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遅れて来た三人

「もうちょっと!次よ次!」みんなの楽しげな声に割り込むように、綾香が叫んだ。「あたしも入れて!ずるいわよ、あんた達だけ楽しんで。次やろう!」

みんな、顔を見合わせる。

京介が困ったように微笑んだ。

「まあ、今のは勝負って言ってもあんまり深く考えずに先へ先へ進めたゲームだったし。これで、知らなかった人もちょっとは分かったかな?」

梓が、渋々といった風で頷く。ほずみは、隣りで目を輝かせて頷いた。

亜里沙が、身を乗り出した。

「私も、見てて分かった感じ。次は、きっと何か発言出来ると思うわ。」

すると、恵が言った。

「吊られてないからショックもないんじゃないか?オレがどれだけ亜里沙にみんなの意識が行かないように苦労してたか知らないで。」

すると、梓が何度も頷いた。

「吊られるとか、襲撃されるのって、思っていた以上に、ショック。いくらゲームだって言っても、やっぱり自分が切り捨てられたのかと思うとなあ。」

京介が苦笑した。

「そういうゲームだからね。でも、嫌なら見てるだけでもいいよ?参加しようって子だけ、こっちに座って。」

博正が、何が楽しいのか笑って軽快に役職カードを切りだした。

「じゃ、今度こそオレ、進行役オンリーで。座って座って。」

美沙もそれを聞いて、新しいゲームにわくわくしながら、ソファに座った。

もし人狼が当たったところで、今度はうまくやれるような気がして来る。こんなに気分が沸き立ったのは、どれぐらいぶりだろう。

美沙のようにさっさと座った子も居たが、迷いながら着席する子も居て、みんなが座るまで時間が掛かった。

外は、もう暗くなって来ている。

時計を見ると、5時を過ぎていた。

今日は、もうこのまま仕事なしだろうか…給料減らされたりしないだろうか、と美沙が心配し始めた時、何の前触れもなく、部屋の扉が勢い良く開いた。


窓の方を向いていた博正以外、全員が窓に背を向けてソファに座っていたので、その瞬間は嫌でも目に入った。

入って来たのは、大きなバックパックを背負った小柄な日焼けした女の子と、サラサラとした黒髪の前髪をセンター分けにした背の高い、不機嫌そうな顔の男性、それに手にボストンバッグをさげたスポーツ刈りの、筋肉隆々な強面の男性の三人だった。

さっきの、いかにも紳士を作っていた、案内の男は居ない。

みんなが呆然として見ていると、奈々美が弾かれたように立ち上がった。

「杏子!」

小柄な女の子が、奈々美を見て嬉しそうにパッと顔を輝かせた。

「奈々美!なんだ、みんな来てたの?もしかしてあたし、遅れた感じ?」

ふと見ると、杏子の左腕にはもう、腕輪がしっかりついていた。

それに気付いた美沙が他の二人も見ると、やっぱり同じように腕輪をつけていた。

センター分けの男性が進み出て言った。

「オレ達も確かにこの時間だって知らせを貰ってたんだが、遅れたことになってるみたいだ。船を降ろされて、この腕輪を着けろと言われて、その後ここへ行けと言われたんだが、ここの責任者は居るか?」

京介が、立ち上がった。

「いいや。ここには居ない。オレ達も、ただ待っているように言われたんだ。君たちが遅れてるからって。」

相手の男は舌打ちをした。

「どうなってる。確かに時間は間違ってなかったのに。」

すると、今まで呆然と見ていた綾香が、すっと立ち上がった。

「とにかく、来たんだからいいじゃない。喉渇いてない?あっちにキッチンがあって、飲み物も食べ物もたんまりあるわよ。荷物はその辺にまとめて置いてるの。あなた達が来るまで待てと言われたから、もう説明に来るんじゃないかしら。そんな所に立ってても、しょうがないわよ。」

