発覚
武の体は、まだそこにあった。
美沙は少し緊張したが、それには目をくれずに机の回りを調べた。
武は、ここに突っ伏していた…両手を、机の上に置いた状態で、拳をぐっと握り締めていたのだ。
もう片方の手は、幾分緩かったが中には何も見えなかった。
だから、武が何かを残しているとしたら、すぐには見つけられない場所…。
美沙は、机の引き出しを、片っ端から開けてみた。
入り口近くでは、博正と真司がクローゼットの中を調べている。翔は、窓際に寄ってカーテンの裏や、窓枠などを見ていた。
亜里沙は、側に落ちている武のカバンの中を探っている。到着した時に間違って持って来たと騒いでいた部活動のカバンは、なぜか開いていて中身が辺りに散乱していた。
どこか…でも、どこへ?
机の中は、空っぽだった。
翔は、カーテンを調べ終わってから、武の亡骸をじっと見つめて、考え込んでいる。
亜里沙の方へと視線を向けると、亜里沙は首を振った。
「何も。そっちはどう?」
美沙は、不安な顔で首を振った。本当に不安だったのだ。
「何も…空っぽなの。」
戸口から中を覗いているだけの麻美と美鈴が、言った。
「やっぱり、他に何も残していなかったんじゃない?そんな余裕なかったのかも。」
しかし、翔が言った。
「いや、武は何事も諦めたりしないんだ。バスケの試合だって、頭脳派のプレーヤーって言われてたんだから。絶対に、何か…」翔は、武に歩み寄った。「あれ、なんでコイツ、中にビブスなんて…。」
真司も博正も、美沙もそちらを鋭く見た。
翔は、それには気付かず武を仰向けにさせると、ジャージをめくった。
武はなぜか、素肌の上に隠すように「4」のビブスをつけていた。
そして、下には、「人狼」と手書きで書いてあり、その数字へと、矢印が伸びていた。
皆の視線が、一斉に真司を向いた…真司の、番号だったからだ。
「お前か…?」
博正は、真司から離れて見た。真司は、肩をすくめた。
「どうだろうな。」
麻美が言う。
「でも…でも、京介さんや伸吾くんが投票しなかった時、村人に不利になるからって必死に説得しようとしてたのは、真司さんなのに!」
博正は、真司を睨みながら言った。
「芝居だったのかもな。あのまま追放されたらって思ってはいたが、みんなが居たからパフォーマンスで。」
美沙が、おろおろと言った。
「そんな…これまで、いろいろなことを進めて教えてくれたのは、真司さんなのに…!じゃあ、みんな間違っていたってこと?」
皆が、顔を見合わせる。
真司は、ため息をついた。
「何を言っても無駄だろう。だが、オレは違うぞ?武が何だってこんなことをしたのか分からないが、オレじゃない。」と、踵を返した。「じゃあ、投票時間に降りて行く。それまで、みんなでいいように話し合ってくれ。今更何を言っても信じないだろうから、オレはもう言い訳はしない。だが、オレを吊ったって終わらないぞ。オレは、人狼じゃないからな。」
そうして、真司は出て行った。
取り残されたみんなは、ただ呆然とそこに立っていた。
夜8時を過ぎても、真司は降りて来なかった。
本当に、9時前になるまで降りて来ないつもりらしい。翔が、一気に10年以上老けたような顔をして、そこに座っていた。
「…まだ信じられない。真司さんだなんて。真司さんはいつも、亡くなったみんなを丁寧に扱っていたし、冷静に意見を言っていた。無理に誰かを吊ろうとしていたこともなかったし、でも…武が、最後に残したんだ。きっと、真司さんが最後の人狼なんだ。」
博正が、頷いた。
「武が命懸けで残してくれたんだ。嘘なんて残さないだろう。混乱して番号を間違った、とかない限り。」
翔は、博正を見上げた。
「ごめん、オレ、お前を疑って。真司さんのこと、疑えなかったもんだから。」
博正は、首を振った。
「いいよ、仕方ない。こんな状況で、信じろって言うほうが無理があるんだ。それに、これで終わるんだ。オレ達、やっと解放される。」
翔は、縋るような目で博正を見た。
「本当にそう思うか?あの…追放された村人達も、戻って来るだろうか。」
博正は、頷いた。
