チュートリアル4
夜行動の時間がやって来た。
光は、納得出来ないままに、博正に促されて綾香や死んだ皆の居る席へと移った。
それでも、一切の会話は禁止されているので、みんなじっと黙っている。
美沙は、居心地悪さを感じながらも、目を閉じた。
そうして、今夜も、気が進まないならも京介を護衛先に選んだ。
「では、皆さん、目を開けてください。」
皆が、目を開く。博正は言った。
「昨夜犠牲になったのは、梓さんです。」
梓は、明らかにショックを受けたようで、目に涙を溜めて、それに気づかれないように下を向きながら、カードを博正に渡してキッチンの方へと逃げるように向かった。飲み物を取って来る、と小さなささやき声が聴こえたが、答えは求めていないようだったので、誰もそれには答えなかった。
あの子は、人狼ゲームには向かないな…。
美沙は、そう思いながらその背中を見送った。
「では、話し合いの時間です。どうぞ。」
京介が言った。
「占いの結果を言う。ほずみさんは、村人だった。」
美沙は、顔をしかめた。
「どうしてほずみさんを?もっと他に占う人居たでしょう。共有者だって言ってるのに。」
京介は、無表情で美沙を見た。
「本人がそう言ってるだけで、本当がどうか分からない。オレには、誰かを庇っているように見えたんだ。光が、嘘を言ってなかったと思ったから。」
伸吾が、割り込んだ。
「でも、村人だからってほずみさんが嘘をついてないって保証はないんでしょう?もしかしたら、狂人かもしれないし。」
京介は、頷いた。
「そうだ。オレもそう思った。」
ほずみは、戸惑ったような顔をした。
「でも、私は共有者です。」
美沙は、じっと考えていた。でも、おかしいような気がする。
「でも…だったらなぜ、人狼はほずみさんを襲撃しなかったのかしら?だって、共有者でしょう。村人が確定してるんだし、人狼としては、グレーな子達を残して、そこに紛れたいって考えるんじゃないの?」
伸吾が、考え込むような顔をした。
「確かに…ほずみさんは、誰を庇ったことになったんだろうな?」
それには、麻美がためらうように言った。
「恵さん…みんなで光を責めてたのは、恵さんを攻撃してた京介さんと光が結構きつく恵さんを疑ってたから。他のみんなのことも、二人が結構責めて吊られるようにしてたように見えたから…私もむきになっちゃって。」
恵が、横から言った。
「オレは村人だからな。呪殺がなければ、オレだって京介さんと光が人狼だろうなって思ったよ。」
「でも、ほずみさんは生きてる。」美沙は言った。「狂人だと思ったからじゃない?あのタイミングで、カミングアウトしたからこそ、昨日は光が吊られたんだもの。」
麻美は、呆然と目を丸くして何かを考えている。口が開いていて、何だか見えない何かを見つけて呆けて見ている子供みたいだ。
「待って、じゃあもう一人の人狼って誰かしら…」と、口を押さえる。「え?美鈴?」
美鈴は、驚いたように麻美を見た。
「何で?!何で私よ?!」
「そうよ!」美沙が言った。「だって、あれだけ黙ってたのに、恵さんが疑われたら、たくさんしゃべってたじゃない!」
京介が、眉を寄せた。
「決まりだな。じゃあ、今日は美鈴さんを吊って、今夜はオレは恵さんを占おう。まあ、もしかしたら麻美さんが人狼で、芝居をしてるって事もありかもしれないけど、分からないから。」と、博正を見た。「今日は、もうこれでいい。先へ進めてくれるか?」
「ちょっと待って!」美鈴が叫んだ。「どうして私なの?麻美だって、一緒に庇ってたじゃない。いいえ、むしろ麻美の方が、数段強く言ってたわ!そうして、疑われそうになって、私に罪をなすりつけてるのよ!」
麻美は、首を振った。
「違うわ!私はあなたの意見に乗っただけじゃない。吊られそうになってからそんなことを言っても、遅いと思うけど。」
京介はまた、肩をすくめた。
「とにかく、今夜君だよ、美鈴さん。これはゲームなんだ、君だってほかのみんなに投票して、あっちへ」と、黙ってゲームを見守る6人と綾香を見た。「送ったんだからね。そんなにむきにならないで、次のゲームでは、きっと勝てるよ。」
携帯の音が、ぴぴぴぴと鳴る。博正が、言った。
「では、投票の時間です。いっせーのーで、」
皆の手が、上がった。
恵の手さえも、美鈴の方を向いていた。
美鈴は、黙ってカードを置くと、吊られゾーンへと移動した。さっきキッチンへと行った梓も、もう戻って来て同情気味な表情で美鈴を見ている。美鈴はそんな梓に苦笑して首を振って見せると、その横へと座った。
夜行動があり、朝が来る。
博正は、言いたくなさそうに言った。
「…今日の犠牲者は、美沙でした。」
美沙は、胸を押さえた。やられた…やっぱり、しゃべりすぎたのかしら。
うっかりヒートアップしてしまった自分に後悔しながらも、カードを博正に渡して、殺され組に合流する。
光が、小声で美沙の耳元に言った。
「ごめんな、ほんと。このゲームって、つい本気になっちまう。」
美沙は、軽く笑った。
「お互い様。」
まだ生きているみんなは、ソファに座って真剣な顔をしている。美沙は、殺されてホッとしている自分に、変な感じ、と自嘲気味に笑った。
「恵さんを占った。」京介が真顔で言った。「人狼だった。だから、きっと美鈴さんも人狼だったはずだ。」
