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誰も俺を助けてくれない  作者: クンスト
第二章 孵化
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2-1 ドナドナ

 新しい朝がやってきた。希望も何もない朝である。

 精神的にも体力的にも、きっと本日が山場だ。長耳族による吊るし上げが今日行われなくても、俺は勝手に衰弱死してしまう。

 過去の記憶がない俺には、家族や恋人といった苦境を乗り切る絆が足りず、帰りたい場所がない。道端で干からびたのなら、反骨精神なくそのままからびるだけだ。

 言われなき苦痛から解放されるのであれば、衰弱死もそう捨てたものではない。

 ……そんな、穏やかな死は得られそうになかったが。



『出ろ、人間族。……うっ、またか。なんてえた臭いだ。鼻が曲がるっ。さっさと立ち上がれ!』



 納屋の扉が開け放たれ、長耳姉が現れた。

 不快の表情を隠さず俺の首に繋がれたロープを掴む。立ち上がれと言わんばかりに引っ張り上げてくる。

 腰を上げるのに手間取っていると、短気な長耳姉が腹を蹴って体を浮かせてサポートしてくれる。食道が飛び出す勢いで嘔吐えずいてしまったが、胃が空っぽで吐き出す物がなく幸いした。




 納屋から出て行くと背の低い少女、妹の子が待っていた。

 昨晩の事件を思い出して、酷く気不味くなってしまう。

 妹の子の方も、俺に視線を合わせようとしない。本人の意思で俺を出迎えていないという明確なサインだ。


「今日は姉妹だけで出迎えか」


 これまでの経験上、護送の際には男の長耳族が数人いたはずである。が、今日は姉妹の二人だけ。

 目を凝らせば、二人とも緑色のワンピースな民族衣装の上に、茶色い皮鎧を着ている。更に麻のように繊維質な外套を上から着込んでいる。

 背中には矢の入った筒と長弓を背負っており、腰の部分の外套が盛り上がっているので接近戦用のナイフも装備していると思われた。ハイキングに出掛けるにしては随分と重武装だ。


『喜べ。人間族、お前を里から出してやる』

『……この人逃がしてあげるの。姉さん?』

『そうだとも。森の種族に被害が出ない所まで連れて行く。そこで人間族が魔獣に食われて死ぬのは勝手だ』


 姉とのやり取りを行った妹の子は、一瞬、青い瞳を俺へと向けてきた。

 目の中に同情が見えたのは、気のせいだろう。




 納屋の外を歩ける自由を得た代償は、目隠しをされながら、首のロープで牽引されながらの山歩きである。

 常に気管が引き締まる苦しみがともなう行脚。足元が見えないため木の根か何かつまずいて体勢が容易に崩れる。そのたびに首のロープが絞まり酸欠した。

 痛いのは嫌だが、昨晩の喪失感よりも肉体的苦痛の方が分かり易くて楽なものだ。

 もう俺には何も残っていない。記憶もない。

 己の名前さえ分からない。


==========

“●レベル:0”

==========


 網膜に浮かび上がるレベルとやらも0を示している。空っぽだ。

 昨日はついに自尊心さえ失った。長耳集落で唯一俺に優しかった妹の子を襲うなど、人間として終わっている。

 ここまでくれば些細な事であるが、時間感覚さえも消失している。

 ……何時間森を歩き、何時間山を歩いただろうか。



『休憩だ。大人しく座っていろ』



 不意に目隠しが外された時、木々の枝葉の合間に南中する太陽が見え隠れしていた。霧で湿っていた早朝から歩き続けて、まだ昼間なのか。

 太陽光で肌がチリチリと痛む。森林地帯の木漏れ日で、破れた上着から出ている地肌が焼け付いていた。


『目的地に着く前に軽く食事を摂っておけ、アイサ』

『この人は……どうするの』

『見張っておくから安心しろ』

『そういう意味じゃないんだけど。ああ、やっぱり食べさせないよね』


 どうやら昼休憩のようだ。妹の子が岩に腰掛けて、皮袋から黒い干し肉を取り出し千切って食べている。意外と肉食だ。


『…………僕を見ないでよ』


 視線を向けているのに気付かれて、小顔をそむけられてしまった。

 すごい、人間ってどこまでも落ちていけるのか。全身の筋肉痛とか首のロープの擦り切れとかが全然大した事ないように思える。




 姉妹揃っての微笑ましい食事風景。


『姉さん。これから行く場所に住んでいる魔獣って何?』

『ボア・サイクロプスと呼ばれるいのしし型のモンスターだ』


 それを横目でチラチラ見る不審な仮面男。

 当然のように、俺はパンの破片どころか水一滴貰えない。

『経験値でいえば十六の、エルフから見れば雑魚モンスターでしかない。巨体に似つかわしく巨大な一つ目を持つが、目玉に脳が圧迫されているから知能が低い。サイクロプス型の典型だから、覚えておけ』

 姉妹はどういったつもりで俺を連れ出したのか、少し考えてみる。

 普通に俺を始末するだけなら集落内部で行える。が、今は長距離を歩かせて集落から離れている。理由は何だろうか。


『肉食なの?』

『雑食性だ。動く物なら同族でも喰うから、魔王の呪いが掛かった汚染された人間族も喰うだろう。流石は里長だ。廃棄先としてはこれ以上ない』


 解読できない言語で話し合う二人の目論見は、もしかして、俺を奴隷商に売り払う事ではないだろうか。

 あまり耳染みのない業種だが、使い道のない俺のような人間でも金銭になるのであれば、奴隷として売るという可能性はある。読み終わった本を十円で古本屋に売るような感覚なら、馴染み深い気がする。


『この人、逃がしてあげるだけじゃ駄目なのかな? 里から離れたから、自由にしてあげても――』

『考えが甘いぞ。人間族の盗賊職は『マッピング』スキルを覚える。鳥面の職業は無職ノービスだが、里を見られた。隠れ里を知られた場合は、必ず殺せ。人間族に容赦ようしゃするな』

『姉さんはリリーム姉がいなくなってから、人間族に厳しいよね』

『あの野獣のような勇者に妹を差し出した里長や族長の判断は、間違っていた。魔界に対抗するためだから、人間族と手を組む? そのために血の繋がった妹を生贄にする? 全部誤りだ』

『姉さん……僕が間違っていた。ごめんなさい』

『アイサは優しい私の弟だ。もしお前が誰かに奪われるような事があれば、私が救い出してやる。もう二度と、選択を誤るつもりはない』


 奴隷など人権が完全に無視された非道であるが、何も残っていない俺でもまだ金銭的な価値はあるのだろう。

 姉妹は集落よりも大きな町へと俺を連れていく途中なのだ。ドナドナなのだ。

 以降の人生はそう長くないだろうが、まあ、妹の子の慰謝料ぐらいにはなってくれるだろう。



『そろそろ行こう。ボア・サイクロプスの巣は近いぞ』



 ロープを引かれて立ち上がる。休憩は終了したらしい。

 まだ、俺に価値は残っているのかと思うと、少しだけ歩みが安定してくれた。

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 ◆祝 コミカライズ化◆ 
表紙絵
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 助けたいシリーズ一覧

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 第二作 誰も俺を助けてくれない

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