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誰も俺を助けてくれない  作者: クンスト
第一章 長耳集落にて
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1-10 血に酔い、色欲に狂う

 夜が深まり、一層強まる渇きに耐えている時であった。

 扉がゆっくりと少しだけ、開かれていく。



『遅くなってゴメンね。ごはん持ってきてあげたよ』



 小さくても聞き取れる、可愛いらしい声が納屋に入室してくる。生物に必須である危機感が足りないのか、外にいる見張りに入室を知られたくないためか、扉はすぐに閉められた。

 月明かりがなくても、俺の眼球はその子の姿が鮮明に見えてしまう。


『暗いけど。そこにいるよね』


 犬歯が牙になるような体の変調が起きている。目が赤外線を捕らえられるようになっても可笑しくはないだろう。

 夜目を利かせて、その者の顔や体形を確認していく。

 華奢きゃしゃな体付きは、量で言うと物足りない。肉の量が圧倒的に足りず、胸部も臀部でんぶもボリュームがない。熟れるには早過ぎる。

 とはいえ、幼い体付きというものは、それはそれで貴重だろう。えた体では油がキツ過ぎるというもの。ラムとマトンの違いだ。

 意識して喉を鳴らす。

 理性を見殺しにして、本能の従僕と化す。


「で……出て、行け」


 それでも、一線を踏み越えないように奥歯を噛み締める。

 どうしてだ。どうして、俺が知っている他人で唯一好ましい妹の子が、今夜現れてしまったのか。その悪夢のような状況で心を冷やして、ギリギリ踏み止まるしかない。

 この里にいる住民には酷い扱いしか受けていない。襲い掛かりたい欲望を押さえ込む義理はないのだが、妹の子だけは別なのだ。


「早く……頼むから」

『はい、前と同じ黒パンだけど、細かく切ってあげたから食べ易いと――』


 せめて、この目が老人と対面した時に失明していれば良かったのに、と後悔する。

 いや、視覚の有無は関係ない。口内に残っているクソ不味い己の血が、少女のフルーティな体臭を嗅いだだけでまろやかになってしまっている。



 ようするに、妹の子は室内に入り込んだ時点で、俺の獲物だったのだろう。



 手足を縛れているので襲い掛かる手段は少ないが……そうだ、まず軽装な足首に噛み付いて転倒させてしまえば良い。一気に血を吸い上げてしまえば、貧血を起して動けなくなるだろう。

 瞳孔を絞り、目標を見定める。

 無いはずのスタミナを蓄えて、俺は素早く体を動かそうと――。



『「アリガトウ」って言葉調べてみたけど、人間族の公用語辞典に載っていなかった。珍しい言葉なんだね』



 ――――駄目だ。

 駄目だ、駄目だ、駄目だ、駄目だ、駄目だ、駄目だ、駄目だ、駄目だ。

 何が、アリガトウ、だ。どうして獲物に感謝されている。脈絡がない。馬鹿げている。

 この危機感の足りない長耳の少女に感じるべきは、怒気だけだ。他に何かを感じるべきではない。胸だって平たい。そんな奴から食い物を恵んで貰うのは、理性が崩壊しても、プライドが許せない。


「ああアアアアッ、あああッ!!」


 伸びた犬歯のかみ合わせが悪過ぎる。口を強く閉じるのに邪魔だった。

 地面に倒れた体をダンゴ虫のように丸める。脚に噛み付き、犬歯を骨に届かせる。そのまま無茶苦茶に頭を振って、歯を折ってしまおうと努力し始めた。


「アアッ! ガッ、アがぁああ!」

『ッ!? 急にどうしたのさ!』


 そんな俺へと、妹の子はびっくりしながら近づいた。苦しむ俺の背中をさすって、容態を気遣きづかう。

「来るなッ、寄るなッ。そんな柔らかい手で触れるッ! 今の俺を、追い詰めて壊すな!!」


==========

“実績達成ボーナススキル『淫魔王の蜜(強制)』、飽きず、枯れず、満たされず。


 性的興奮の対象となった異性の『力』に対し、六割減の補正を与える。性別判定は、本スキル所持者の主観に異存する。欲情できる相手であれば異性と判断される。

 また、一定周期で、過剰なまでの肉欲的衝動に襲われるようになる。どんな相手であっても、異性であれば傷付ける事を後悔する余裕もなく暴行してしまう。

 衝動に抗う事は可能であるが、一度の抑制によりレベルが1下がる。レベル0の場合は獣となるしかない”

