゾンビの喉を一突きだ。
当然、ゾンビなので首に穴が空いたぐらいでは死なない。刃物では相性が悪いか。
「……燃やすか。アイサ! 油だ」
城壁の上にいるアイサへと支援要請を出す。
地上に一人跳び下りている俺を囮に、大量のゾンビを一点へと呼び寄せる。数に押し潰させる直前に城壁を蹴って登り退避。動きのトロいゾンビ相手に『暗影』スキルを用いるのは勿体無い。
俺が逃げると同時に、バケツで油が降りかかる。
「――発火、発射、火球撃!」
手の平を突き出して、火球をゾンビ玉に発射した。
燃え盛るゾンビは油が付着した頭や腕を掻き毟っているものの、粘着質な油は簡単に拭えない。その割に、傍にいる別のゾンビには簡単にくっ付くため被害は広がっていく。
「何ていうか、綺麗だ。季節的には全然クリスマスでも何でもないのに、ケーキの上の蝋燭みたいで」
「苦しめます? アンデッドを燃やす儀式の事だと思うけど、キョウチョウが言う程に綺麗なものかなぁ。阿鼻叫喚の光景のような」
隣にきたアイサが言う通り、見た目は派手であるが戦果は薄い。
皮膚の表面が焦げたぐらいではゾンビはなかなか活動停止しない。数体は丸焦げとなったが、生焼けとなったゾンビはまだまだ元気に動いている。
「香ばしい臭いだ。季節的に関係ないけど、クリスマスの照り焼きチキンみたいで」
「それは分かったから。キョウチョウ、どうするの?」
「単純に火力が足りない。魔法ではなく、一体ずつ丁寧に潰していくのが堅実だが……月桂花、頼む」
アイサが隣にいるのに、もう一人の女性が控えていないはずがない。
ゾンビ共の頭上を歩いている長身の女性が、スリットの深い脚部を艶かしく揺らす。狂乱を象徴する月の属性を極めた月桂花が、月を背負いながら呪文を紡ぐ。
月が紅く染まっていく。
「凶鳥様、お任せを。――狂乱、感染、暴走、妖月、紅く輝く月に精神は蝕まれて怪物と化すだろう」
理性が欠片も残っていなかったゾンビに対して、暴走の魔法は強く働いた。
隣同士で噛み付き合い、手か足か臓器を引っ張り合う。直視できない凄惨な死闘を終えた後、最後まで残っていた方が別の勝者と競い合う。数減らしのトーナメント戦だ。
月桂花の魔法はかなり有効で、地上を埋め尽くしていたゾンビの九割を戦闘不能にしてしまった。
「またゲッケイを頼って、もうっ」
「実際凄いじゃないか。これで一角の制圧完了だ」
横に長い砦は、守るべき箇所もまた長い。
『暗視』にて敵軍の全貌を確認してみる。
「えーと、一平方メートルに三、四体として。それが横に五百メートル、奥に十メートルと。ざっと二万ぐらいか」
目安で試算した敵数はナキナの守備隊に対して膨大であるものの、月桂花がいれば現実的な数に収まる。各要所を巡ってゾンビ共を同士討ちさせていき、『魔』が足りなくなったら休憩する。単純な作業である。
この分であれば、俺が人間から逸脱する必要はないだろう。
……希望的観測が過ぎるな。
ナキナ東方にて、クリスマス開幕!




