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誰も俺を助けてくれない  作者: クンスト
第九章 そこはナキナ国
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9-6 カルテの執務室

「失礼いたします。対応連隊からの報告を読み上げます」

「許可する。さっそく話しなさい」

 ナキナ王宮にある執務室。そこが彼女の職場である。今のように、伝令が報告に現れる事が多い。

「○九○○、対応連隊は地下迷宮より出現したと思しきモンスター群、推定五千と会敵。一○三○、国境警備部隊と連携しモンスター群の挟撃に成功。一一三○、モンスター群は逃走を開始。意図的に開いた防衛線から国境外へと撤退。一三○○、残敵をすべて掃討」

「報告ごくろう。予定通り、対応連隊は国境線に半数を残して王都へと帰還させなさい」

 女性は兵士に伝令を下す。

 女性の態度はそこまで威圧的ではなかったが、兵士は少し裏返った声で「失礼しました」と一礼した後、退室していった。

 執務室で一人になった女性。人間族としては耳が長く、森の種族としては短い耳を持つ彼女は、色の薄い紅茶を一杯口にする。

「……また薄くなったわね」

 飲み物の品質は、国の健全を示すバロメーターだ。

 輸入に頼らなければならない茶葉やコーヒー豆の在庫が切れると、代替品が登場する。本物と比較して味は当然劣るのだが、この際、口寂しさを忘れられるのであれば何でも良い。しかし、代替茶の原材料たる植物の茎や根までケチりだすとは、笑えなくて声帯が震え始める。

 二度、三度の出涸らしでを上げるなど素人。

 五度、六度が最早当たり前と化してしまっている。

「あチャー、この国末期だわ」

「いろんな意味で笑えません。カルテ様」

 女性ことカルテ・カールネ・ナキナ一人しかいないはずの執務室に、軽快なツッコミが入る。

 ツッコミの声もまた女性であり、天井から床へと降りかかった。


「戻ったの? イバラ、報告お願い」


 声がするのに姿が見えない。姿どころか気配さえしない。

 まるで幽霊に話しかけられているような違和感しかしないというのに、カルテは全然気にせず薄い紅茶を優雅に飲み続けている。

「国内については大きな問題はありません。暴動、混乱は最小限」

「民草の我慢強さを称えるべきか、クリーム坊の人徳を身びいきするべきか」

「そのように忍者衆が働きかけていますから」

「ひたすらに合理的なところが素敵よ、イバラ。で、国外は?」

「勇者候補の行方不明が問題視されています。勇者候補の中には他国王族も多く含まれていたためでしょう。調査部隊を送り込もうとしている国はまだ良心的ですが、ナキナの責任追及をする国も」

「勝手に送り込んでおいて何様よ。こちとら、ビザ一枚発行していないのに」

 味がしない紅茶を飲み込んでから、カルテはにがそうに顔をしかめる。

 国際社会はナキナの地下迷宮で発生したモンスター事変に注目している。地下迷宮には勇者候補として様々な国から有望な若人が集まっていたために、普通のモンスター大侵攻よりも関心が高い。数日経過して人類国家に情報が広まった結果、ナキナに対して問い合わせが殺到しているのだ。

 当事国のナキナとて自国内で起きた危機問題だ。イバラを頭とする忍者衆を放って、可能な限りの早さで情報を集めている。が、それでも国際社会は遅い、ノロマ、地図から消えかけ、と批判するのである。

 ナキナの外交も引き受けているカルテにとって、酷い面倒事であった。

「で、地下迷宮で何が起きたか分かった訳?」

「調査は進んでおりません。地下迷宮の入口が崩落しており、内部へ侵入して調査するにしても五日は必要でしょう」

「迷宮魔王と墓石魔王が同時に動いたなんて異常事態よ。連携しているとは信じたくないけれど、せめてそれを否定する証拠を用意して頂戴ちょうだい。人類国家の奴等には、地下迷宮から出現したモンスターにより国内が混乱、戦線が崩壊しかけているために時間を有すると返答するから」

