物語
夜になった。
時間は、刻々と過ぎて行く。
ここまでに、美沙はやれるだけの事はやった。
光が、部屋から出て来ないので、何度も通信ボタンを押しては、光を呼び出そうとした。
だが、画面に通話中、の文字が出て、光になかなか繋がらなかった。
それが、梓と話していることは、美沙にも分かった。
もう、ここには光と美沙と、梓しか残っていなかったからだ。
ようやく光に繋がったのは、夕方近くなった時だった。
呼び出しが始まり、あちらの通話が終わっていることを知って、出てくれるのか案じた美沙だったが、光は応答のためのボタンを押してくれた。
「光?」
『……。』
それでも、光は何も返さない。
聞いているのかも分からなかったが、美沙は、最後の望みを掛けて、言った。
「黙っていてもいいから、聞いて欲しいの。あの、今までのこと。梓からも聞いてるかもしれないけれど、私が知っている全てを、光に話すわ。それで、光が判断してくれたらいい。だから、このまま聞いて。」
光は、まだ黙っている。
しかし、通話を切ったりしなかった。
美沙は、大きく息を吸い込んで、話し始めた。
「私達は、人狼カードを引き当てた。ゲームが始まる前の夜、0時を過ぎて博正が私に通信して来て、私達はお互いに人狼なのだと知ったの。その時は、博正もまだ誰がもう一人の人狼なのか分からないと言っていたわ。
その日の投票では、私は杏子に入れた。何も知らなくて、ただ博正と仲が良かったから嫉妬しただけだったんだけど、博正も杏子に入れていて、夜に人狼同士が部屋を出て来た時に、博正は杏子から、自分は狩人だと聞いたから、投票したのだと聞いたの。博正は、うまく杏子に取り入って、役職まで言わせていたのだとその時に知ったわ。同じように、その時に出て来た真司さんを見て、私と博正、真司さんが人狼なのだと知ったのよ。
その日の襲撃は、二人が任せろというので、私は関与しなかった。でも人狼は、襲撃を入力すると薬品が同時に手首から流れて、体が変化してしまうの。私は何も知らなかったから、あれを苦しいとしか感じなかった。だけど二人には分かっていたの…自分たちが変化して、村人の子達を襲うってことが。これは、薬品の実験なのだと聞かされた。私達は、実験台で、村人の子達はただの羊。ただ実験を楽しませる遊戯に変えるために、人狼ゲームをさせられているのだと、そこで知ったわ。」
光が、小さく息を飲んだのが聴こえた。
美沙は、聞いてくれているのだと、希望を持ちながら続けた。
「次の日からは、私も襲撃について行った。まだ慣れないから、気を失ってしまったりしたけれど、段々に慣れて来ているのは分かった。光が狂人なのか狐なのか見極めたいと思っていたら、武が白出ししてくれたので狂人だと私達の中では確定した。でもそこで武を襲撃したら狐のことも、光のことも具合の悪いことになる。だから、その日は狙わなかったの。
次の日、綾香さんが呪殺されて、みんなにも武の真占い師が確定してしまった。真司さんが占われることが分かっていたし、ここで襲撃したら疑われるのは分かっていたけど、私達は占い師を消すことにした。武は、『大井真司は人狼』って書いた紙を右手に握り締めて倒れていたの。私がそれを見つけて、武から奪った。他に何かあるかなんて、人狼となった私達には思い浮かばなかった…思考が単純化されてしまって、目の前のことしか判断が付かなくなるの。もう、人を噛むことにも、ためらいも起こらない。本当に、獣になってしまうのよ。」
光はまだ、じっと黙っている。
美沙は続けた。
「そういえば私は、梓に聞いたわね?どうやって鍵を開けるのかって。私達は、それぞれマスターキーを持たされていたの。決して襲撃先を選んだから鍵が開いたわけじゃないわ。この鍵があるからこそ、私達はその部屋へと入って行けた。もちろんみんな、予測していたように死んだように眠っていて、こちらの襲撃に支障は一切無かったわ。首をひと噛みなのは、それしか許されていないから。だから私は、もしかしたら蘇生する術があるから、そんな風に指定されているのかな、と思ったものよ。そう思わないと、人狼から人に戻った私には、やっぱりつらい時があったから…。
真司さんが吊られた晩に、博正は私に言ったの…今日、自分は吊られるって。だから自分を罵倒して、私は生き延びろって。そうしてその夜に翔を噛んで、次の日に麻美を吊れって。そうしたら夜の襲撃の後、光と私が残る。私は、一人じゃないから安心しろと。
私、最後の最後で情を持ってしまったの。ここまで、非情に自分を信じてくれた人たちを噛んで吊って来たのに。亜里沙さんが、怖い思いをしないように、私が偽だったって知って、ショックの中で吊られることの無いようにって。それで、梓を襲撃すれば良かったものを、私は亜里沙さんを襲撃した。眠ったまま、何が起こったのかも、きっと今も分からないで居ると思うわ。
後は、光も知っている通り。
光に信じてもらうために、カミングアウトしに降りて行ったけど、梓の方が一枚上手だったってこと。あの子を甘く見た、私の責任ね。」
光の声が、小さく言った。
『…信じられない。ヒトが、狼になるなんて。』
美沙は、苦笑した。私もそうよ。
「そうね。でも、私は真実を話しただけ。後は、光が決めること。じゃあ、10分前に、下で会おう。」
美沙は、自分から通信を切った。
やれることは、やった。
もう、これで光が信じられないと言うのなら、仕方がない。
8時を回り、針は9時に近付いて行く。
美沙は、自分の部屋を出て、どちらにしてもこれが最後になる投票へと、リビングへと向かって降りて行ったのだった。




