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チュートリアル1

あれから、何時間経っただろう。

もう、日は傾いて来ていた。

到着したのは、確かまだ朝の10時頃だったと思う。部屋の贅沢な金色の置時計が時を打ち、今が四時だと告げていた。12時を過ぎた頃、皆冷蔵庫から思い思いの冷凍食品を出して来て暖め、食事を取った。なのに、また少しお腹が空いて来たのか、高校生の男子達はキッチンからたくさんのパンやらお菓子やらを出して来て、ガツガツ食べていた。

それを見ていると、美沙も食べたくなって、キッチンでコーヒーを入れて来ると横からそれを少し摘んでいた。

綾香が、窓から少し離れたソファで死んだように口を開けて眠っているのが見える。

みんなが思い思いの飲み物を持ってソファに腰掛け、雑談をしているうちに、何となく一人一人のことが分かって来た。

まず綾香は、別に場を荒らすような人ではないことが判明した。

何でもこれから二週間、アルコールを絶たなければならないので、昨夜はオールナイトで飲み歩いていて、一睡もしていなかったらしい。

毎夜の晩酌を欠かさない綾香にとって、それは大変な覚悟であったようで、昨夜は飲めるだけ飲めと、友達とそれは飲んだのだそうだ。

そのお蔭で船には酔うし、暑いのでアルコールの力も手伝って喉は渇くし、とっとと何か飲んで寝たかった、というのが本音だったようだ。

社会人組は、有給を取ってまで、こうしてこのバイトに参加して来たのだと言う。亜里沙と恵は同じ会社だが同じ高校から就職した幼馴染で、奈々美は海外旅行費用を、恵は新しい車の購入費用の足しにと、これに参加することにしたらしい。

みんな、それぞれバイトが終わった後のことを話しながら、話に花を咲かせていて、もうこんな時間になってしまっていたのだった。


会話もなくなり、当然のこと携帯も全くの圏外で繋がらないので何もすることがなく、誰かが黙りこくっているのを見た誰かが黙り、そうして皆が連鎖反応のように黙ったまま、シーンとした部屋で、綾香の寝息だけが規則的に遠慮なく聴こえて来る。居心地悪くしていると、辺りをうろうろとしていた京介が、暖炉の上に何かの箱を見つけて、言った。

「暇つぶしの道具なんか、何にも無いと思ってたのに。」京介は、ソファの前にあるテーブルの上に、その箱を置いた。「ほら。カードゲームだ。」

その箱は、真っ黒だった。

そうして、正面には赤い狼のシルエットが描かれている。

それだけだった。

「狼の柄のトランプですか?」

美沙が、言ってみた。すると品川伸吾が進み出て、箱からカードを取り出す。一枚ずつ繰って見ていたかと思うと、首を振った。

「違うな。これは、人狼ゲームのカードだよ。」

「人狼ゲーム?」

ほずみが、不思議そうに言う。今度は、梓も黙っている。きっと、知らないのだろう。

だが、美沙は知っていた。従兄弟同士で集まった時、年上の子達が教えてくれた。自分は一度も勝てなかったが、これは騙しあいのゲームだ。

京介が、伸吾からカードを受け取った。

「…やってみる?」と、カードをパラパラと弾いた。「ちょうど18枚。だけど三人来てないし、一人寝てるから、14人か。四枚カードを抜いたら、出来るよ。」

「はいはーい!オレ、ゲームマスターする!カード配らせて。」

京介が、苦笑しながら博正にカードを手渡した。

「いいけど、だったらカードは13枚にしなきゃ。人狼は何人にする?」

博正は、小さなテーブルの上にカードを役職別に分けて置いた。

「ええっと、あれ?他に役職ないんだね。人狼が3枚、占い師1枚、霊媒師1枚、狂人1枚、狩人1枚、共有者2枚、狐1枚、ほんでもって村人が8枚しかない。本当は、もっとあるんだよ、猫又とかさ。」

