8-24 二人は幸せなキスをする
電撃魔法に撃たれたエミールは意識に反して筋肉を収縮させる。俺の首を掴んでいた手も同様であり、強張った手を振り払って拘束から脱出を果たした。
自由になったのだから一旦距離を……などと愚かな選択はしない。ここで決めなければ、もう勝利はない。銀の剣の切っ先を、麻痺状態のエミールの心臓へと突き入れる。
「し、死ねるかァッ! 『不定形なる体』!」
心臓へと到達する寸前、僅差でエミールは蝙蝠へと分解する。剣の餌食となり、数匹の小さな蝙蝠が灰となって落ちるが、全体としては微少な被害でしかない。
蝙蝠の大半は天井付近で再結集。遠くに逃げようとしない。エミールもここで決着を付けるつもりなのだ。
人型となったエミールは天井を蹴って加速を付けようとしたが、俺が手を構える方が速かった。
「――炎上、炭化、火炎撃! 燃え尽きろ、エミール」
火球の直撃をエミールは回避できなかった。蝙蝠になるスキルにもクールタイムがあるのだろう。
並のモンスターならば一瞬で炭と化す高熱魔法に、エミールの端整な顔立ちが焦げ付く。が、所詮は三節魔法である。一撃、二撃と命中しただけで魔王は仕留められない。
自慢の顔を焼かれているのに、エミールはもう激怒したりはしない。
エミールは既に、妹の事で最大級に怒り狂っているのだ。
「斬り裂かれて死ねッ、仮面野郎!」
天井からの床までの振り下ろしの爪の斬撃。受けた銀の剣が斜めに斬れ落ちて、足下で金属音を鳴らす。
「悪意を振り撒く化物の王め、お前が滅びろ」
「人類も似たようなものだろうが」
刀身が半分になっても気にしない。エミールの首を断ち切るように叩き付ける。
「妹を奪った鬼畜め。だから、人類は滅びろっていうんだ。人類が魔族の滅亡を願う以上に、魔族は人類の絶滅を願っている! たかだか寿命数十年の生き物が、数百年を生きる俺達の希望を糾弾する権利などないと分かれッ」
一度退いてから、エミールが爪を伸ばしながら最接近してきた。
「仮面野郎、お前、勇者気取りのつもりか? そんな下らない事で俺達の幸せを奪うのか!」
「知るか! 魔王連合が気に入らないだけだ。個人的な恨みだ」
「なお、悪いッ!」
電撃の麻痺が薄れて、戦いは首を拘束される前の状態にほぼ戻ってしまう。
やはり、押し切るには一手足りない。不滅ではない魔王を倒すだけだというのに、一歩及ばない。
後方から再度、アイサの電撃魔法による支援が届くが、今度は外れた。エミールの背中に刺さっていた錫杖は既に抜けている。同じ手は通じない。
「妹を取り戻す。これ以上の正義がどこにある?」
「化物の正義か。正義なんてどこにだって落ちているからな」
「妹を返してくれ。最愛の妹なんだ!」
「今更、情に訴えるな。化物!」
「どうしてだ、どうして分からないッ。お前が人間族で、俺が魔族だからか!」
何か他に手段が――。
ふと、ホール中央、真正面に視線を合わせて、俺は仮面に伸ばしかけた手を停止させる。声を発しようとして、直前になって止めておいた。
仮面を取る代わりに、スキルを発動させる。
「人を祟るのに、理由が必要か? 『暗澹』発動!」
半径五メートルの真っ黒い空間が俺達を包み込む。透過度ゼロの暗闇が、遮音性ある闇のベールがエミールに対して壁となる。
「馬鹿がッ、そのスキルはな! 血の匂いまでは防いでいないんだよッ」
だが、エミールは正確に俺の位置を把握すると、とうとう、五指が俺の胸の中心を捕らえる。
「手応えありッ。心臓の鼓動だ! これを潰して、終わり、だッ」
エミールは手を握り込んで俺の心臓を潰し――――。
暗澹空間が晴れる。スキル発動者の死亡により、強制的に解除されたのだ。
瞬間、エミールは己の神秘性が復活するのを感じ取った。凶鳥面の男を排除した事により、『正体不明』スキルが復活したのである。
しかし、エミールは意外な顔を見せる。
『正体不明』スキルが復活したというのに、エミールは呆然としてしまった。
なにせ、暗澹空間が晴れた向こう側で……最愛の妹が最上級の微笑みを見せてくれていたからである。
「兄様っ。兄様はまた私を救ってくれた。兄様っ!」
「え、エミーラ?! エミーラぁっ!」
