10-6 寄生魔王はまだ笑う
おさらいです。
とてもじゃないですが、アニッシュでは寄生魔王に勝てる見込みはありませんね。
==========
●寄生魔王
==========
“●レベル:40”
“ステータス詳細
●力:41 守:21 速:165
●魔:1020/1020
●運:0”
“スキル詳細
●レベル1スキル『個人ステータス表示』
●忍者固有スキル『速・良成長』
●忍者固有スキル『暗視』
●忍者固有スキル『殺気遮断』
●忍者固有スキル『殺気察知』
●??固有スキル『魔・特成長』
●??固有スキル『耐物理』
●??固有スキル『呪文一節』
●魔王固有スキル『領土宣言』
●魔王固有スキル『低級モンスター掌握』
●実績達成ボーナススキル『投擲術』
●実績達成ボーナススキル『爆薬知識』
●実績達成ボーナススキル『憐れむ歌(強制)』”
“職業詳細
●魔王(Cランク)”
==========
==========
●アニッシュ
==========
“●レベル:14”
“ステータス詳細
●力:20”
●守:7”
●速:12”
●魔:32/32”
●運:30”
“スキル詳細
●レベル1スキル『個人ステータス表示』
●勇者固有スキル『諦めない心』
●実績達成スキル『剣術』”
“職業詳細
●勇者《勇敢なる者》”
==========
押し寄せる泥に飲み込まれないように、アニッシュとリセリは後方へと走った。腰まで粘度の高い泥に汚されながらも、自生している木の幹にしがみ付いて耐える。
「――ッ、神託です。このまま流されなさいと!」
一瞬だけ呆けたリセリが幹から手を離した。アニッシュも即時行動を共にする。
全身泥だらけになりながらも、頭だけは埋まらないようにもがく。リセリの銀髪も茶色く汚れて体に張り付いていた。
五十メートルは流れて、ようやく泥の勢いが失われた。
流されていた二人は重たい体で立ち上がる。
「――泥土縛」
しかし二人を逃さないように、勢いを失っていたはずの泥から触手のような腕が伸びる。
アニッシュが炸裂玉を泥の根元に投げ付けて粉砕。泥の破片で顔も汚しながら更に後退していく。
「寄生魔王の一番の難点は、誰に寄生しているのか分からない事。それが今なら、戦闘をしかけられるというのに」
「残念ながら、余達では倒せない。援軍が必要であるが、『神託』はいかがですか?」
「――このまま後退するべし、とあります」
「では、余が殿を!」
「あはっ、若様。ご相談は済みましたか? ――氷柱牢」
冷えた冬の朝に地面から霜柱が生えるように、魔法で冷却された地面から巨大な霜が生じた。円形に出来上がった壁の内側、森ごと二人は閉じ込められる。
寄生魔王に殺意があるのであれば、容易に二人は始末される。いや、もっと殺傷性の高い魔法を唱えれば捕らえるまでもなかった。先に宣言した通り、アニッシュの体に興味があるのだろう。リセリは、容姿端麗な余禄だ。
捕まれば何をされたものか分かったものではない。必死に抵抗するのは当たり前である。
「炸裂玉のありったけであれば!」
泥で湿った袋ごと、残りすべての炸裂玉が氷壁へと投げ付けられた。
アニッシュが地面に伏せると同時に大気が震える。砕けた氷がパラパラと背中に降り注ぐ。
アニッシュは見上げて確認する。氷の壁は大きく窪んでいる。が、穴が開く程の破壊ではない。
地力が足りない。
準備が足りない。
アニッシュとリセリでは、逃走さえままならないのは分かりきっていた。寄生魔王のターゲットにされた時点で自力での突破は無理があった。
「さあて、仕上げましょうか。若様。このまま氷漬けにして持って帰りましょう。指が欠けないでくださいね」
両手を広げながら寄生魔王は迫りくる。もう三十メートルも距離がない。
アニッシュは対策を模索しているが、何も浮かばないためじりじりと下がっていく。冷たい氷壁を背中に感じ始めた。
