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誰も俺を助けてくれない  作者: クンスト
第十一章 現実化する様々な危機
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11-11 オリビアの悲劇

 早朝未明、帝国の緊急派遣軍に所属するスカウト部隊はオリビア国境付近で魔族共の陣を発見する。

 山脈から流れ出ている大河が作り上げた平野部に、およそ三万の異形共がたむろしていた。種族構成の大部分はオークであり、ゴブリンの割合も高い。数は少ないがインプの姿も見受けられる。雑多な事にケラ虫やリザードマンも確認できる。

 魔族軍は大河を背後に陣を敷いている。

 人類の反撃を予想しての行動だろう。知能ある高位魔族が率いているに違いない。

 スカウト部隊からの報告を受けた帝国派遣軍は、オリビア王都を目指していた軍を魔族軍へと向け直す。オリビア解放の前に脅威を排除する事を決定したのだ。

 帝国緊急派遣軍は五万の兵力を有する大集団だった。数の上では魔族軍に勝っている。

 人類有数の大国家ゆえ、装備品の質は言うまでもなく。

 兵士の錬度については、国内に数箇所存在する養魔場で生産しているモンスターを狩っているため国際的に高いレベルを維持している。

 帝国は、魔族共に勝てるという自信に満ちていた。




「……陣を敷いていると聞いて気を引き締めていたが、所詮は化物か。川を背にしているなど素人だ。率いている高位魔族も脅威ではないだろう」

 帝国の将軍は、丘の上より魔族軍を望んでいた。うごめく三万を見て、壁一面の虫を目撃してしまったかのように顔をゆがめる。

 帝国はそつなく丘という高所を占領していた。戦において相手よりも高い位置を占拠する事は、ものにしたい女の髪をめるぐらいに当たり前な行動だった。


「騎兵を持ち出すまでもない。正面より攻め立てて追い込み、川に落とし、化物共を溺れさせてやれ」


 将軍の号令を受け、銅鑼どらが響き渡る。

 帝国五万は川へと魔族軍を追い込むように鶴翼かくよく的に展開。数層の隊列を組み上げて厚みを持たせた重厚な陣形が、ゆっくりと確実に前進していく。一挙に突撃しない理由は、モンスター共を恐怖させて抵抗力を奪うためだ。

 今更追い詰められたと悟ったオーク共が、慌てながら石や槍を投げてくる。距離がまだ遠いため多くは届かず地面に落下した。帝国軍へと届いたものも、前衛部隊の大盾にはじかれただけに終わる。


 両軍衝突まで百メートル。


 前進するだけだった帝国側からの攻撃が開始される。輝く火の玉が発射され、弧を描いてから魔族軍の中へと落下。火柱が立ち昇った。従軍魔術師による魔法攻撃は威力以上の派手さで兵士達の士気を高める。

 帝国の基本戦術では、従軍魔術師の半数が戦闘開始直後に『魔』が空になるまで魔法攻撃を行う。『魔』を使い果たした者は一度下がって自然回復を待ち、残り半数は状況次第で投入するために待機を続ける。

 今回の戦でも定例通りだ。従軍魔術師の半数が、初手より全力攻撃を行う。

 二十名の手の平に集約された『魔』が、呪文によって現象化していく。

「――発火、発射、火球撃! ――発火、発射、火球撃! ――発火、発射、火球撃!」

 属性はオーソドックスな火属性。三節魔法のまばゆい火球がゴブリン部隊の中央へと着弾。生きながらにして体を焼かれて、矮躯わいくの化物は悲鳴を上げながら走り出す。火の手は勝手に拡散していく。

 分かり易く打撃を与えた魔法攻撃であるが、三分もしない内に終了する。レベルの高い魔法使い職であっても数分の戦闘が限界だ。魔法攻撃は絶対的である反面、持続性はないに等しい。

 戦を決するのは、やはり物理だろう。


 両軍衝突まで八十メートル。


 従軍魔術師に代わって弓隊による遠距離攻撃が始まった。狙い定めてからの一撃ではない、届けば良いだけのばら撒き射撃だ。帝国軍の前進により魔族軍は密集率が高まっているため、矢は届かせるだけで必ず命中した。