==========


 小さな手の感触だった。

 だが、俺はそんな些細なもので……欲情した。

 異性の感触を服越しに得る。そんな曖昧あいまいな感触一つで、過剰反応を示したのだ。

 食欲にさえ敗北し掛けていた俺が、第二の欲、肉欲の参戦で完敗するのは当然の事。獲物が近場にいたので、捕らえるのは実に容易い。

 細い足を引っ掛けて地面に転ばせる。その後は、体格差を活かして押さえ込むだけで良い。簡単過ぎる。


『ちょっ、君! 怒るよ』

「ハは、はぁ、はァッ!」


 骨しかなさそうな細身だと思っていたが、存外、柔らかいものだ。

 下半身でいきり立つものが触れているのは太股か。服越しではなく、直接感じられれば更なる高みへと俺はいける。


『脚に当たっている硬いのな……に、ッ!? 止めてってば! 僕は男になるんだし! それと、これでも僕は訓練受けているから――え』


 そんな俺の興奮を邪魔するかのようにやかましかったので、口にくわえていたさびた釘で、ぽきりと折れてしまいそうな首の頚動脈を軽く突く。


『どうして、そんな物をっ!』


 丸くなって生血を求める衝動しょうどうを抑えていた? そんな事実はどこにも存在しない。本当はただ、靴底に隠していたくぎを探していただけだ。

 えた猛獣が囚われた檻の中に、命知らずな少女が入って来た。そんなシチュエーションで猛獣が少女を食したのなら、それは事故である。開けた崖に飛び込む投身自殺と状況は何一つ変わらない。自己責任の範疇はんちゅうだ。

 俺は決して、悪くない。


『駄目だって、ねぇッ。僕が声上げたら、君殺されるから、ねぇ!』


 小さい声が甘く感じられた。無理やり唇を奪って吸い込んでしまえば心地良いのだろうが、今の俺にそんな余裕はない。

 血が高ぶって頭が回らず、妹の子が静かに俺を非難している理由さえ思い付かない。

 嫌ならさっさと泣き叫んでしまえば良い。

 むしろ、早く叫んで欲しかった。



「ああ、クソぉ。お前、助けを呼べよ」



 やはり果てるならば、自分勝手な自慰であるべきではないが……。

 理由は多い。例えば、最低な生活で生存本能が高ぶっていたからだろう。何日も鬱憤続きで刺激に弱くなっていたからかもしれない。


「もう、死にたくなるぐらいに。みっともない」


 数秒も持たずに粗相を仕出かし、同時に、俺は落ち着きを取り戻す。

 年下らしき妹の子の匂いと感触だけで果ててしまったという壮絶な欝状態が、『淫魔王の蜜』なるスキルを霧散させていた。


「その所為で、俺はッ、クソ。俺は獣か」


 八つ当たりを言葉にしたので、くわえていた釘は地面に落としている。


「…………みじめだ」


 妹の子から転がるように体を離すと、そのまま仰向けに倒れる。

 何もやる気が起きなかったが、情けない顔だけは隠しておこうと――仮面があるので不必要だったが――縛られた手首をひたいに添えた。

 両手で組み上げた握り拳は、まるで崇拝する神に対して祈りを捧げているかのようだ。

 落ちに落ちた状況に口元は笑っていたが、そんな自嘲では涙腺は誤魔化せずに涙が流れていく。それがさらに惨めで、無制限に気分が消沈していく。



『襲っておいて泣くのは卑怯だよ』



 妹の子は来た時と同じように静かに納屋から出て行った。

 俺の愚行を報告されてしまう。深夜だろうと構わず即時処刑される。こうと勝手に思っていたが、結局その夜も俺は生き残った。

 惨めさに苦しめ、という妹の子のメッセージであるのなら、実に効果的だ。

一章はこれにて終了です。

二章目からは戦闘します。

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 助けたいシリーズ一覧

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 第二作 誰も俺を助けてくれない

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