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誰も俺を助けてくれない  作者: クンスト
第十一章 現実化する様々な危機
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11-9 各国は独自に動き始める

 オリビア強襲の報は世界中に伝播した。

 千キロ離れた国にまで危機は広まり、オリビアそのものよりもオリビアにある長城の安否を心配する声が高まった。早急な対応が必要と判断されたため、各国は独自に行動を起す。

 人類国家群のゆうたる帝国は、二日と待たず急行部隊およそ五万人を急行させた。

 また、かつての偉大な勇者が建国した宗教国、教国も一万人の部隊派遣を決定する。

 帝国は西から東。

 教国は北から南。

 二つのルートからの挟み撃ち。いや、オリビアの残存部隊と協力する事により三方より魔族の群を掃討する作戦だ。各国の足並みがあっていない事が良い方向に働く。

 万単位の軍隊を三日以内に出動させる決断は相当に早い。大国は今回のような危機をあらかじめ想定していたのだろう。今後十年人類を存続させるかなめの長城を失わないために用意は万全だった。


 そして更に、長城の向こう側でも動きがある。


 人類圏の最前線たるナキナ……の更に向こう側。魔界に生きる森の種族が人類の危機を察知したのだ。

 森の種族は人間族と距離を置いている。人間族など滅びれば良いとさえ思っている。

 ただし、人間族が本当に滅びて困るのは森の種族だ。数に限りあるエルフ単独では魔族に対抗できない。種族として優れていようとも物量の前には押し潰されるのが道理である。人間族が滅びた後は、森の種族が滅ぼされてしまうだろう。

 よって、魔族優勢の戦況に介入するため、森の種族が出陣させたのは屈強な精霊戦士千人。

 ナキナよりもやや南寄りの山越えルートを通る予定だ。溶岩が流れ出ている火山地帯を中継する事になるものの、絶壁に等しい山脈において人間の足で唯一踏破可能なコースはそこしかない。

 森の種族達も、六日後にはオリビアに到着する。帝国や教国と比べれば遅いものの、山越えを含んでの時間ならば異常な速度だった。

 各国は可能な限りの力を尽くした。オリビアで起きた魔族侵攻は、これにて収束するだろう。





 教国より出撃した救援部隊を指揮していたのは若い男だ。

 男の名前はウルガ・ガル・リテリ。教国の王子の一人である。

 王子が救援部隊の指揮官というのはほまれ高いが、実のところ、ウルガの指揮官就任は大抜擢である。

 山賊狩りやはぐれ魔族狩りで部隊を率いた経験はあるものの、ウルガに万の軍勢を指揮した経験はない。経験を積ませる良い機会であると、国王に命じられて出向いたのだ。

「どうしてこんなにも山脈に沿って進む? 直進して急ぐべきではないのか」

「胸騒ぎのような『神託オラクル』が続いているための処置ね。オリビアに魔族が突如湧いた事から奇襲を警戒しているのよ」

 ウルガの王子としての評判はそこそこだろう。高貴な人物に多い癇癪かんしゃくを持っておらず、良識は割とある。逆説的に平凡な王子という訳だ。

 勝手に国を出て地下迷宮に出向いてしまうエキセントリックな妹よりも、酷く常識的である。

「警戒するのと山脈に沿う関連性は何だ?」

「山脈を魔族が超えてくる事はないから、警戒する方向を限定できる。と、軍師は言っていました」

「そういうものなのか」

「さあ? 私達の逃げ道も封じてしまっているような気もしますけれど、そこは軍師の言葉を信じるしかありませんわね」

 左手方向には酷い傾斜角の山々が見えている。山頂付近の天候は荒れており、黒い雲と白い吹雪のコントラストが激しい。

 オリビアへと向かっている部隊は現在、縦列陣形で行軍中である。先頭は騎兵部隊、中央は歩兵部隊、後方は輜重しちょう部隊と速度ごとに分類されている。

 ウルガがいるのは先頭の騎兵部隊だ。先程から馬を操って幅寄せし、一人の女性と話し込んでいる。ウルガと同じ銀髪の女で、どことなく顔付きも似通っている。

 ウルガの短髪は戦闘向けであるが、一方で話し相手の女の髪は長い。引っかかったり掴まれたりしないようみ込む工夫をしているが、手入れはかなり大変そうだ。

「急ぐべき状況だからこそ、こうして一万も連れて向かっているというのに」

「オリビアに早く到着し過ぎても帝国と足並みがそろいません。帝国に手柄を横取りしようとしたなどと難癖付けられるだけならまだしも、教国の一万のみでオリビアの魔族共の相手はしたくありませんから」

