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誰も俺を助けてくれない  作者: クンスト
第八章 生きては帰さぬ地下迷宮
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8-23 決死の覚悟

 赤い爪が弧を描く。あまりにも速い動きに、残像が赤い裂傷のごとく空中に居残る。

 五指の斬撃の内、人差し指と中指の二指を避け損なってしまった。

 防いだ腕を深く傷の溝が走る。肉がこし取られていき、痛覚がギチギチと刺激される。が、奥歯を噛み締めて耐えた。絶叫している暇はない。

 エミールは血の短剣で追撃してくる。上体をそらしてどうにか回避したものの、間を置かず血の大鎌が襲いかかってくる。バックステップで後退を続けていると、背後に壁が迫った。

「俺からエミーラを奪っておいて、楽に死ねると思うな! さっさと惨殺されろ!」

「クソ、どっちだ」

 戦闘の長期化により、地力の差が現れ始めた。速さも手数もエミールが数段上回っている。最初に押し切れなかった時点で、勝利は遠退いてしまった。

 くるべき時がきたら仮面を取るしかないだろうが、できれば温存しておきたい。

 エミールを確実に倒せる状況ならば気にしない。ただし、ここから逃げ出され、ダンジョンから遠く離れて雲隠れでもされたら討伐失敗。まして、それで終わらず大量のアンデッドを引き連れお礼参りでもされたら手も足も出ず殴殺されてしまう。

 敵よりも劣った状態で敵を倒さなければならないとは、何かと制約が多い。

「ナメプしている余裕ないんだけど、よッ。『暗影』発ど……しないッ」

 身から染み出る影がスキルの発動を待たずに霧散していく。緊急回避で多用し過ぎたため、スキルがオーバーヒート状態に入ったのだろう。

「マズい! 俺の数しかないスキルの中で、最も実用性あるスキルが!?」

 背後には壁。

 正面には怒れる魔王。

 どうにもならない状況なので、口で時間を稼ぐ。

「エミール! よくも女装したぐらいで『正体不明』スキルに目覚め――うぉ、あぶな」

「仮面野郎、お前に何が分かるッ。エミーラは、今も俺と共にいるんだ!」

「槍をっ、突き、出す、なっ」

 エミールは鋭く牙をく。

 目からは血色の涙を流して、悲痛を訴えているかのようである。


「エミーラは生きているんだ。俺達はいつまでも比翼だ。片翼なんかじゃない!」


 肉体的に傷が増えているのは俺のはずなのに、エミールの心の深刻さは俺の比ではない。


「俺達は永遠を誓い合ったんだ。それが、俺一人だけが残される? 吸血鬼の寿命は永遠なんだぞ。非現実的だろ!」


 断片的にではあるが、理解する。

 エミールの『正体不明』の成り立ちは、女に変化したエミールの一人芝居などといった幼稚なものではない。過去に、エミーラという少女の吸血鬼は実在したのだ。

 それが、いつの頃かは分からないが、いつの間にかエミールは独りとなってしまった。

 現実を拒絶したエミールは、現実をじ曲げる。吸血鬼が得意とする姿形の変化により、人々に妹の実在を認識させ続けた。他人の目、群集の噂により妹の生存は確度を高めて、ついに、生前通りの姿で自由に動き出すにいたった。

 ……実際問題、エミールの自作自演であるため、兄妹が同時に並び立つ事は叶わなかったはずだ。永遠の比翼とはつまり、永遠の彦星と織姫であった。

 それでも、妹と死に別れる悲劇よりは随分とマシでもあったのだ。二度と触れ合えないのならばせめて、相手には生きていて欲しい。エミーラの愛情が本物ならば、この結論を導ける。