「18人ならそんなもんだって、誰かが気を利かせて選んで置いてったんじゃないのか?」

と、川原翔。声が野太いので、すぐに分かる。博正は言った。

「でも13人でするんだし。じゃあ、まあ人狼減らそうか。」

「狐もな。」井坂武が言う。「村人がどうしたって勝てなくなっちまう。」

博正は、渋々そのカードを避けた。

「これでいい?人狼2、占い師、霊媒師、狩人、狂人1、共有者2。後は村人。」

「5人か。そんなもんじゃないか?」

武が、他のみんなに同意を求めて視線を送る。知っている者は頷いたが、知らないらしい梓とほずみ、それに品川伸吾が不安そうな顔をした。

伸吾が言った。

「ちょっと、オレ知らない。見てるんじゃ駄目?分かったら、やるから。」

博正が、ええ?!という顔をして伸吾を見た。

「お前、知らないの?でもさ、人数減ると面白くないし、やりながら覚えたらいいよ。」

すると、こっちから恵が言った。

「待ってくれ、亜里沙も知らないらしいんだ。村人ならいいけど、役職当たったらゲームにならないだろう?最初は、みんなの役職を見せた上で、こういう風にする、って教えながらやったらどうだ?」

博正は、京介の方へ視線を送る。京介は、頷きながら言った。

「いいよ、そうしよう。時間はまだあるみたいだし、退屈しのぎにはなる。」

「じゃ、あたしも入れて。」後ろから、いきなり声がして驚くと、綾香が起きて覗き込んでいた。髪はぼさぼさで、化粧も結構落ちていた。「その、チュートリアルみたいのが終わってからでいいわ。その間に、何か食べてるから。この人数でって面白そうよね。」

「え、綾香さん、やるの?だったら、狐も足そうか。」

博正が何やらぶつぶつ言っている。

「っんだよ、誰が狐っぽいって?!」

綾香が、博正の耳を指で摘んで、ぐいって引っ張った。博正は、大袈裟に悲鳴を上げた。

「いててて!違うって、人数だって!」

綾香は、パッと指を離した。

「ま、いいや。とにかく次から入るからね。」

綾香は、キッチンへと向かって行く。

博正は、引っ張られた左耳をさすりながら、言った。

「じゃあ、最初はルール説明をかねてやるので、役職は後で公表します。配るよ。」

博正は、カードを重ねて裏向けると、さっさと繰った。そうして、端から一枚ずつ配り始めた。

「これは、みんなの役職を決定するカードです。村人は人狼を全て吊ったら…処刑したら勝ち。人狼は、村人と同じ数まで生き残ったら勝ち。ちなみに狐は、最後まで生き残ったら勝ち。分かる?」

伸吾が、自信無さげに頷く。こっちから、京介が博正からカードを受け取りながら言った。

「つまりはね、これは村に人を襲う狼が紛れ込んだってストーリーなんだよ。昼間は人のふりをしているから分からないけど、夜になると、一人ずつ村人を襲って殺してしまうんだ。だから、村人は人狼の嘘を見破って、みんなで話し合って一日に一人ずつ、処刑して行く、っていう感じ。狐はね、狼が残っても村人が残っても、その時点で生き残ってたら勝ちなんだ。狼に襲われても死なないけど、処刑されたり、占い師に占われたりしたら、死んでしまう。」

全員にカードが行き渡った。ふと見ると、まだ博正の手に一枚カードが残っている。

「あれ?それは?」

「綾香さんの分。チュートリアルなんだから、別にオレが入ってもいいかなと思って。」と、そのカードを見た。「あ、村人だ。皆さん、自分のカード見たかな?本当は他の人のは、見ちゃいけないんだよ。人狼が2、占い師、霊媒師、狂人、狩人は1、狐は1で、他は村人って構成だよ。」

美沙は、自分のカードをそっと見た。いつもながら、この瞬間はドキドキする。

真ん中に、猟銃を持った男のシルエットが赤く描いてあり、その下に筆文字のような書体で、「狩人」と書いてあった。

狩人は初めて。

美沙は思った。いつも、占い師には一度だけなったことがあるけど、狩人に当たったことは無かった。狩人は、人狼から誰か一人を一晩、守ることが出来るけど、自分のことは守れないから、狙われたら最後なのだ。

なので、潜むのが定石だった。

「最初は、このまま行こう。」京介が言った。「何か出て来たら、その時に話す感じで。役職はまだ見せないで。」

それを聞いて、皆ぐっと自分のカードを胸に抱いた。博正が、苦笑した。

「ああ、オレ村人なのに。ま、いっか。じゃ、皆さん目を閉じて絶対に開けないでください。私に言われた役職の人だけ、目を開いてください。」

皆が、緊張した顔になる。そうして、ぐっと大袈裟なぐらいに目を閉じた。

いつの間にか、冷凍のスパゲティを暖めた綾香が、それを後ろでずるずる啜りながら、皆の様子を観戦している。

博正は続けた。

「では人狼の皆さん、目を開いてください。」

目を開いたのは、恵と、美鈴だった。二人は、人狼ゲームを知っているのだろう、お互いを無言で確認しあうと、頷き合った。

「では、目を閉じてください。次に、占い師のかた、目を開けてください。」

目を開いたのは、京介だった。博正はそれを確認して、頷いた。

「はい、では目を閉じてください。次に、共有者のかた…」

博正は、そうやって役職の確認をしている。美沙は、どきどきと自分の番になるのを待った。

「狩人の方、目を開いてください。」

来た!

