10-13 城門跡地対決
誰もが弾け飛んだ瓦礫の大地。
蹂躙するは四足の魔物。
怨嗟魔王は己が破壊したナキナの王都へと侵入し、更に破壊を広めようとしている。魔王としては当然過ぎる仕事だ。
『誰かッ、誰かァあ』
『どうして救援はこないんだ。もう街に入ってきているぞ!』
『山見ていれば分かるだろうっ! あっちも壊滅しているんだ!』
街の被害は城門付近から扇状に広がっている。そのため、前線部隊の被害は意外と軽微だった。城壁の上にはまだ兵士は多く残っている。
しかし、魔王の侵攻を止めるには不十分だ。
城門を破られた事により、士気はガタ落ちしてしまっている。命令はまとまらず、弓による攻撃は散発的であり、効果は上がらない。せっかく怨嗟魔王は弓が通じるというのに、このままでは堀を越えてしまうだろう。
四本足は伊達ではないらしく、怨嗟魔王は川と言っても差し支えない水堀を助走なく飛び越えた。
壊れた門を爪のない蹄で踏み付ける。赤く血走った単眼を街の方角へと突き出しているらしい。各所から聞こえる市民達の悲鳴に沿って視線が動く。
“GGaGaAAGAGGAGAッ!!”
怨嗟魔王自らも叫び声を上げて、前脚で地面をかく。荒ぶる馬が突撃を開始する直前の仕草に似ていた。
両腕を下方へと広げて首を反らしてから更に咆哮した後、怨嗟魔王は市街地へと向かって突撃を――。
「――稲妻、炭化、電圧撃ッ!!」
――寸前、頭部を電撃が貫いた。怨嗟魔王には鼻らしき器官が見受けられないが、まさに出鼻を挫く一撃であった。
不意打ちは電撃一つでは終わらない。地面から伸びる泥の束が、肌のないずり剥けの足首に巻き付いていく。乾いたセメントとなって魔王を拘束した。
「落花生、ラベンダー、良くやってくれた。ここで化物を食い止めるぞ!」
城門と怨嗟魔王を繋いだ一直線上、最も被害が大きいために生まれた破壊の大通り。
そこに現れたのはフードを脱ぎ払い、戦闘体勢を整えた三人だ。
一人は、奇妙な柄が描かれた服を着る黄色い女。
一人は、外を歩くにはやや露出の高い紫色の女。
最後の一人は、黒いベネチアンマスクを装備した怪しい男。
彼等はたった三名で勇敢にも魔王へと挑もうとしている。
『なんて無謀なッ』
『そこの三人! 無茶だ!』
『魔法使いならばせめて後方に下がるんだ!』
城壁の上は城門が破壊された時とは別種の悲鳴が起きた。魔王の進軍を阻むために、あえて接近戦を挑もうとしている三人の末路を想像してしまったのである。
死神の鎌、と言い表すには無骨で醜い怨嗟魔王の長腕が大きく振られる。
最も先んじていた黄色い女は、風圧すら暴力的な長腕を……簡単に掻い潜る。体術も優れているが度胸にも舌を巻く。
また、気配を殺しながら近づいていた黒いマスクの男が、魔王の脇腹へとナイフを突き入れた。刃を九十度回転させて抉る。
“GAGAGAGAAッ――絶叫、振動、復讐、波――”
「ウルサイですッ!!」
口から咆哮魔法を放とうとした魔王に対して、黄色い女は顎を蹴った。上空を無理やり見上げさせて、魔法は空へと放たれていく。
顎を閉じたまま咆哮したため、気色悪い歯並びの肉片が飛び散る。気色悪い噴水みたいだ。
当然、怨嗟魔王は激怒して暴れまくるが……泥の束が更に伸びてきたため腕も拘束されてしまっている。身動きできない状態だ。
『なっ?! すごいぞ、君達!』
『あの者達を見ろ! 魔王と戦えている。我々も浮き足立ってはいられないぞ』
『部隊編制! 部隊編制! 矢が残っている者は援護に回れ。手空きの者は救援活動が待っている』
どこの誰かは分からないが、三人はかなりの手錬だ。魔族との戦いに随分と親しんでいる雰囲気が伝わってくる。
魔法を使う癖に何故か接近戦をしている黄色い女。彼女の脚が深く腹を突き、内臓を破る。吹き出る濁った血を浴びるようなヘマはしない。残像のみを残して横滑りしていき、別の臓器を蹴り上げる。
対して、黒いマスクの男の攻撃は地味であるものの、確実に急所ばかりを狙っている。喉の動脈と腕の動脈を切り裂いていた。