見惚れてしまったと表現するのが正しい。金髪赤眼の美少女が、エミーラを迎え入れてくれるように両腕を広げていたのである。『正体不明』スキルが復活した程度の些事、もはや、どうでもよくなってしまった。
エミールは自然と涙を流しながら、妹へと向かって走り出す。あまりにも膨大な幸せの感情で足を縺れさせて、転びそうになりながら。
「兄様っ!」
「エミーラ。逢いたかった。お前をまた抱き締めたかった」
「はい、私もです。兄様」
そして、エミールは妹へと辿り着くと、妹と抱擁を交わした。
「もう離さない、エミーラ」
「はい、私もです。兄様」
「エミーラ。エミーラっ」
「はい、私もです。兄様」
「エミーラ!」
「はい、私もです。兄様――」
妹も兄を優しく包み込む。まるで、作ったような微笑で兄を抱き締める。
「はい、私もです。兄様。はい、私もです。兄様。はい、私もです。兄様――」
絶対にエミーラを逃さないため。
魔王の精神を束縛し、精神支配を完璧とするため。
向かい合う二人の唇は距離を詰めていき、最後には触れ合って――。
「――追憶、回想、悪夢、新月夜、月のいなくなった夜に希望は絶えてしまうだろう――ムーン・エンド」
その場から動かなくなったエミールの胸の中心へと、折れた銀の剣を突き刺す。
瞼を開いたまま夢を見ているような、そんな感情のない顔をしている癖に、幸せそうな涙を流しながらエミールは灰となって崩れ落ちた。
『正体不明』スキルを無効化した状態での死亡。今度こそ、吸血魔王は滅ぼされたのである。
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“●吸血鬼を一体討伐しました。経験値を――経験値を六九五入手し、レベルが1あがりました
レベルが1あがりました
レベルが1あがりました――”
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俺の力だけでは成しえなかった勝利である。勝利すら危うかったはずであるが……いつの間にかホール中央に出現していた女性に助けられた。
薄黄色の上下一体のドレスを着用した女性だ。色白の細い脚部がスリットから除いている。
モデルのような背の高さ、脚の長さが特徴的な女性であるが、個人的には目に宿る感情の薄さが気になった。
突然そこに立っていた女性だ。敵か味方かも定かではない人物をどうして信じてしまったのかは分からない。
女性が感情不足な目をしている癖に、俺に微笑みかけたのが理由。としては薄いか。
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“――レベルが1あがりました”
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“●レベル:8 → 17(New)”
“ステータス更新情報
●力:21 → 57(New)
●守:13 → 43(New)
●速:24 → 69(New)
●魔:4/12 → 4/48(New)
●運:1005 = 5 + 1000”
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「凶鳥様。魔王討伐、月桂花がよろこび申し上げます」
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“スキルの封印が解除されました
スキル更新詳細
●実績達成ボーナススキル『魔王殺し』”
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“『魔王殺し』、魔界の厄介者を倒した偉業を証明するスキル。
相手が魔王の場合、攻撃で与えられる苦痛と恐怖が百倍に補正される。
また、攻撃しなくとも、魔王はスキル保持者を知覚しただけで言い知れぬ感覚に怯えて竦み、パラメーター全体が九十九パーセント減の補正を受ける”
“実績達成条件。
魔王を討伐する”
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吸血魔王に相応しい最後となりました