すると、伸吾がホッとしたように肩の力を抜いた。
「じゃあ、今日恵さんを吊ったら終わりだね。違っても、多分麻美が人狼だろうし。」
隣りの麻美が、怒って言った。
「私は人狼じゃない!」
京介は、首を振った。
「そうでないと困るんだ。もしも美鈴さんが人狼で無かった場合、まだこの場に二匹の人狼が居るってことになる。一人を殺しても、もう一人が残る…多分、狂人と一緒に。」
伸吾は、みんなを見回した。
「え、じゃあ…投票で、ややこしくなるんじゃあ。」
京介は、頷いた。
「そうだな。今居るのは、村人四人と人狼一人、狂人一人のはず。最悪の場合だと、村人三人、人狼二匹、狂人一人。今夜吊られて噛まれて二人減って、村人二人、人狼一匹、狂人一人になったら、残った村人が頑張らないと、無理だ。普通は奇数が残るんだが、初日で狩人が護衛に成功してるからな。」と、ぽんと膝を叩いた。「さ、じゃあ投票だ。これで、きっと終わりだろう。そう思おう。」
博正が、進み出て携帯を持った。
「もういいですか?」恵も、何も言わない。博正は、頷いて時計を止めた。「では、投票します。いっせいーのーで。」
皆の腕が、真っ直ぐに恵を指した。恵は、京介を指していた。
こちらで、ごくり、と美沙が喉を鳴らす。
博正が、手を叩いて言った。
「おめでとうございます!人狼を根絶しました!村人側の勝利です!」
わあっと、皆が立ち上がった。
やっぱり、恵と美鈴が人狼だったのか。
美沙は、ゲームをしていたソファの方へと、皆と一緒に歩いて行きながら言った。
「ああ、なんだか久しぶりにしたから、勘が鈍っちゃってたわ。でも、面白かった!」
すると梓が、ほずみの横へ戻りながら、ふて腐れたような顔をした。
「初心者にはきついわよ。何だか、騙し合いみたいなんだもの。」
京介が、それを聞いて笑った。
「みたい、じゃなくて、騙し合いなんだよ。でもゲームなんだからさ。本気で怒ったりしてたら、身が持たないよ。」
翔が、博正に寄って行って聞いた。
「それで、役職は何だったんだ?全部言ってくれよ。」
博正は、皆を見回した。
「オレが言うより、本人達から言った方がいいんじゃないか。ちなみにオレは、やっぱり村人だよ。」
京介が言った。
「オレは真占い師だ。」
伸吾が言う。
「オレは村人。美沙は?」
「狩人。翔を守ったよ。それから守ってやってるのに、京介さんったら疑いをかけるようなこと言うんだもん。」
京介は、声を立てて笑った。
「ごめんごめん。何だかいらいらしてるようだったからさ、意地悪したくなったんだ。」
伸吾が言った。
「オレ、村人。武はやっぱり、真霊能者?」
武は、ぶすっとして頷いた。
「誰も信じちゃくれなかったがな。オレ霊能者、よく当たるんだよ。すぐ吊られるから、黙ってたのに。」
奈々美が言った。
「私は狐。無理だって思ってたから、いっそ出ちゃえって思って、占い師騙ったらあっさり呪殺されちゃった。」
亜里沙が、ふーっと息をついた。
「私、聞くのも見るのも初めてだったから。話をふられたら、どうしようかと思っちゃった。でも、みんな何も言わないでくれたから、黙って見てたよ。村人だったしね。」
美鈴が、がっくりと肩を落とした。
「私は人狼。思わず恵さんを庇っちゃったから、そこからバレちゃって。難しいよね、ほんと。久しぶりだったから。」
麻美が、頬をぷーっと膨らませて美鈴を見た。
「すっかり騙されちゃったじゃない!私、村人だったのにさ。みんなに疑われて。でも、自分の無実を分かってもらうって難しいんだね…初めて知ったよ。」
翔が、笑った。
「オレは共有者。相方は、光で間違いないよ。」
光が、むっつりと皆を見回した。
「だから、オレが共有者だってあれほど言ったのにさ。」
梓が、ためらった顔をした。
「え…じゃあ…。」
隣りの、じっと黙っているほずみを見る。ほずみは、険しい顔をしていたが、ふっと力を抜いて、微笑んだ。
「あ~ほんとに、緊張したー。私、狂人って書いてあって、話を聞いてるうちに、狂人は人狼の味方をしなきゃならないんだって分かって…霊能者も占い師ももう出てしまっていたし、共有者ならって思って。思い切って言ってみたの。」
梓は、あからさまにショックを受けたような顔をした。
「そんな…私が村人だったから、絶対ほずみも村人だって思ってた…。まさか、あんな嘘が言えるなんて。」
ほずみは、梓に笑いかけた。
「だって、ゲームでしょう?勝たなきゃならないって思ったし、どうにかして役に立たなきゃって思って。」
恵が、微笑んで頷いた。
「充分、役に立ったよ。みんなあれで、混乱してたしね。お蔭で命が延びた。」
ほずみは、恥ずかしそうに笑った。
「良かった…。」
美沙は、みんなを見回した。
ほんの数時間前まで、他人行儀だったのに、今では旧知の友達のように、思い思いに話をしている。
時間を一緒に過ごすうちに、お互いにファーストネームで呼ぼうと決めたのに、遠慮があってぎこちなかった感じが、今はもう、消えていた。
美沙自身も、クラスメートのことはみんな、博正以外は苗字に「さん」付けで呼んでいた。それが、ほんのちょっと一緒に遊んだだけで、すっかり昔からの友達みたいだった。
なかなか打ち解けられなかった教室での自分が、嘘のようだと美沙は思った。ここに居ることが、楽しくてたまらなかった。