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誰も俺を助けてくれない  作者: クンスト
第八章 生きては帰さぬ地下迷宮
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8-19 暴かれた正体不明


「何の冗談? 命乞いのちごいにしては奇妙な事を口走らなかった?」


 エミーラは乾いた後の瞬間接着剤みたいな真顔で、俺に問いかける。


「今、不滅の正体が分かったって、言っていないはずよね??」


 俺を捕らえるために張られた血の皮膜。

 皮膜から無数に伸び出る血の針。

 面白くない嘘偽りを口にした瞬間、機嫌が悪くなるから絶対に殺すというニュアンスを含めてエミーラは俺を問いただした。どう転んでも殺す気満々なのだから、質問していないで俺を殺せばよいものを。

 いや、エミーラには俺を直に殺せない理由がある。

 吸血魔王の絶対性たる不滅の謎。その正体を知られたとなれば心穏やかではいられまい。どんなに殺したくても、まずは謎を知られてしまった理由を探らなければ今後の活動に支障が生じてしまう。

 吸血魔王自身が気付いていないミスの所為で、不滅の謎を知られてしまったとすれば……こう不安で落ち着かないだろう。怒気に勝る恐れ。不滅という安心感の消失。吸血魔王の戦術はすべて不滅を前提としたものである。俺の言葉に関心を示さないはずがない。

 俺を殺すのは、俺が不滅の謎を知りえた経緯を吐かせてからになるだろう。


「確かに言ったぞ。お前はもう不滅の魔王ではない」


 血の針に囲まれる俺は、イソギンチャクに捕食しかけている小魚のようでありながら、精神的には吸血魔王に対して優位性を獲得していた。


「何を馬鹿な事を。死にそうになったからといって、そのハッタリはありえない。針で突いて死ぬだけでは足りないの? そんなに惨殺されたい?」

「嘘かどうかはすべて聞いてからにしろ。懇切丁寧に、お前の秘密を暴いてやる」


 かつて、誰かが語った。

 殺しても殺せない幻想種や高位の魔族は正体不明の存在だ。そんな正体不明を滅ぼすためには、まずは彼等に関する逸話や謎を解き明かさなければならない。欺瞞ぎまんを暴き、真実を世に知らしめる。たったそれだけの事で彼等は脆弱化してしまう。

 天を貫く雷光が神であるのならば被創造主たる人間に手出しできるものではない。が、雷光がただの気象現象でしかないのならば話は大きく異なるのだ。

 仮面の目穴に入ってきそうな血の針を一切気にせず、俺は天井のエミールを見上げてやった。


「吸血魔王。お前、『正体不明』スキル持ちだな?」


==========

“『正体不明』、姿を目視されても相手に正体を知られなくなる。


 相手が『鑑定モノクル』のスキルを所持したとしても、己のステータス情報の隠匿いんとくが可能。ただし、このスキルは正体を隠すだけの機能しか持たないため、探索系魔法やスキルには何ら干渉はしない”

==========


 明らかにエミーラの表情が強張る。エミーラの血で出来ている周囲の皮膜にも動揺が振動として伝播した。


「スキル自体は大した性能ではないが、『正体不明』の最大のメリットは死亡確認さえできなくなる点にある。死亡確認できないのだから、その化物は不滅である。酷い拡大解釈だ」

「ど、どうして人間族ごときがそのスキルを知って、知っている!?」

「魔族的にはそう珍しいスキルじゃないだろう。俺も似たようなスキルを所持しているから簡単に想像できた」

「はっ、ではただの想像でしかないと。カマをかけるつもりでしょうが、そうはいか――」

「安心しろ。『鑑定』スキルは使用済みだ。お前のパラメーターとステータスは隠匿されていた。『正体不明』スキルを所持していると確証は得ている」


 あのエルフか、とエミーラは後ろを振り返り、瞳孔を細める。

 血の皮膜の向こう側、数十メートル離れたホールの壁沿いではアイサとリセリがこちらの様子をうかがっていた。俺が提案した通り、二人はあらかじめ計画していた作戦のBプランを遂行している。

 Aプランは吸血魔王が討伐できないと諦めた際の逃亡プランである。個人的には苦渋であるが、Aプランを採用する可能性も高かっただろう。

 一方のBプランは、俺が吸血魔王を倒せると確信した場合のみ実行する予備作戦に過ぎなかった。


「『正体不明』スキル持ちと発覚したが、問題は吸血魔王の何がスキルに昇華する程の未知なのか。……俺は最初から不思議だった。吸血魔王はどうして二人一組の魔王なのか」

「愛し合う二人の絆をまだ疑っているとはっ! 何たる無粋。兄様とエミーラの愛は、不滅という形で十分に証明されているというのに」

「不滅の理由も奇妙に感じていた。愛し合っている事が不滅に繋がるのなら、お前達の不滅は不完全この上ない」


 別に俺は、愛が死を克服する程に強い、という美談を疑っている訳ではない。

 ファンタジーあふれる異世界ならば、ゴブリンやオークといった化物だけではなく、物理常識をくつがえす程の愛があって欲しいものである。

 だが、吸血魔王の禁断の兄妹愛は完全に嘘っぱちだろう。


「兄妹のどちらか片方でも愛に冷めたら、たったそれだけで不滅ではなくなる。二人だからこそ不滅が失われる危険性が高い。特に、兄のエミールは妹だけに執心している訳ではないようだしな」