「――背中を丸めろ。丁度、射線軸だ」
ふと、半壊した氷壁越しに男の声が伝わる。
指示の意味を問い直すようなノロマな真似、地下迷宮から生還した者の一人であればするはずがない。リセリを庇いつつ、アニッシュはしゃがみ込む。
そして、炸裂玉により脆くなっていた部位と、寄生魔王が直線で繋がる。
「――発火、発射、火球撃!」
氷壁の外から内へと、バレーボール大の火の玉が貫通した。狙い違わず、寄生魔王の顔面目掛けて飛んでいく。
「邪魔をするなんて、どこのお馬鹿さん?」
残念ながら、火の玉は羽虫を落とす仕草で払われてしまったが、足を止める事には成功した。
氷壁の穴から見える外にいた男の顔には、鳥の仮面。右手を伸ばした凶鳥がそこにいる。
「爆発音が聞こえたから、また寄生された奴が自爆でもしたかと思えば……本命かよ」
「おお、駆けつけてきたのはキョウチョウかっ! 余の『運』もなかなかだ」
「アニッシュも難儀な奴だ。ダンジョンにいる訳でもないのに、魔王に追われていたのか」
王城の傍で何度も爆発が起きれば、当然ながら誰かがやってくる。アニッシュとしてはそれ以上を期待しないで炸裂玉を惜しみなく使用したつもりであったが、魔王に唯一対抗可能な男が一番に駆けつけてくるとは流石に想像できなかった。
後ろ髪を紐で括った、ボディスーツの忍者職。
氷壁に開いた穴越しであるが見間違えるものではない。地下迷宮では俺を見捨ててくれた女だ。正確には、その女の末路であり中身は違うのだろうが、憎い相手である事に間違いはない。
だが、寄生魔王が寄生した事により、スズナの体は以前よりも数段スペックアップしている。特別、『魔』の気配が尋常ではない。
正直に言って驚異的だ。一般的な人間族の百倍は下らない。過去一番の強敵であった吸血魔王が矮小に思える程の膨大な『魔』を寄生魔王は有してしまっている。
「のこのこ魔王一人で現れたな。吸血魔王みたいに始末してやる」
「あはっ、その口振り。まるで自分が吸血魔王を倒したと聞こえてしまうのだけど、安物の奴隷の癖に? 八十マッカルぐらいじゃなかった??」
「そうだと、言っているんだ! ――発火、発射、火球撃!」
戦端を開きながらも不安が高まる。実は俺……異世界にいる割に、魔法を使った戦いは未経験なのである。
「そう。遊びたいの――岩石弾」
氷壁の穴を再び火の玉で広げながら攻撃する。
対して、寄生魔王は地面より直径三メートルはあろうかという大岩を生み出して投じてきた。中間地点で魔法同士が衝突し合う。
ただし、俺の三節魔法では火力も大きさも足りずに、岩肌を少々焦がすのみ。大岩はそのまま直進を続け、氷壁を破って俺を押し潰しにかかる。
「『暗器』格納ッ! ほら、そのまま返すぞ。『暗器』解放!」
大岩が手で触れられる距離に迫ったので、スキルで確保し、方向を百八十度変えてから持ち主へと返してやる。
「キョ、キョウチョウ!? もう少し余の存在を忘れないでくれ」
砕けた氷壁の向こう側から抗議の声が聞こえたので、まあ、生きているのだろう。
巻き込みたいとは思わないが、今はアニッシュが逃げるまで待つよりも、魔法攻撃返しという意表技で第一セットを先取したい。
「――樹伸槍」
「なッ、詠唱早過ぎだ!」
三メートルの岩石が中央から崩れた。寄生魔王の傍から伸びる樹木が水平に成長し、破城槌のごとく岩を破壊したのだろう。樹木の鋭い先端は止らず、俺を目指している。
異世界の魔法は三節唱えるだけで行使できるのは知っているが、目前の魔王はたった一節しか唱えていないような。あまりにも早い再詠唱についていけず、『暗影』を早々に使う破目となる。
==========
“『暗影』、やったか、を実現可能なスキル。
体の表面に影を纏い、己の分身を作り上げるスキル。
即死するはずの攻撃が直撃したとしても、作り上げた影に攻撃を肩代わりさせる事が可能。なお、本人は、半径七メートルの任意の場所に空間転移できる”
