8-12 吸血鬼化した巫女
GWでストック切れて、仕事が忙しくて更新遅れております。
『不味い。でも渇いた。血が渇いて痛い。でも不味い。ごめんなさい。でも血が飲みたくて仕方がなくて。ごめんなさい。ごめんなさい。でも不味くて痛くて』
俺はリセリが生きていた事以上に、リセリの変貌に驚く。
異世界の聖職者らしきリセリが、必死に謝りながら仲間の死体に歯を立てている。禁忌の光景だ。
彼女のウエーブの強い銀髪は血に浸り、赤色に変色している。
彼女のキラキラした瞳は充血し、赤色に変色している。
墓場で死霊を見かけたとしても、今のリセリ程の忌避を感じないはずだ。正常な人間だったリセリが猟奇的行動に走っているからこそ、目を背けたくなってしまう。
『ひぃっ、あの人、何しているの??』
「見た通り、血を飲んでいる。……アイサ、彼女に『鑑定』を使ってみてくれ」
リセリの変貌の原因。同じ奇行に及んだ経験のある俺は、簡単に直感できた。
答え合わせのために、アイサにリセリのパラメーターを確認させる。
『わっ、分かった。『鑑定』発動』
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“●レベル:7”
“ステータス詳細
●力:3 守:2 速:2
●魔:17/17
●運:25”
“スキル詳細
●レベル1スキル『個人ステータス表示』
●巫女固有スキル『神楽舞』
●巫女固有スキル『浄化』
●巫女固有スキル『祈祷』
●巫女固有スキル『神託』
●実績達成スキル『吸血鬼化(強制)』”
“職業詳細
●巫女(Bランク)”
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“実績達成ボーナススキル『吸血鬼化(強制)』、化物へと堕ちる受難の快楽。
本スキル発動時は夜間における活動能力が向上し、『力』『守』『速』は二割増の補正を受ける。また、赤外線を検知可能となる。反面、昼間は『力』『守』『速』が五割減の補正を受ける。
吸血により、一時的なパラメーターの強化、身体欠損部の復元が可能。
一方で、吸血の必要もないのに一定周期で生血を吸いたくなる衝動に駆られ、理性を失う。生血を得れば衝動は一時的に治まるが、依存性があるため少量摂取に留める必要があり。
吸血鬼化の進捗度は、直射日光に対する精神疾患で把握できる。
症状の深刻化は吸血量によるが、初期状態でも長時間の日光浴により深度ⅡからⅢ度の熱傷を負う。要するに、夜に生きろという状態”
“実績達成条件。
実績というよりも呪いという方が正しい。ある魔王に吸血された実績により、人間性を大きく失いかけている。スキルによるメリットよりもデメリットを憂慮すべき。
なお、実績達成のためには童貞、処女である必要がある。リア充、死霊化しろ”
“≪追記≫
強制スキルであるため、解除不能。解除したければ、呪いを授けた魔王を討伐する以外に方法はない”
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『『吸血鬼化』のスキルがあるよ』
「やっぱり吸血魔王の仕業だ。リセリは吸血魔王に血を吸われた」
リセリは奇跡的に生き残った代償に、どうしようもないバッドスキルを植え付けられてしまった。
今のリセリは焼け付くような喉の渇きに思考のほとんどを奪われている状態だろう。吸血魔王に襲われてからの数時間、拷問に等しい吸血衝動は精神力で耐えられるものではない。
死体には新鮮な血は流れていない。生血でなければ吸血衝動は収まらない。
一向に潤わない喉の渇きに、リセリは心を破綻しかけていた。
『ごめんなさい。ごめんなさいって謝っているのに、どうして、収まらないの?』
リセリは死体の首に噛み付くのを止めて、頭を上げる。それでようやく俺とアイサに気付いた。
『あっ――生きた血ッ』
俺を個人として認識できなかったが、生血の塊がすぐ近くにいるとリセリは気付いた。
リセリは顔を喜色に染め、即座に立ち上がり、腕を伸ばす。低レベルながら恐ろしく素早い行動だ。
『血、血をッ、この私に!』
『キョウチョウ、危ない!』
犬歯を伸ばしたリセリが俺に迫る。
アイサはナイフを鞘から抜いてリセリを排除しようと動く。が、俺はアイサを片腕で制した。
「いや、動かなくていい。好きにさせろ」
もう一本の腕を胸の前に構える。鷹匠が鷹を腕に止らせるような体制で、リセリが噛み易いようにしてやる。ゾンビのように掴みかかるリセリから逃げないように、全身に力を込めた。
『がッ、血ィ、ああ、なんで。こんなに不味いのに美味しくて……うぅ』
腕に噛み付かれる鋭い痛み。血液が体外へど吸い出されていくむず痒さ。
医療行為だと思えば決して耐えられない苦痛ではない。
『ごめんなさい。うぅぅ。ごめんな、さい』
謝りながらもリセリは吸血を止めようしない。砂漠でオアシスを発見した迷い人のように喉を癒していく。
「一気に飲むな。『吸血鬼化』が重症化する」
『うぅ、うぅぅ。こんなにも美味しいなんて、この私は、巫女職なのに』
「……曲りなりにも世話になった礼だ。飲め」
俺だけが世話になった訳ではない。俺だけが見捨てた訳ではない。
だから、俺がリセリに礼をする必要はないと思うのだが、リセリを見捨てる気分にはなれなかった。
数分後。血を嚥下し終えたリセリは腕から手を離す。『吸血鬼化』の衝動が収まった証拠に、犬歯も短くなっていく。
『…………こんな私を助けていただき、ありがとうございます』
助けたといっても一時的なものだ。『吸血鬼化』スキルを克服できない限り、リセリは再び血を求める。モンスターと同じように人間を襲うようになるだろう。
『でも、もう生きていく自信がありませんッ』
そんな自分が殺したい程に情けない。『吸血鬼化』スキル持ちの俺だからリセリの次の行動が共感でき、予見が可能だった。
リセリは護身用の小さなナイフを取り出すと、首を掻っ切ろうと握り締める。装甲板入りの前掛けがなければ心臓を狙ったかもしれない。
「俺が自信たっぷりに生きているように見えるのか?」
リセリの手をナイフごと握り込んで停止させる。パラメーター差が大きく、簡単に自殺を制止できた。
……止めてから思う事ではないだろうが、こんなお荷物抱え込んで俺はどうするつもりだ。