「兄様とエミーラの絆を他人が疑うか! お前に何が分かるッ!」

「さあな。記憶を失っていても断言できるが、俺に妹はいない。……それでも分かる事がある」


 兄妹の愛。その最高潮が吸血魔王なのだという。

 酷い違和感に頭痛を発症してしまいそうだ。

 特に、妹のエミーラに関して俺は猜疑さいぎ的である。

 兄のエミールが淫魔王に手を出していたり、アイサの血に誘われて罠にはまったりしている醜態については気にならない。兄がだらしないのは本物らしいとさえ思える。

 だというのに、兄にくす発言をしている一貫性あるエミーラの方が疑わしい。何故だか偽者臭が鼻を突く。

 天井のエミーラを見上げているのに、俺は一切感じないのだ。


「エミーラ。お前には……、妹属性がないっ!!」


 ……俺の断言により、エミーラを含めて地下が凍りついたのごとく静まりかえった。

 遠くでも、アイサが顔を固まらせている。小声で「妹歴が短いからかな……」と困惑している。

 この氷点下な空気こそが、妹属性の本領だ。体の芯にこたえる冷たさに懐かしささえ感じてしまう。


「末っ子特有の皮肉が足りない。年上の肉親をうらやむ心の影がない。何より、そういった陰の要素により最大限に際立つ陽の要素、可愛げ、がエミーラには皆無だ!」


 妹どころか、親戚にも年下の女がいないはずなのに俺は妹に詳しかった。不気味であるが、今はそのお陰で吸血魔王を追い詰められている。


「い、いもうと? 属性?? 馬鹿にしているのか! 魔法属性は四元素を代表に、憎らしき神聖属性と悪逆の象徴たる闇属性が対峙している。それ以外など傍系、亜種に過ぎない!」

「語るに落ちたな、エミーラ。お前は妹でありながら妹属性を否定した。つまりお前は、妹ではないと自白したんだぞ」

「妹属性とは一体何なのかッ!?」


 意味不明な事ばかり言う俺にしびれを切らした。という具合に、エミーラは手中で血を凝固、延長させて槍を作成する。


「狂言?? それとも本当に狂っただけ?? 頭のおかしい発言は十分聞きました!」


 周囲の針も細動している。対抗するには針先が近過ぎて何もできない。俺は針や槍、あるいは両方に殺されるのだろう。

 ただし……吸血魔王は悪手を打った。エミーラを疑われて逆上した時点で、エミールとスイッチしておけば良かったのだ。


「醜き鳥の仮面ッ、もう死になさい!」


 エミーラが存在しないのであれば、エミーラの攻撃も存在しない。よって、俺には槍も針も届かない。


「――吸血魔王は兄妹の二人組の魔王なんかじゃない。一人二役の魔王が実存しない妹をでっち上げただけ。実存しない妹を殺そうとしても殺せないものな。そうだろ、エミール?」


 手を叩くような、バチ、と弾ける音が周囲から響く。

 エミーラという仮想が作り上げていた血の膜がガラスのように崩れていた。針も粉々割れて、消滅していく。

 天井で逆さま立ちになっていたエミーラの姿は忽然こつぜんと消えていた。もうこの世に存在しない。いや、エミーラという名の吸血鬼など最初から登場していなかった。真実を暴かれた事により『正体不明』スキルが効果を失い、世界が正しく修正された結果だ。

 そして、エミーラが立っていた天井の直下には、ドレス姿の金髪男が倒れている。服のサイズが合っていないため、女装にしては程度が低い。


「仮面野郎。どうして、『正体不明』スキルを無効化できる程に確信できた。生半可な推察で破れるスキルではなかったはずだ!!」


 一度蝙蝠に分裂した後、エミールは正装し直して登場する。その赤い眼は、肉親を失ったかのように血走っていた。


「エミーラと何度視線を合わせても、『吊橋効果(極)』が発動しなかった。異性であれば鳥状態のグレーテルにも効果があった魅了スキルだ。スキルが通じないのなら、そいつの正体は女でも妹でもない」


==========

“『吊橋効果(極)』、恋愛のドキドキと死地の緊張感の類似性を証明するスキル。


 死亡率の高い戦闘であればあるほど、共に戦う異性の好感度が指数関数的に上昇する。

 指数関数的なので、まずは2以上に好感度を上げておかなければ意味はない。

 異性であれば誰に対しても有効なスキルであるため、不用意に多数の異性と共に戦うと多角関係に発展してしまうので注意が必要――人生において決死の戦いを挑む機会などそう多くはないだろうが。

 多角関係を円滑に保つ効果はない。ゆえにスキルを乱用すれば、刃傷沙汰は回避できない”


“実績達成条件。

 恋愛に興味のない異性を戦場で惚れさせる”


“≪追記≫

 誰からも嫌悪される仮面を装備。

 異性ではない生物を異性にする。


 この実現不可能な制約を突破した者はかつて存在しない。本スキルの極みに達したと言えるだろう。

 極めた恩恵として、強制は解除されたが、本スキルの運用には錬度が必要。

 異性に対して魅了チャームの呪いに等しい効果を発揮する。好感度が0の異性であっても、言い知れぬ感情変化からは逃れられない。

 なお、魅了にはパラメーターが最大五割減、スキル失敗など強力なデバフ効果が存在”

==========


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