 両軍衝突まで六十メートル。


 そろそろ突撃する頃だろうと、帝国兵は槍の握り具合を確かめ始める。

「いよいよだな。化物共は既におびえまくっているが、真の恐怖はこれからだ」

「わざわざ人類圏にまでご足労いただいたモンスターを持て成してやれ」

「日頃の訓練を試す機会だ。まったく臆する事はない。帝国は圧勝するぞ」

 次に銅鑼が鳴った時が賭け出す時だ。こう大盾の後ろで突撃部隊に属する兵士達はアドレナリンを高めていく。近接戦闘は事故が付き物であるというのに、兵士達はむしろモンスターを自らの手で斬り裂ける瞬間を待ち望んでいた。


 そして、両軍衝突まで五十メートル。


 ついに待ち望んだ鐘の音が――、


「ふむ。十分に人間族共を引き寄せました。前衛鉄砲部隊、射撃を開始しなさい」


 ――明らかに、銅鑼を叩いた衝撃音とは異なった。

 限界まで押し潰されていた何かが炸裂し、外界を滅茶苦茶にするベクトルの嵐が音となったような。いて言えば落雷に似ている。けれども決して異世界では馴染み深くない炸裂音の数々が千発以上、帝国軍の前衛部隊の耳に届いた。

 何の音だったのかを考察していられる余裕は帝国軍にはない。

 大盾で守られている前衛部隊の一角で血の霧が立ち込める。遅れて倒れこんでいく兵士達。幸運にも生き残った者は細長い槍に突き刺されたような痛みに叫び声を上げる。

 意味不明な集団突然死が発生した現場の向かい側では、オーク共が筒のようなものを水平に構えている。

 筒の先端からは白煙が排出されている。




「素晴らしい。低級モンスターでも簡単に扱え、『魔』の才覚さえも不要な武器。銃の素晴らしさがこの日証明されました!」


 魔族軍を指揮している高位魔族、毛むくじゃらな化物は満足そうに長い鼻を鳴らす。

 迷宮魔王の三騎士を務めるエクスペリオは、この日のために研究し、どうにか量産にぎ着けた新兵器の成果を自画自賛していた。

「おでが出資と調達をしたお陰だぜぇ」

「分かっていますとも、オルドボ。貴方の商会経由で材料を入手できなければ実現はできなかったでしょうとも」

「すげぇ音だ。簡単に人間族が死んでいく。けどぉ、弾込めは面倒でねぇか?」

 人語を喋れる高位魔族はエクスペリオ一体だけではない。

 紫色の巨体に、黄金色に濁った瞳を持つ特徴的なオーガも戦場を睥睨へいげいしていた。

「ほらぁ、言わない事はない。手間取っている間に反撃されているぜぃ」

「オーク共が不器用なのもありますが、私の研究不足も起因しておりますな。構造解析がまだ進んでおりませんので、先込め式の銃しか作成できなかったためです。どうやったら正確無比な構造の弾を大量生産できるのか。オルドボ商会に当てはありませんですかな?」

「弾の数だけドワーフを量産するしかねぇなぁ」

 オーガの正体は迷宮魔王の三騎士が一体、オルドボである。ようするにエクスペリオの同僚という訳だ。対等な立場で意見を言い合っている姿には納得できる。

 二体の高位魔族は、帝国軍に蹂躙されていく魔族軍を見ながら他人事のように会話を続ける。新兵器、銃の一撃で帝国軍は大いに混乱していたものの、危機意識が高まったためか全軍が一斉に突撃してきたのだ。

「先込め式の弱点をカバーする戦術があればマシなのでしょうが。まあ、それはおいおい考えましょう」

「暢気なエクスペリオだぁ。どたばた死んでいるぜぇ。人材は宝だというのに勿体もったい無ぇ」

 銃を装備していたオーク部隊が目聡めざとく集中的に襲われた。魔法攻撃も再開されて、魔族軍は全体に押されている。


「仕方ありませんな。趣味の実験は止めにして、真面目に仕事をしましょう。インプの皆さん、お渡していた記憶武装は無くしていないでしょうね。反動が激しいので気をつけなさい」


==========

“アイテム詳細

 ●記憶武装”