==========
影を纏って七メートルの最大跳躍。
そして、すぐに走り始める。ナイフを構えて、伸びる木の下を這うような前傾姿勢で寄生魔王へと接近していく。
「スズナッ。悪いとはそこまで思っていないが、容赦せず体を斬るからな!」
「馬鹿ねぇ、そのスキルは記憶にあるの! ――絶対凍土」
寄生魔王はまったく慌てていない。冷静に冷たく一節唱えると、一瞬で、世界を凍り付かせてしまう。魔王の足元を中心に、南極大陸の中心点よりも冷たく大気が凍えた。
意志に反して伸縮を停止してしまう脚の筋肉。実際に、皮膚は凍結を開始してしまっているだろう。
寄生魔王に到達するまで残り僅かな距離であるが、その前に、人体が氷像となってしまう。液体金属型のキラーマシーンでもない俺が、ボロボロと割れてしまう。
「――偽造、誘導、霧散、朧月夜、夢虫の夢は妨げないだろう」
そのため、別方向から近づいていた月桂花が五節魔法にて凍結魔法を強制解除して対処する。
地面に付いた脚は、砕けずに踏み込めた。
「あらぁ、知らない女? あの体も見た目ほど若くないけど、良さそうね」
「誰がやるか。ここで死ね」
「接近したところで、奴隷ごときに何ができると?」
とうとう、手が届く位置に寄生魔王を捉える。
魔王だから傲慢なのだろう。月桂花の五節を見ても余裕を崩さず、気色悪い微笑を止めようとしない。
だが……寄生魔王はすぐに笑えなくなるだろう。
「問い返してやる。魔王ごときに何ができる? 『魔王殺し』発動!」
==========
“『魔王殺し』、魔界の厄介者を倒した偉業を証明するスキル。
相手が魔王の場合、攻撃で与えられる苦痛と恐怖が百倍に補正される。
また、攻撃しなくとも、魔王はスキル保持者を知覚しただけで言い知れぬ感覚に怯えて竦み、パラメーター全体が九十九パーセント減の補正を受ける”
===============
“ステータス詳細
●力:1 = 65 - 64
●守:1 = 41 - 40
●速:3 = 203 - 200
●魔:0/11 = 916/1021 - 1010/1010
●運:0 = 0 - 0”
===============
致命的スキルをキルゾーンで発動させた俺の勝利だ。
スズナの体でありながら、『速』を用いた高速戦闘を行わず突っ立っていた寄生魔王の慢心だ。
もう俺から逃げようとしても遅い。魔法を放つにしても遅い。寄生魔王のパラメーターは人間族の凡人レベルにまで低下してしまった。
「なっ、に、この倦怠感は??」
「違うな。それが恐怖心だっ!」
「うぅ、どうやら、本当に吸血魔王を破ったのは、奴隷ごときだったよう、ね」
王手をかけたのであれば、後は王の首を落とすだけだ。最後まで油断なく、持てる『力』のすべてをナイフの切っ先に込めて、一閃した。
寄生魔王の最後の表情は…………歪み。
「……あはっ、あははっ!」
(奴隷は主に攻撃できない)
絶対的優位者の愉悦に満ちた爆笑であった。
地面に落ちていく。一閃していたナイフを落としてしまう。
笑い声しか耳に届いていないというのに、脳に直接命令が受信されたのだ。右肩が酷く痛んで、俺は泡を吐く。
==========
“アイテム詳細
●奴隷”
==========
“『奴隷』、成人男性の奴隷。八十マッカル金貨で購入。
奴隷商人職のスキルで製造した奴隷の焼き鏝を押し当てられた奴隷は、押し当てた者のアイテムと化し、反抗できなくなる。
強烈な主従関係を強制できるため、死を命じる事さえ可能。
人間族以外の奴隷に対しても命じられるよう、副次的に、アイテム化した奴隷とは最低限の意思疎通ができるようになる”
==========
「あはっ、どうしたの、奴隷? あははっ! 早く、あはっ!」
(私の奴隷。私を拘束しているスキルを停止しなさい。私の従僕として傅きなさい)