また、紫色の女はやや遠くで動かないが、拘束魔法の維持に集中しているようだ。正しい魔法使いのあり方である。
『いいぞーッ! がんばれーッ!』
『お願いだっ! ナキナを救ってくれぇッ』
外野と言うのは難があるが、兵士達の声援に反してマスクの男の口元は硬い。
「コイツ、ダメージを与え続けるのにまだ動く。出血が止っていく」
怨嗟魔王は顎のない口で叫び上げ続けている。泥で拘束された脚と腕を無理やり動かし、皮膚のない肌を引き千切っている。
三人は連携により、的確なダメージを与えていた。事実、怨嗟魔王は傷付いている。
ただ、傷付きながらも動けるように魔王の体は補正が成されているようだ。動脈が斬られれば周囲の毛細血管が太くなる。右肺が機能停止すれば、左肺が早く動く。回復というのはあまりにも場当たり的で、長期的な行動は決して保障されていない。けれども戦闘が終わるまでであれば稼働可能。生体的なダメージコントロールが非常識なまでに高機能なのである。
更に、怨嗟魔王はダメージを負えば負う程にパラメーターが強化されている。『力』の証明に、泥の拘束を一本、強引に振り払った。
「ちまちま攻撃していると危険だ。落花生、一発大きいのを食らわしてやれ!」
「だったらそこから離れるです、御影。もっと遠くに、そのぐらいで。――爆裂、抹消、神罰、天神雷!」
黄色い女が天に手を掲げる。避雷針として機能しているのか、いつの間にか広がっていた暗雲より図太い落雷が飛来した。
光速の数パーセント。電位差から生じる高エネルギーの束が一点に集中する。
馬の背中の部位に雷は直撃し、怨嗟魔王の全身がショート直前のダイオードのように眩く光った。光が薄れた後は、焦げ臭さが煙のように立ち昇る。
戦いは決しただろう。
大ダメージにより、怨嗟魔王の体は一部炭化してしまった。雷属性の魔法が誘発するステータス異常、麻痺がかかっていなかったとしても瀕死で動けない。
“GAGAGAGAAAAッ、痛IIIッ 痛IIGGIッ!!”
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“『戦闘続行』、異常なまでの粘り強さに辟易するスキル。
勝負の決まった戦いであったとしても最後まで続行可能。
本スキルを上回るためには、肉体的な限界を超えるダメージでは不十分。肉体を破壊するダメージでゴリ押しする他ない”
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麻痺していながら声帯を震わして叫ぶ怨嗟魔王は、タンパク質の固まった眼球で復讐対象を捉える。と、緩慢な動きであったが、長腕をムチのように振る。
ダメージは許容範囲を超過している。三人全員を倒すのは最早不可能。
だからこそ、怨嗟魔王は一撃報復を、という感情のみで動いている。
「落花生最大で消し去るしかない。良し、ライカーキックをかませ!」
「足で触れるのも嫌になるぐらいに気色悪い化物ですが。御影の『暗殺』はどうなのです?」
「怒り狂っているように見えて、隙がない。大きく動揺させないとスキルは失敗する」
『戦闘続行』する怨嗟魔王を戦闘不能にする。そんな劇的な次の一手を探している三人にヒントをもたらしたのは、城壁の上にいる兵士達であった。
『ナックラヴィーは水を嫌がる! 水堀に落とすんだ!!』
水を嫌がる。
単純な弱点であるが、単純だからこそ分かり易い。
「落花生、水を魔法で作れるか?!」
「雷の魔法使いに無茶言うなですっ!」
「では、ラベンダー?」
「そうだね。真水は難しいけれど、泥水ならっ。――放水、泥水流」
近接戦闘を仕掛けていた二人が左右に分かれると、後方の紫色の女が伸ばした手から大量の泥水が放水される。
ホースから放たれる水の勢いではない、ダムの放水によりかさ増しした川のような勢いで泥水が怨嗟魔王へと襲いかかると、後方へと押し流す。
“IGAGAGAaアッ、IAAAAAッ!!”