三人は顔を見合わせたが、言われた場所に自分のカバンを置くと、こちらへ歩いて来た。

みんな、場所を開けて真ん中辺りに座れるようにした。

きっと、これから自己紹介とかあるんだろうから、みんなに顔が見えた方がいいだろう、と無意識に思ったようだった。

美沙は邪魔をされたことには腹が立ったが、これでメンツが増えた。きっと、またゲームで仲良くなれるはずだ。

そんなことを思いながら、黙って見ていると、京介が言った。

「じゃあ、簡単に自己紹介を。オレ達は、後からするんで、君たちのことを先に聞いていいか。」

センター分けの男性が、頷いた。良く見ると、結構美形だ。整った顔立ちで、とても唇が薄かった。

「オレは、大井真司(おおいしんじ)。普通に会社員だったんだが、辞めて今は職探し中でね。失業保険だけじゃ飲み歩くのも出来ないし、このバイトに応募した。」

博正が、首をかしげた。

「腕輪の番号は何ですか?」

「番号?」大井真司は、腕輪を見た。「ああ、これか。4だ。これが何か意味があるのか?」

京介が、頷いた。

「それで健康管理をしているらしい。心拍とかが、画面に出るんだよ。」

真司は、眉を寄せた。

「…まるで実験動物だな。」

確かにそうかも。

美沙は思ったが、これも過酷な仕事から従業員を守るために仕方がないのだろう。

隣りの、強面の男性がみんなを見た。

「オレは山辺大樹(やまべだいき)。大学三回生。まとまった金が欲しいから応募した。番号は3。」

突き放すような感じだが、悪気はないようだ。

きっと、普段からこんな感じなのだろうことが、にじみ出ていた。

顔を覗き込んでいた、その隣りの日焼けした女の子が、弾かれたように立ち上がった。

「私は、伊藤杏子(いとうきょうこ)です!大学二回生、奈々美と同じ。一緒に旅行に行きたいなって、このバイトに応募したんです。番号は、2。よろしくお願いします!」

杏子は、ぺこりと頭を下げた。

前の二人があまりにも愛想が無かったので、杏子の元気さはかなり浮いて見えた。

それでも、本人は気にしている様子は無い。むしろ、来たばっかりで何が楽しいのか、楽しそうに満面の笑みを浮かべていた。

きっと、仕事も跳ねるようにすいすいこなすのだろうな、と美沙は思って、何やら古い記憶がどっと心の奥から湧き上がって来た。

自分は、こんな天真爛漫そうな、くるくるとよく動く子を知っている。

そして、そんな子を鬱陶しく毛嫌いしていたことも…。

でも、どうしてだったっけ。

それは、思い出せなかった。

ただ、こんな感じの子は、嫌い。

生理的に…そう、生理的に寄せ付けない感じ。

でも、それも二週間のことか、と、美沙は無理に嫌な気持ちを押さえつけ、蘇えりかけた記憶を奥へと沈めた。

なんだか、思い出したくないような気がするのだ。

嫌な何かに、気付いてしまいそうで…。


その後、皆がまた一人一人自分の名前と学年、番号を言い、その後京介が、あの案内の男から聞いたことを三人に手短に説明した。

外はもう、暗くなっていたが、それでもまだ、誰もここへは来なかった。

…このまま、夜になってしまうかも。

美沙は、さすがに寝る場所もないのはどうだろうか、と心配になった。

こんなに長い間放って置かれるとは思っていなかったので、段々気力も萎えて来る。出来たら部屋を振り分けてもらって、今日は表向きの自分はもう脱いで、寛ぎたかった。

さっき、男子がみんなで扉を開こうとしたけど、この三人が入って来た時、あんなにすんなり開いていた扉が、今はびくともしなかった。

夜になった途端、窓の外に見えていた海を遮断するかのように、自動的にシャッターが下りて来て、外も見えなくなっていた。

試しにテレビのリモコンを押して、いろいろとチャンネルを変えてみたが、何も映らなかった。

完全に、外界から遮断されたような状態になっていたのだ。

「…いったいどういうつもり?監禁?」

綾香が、キッチンから持って来たデニッシュの包みを開いて、ぱく付きながら言う。あまり深刻には聴こえないので、恐らく冗談か何かのつもりなのだろう。

しかし、それに伸吾が激しく食いついた。

「そうだよ!きっと監禁なんだ!それで、オレ達の親にまとめて高額の身代金を…」

「親って、そんな金持ちかよ?」武が、呆れたように言う。「こんなにまとめて誘拐するリスクったらないね。こんなに金をかけたような場所なんだ、もしも監禁だったとしても、絶対に金目的じゃないね。」

京介が、同意した。

「オレもその通りだと思う。単に何かの準備に時間が掛かってるだけじゃないか?」

綾香は、つまらなさそうに足をソファの肘掛の上に乗せて、まだデニッシュを食べながら言った。

「ねえ、まだ時間が掛かるんなら、さっきの続き。あたし、まだ一回も参加できてないのよ?あんた達だけ楽しんでさ。」

後から来た三人が、問いかけるような視線を綾香に向けた。

京介が、苦笑しながら言った。

「人狼ゲームさ。ここに、カードがあったから、暇つぶしにしてたんだけどね。」と、綾香を咎めるように見た。「綾香さん、もうちょっと待って。この状況が何なのか分かってから、やりましょう。それどころじゃないでしょう。このままじゃ、寝る所もどうなるのか分からない…」

そこまで京介が言った時、何かのアラームのような、安っぽい電子音が、幾つも重なって聴こえて来た。

どこから聞こえているのだろうと耳を澄ませると、それは、みんなが一個ずつつけている、腕輪から鳴っていた。

「ここ!」と、光が小さな液晶がついている横の、黒い網目になっているグリットの部分を指した。「ここから鳴ってるよ!」

そして、音は唐突に止んだ。

みんなが固まって自分の腕輪を見つめていると、そこから全く同じ声が、同じように聴こえて来た。

つまりは、同じことを一斉に送信しているのだろう。

『大変お待たせ致しております。お客様のご到着が遅れており、こちらの準備も進んでおりません。』

みんな、顔を見合わせる。その声は、まるで駅や電車の中で聞く、機械的でありながら明るい口調の、それでいて感情のこもらないこの場の雰囲気すら読めないような、そんな声だったのだ。

その声は、場違いな女声で続けた。

『皆様にはお手数をお掛け致しますが、明日の夕方までこちらで待機をお願い致します。なお、既に業務が始まっているとみなされております。お支払いする額は変わりませんので、ご安心ください。』

美沙は、それを聞いてホッとした。こうしてここでじっとしているだけで、お給料が支払われるなら安いもんだ。あちらの手違いとか、ラッキーだと思っていた。

ただ、ゆっくり休みたかったけど。

『お待ち頂く間に、テレビ画面で、腕輪の使い方についてのビデオが流されます。一時間の間繰り返し上映されますので、その間に使い方をマスターしましょう。腕輪を満足に操作出来ないと、命に関わる恐れがあります。しっかり覚えて使いこなしてください。それでは、以上です。』

ぷつん、と小さな途絶えるような音がした。

命に関わる、という言葉が、美沙の心に衝撃と重さを与えていた。いったい、何をさせられるのだろう。猛獣の世話とかだろうか。それとも、客が猛獣張りに面倒な奴らなんだろうか。

パッと、テレビの画面が明るくなった。

『それでは、腕輪の使い方をご説明致します。』

みんなは、一斉にテレビ画面の前へと我先に向かった。

真司だけが、ちっ、と舌打ちしてから、後から皆の輪の後ろへと歩み寄った。

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