「姉様は巫女職とは思えぬ程に冷淡で理論的だ。オリビアの民草はどうなるか」

「Bランクの巫女職なんてこんなものです。巫女の役割は、将来有望なリセリに譲ります」

「……リセリの事は言うな。モンスターと戦う前だというのに、死んだ妹の顔を思い出して悲しくなるではないか」

 女の名前はネイト・ネト・リテリ。ウルガとは異母姉弟の関係で、血が繋がっているのだからネイトも教国王族の一人だ。

 母親は異なるものの、ウルガとネイトの姉弟仲は悪くない。一緒に戦場に出かけられるぐらいには信頼している。


「……ぇ? あーっ、ああ、言っていませんでしたっけ。リセリが生きているって手紙がナキナから届けられたのよ」

「…………姉様方はどうして、いつも、そうなのだ」


 力関係についてはして測るべし。

「満足のいく持て成しもできず、大変心苦しい。貧困極まり、他国の姫の食事さえ調達するのに苦労する国情を知られるのも恥であったが、まずは無事を知らせたい。って、白々しく物資支援を期待する内容の密書が一週間ぐらい前? オリビアで異変が発生する直前に届けられたのだっけ」

「それでは、リセリは無事なのですね」

「でもオリビアが大変な事になってしまったから、オリビアの向こう側にあるナキナとは連絡が付かない。リセリごと滅んでいるかも」

「姉様よ……」

 行軍速度を重視したウルガは甲冑なしの軽騎兵装備だ。

 対して、ネイトは戦闘する気満々。特殊繊維でできたこん色の修道服は防刃、防魔法に優れている。白色寄りの灰色をしたエプロンみたいな前掛けは装甲板入りだ。フルアーマーなバトルシスター装備を完全に着こなしている。

「安否に関して『神託』は出ていないのですか?」

 ネイトは巫女職特有の焦点を失わせた視線で空を見上げるが、数秒後に弟のウルガを見ながら肩をすくめる。

「リセリ個人の凶報は受信されていないけれども、何か嫌な感じがするのよね。言語化できるような脈絡ある内容ではないから。んーと、――顔のない? 魔王?? 誕生? そんな感じの良く分からないお告げが増えている」

 ウルガとしては妹のリセリが無事なのか無事ではないのか分からず、納得がいかない。とはいえ、ネイトを非難するのも違う気がして、仕方なく目線を左方向へと移した。

 人類圏と魔界をへだてる山脈が、高く高く伸びている。岩肌むき出しの荒々しい山々はけわし過ぎるため、人間族はもちろん魔族だって踏破は命がけだ。


 けれども……ふと、ウルガは気付く。


 吹雪いている山脈の頂上付近に、黒い点が見えたのだ。その黒い点はゆっくりと数を増やしている。

「姉様、あれは何だと思う??」

「さあ、何でしょう」

 この時、救援部隊はオリビアまで一日の距離に近づいていた。道中は順調そのもので、魔族の奇襲を受ける事なく明日には到着できるはずであった。

 雪崩がごとく下山してくる魔族さえ目撃しなければ、とウルガとネイトは残念がる。

「魔族は山の方角からやって来ないはずでは?」

「軍師に言って頂戴。私に言わないでよ」

 しかし、二人の考えは甘い。

 二人は魔族の全体数をもっと想像するべきだった。山の頂上付近が吹雪いていたから困難であったが、それでも、魔族と思しき黒い点の数が百を超過した時点で想像するべきであったのだ。

 二人は魔族の大きさをもっと想像するべきであった。標高差がありながらも魔族が黒い点として見えたのは、それだけ、魔族が大きいからであると想像するべきだったのだ。

 いや、二人は想像しなければならなかったのだ。

 山頂に現れた魔族共が山越えを達成し、人類圏へと侵攻してきた恐ろしい事実に。


「ッ!? 全部隊は山から離れろ! 下ってくる勢いだけで潰されるぞ! まだ猶予はある、平野部に移動して陣形を整えるのだ」

「ま、待って、『神託』が!? 戦っては駄目ってっ!」




 山越えを果たしたばかりだというのに、魔族共は疲れを見せない。一直線に教国の部隊を目指して絶壁を下っている。トカゲのような魔獣は絶壁を垂直に走り、山羊のような魔獣は僅かな足場へと器用に跳躍している。

 魔族共の種族はまちまちであり、統一感は皆無だ。が、全体としては巨大という共通項で結ばれていた。

「可哀想に。寒かったから、皆お腹をかせているのね」

 大型モンスター共は一体一体が恐ろしい力を有しており、本来であれば群を形成する必要はない。むしろ、同種ではない化物同士殺し合うのが流儀だ。けれども、敬愛する母の願いを叶える、子としては何よりも優先するべき目的のために一つの集団として機能する。


「いいわ。母が、魔王連合の一柱、淫魔王として許します。あそこにいる餌を皆でいただきなさい」


次回は少し遅れるかもしれません。

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 助けたいシリーズ一覧

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