9-7 忍者頭目
ナキナという国は欲深い。国家存続のためならば、貪欲であるのを躊躇わない。
例えば、ナキナに従事している忍者衆。彼等は元々ナキナの人間ではない。黒目黒髪の彼等は人種からしてナキナ人とは異なる。
ナキナ忍者衆の出身は、かつて魔界に進出していた東方の国だ。人類圏から遠く離れた東の国では、忍者職を代表とする独特の文化が興った歴史がある。
しかし、半世紀前の魔族侵攻により東の国は滅びた。忍者衆はからくも難を逃れたが、帰る国を失って流浪の民となっていたのである。
そんな忍者衆を受け入れたのがナキナである。ただの難民を受け入れる余裕はなくても、特殊な技能を持った忍者職を極める集団ならば喜んで引き入れた。
以後、忍者衆は第二の故郷へ感謝しながら、同時に、見捨てられぬように諜報活動に従事していた。所詮は外様の身であると忍者衆は自覚しているのである。
「王都外縁にある関。あそこか」
ナキナ忍者衆を束ねる現頭目は、灰色髪のイバラなる女性だ。
目元以外を頭巾で隠しているため、容姿の良し悪しは分かり辛い。知っている者自体が数少ない。これは諜報員たる忍者全員に当てはまる特徴ではあるのだが。
身長は男性平均と同程度。すなわち、女性としては体格に恵まれている。タイトな忍者服から想像できる筋肉は、引き絞った弓のそれ。スラリと長い肢体から実際よりも長身であると誤解を受け易い。
肝心の戦闘能力であるが、現役の忍者衆の中では最強を誇る。まだ二十代前半でありながら、レベル60に至る傑物だ。
「アニッシュ様が未熟であるのは言うまでもないが、あのグウマが付き添っていたのだ。生存は十分に有り得た。いや、必ず生きて帰っている」
前頭目のグウマから任を引き継いで数年、忍者衆の勢力は増強されている。すべてはイバラの力だ。グウマよりも機能的に、グウマよりも組織的に、忍者衆の諜報能力拡大に成功していた。
偉大なる先代越えをなそうと努力した結果……にしては度が過ぎる。
まるで、先代頭目に対する当て付けのように忍者衆の強化に執着しているのだ。
「カルテ様の御心に逆らって、あの忌々しい老体め」
私ならばここまで巧く運営できる。
私ならばここまで巧く拡大できる。
頭目としてのイバラは冷徹であるというのに、彼女の行動はどこか熱がこもっていた。
理由はイバラにしか分からない。
「地下牢にはアニッシュ様と名乗る少年と、他に男が一人。女は複数人。勝手に同行したのはスズナだけのはずだが、現地協力員を得たのか。……『殺気遮断』術、発!」
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“『殺気遮断』、体外へと漏れ出る殺気をカットするスキル。
殺気、敵意という無味無臭ながら強い気配を放つ気を完全遮断し、気配を完全に断てる。知性を持った人間にも効果はあるが、むしろ、気配に敏感な野生生物に対する効果が高い。
ただ、隠密性能そのものが向上する訳ではないので、足音等は立てないように注意するべし。
本スキルを看破するためには『殺気察知』または『第六感』等の上位スキルが必要となるだろう”
“実績達成条件。
忍者職をCランクまで極める”
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イバラは王都の外にある関所へと到達し、木々の陰から忍び入る。丸太の壁を越え、警備の兵士に気付かれぬまま地下への階段を下りていく。
「……『暗躍』術、発!」
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“『暗躍』、闇の中で活躍するスキル。
気配を察知されないまま行動が可能。多少派手に動いても、気にされなくなる。
だからと言って、近所迷惑レベルの騒音を起して良い訳ではない”
“実績達成条件。
アサシン職をCランクまで極める”
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錬度の高い王都守備隊であっても、気配を隠すスキルを多重掛けした忍者を発見する事は不可能だ。しかも、イバラはその体術にてトカゲのように天井に貼り付ける。哨戒を難なくやり過ごし、目的の地下牢へと到着した。
イバラは忍者の携帯武器であるクナイを無音で取り出す。
「将来性のない少年に期待した老人、グウマ。どこまで老いたか試してやる」
天井を伝い、通路側面に並ぶ牢屋の中を一つ一つ覗う。
最も入口に近い方の牢屋には女が三人。他人同士が集められているのか隙間を最大限開いて座っている。エルフ、教国のバトルシスター、魔法使いという異色の取り合わせなので間違いない。
やけに空気が冷たくて鳥肌が立ってしまうが、地下だからだろうか。
「……スズナはいないのか?」
イバラの知らない人物ばかりなので、不審に思いながらも次の牢屋へと向かう。
「ッ! あれはアニッシュ様」
次の牢屋でイバラは目的の人物を発見した。
牢屋の中で向かい合い、話し合っている男が二人。その内、通路側を向いている少年の顔を見て、緊張を高める。
忍者衆の頭目たるイバラは、ナキナの王族を拝見する機会が多い。現王の弟であるアニッシュとも会話する機会は多かった。アニッシュ本人と偽物の見極めなど造作もない。
牢屋内の少年は骨格、表情筋、呼吸の癖。どれもこれもがアニッシュ本人と一致していた。
「ならば、そちらの男はグウマ!」
手中のクナイの柄を軽く握り、スナップをきかせる。
イバラは迷う事なく、通路側に背中を向けている男に対してクナイを投擲した。
先代の頭目に対しての暗殺行為、たとえ頭目とて許される愚行ではない。非礼が過ぎるで済まされる話ではない。
「受けてみせろ、グウマッ!!」
それでも、イバラはグウマを試さなければならなかった。イバラがグウマの実娘だから、ではまったく説明になっていなくてもだ。