8-14 不死の秘密
紙屋優太郎が使えないとなれば――優太郎が使えない男とは言っていない――自力で吸血魔王の攻略方法を考え付くしかない。
「階段が埋まっているのにモンスター共が困っている様子はない。つまり、別の道が存在し、モンスター共が知っている可能性が高いだろう。吸血魔王を討伐するついでに締め上げて、道を聞き出せばすべて解決だ」
『その吸血魔王を倒す方法がないと先程から……』
リセリが否定的なのは仕方がない。が、何事も決め付けは良くない。
吸血魔王は確かに不滅だった。剣で心臓を突き刺しても死ななかった。ただし俺が見た限り、吸血魔王は不滅などから程遠い。
奴は何度も灰となって崩れ落ちた。ただ、その度に蘇っただけである。死ななかった訳ではない。
人間族の攻撃でも灰にできた。パラメーター的には対処可能な範疇にいる化物のはずだ。不滅の秘密さえ解き明かせば吸血魔王は大した敵ではないのだ。
「蝙蝠となる。人間の血を吸う。血を吸われた人間は吸血鬼となる。吸血鬼の特徴だけどな……ああ、クソ。優太郎と電話できれば調べてもえらえるってのに」
吸血魔王の能力は吸血鬼をベースとしていると推察できる。不滅の秘密も同様だろう。
とはいえ、俺の吸血鬼に関する知識が足りないので解き明かすのは困難だ。地球にいる優太郎というバックアップに期待できてないのであれば、異世界側の情報から探るしかない。
勇者候補のリセリとエルフのアイサ。二人の情報源を持つ状況はそう悪くないか。
「吸血魔王について知っている事はすべて教えてくれ」
『森の種族はここ数十年被害を受けていないけれど、二人一組の魔王っていうのが有名かな。何度倒しても倒せないから、今度来たら封印するしかないって』
「封印できるものなのか?」
『うーん。蝙蝠になって逃げないように凍らせてから、地下深くに埋めるとか』
エルフの方法は駄目だ。俺は吸血魔王をこの世から抹殺したいのである。
『人間族国家は近年になって頻繁に襲われています。兄の名前はエミール、妹の名前はエミーラ』
「双子というのも吸血魔王の特徴だな」
『不滅の秘密について、過去に吸血魔王本人が語っています』
リセリの国は魔族に対して好戦的らしく、過去から現在において確認されたすべての魔王について情報を収集している。
いわく、吸血魔王の存在が最初に知られたのは三百年前。深夜、兵士百人が詰める関に突如現れた吸血魔王は次々と兵士を虐殺、あるいは血を吸って眷族に仕立て上げた。
『吸血魔王は、兄と妹を同時に倒さねば死なない、と』
吸血魔王は襲撃を重ねて勢力を増強。ついには国盗りを開始する。
襲撃された村や街は悲惨だ。好色なエミールは男を始末して女を犯し、兄想いなエミーラが嫉妬して女を殺害する。こうして、襲われた者達は全員死体となってからアンデッドとして甦り、魔王軍は更に増強されたという。
味方が減った分、敵が増える。吸血魔王とはそういう最悪な敵である。
三年持たず国は落ち、アンデッドの国が誕生した――最もアンデッドの国も今は魔界の深い森に飲み込まれて消え、兵士も肉の腐り落ちた骸骨兵しか残っていないそうであるが。
『僕も聞いた事があるよ。二人一緒じゃないと討伐できないって』
「エルフにも知れ渡っているのか。吸血魔王の奴、自ら弱点を言いふらして何をしたいのか」
『分かりかねます。けれども、兄と妹を同時に倒さないといけないという理由については、いくつか予想できます』
『永遠の比翼』という異名を持つ魔王。
異名の由来は言うまでもなく魔王討伐条件からきている。
魔王自らが公言している通り、吸血魔王は不滅だった。慎重にも常に兄か妹のどちらか一人しか姿を現さず、一人が灰になってから逆襲する。顔の傷一つで激怒する吸血鬼の癖して、酷く慎重だ。