怒り狂うとは異なる暴れ方だ。長い腕を無茶苦茶に動かして泥水から逃れようとする怨嗟魔王。
「――稲妻、炭化、電圧撃。痺れて溺れていろです」
電撃が筋肉を強制的に収縮させたため、逃げ出す事は叶わない。
そうして流れ着いたのは城門跡地の外にある水堀だ。深く掘られて水が張られた水堀は、怨嗟魔王の異形を水没させてしまう。
“AGAGAGAッ、AAAAAAAAAッ!?”
それでもどうにか一つ目の頭だけを水面の上に出していた。瞼のない目玉を流れる水滴を、涙水と判別するのは困難だろう。
命からがら岸へと伸びた長腕へと、身軽な男が着地する。そのまま腕を橋にして前進し――。
「『暗殺』発動。魔王に生きる資格なし」
――目玉にナイフを一本突き刺した。異形の化物は弛緩していき、最後に一言だけ喋りながら絶命していく。
“これで、苦しい生がようやく終わ――”
ナックラヴィーの屍骸は一度水没した後、今はプカプカと浮かんでいる。
『暗殺』スキルで殺害したのである。経験値取得のポップアップも確認しているため、今更死亡確認を行おうとは誰もしない。
誰も彼もが勝利の余韻、王都を守れたという喝采に沸いている。
功労者たる三人は兵士達に囲まれており、胴上げでもされてしまいそうだ。
『やったぞぉーッ! ナキナは救われたっ!!』
『君達はナキナの救世主だ! 魔王を倒した英雄だ!』
『ありがとうっ! ありがとう、君達っ!』
窮地に陥っていた王都を救った英雄として、今後、三人は本人達の意思とは関係なく担がれるだろう。三人の内、一人は顔の上半分をマスクで隠しているのに、引きつった表情を隠せていない。
「御影。どうする?」
「見捨てる事もできなかった。状況に流されている気分だが、なるようにしかならない」
御影、と語りかけられた男は一瞬だけ不敵に笑ったが、兵士達のありがとうの言葉に困惑して笑いを乾かす。
国が傾きかけているナキナが実力者を手放す事はない。三人にはより高難度の戦いが待ち受けているはずである。兵士達や遠くから集まる市民達の声援はその前金に過ぎない。
ただし、三人にとって幸運だった……いや、不幸だった事に、周囲に満ちる勝利の雰囲気が掻き消えたのだ。
王都を見下ろす位置にある高い山。
どこから現れたのか不明であるが、黒い巨体が現れて暴れ始めている。麓にまで響く足音は、城門跡地に向けられていた視線を山の方へと向き直させるのに十分であった。
ナキナの名山は骨のような無数の針が生えて地獄にあるという針山と化してしまっていた。が、地獄から現れたような巨人に踏み荒らされる光景は更に悲惨だ。誰もが顔を青く染める。腰を抜かす者も少なくない。
……状況は更に悪化する。
山の中腹へと突き出された槍のごとく降り立つ翼持つ凶者の威光。
黒い巨人へと襲いかかる同じぐらいに巨大な影。
力ある種族の象徴たる、空を飛ぶための巨大な翼。
黒い雲を割って出現したドラゴン族が、鉤爪で巨人の両肩を斬り裂く。
「――えっ。あれはっ、ですよね?!」
「どうしてッ、あの人……というかあの方が!?」
怪獣映画さながらの大質量同士がぶつかり、戦闘を開始した。