「……劣勢と報告するので?」

「戦線維持が限界なのは真実ですもの。救援物資として茶葉ぐらいせしめてもバチは当たらないわよ」

 姿を見せないイバラなる女性を介して、カルテはナキナ内外の情報を耳に通していく。新鮮味のあるニュースはあまりない。先程伝令から聞いたばかりの重複する報告まである。

 しかし、多方面からの情報収集はそれだけで意味がある。真実を得られる確率は高まり、情報の確度も強まる。兎が長耳を高く伸ばすのと理由は同じ。カルテは執務室にいながら国の隅々まで傾聴しているのだ。

 イバラは粗方の報告を終える。

「以上です。…………いえ、そういえば――」

 いつもならば、このままぶっきらぼうに「では」と一言のみ残して去っていくのであるが、イバラはカルテの知らない珍情報を口にした。


「――関所にアニッシュ様が現れたそうです」


 カルテの中途半端に長い耳がピクりと動く。動揺を体で表現するとはカルテにしては珍しい。

「げっ、あの子化けて出たの? 律儀ねぇ」

「その反応はいかがなものかと」

「あら、私だって半分人間族の子よ。血も涙もあるから、寝ている間に夢の中では可愛いだけの方のおいのために号泣してあげたから。それなのに化けて帰ってくるなんて、あの子の国想いには呆れるわ」

「そういう意味でもなく。本人が戻ってきたとは一片たりとも思わないのですか」

 イバラの指摘により、カルテはふざけるのを止める。真剣に関所に現れたという彼女の甥、アニッシュ・カールド・ナキナについて考え始める。

 一ヶ月前の事だ。

 国の疲弊に対し、我慢できなくなったアニッシュは勇者に就職すると言って地下迷宮へと旅立ってしまった。

 それは無謀な挑戦であり、達成は不可能であるとカルテは予想していた。だからこそ他国が勇者選抜を開始していると知りながら、カルテは情報を握りつぶした。ナキナ忍者衆の諜報能力をもってすれば、勇者選考ぐらい察知できて当然だったのである。

 つまり、アニッシュはカルテの思惑を無視して、地下迷宮へと旅立ってしまったのだ。

 カルテは甥の目標について、成功率どころか生存率についても高くはないとは予測していた。とはいえ、『運』の悪い甥ではないので、泣きながら帰ってくるかもしれないと思っていた。今にしてみれば酷い楽観であったのだが。

 地下迷宮で発生したモンスター事変により、甥の生存は完全に断たれた。

 だから、王都の関所に現れたというアニッシュは別人、赤い血で繋がっていない真っ赤な偽者で確定的。

 いや、偽者だとするとむしろカルテの興味は強まるのだが。


「おかしいわね。王族の死なんて士気低下要因、公表できるはずもないからアニッシュは今も王宮にいる事にしているのに。どこでれたのかしらね」


 ただ偽者が現れただけと切り捨てられない案件だ。国家転覆を狙った工作……にしては地味過ぎるが、詐欺師にしては情報通が過ぎる。地味な事件であるが、国家機密漏えいは見過ごせない。

「関所に現れたのよね?」

「兵士等が捕縛したとまで耳にしています」

「すぐに調べたいけど、弱ったわね。調べてもらうにも、アニッシュの不在を打ち明けずに済まさないと。誰に頼むのがベストだと思う?」

 人選で悩むカルテの正面、執務机の前に、いつの間にか灰色髪の女が立っていた。

 体に密着するボディスーツは、ナキナの忍者衆が好む装備である。


「カルテ様。このイバラにご命令を。私であればアニッシュ様の顔も存じております」


 ナキナ忍者衆の現頭目を勤めるイバラが、偽アニッシュ調査へと立候補したのである。天井からわざわざ降り立って、カルテの前で膝を付き懇願している。

「イバラを使うには勿体もったい無い事件なのだけど、手っ取り早いし、やる気もあるようだから、まあ良いわ。任せる」

「ありがとうございます。ではっ!」

 命令受諾と同時に、イバラは見えない速度で跳び上がる。天井経由で関所へと向かったのだろう。


「……忍者職って使えるけど変わっているのよね。使えるけど、天井好きだし。使えるけど」


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 助けたいシリーズ一覧

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 第二作 誰も俺を助けてくれない

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