『それぞれが魂を入れ替えて所持している、蘇生の秘儀を兄妹二人が習得している。そういった前例がない訳ではありません。……だからこそ、この私は範囲攻撃で兄妹を同時に浄化しようとしたのですが』
失敗したとはいえ、先の戦闘におけるリセリの錫杖を使った吸血魔王の攻略法は正しかったと言える。アンデッドに辛辣な浄化結界は地下道全体に広がっていた。蝙蝠に分解して小さな隙間に逃れる吸血魔王とて、聖なる範囲攻撃を回避できるはずがなかった。
だが、吸血魔王は生きている。
常識的な判断から導き出した最善策では倒せない。
「兄と妹を同時にか。それも、魔王が言っているだけだし信憑性はないけどな」
疑った台詞を呟いている俺であるが、兄妹の同時撃破が鍵なのは確かだろう。
ただし、吸血魔王には絶対的な自信があるに違いない。兄と妹を同時に倒せば滅せるのに、兄と妹が同時に現れる事はありえない。
「単純な魔法やスキルではない、もっと難解な何かで」
兄妹同時撃破の条件は、吸血魔王自らが広げたもの。これが強者ゆえの慢心でないのであれば、不滅を実現するため意図して弱点を人類に周知させた。矛盾した行動としか思えない。けれども、不滅を実現ためには現実を歪める程の矛盾があって然るべき。
「まるでそれは、俺と同じような――」
俺は息を飲み込む。
「――いや、まだ見えないな」
会話を中断して、凶鳥面の額を人差し指でコツコツと小突いて深く思考する。
不滅の秘密。その片鱗を垣間見えた気がするが、ただの妄想かもしれない。妄想ではないと立証するためには実戦で確かめるしかない。確かめるにしても方法はあるのか。
『あの、キョウチョウ?』
俺の熟考を読み取った訳でもないのに、アイサが可愛いらしく手を挙げて提案する。
『僕の目を使えばどんな謎も分かると思うけど、どうかな?』
「はぁっ、はぁっ、はぁ」
アニッシュは走っていた。追走してくる巨大なミノタウロスから逃れるために息を切らしても走っていた。
「どうしてっ、はぁっ、はぁっ、追い付かれる?!」
第八層の純正な迷宮区を走り回っている。どこを逃げているのかもう分からなくなっているが、それでも、アニッシュはがむしゃらに逃げている訳ではない。巨体モンスターでは追撃できない狭い道を優先的に選んでいる。
しかし、何故か蹄の足音は遠ざかってくれない。
「余はっ、もう分からない。余はっ、逃げられないのかっ。逃げたって、もう余はたった一人で、うぅ」
少年のアニッシュが体を斜めにしないと通れない小道。そこからようやく抜け出るが、滲む視界に足をもつれさせて倒れる。
待っていたかのごとく頭の高さを巨大な斧が通過していき、壁と衝突して粉砕。迷宮に新たな広場が誕生した。
「……なんと、逃したか」
「ああああああぁッ!!」
叫ぶアニッシュはまた走る。
数分経過後、限界まで走り続けて、今度はスタミナ切れで倒れ込んだ。頭から倒れて床を滑る。
どうにか滑り込んだそこは袋小路だ。光るコケ植物が少ないため酷く暗い。
「はぁ……はぁ……余は、グウマを失った。スズナを失った。キョウチョウは見捨ててしまった。そんな臆病者に、助かる資格はないのだ」
転倒したままの体勢で、アニッシュは動けない。スタミナが切れたという免罪符があるのにどうして動けるだろう。心はとっくの昔に折れている。このまま倒れていれば望み通り、ミノタウロスが迷宮のゴミとして処理してくれるというのに。
アニッシュはもう動けない。
「うぅ……余はぁ、はうアぁっ!?」
……アニッシュの懐で薄い物体がバイブレーションしなければ、ずっと倒れていたはずだ。
『お前ッ! いつまで待たせる気だ! 一週間ごとに連絡しろ!!』