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Master Key

椅子はたった三つだけになり、不必要に大きく見える楕円のテーブル前に、点々とあった。

美沙が1で楕円の長さが長い方の真ん中辺りに座っていて、光は13で楕円の長さが短い方の美沙に近い方寄り、梓は15で光の向こうひとつあけて隣りに座っていた。

美沙は、じっとポケットの中で博正の役職カードを握り締めて、祈っていた。

どうか、力を。

光が、私を信じてくれるように。

このカードを見せられたらいいのに。

そうしたら、光は信じてくれるのに。

だが、それはルール違反だった。

そんなことをしてしまったら、自分は追放されてしまう。

今この瞬間にも吊られて追放されてしまいそうだったが、それでも、最後に光には信じて欲しい。

自分は、嘘は言っていないのだ。

梓も、緊張気味に黙って座っている。光は、まだ迷っているようだった。美沙の顔も、梓の顔も見ようとはしない。

そんな三人の静けさを打ち破るように、シャッターが閉まって来る音がした。

5分前だ。

美沙は、カードを握り締めたまま、考えた。光に、信じて欲しい。この人狼カードを、吊られる瞬間に光に投げつけてやろうか。

自分が誤った判断をしたことを、そうやって知らしめてから地下へと沈んで行こうか…。

『10秒前です。』

テレビの、画面が着く。

みると、光は額に汗を光らせていた。

自分の判断次第で、どちらの陣営が勝つのか決まるのだ。

そのプレッシャーは、重く光にのしかかっているようだった。

『投票してください。』

美沙は、素早く15と打ち込んで0を三回押した。

見ると、まだ光はためらっている。

「早く!1を押すのよ!」

梓が、横から叫んでいる。だが、光は答えなかった。

まだ、確信がないのだ。

美沙は、どうにかして光に決断させたかった。

とその時、ポケットにカードの厚みを感じた。そうだ、これを…。

「光!」美沙は、光にそのカードを放って寄越した。「これを見て!」

カードは、テーブルの上を滑って光の前へと到達した。光は、それを凝視している。隣りでそれを見た梓が、叫んだ。

「あなた、何を…!」役職カードかと思った梓は、小さなそのカードを見て、首をかしげた。「…Master Key?」

『投票は終了しました。』

テレビから声がする。

画面には、パッと少ない投票先と、大きな数字…15が出ていた。

「そんな!」梓は、目を大きく見開いて光を見た。「私が人狼だって、あなた言ってたじゃない!」

「この、瞬間まではね。」光は、マスターキーを手に取った。「美沙は、嘘をついていなかった。君にはこれが何か、分からないだろう?」

『№15を追放致します。』

声が無情に告げる。梓は、叫んだ

「嫌よ!」梓は椅子から離れようと立ち上がった。「嫌よ!死にたくない!」

そこでパッと照明が落ちた。

すぐにガチャンという金属音が聴こえ、梓の悲鳴が遠ざかって行く。

「やめて!いやーー!!」

そうして、その声は消えた。

だが、まだ照明は復帰しなかった。

「…真っ暗の、まま…?」

美沙が言う。すると、光の声が答えた。

「終わったからかな。このまま、ここに取り残されるのか?それとも、オレが信じたものは間違いだったのかな?」

しかし、暗闇の中で、声が言った。

『おめでとうございます。人狼陣営の勝利です。それでは、皆様がお揃いの上で、この後のご説明を致します。』

光は、笑ったようだった。

「勝ったら真っ暗なんだね。」

しばらくして、また金属音が聴こえて来た。それが遠くから、何かが迫って来るようなモーターのウィーンという音と共に終わり、そうして、照明が復帰した。

眩しさに美沙が目を瞬かせると、目の前には、ぐったりと頭を垂れて気を失っている、真司と博正が椅子に腰掛けたままの姿勢で座っていた。

「ああ…!博正!」

美沙は、椅子から飛び上がるように立ち上がると、一目散に博正に駆け寄って抱きしめた。

…暖かい。

間違いなく、生きている。

美沙は、博正を揺すった。

「博正…博正、終わったのよ!私達、生き残ったのよ!」

「う…美沙…?」博正は、目を開いて、美沙の涙顔を見て、微笑んだ。「嘘泣きじゃないな…?もう、終わったのか。」

美沙は、頷いて博正に抱きついた。

「終わったわ!ああ勝ったのよ!」

光が、呆れたように立ち上がって、真司の肩を揺さぶった。

「全く、こっちの方が席が近いのに、博正のことばっかりじゃないか。ちょっとは真司さんも労ってあげなよ。頑張ったのにさ。」

真司が、目を開く。そして、回りを見て状況を把握し、息をついた。

「…終わったか。勝ったんだな。」

光は、頷いた。

「複雑だけどね。18人も居たのに、残ったのはこの四人だけだ。」

真司は、頭をはっきりさせようと首を振った。

「人狼陣営の勝利とは、こんなものだ。美沙から聞いたか?オレ達は30人のグループの中で勝ち残った人狼だったが、狂って死んだものや、副作用で死んだものが居たから、たった4人だけしか生き残れなかった。」真司は、肩を回した。「だが、村人達だって、みんな死んだんじゃない。ほとんどの人の救命に成功しているはずだ。人狼の襲撃を受けた子達すらね。」