「武が、ポカしてない限りな。武を信じよう。これで終わるって。」
翔は、頷いた。
美沙も、亜里沙も困惑したような顔をしている。
博正は、宣言した。
「みんなも、今夜は真司さんに。分かった?」
みんなは、決心したようにひとつ、頷く。
そうして、時間は近付いて来た。
シャッターが閉まり始めて、もしかしてもう来ないのかと思った頃、真司がやっと、やって来た。
そして、みんなを見回すと、自分の席に着いた。
それでも、誰も何も言わなかった。
真司と、視線を合わせることもしない。
美沙は、ちらりと真司を見た。
真司は、少しも取り乱していなかった。それどころか、真っ直ぐに前を見て、いつもより落ち着いた様子でいた。
『10秒前。』
テレビの声が、いつものようにカウントダウンを始める。
美沙は、ぐっと目をつぶった。
これは、人狼が生き残るため。真司を、絶対に取り返す。
私達は、絶対に勝ち残るんだ。
『投票してください。』
美沙は、4を押した。
回りでも、みんながすぐに入力を終える。
すると、まだ1分経っていないのに、声が言った。
『投票が終わりました。結果を表示致します。』
美沙は、ゴクリと唾を飲んで、画面を見上げた。
そこには、4、と大きく表示され、隣りの投票先は、全員が真司に投票したことを示していた。
真司自身は、翔に投票していた。
「終わりだな。」
真司は、これまでの誰よりも落ち着いて言う。
すると、テレビの声が言った。
『№4を追放致します。』
パッと照明が落ちる。
そしてガチャン、と金属音が聴こえ、何の悲鳴も聞こえないまま、また照明が着いた時には、そこにはもう、何も無かった。
静寂が、訪れる。
「…終わったのか…?」
翔が、呟く。
すると、テレビがいつものように言った。
『№4は、追放されました。ゲーム終了時に勝利陣営の側ならば、戻って来ることが出来ます。それでは、これから夜に備えてください。』
「どういうこと…?!」
麻美が叫ぶ。
確かに、これで終わったと思ったのに。
「…真司さんは、人狼ではなかったってことだ。」
博正が言う。
翔は、何かを考えながらも、博正を見た。
「いや…武は、真占い師だった。武が残したんだ、真司さんが、人狼だって。つまり、人狼はまだ残ってる。人狼は、まだ残ってるんだ!」
それが何を意味するのか、もうここまで戦って来た皆には、分かった。
人狼は、大樹が言った通り、まだ3匹残っていたのだ。
その日は、みんな消耗が激しく、そのまま何も言わずに部屋へと戻って行った。
美沙も、みんなに遅れるわけにもいかず、部屋にじっと篭って考えていた。
真司は、追放された。
博正と美沙を信じて、落ち着いて地下へと降りて行った。
昨夜約束した通り、絶対に真司を助け出さなければならない。
自分を信じる誰を裏切っても、絶対に自分が生き残って、助け出さなければ…!
美沙は、ぴぴっと部屋の鍵が開錠される音で、ハッと我に返った。
いつの間にか、寝てしまったようだ。
慌ててベッドから起き上がると、扉が開いて博正が入って来た。
「博正?」美沙は、声を潜めた。「そんな、マスターキーなんか使って、誰かに見つかったらどうするの?」
美沙が言うと、博正は苦笑してベッドの端へ腰掛けた。
「美沙、もう0時過ぎてるぞ?全然出て来ないから来たんだ。」
美沙は、慌てて時計を見た。
確かに、時計は0時15分を指していた。
「ごめん…大事な時に、眠ってしまって。どうにかしなきゃって、力を入れて考え過ぎちゃったみたい。」
博正は、笑って首を振った。
「いい。どうせここへ来るつもりだったから。」と、美沙を抱きしめた。「美沙…まだ時間がある。」
ベッドに押し倒されて、美沙はこんな時に、と博正を軽く睨んだ。
「もう、こんな時に!駄目よ、真司さんが吊られちゃったのに。どうしても、真司さんを取り返さなきゃ。一緒に帰るって、約束したんだもの。」
博正は、首を振った。
「まだ、時間はある。あれから、ゆっくり時間が取れてないじゃないか。大丈夫だよ、一時間ぐらい。」
「もう、博正…。」
そうして、美沙は博正に流されるまま、ベッドの上で過ごした。