==========

“『記憶武装』、武器に対する強い記憶の結晶体。


 数千人の人間から経験値を抽出して、不純物を取り除いた物。

 記憶武装と呼ばれる秘宝は武器についての記憶が凝縮されており、所有者の記憶に反応して形状が武器へと変化する”

==========


 壊滅状態となったオーク部隊の奥、魔族軍の中央付近には百の台座が存在した。

 これまでは何も置かれていなかった台座であるが……いや、ビー玉大の球体のみが置かれていた台座であるが、エクスペリオの許可と共に凶器が姿を顕現けんげんさせる。

 気付けば、オークが用いていた先込め式銃よりももっと洗練化、凶悪化した形状の黒い銃身が鎮座していた。

 帝国軍への照準はインプが行っている。人間族よりも小柄なインプ一体では運用が難しいため、数体がチームとなって銃身を押さえる。本来は後方のグリップを掴むべきであるが、インプ共は己を秒十回は殺せる兵器の発熱を知らないのだ。


「せっかく、人間族を逃げられない距離にまで誘い込んだのです。血祭りにしてしまいましょう。重機関銃部隊、掃射開始っ!」


 オーク共が用いた先込め式の原始的な銃に、帝国軍は脅威を感じた。

 しかし、先込め式銃は所詮しょせん模倣品。元となった真の超兵器の射撃には脅威さえ感じる暇がなかった。

 曳光弾の軌跡に従って、ぐように弾丸が発射されていく。一分間に五百発を放つ速射性能は、ようするに、一分間に五百人は仕留められる馬鹿げた力を有している事を意味する。

 勇敢にも兵士達を率いていた隊長が射撃され、膝から下のみを残して消失した。後方の部下達も部位は違えど同じような運命だ。

 前衛にまで出しゃばっていた従軍魔術師は魔法防壁を展開したが、十発耐える事なく防壁は破られて体をちりに変えられた。

 帝国軍の将軍は早急なる判断を求められたが、有効射程二〇〇〇メートル以内に入り込んでいた事がわざわいして、流れ弾に腹をえぐられて絶命した。

 ブローニングM2という名前の重機関銃が射撃を開始してたった一分で、帝国軍は五千人以上の戦死者を出したのである。


「最終的には、私はコレを再現したい。コレを実際に生産し、コレを装備した魔族を組織したい」

「ぐふぇ。お要望の際は、オルドボ商会のご利用を」


 いや、原形をとどめていない者達を戦死者と言えるのだろうか。

 次の一分では帝国軍の被害は更に一万人プラスされる。重機関銃の反動に振り回されていたインプ共が射撃に慣れたのだ。当てれば面白いように消えていく人間族の命を、爆笑しながら次々と刈り取った。

 帝国軍にとって不幸だったのは、重機関銃が記憶武装であった事だ。速射性能の高さゆえ、何も考えず撃ち続ければ簡単に弾切れを起すのが機関銃であるが、記憶武装にはその制約が存在しない。銃弾も銃本体と同じく、記憶の中から再現されていくからだ。

 ただ、インプが射撃に熱中し過ぎて銃身を過熱させ続けた結果、半分以上の銃座で補弾不良が発生した。信頼性の高いブローニングM2とはいえ、五分以上も連続発射を続ければ故障する。加熱し過ぎたものは記憶武装のビー玉形態に戻って、割れて砕けた。


 射撃開始から魔の五分間。


 帝国軍五万の内、生き残りはたったの三千人。敗走可能な人数はもっと少ない。

 結局、エクスペリオは一人も帝国兵を逃さなかったため、帝国本国が完全敗北を知るのはかなり遅れた。

 オリビア国の総人口の三割と帝国軍五万。地方では教国軍や森の種族の被害。

 すべて含めて人々はオリビアの悲劇と呼んだ。


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 ◆祝 コミカライズ化◆ 
表紙絵
 ◆コミックポルカ様にて連載中の「魔法少女を助けたい」 第一巻発売中!!◆  
 ◆画像クリックで移動できます◆ 
 助けたいシリーズ一覧

 第一作 魔法少女を助けたい

 第二作 誰も俺を助けてくれない

 第三作 黄昏の私はもう救われない  (絶賛、連載中!!)


― 新着の感想 ―
[一言] 予想はしてたけどやっぱ文明の利器エグいわ
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