光は、驚いて真司を見た。

「え…完全に死んでいたし、何時間もほったらかしだったのに?」

真司は、苦笑して頷いた。

「そういう実験の場だ。襲撃される前に薬品を投与し、襲撃の後どれぐらいまで救命が可能か調べている。」

テレビから、聞き覚えの無い男声が割り込んだ。

しかし、画面は真っ暗なままだった。

『我々の実験に参加してくれたこと、感謝している。今回の救命率は100%…と言いたいが、最後の15番は地下へと搬送の際に暴れたため椅子から落下し、薬品の投与が間に合わず今、瀕死なのでそうはならないかもしれないな。次からはもっと早くに薬を投与することを今、検討中だ。』

美沙が、言った。

「え…じゃあ、あの絶望的に出血した人たちも、助かったの?」

意外にも、声は答えた。

『助かった。あれぐらいなら、可能な範囲なのだ。しかし組織をめちゃめちゃにされると、復活させるのがまだ難しい。細胞を並べ替える薬品も、そこまで優秀ではない。今はまだ、開発中だ。』

声が応えることが分かった光が、矢継ぎ早に言った。

「じゃあ、みんな帰れるんだね?オレ達も、みんな、家に帰れるんだね?どこも具合も悪くならないで。」

その声は、答えた。

『最初の問いへの答えは、イエスだ。生きている者達は皆、家路に着くことが出来る。我々の研究は、殺すことではなくヒトを生かすことが目的だ。死んでしまっては己の無力を晒しているようなもの。だが早く人類に貢献するために、我らは急ぐ必要がある。違法と言われる行いも辞さない。ゆえに、ここでの記憶は改ざんされ、誰もここを記憶にとどめることはない。』

光は、真司と博正を見た。

戸惑っている。

「え、でも…この二人は、覚えてるのに…?」

それにも、声は答えた。

『その二人は、我々が作り上げた芸術品。完全に薬に適合し、狼になった後の思考能力も他の被験者よりも優れている。現にこの二人が参加しなかった実験では、人狼陣営はことごとく己を抑えることが出来ず、破綻して村人陣営が勝利している。我々の記憶改ざんのための薬も、この二人にはどうやっても効かなかった。なので、記憶をそのままに危険を承知で解放した。後の、観察をするためだ。』

真司は、苦々しげに言った。

「だから…オレ達以外の参加者達は、人狼でさえも何も覚えていなかったんだな。」

声は答えた。

『その通りだ。解放の後、他の被験者達の多くが外からの暴力的な刺激に耐えられず、尽く人狼化してヒトを襲う中、この二人は己の中の狼をうまくコントロールし、ヒトとしての姿を保ち、理性を保ち続けた。これほど成功した例は、他にない。がしかし』と、少し言葉を切って、続けた。『№1は意外な素材だった。今まで、女性の人狼は最初の投与でまず、生き延びることが難しかった。それなのに、経口での微量の投与をして置いたのが良かったのか、驚くべき適応力を見せた。あまつさえ、一人で襲撃も偽装工作もやってのけた。我らは引き続き、この三人を観察して行きたいと思う。』

博正が、叫んだ。

「オレ達は勝ったんだ!この体を元へ戻す薬を、くれるんじゃなかったのか!」

しかし、声は答えた。

『残念ながら、それを無効化する薬はまだ、開発されていない。そもそもこれまできちんと人狼化が作用したことが無かったのだから、それを開発する術が無かったのだ。だが、君たちが開発に協力してくれれば、それは可能だ。これを機に、我々の研究チームへと合流し、その薬の開発に携わることを許可しよう。』

真司は、険しい顔で何も移していない画面を睨んだ。

「最初から、そういうつもりだったんだな。オレ達に、実験動物を続けろというのか。未来永劫。」

光は、おろおろと真司を見ている。

声は、特に焦る色も見せずに答えた。

『未来永劫ではない。薬の効果を消せる薬を開発するのだろう?投与されて元へ戻った時、それが完結した時。君たちは、好きに人生を生きて行けるのだ。』それから、少し間があった。『では、明日の朝には桟橋への扉が開かれる。用意された船に乗って、それぞれの町へ戻るといい。連絡は、こちらからする。分かっているかと思うが、過剰な詮索は禁物だ。我らは、どこに居ても君達を見ている。』

光が、慌てて叫んだ。

「みんなは?!他のみんなはどうなるんですか?!」

声は、答えた。

『全ての処置を施した後、こちらを後にするだろう。ここでは遊んで暮らした記憶しか残らない。君達には約束通り通常の報酬の他にボーナス報酬を用意した。受け取るといい。』

真司が、叫んだ。

「待て!まだ協力するとは言ってない!」

だが、声はぷつん、と途切れた。

そのまま、何も音を立てなかった。

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