美沙は、目を開いた。目の前で、博正が嬉しそうに微笑む。美沙は、思わず赤くなった。何でそんなに嬉しそうなのよ。そりゃ、あんたと人狼ゲームやっても、いつだって村人か人狼か、どちらかだったわよ。いつも、単独の役職もやってみたいなあと、こぼしていたけど。

それを博正は知っているのだ。

「目を閉じてください。それでは、これで全て確認を終えましたので、これから10分間誰を吊るのか会議です。皆さん、目を開いてください。」

みんな、一斉に目を開ける。夢から覚めたような感じだ。

回りを見回すが、誰が人狼なのか、皆目わからない。そりゃそうだろう、そういうゲームなんだから。

目の前には、博正の携帯が、ストップウォッチ機能でカウントダウンをしていた。

すると、開口一番、川原翔が手を上げた。

「はい!オレは共有者です!相方は潜伏でお願いします!」

そこで、博正が言った。

「共有者は、お互いにお互いが村人だって分かっている人たちです。つまりは、絶対に村人だってことです。相方を隠すのは、人狼がもしも嘘をついて占い師のふりをしていたとして、相方が人狼だと黒出しされた時、違うと主張出来るからです。ま、言葉で言っても分からないし、そのうち分かります。ちなみに、占い師は毎晩一人だけ、その人が人狼か人狼でないかと占うことが出来ます。人狼なら黒、人狼でないなら白です。」

梓とほずみがふむふむ、と頷いている。京介が言った。

「で、どうする?占い師カミングアウトさせる?吊られたらまずいだろう。」

すると、こっちから槌田光が言った。

「でも、もしも二人とか出て来たらどうするんですか?狩人が迷うでしょう。どっちが本物か分からないから。今なら、翔を守ったらいいけど。」

京介は、肩をすくめた。

「でも、これじゃ誰を吊るのか見当もつかないじゃないか。ちょっとグレーを減らせるかなって思ったんだけどな。」

奈々美が、言った。

「いいんじゃないですか、カミングアウトして。少なくても、私には覚悟が出来てます。」皆の視線が、奈々美に向かう。「私、占い師です。」

「ええ?!」

と隣りに座っていた梓が思わず声を上げた。私は苦笑した…だから、これはゲームなんだってば。

光が、呆れたように息を吐くと皆を見回した。

「それで?他には居ませんか。彼女が真占い師でいいですか?」

京介が、あーあ、と天井を仰いだ。

「先に行かれちゃったか。だが、オレが本当の占い師だ。」

梓とほずみが、きょとんとしている。すっかり、奈々美の方を信じていたようだ。人狼ゲームをしたことがないんだから、そうなるかもしれない。でも、先に言ったからって、本物とは限らない。

美沙は、二人を見比べた。どちらを守ったらいいんだろう。

翔が言った。

「じゃあ、二人ともオレが指定した人を占って、明日結果を教えてください。ええっと、奈々美さんは、武を、京介さんは…誰にしようかな…亜里沙さんでいいや。」

「そんな適当でいいのかよ。」

光が言う。翔は、むくれた。

「初日はこんなもんだろ?」

「で、今日は誰を吊るんだ?」

皆は、お互いの顔を見回す。困ったことに、本当に誰が人狼なのか、今の会話では全く分からなかった。

「仕方ないなあ。」博正が、手を上げた。「オレ、村人だし、進行人だし、今回はここで吊ってくれていいよ?」と、時計を見た。「もう、あと10秒だしさ。他の役職持ちのこと、皆に教えなきゃいけないんだし。」

そこで、博正の携帯が、時間が来たことを知らせた。

「それでは、投票です。皆さん、一斉に投票したい相手を指してください。いっせーのーで、」

博正の掛け声で、皆の手が一斉に上がった。

美沙は、光を指していたが、みんなは一斉に、博正を指していた。

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