「他人を悲劇的な目に合わせる魔王の癖に、随分と他人想いな事だ」

「エミーラは他人ではない! 家族だ!」

「妹に対する愛が分かるのなら、命全体に対する博愛ぐらい理解できなかったのかと言いたいんだ。モンスター!」

 妹の死を再び無かった事にするため、不滅を暴いた俺をエミールは決して許さない。

 つたない剣の動きを読まれて、避けられてしまった。間合いを詰められ、首を右手で掴まれ、そのまま壁に叩き付けられる。

 指の一本が万力のそれのごとくまる。

「黙れッ、仮面野郎。首を引き千切って二度と減らず口を叩けなくしてやる」

 『暗影』が使えない状況で組み付かれた。俺の負けだ。残念ながら、ここから復帰する手段を用意していない。

 『魔』はまだ残っているが、気管が閉められている所為で詠唱できない。

 最終手段たる仮面解放も間に合わない。手を凶鳥面に届かせる前に首を潰されてしまうだろう。

 唯一できる事は、凶鳥面の裏側で大きく目を見開くぐらいだ。

「あ、ァ!」

「何か言い残したいか! 許すか、馬鹿め! このまま死ね!」

「ィセ、リっ、くる、なッ!」

 首を拘束された俺は、エミールの背中に突撃するリセリを止める事ができなかった。


『ヤァぁあッ!!』


 リセリの手の中から棒状の輝きが伸びる。記憶武装が、持ち主の記憶を読み取って形状を変化させていく光だ。

 先端には命の循環をモチーフとした円環。

 銀色の柄は生命の潔白さを証明するかのようにみがかれている。

 対魔族の切り札である錫杖しゃくじょうを、リセリはエミールの背中、蝙蝠こうもり羽の付け根に突き刺した。『力』不足により刺したという程に深く刺さっていないが、完全なるゼロ距離で錫杖は発動していく。

 まだりずに記憶武装を所持していたのか、などと文句を言っている場合ではない。

 リセリの行動は、無茶が過ぎる。


『覚悟ッ、吸血魔王! 命の理から逸脱し魔性。あるべきものは、あるべきに場し――』

「吸血鬼の成り損ないがッ、邪魔を、するなァッ!」


 エミールが振り返るのと構えた五指で背後を斬り裂くのは同時であった。

 リセリは錫杖を発動し終わる前に下腹部を真横に切断された。最初に長い臓器が落ちてから、肉体が遅れて崩れ落ちる。周囲に飛び散るリセリの血が俺の仮面にまで届く。

 もう取り返しがつかない。けれども、リセリを助けようともがく。エミールが首から手を離すような失態を犯すはずがなかったが。

「げはぁッ、かはァっ」

 石床の上でリセリの上半身はまだ動いていた。『吸血鬼化』スキルのお陰で死に辛い体になっていたから、即死をまぬがれて血を嘔吐しながら苦しんでいる。即死はしなかったが、上半身と下半身が完全に分離してしまっている。大量出血によるショック死からは逃れられないだろう。

 リセリの赤く染まった唇は、震えながら、笑んでいた。


『げふぉ、ぉ……お願いします、アイサさん』


 地下迷宮に雷光が走る。

 電圧差が奏でるバチりという炸裂音がホールに響く。


「――雷光よ。天に轟き雷光よ。

 我等に恵みを! 悪には辛辣しんらつなる一撃を――電圧撃ッ!」


 後方で控えていたアイサが、黄金色の雷を手の平から放ったのだ。魔法の中でも最速を誇る雷属性の一撃がホールを直進する。

 だが、閉鎖空間たる地下ではコントロールが困難なはずである。ホールなので他の場所よりもマシとはいえ、アイサからエミールの間には距離がある。目標にうまく着弾できるものだろうか。

 いや、アイサが何も考えていないはずがない。

 考えたからこそ、リセリが無謀にも最初に動いたのだ。

 まばゆい電撃の束がエミールの背中に刺さっている銀の錫杖に吸い込まれた。避雷針代わりとなった錫杖を伝って、エミールの全身に電流が駆け巡る。

「あぁがあがあががっががががッ!? 貴様等はァアァァアッ!!」


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表紙絵
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 助けたいシリーズ一覧

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