遺したもの
次の日、美沙はわざとゆっくりと寝ていた。
自分が第一発見者になりたくなかったからだ。
朝の7時も過ぎる頃、部屋の戸が叩かれた。
「はい?」
美沙は、ジャージのまま、さも寝起きの風でドアを開けた。
すると、そこには青い顔の翔が立っていた。
「美沙…襲撃があったんだ。」
美沙は、目を瞬かせた。
「え…やっぱり、狩人は居ないの?それとも、意外な人だった?」
翔は、険しい顔をした。
「武だよ。」
美沙は、自分に出来る限りの表現をした。
「え…!やっぱり、呪殺が終わったから…。」
翔は、息をついた。
「どうだろうな。分からないけど。とにかく、来て。」
美沙は、頷いてそのまま翔について歩いて行った。すると、もう他の何人かは武の部屋の前に居て、深刻な顔をしていた。
「机に座ったままでやられている。」
真司が、美沙に言った。美沙は、口を押さえた。
「どうして…みんな、ベッドで寝ている時に襲われていたのに。」
翔は、後から入って来て、言った。
「そうなんだ。でも、不思議なことに、武にも防御創がない。つまりは、机に突っ伏したまま寝てたか気を失ってたんだろうな。」
「予測してた、腕輪の薬品のせいだろうね、きっと。」
光が、中を覗き込みながら言った。
「とにかく、ベッドへ移してやろう。手伝ってくれ。」
光は、えーっと口を開いた。
「無理無理!だって、血がすごいじゃん!付いちゃうよ~!」
「そんなことを言うな。武が不憫だぞ。」
後から入って来た、真司が言った。「手伝う。」
翔は、無言で頷いた。
そうして、二人で脇と足を持って、ベッドの上へと乗せた。
武の体は、重そうでそのままの形で横にするしかなかった。
「この様子だと、1時頃か…。」
真司が言う。翔は、首をかしげた。
「分からない。まだ占いもしてなかったのかな。誰を占ってたんだろう…人狼は、見つけられたんだろうか。」
真司は、首を振った。
「さあな。どちらにしても、襲撃を受けたら結果は分からない。それが、このゲームのルールだろう。」と、武の部屋の洗面台で、手を洗った。「お前も手を洗ったらどうだ?血はあまり衛生的でないんだぞ。」
翔は、無言で進み出て手を洗った。そうして、真司が先に皆に言った。
「さあ、みんな下へ行こう。これを受けて話し合わなきゃならないだろう。今夜のことだ…もう、これ以上ここに居ても答えは見つからない。」
皆の空気は、重かった。
全て合わせても、今はもう9人、最初の半分しか居ない。
そして、人狼はまだこの中に居るのだ。
みんなの表情は暗かった。
占い師を失った…予想はしていたが、これで人狼を特定する術がなくなってしまったのだ。
これからは、皆で疑心暗鬼になるよりなかった。
翔が、黙って入って来て開口一番、言った。
「本当なら、真司さんが一番怪しいと思うところなんだ。でも、自分が怪しまれるのが分かっているのに、武を襲うのはおかしいような気がする。」
真司は、両眉を上げた。明らかに、意外だったらしい。
「…確かにな。オレは人狼じゃないが、もしも人狼なら、こんな明らかに怪しいことはしない。まず別の関係ない誰かを襲うだろう。オレが武がやられたと聞いて最初に思ったことは、きっと人狼は自分から疑いを反らせるために、わざと武をやったんじゃないかってことだ。オレに疑いが掛かり、オレが吊られたら吊り縄がひとつ無駄になる。それを狙ってるんじゃないかってな。」
翔は、頷いた。
「武は真司さんを疑ってたが、オレは違うと思う。だって、真司さんは最初から細かくメモを取ったりして、凄く真剣に考えてくれてたんだ。オレは…むしろ、博正の方が怪しいと思ってる。」
それを聞いた美沙は、博正の方を見た。博正は、言った。
「それがお前の考えか。大樹さんが吊られたんだから、オレだって吊っておこうってことか?」
翔はじっと博正を見た。
「そうだ。それで、昨日は見たんだろ?大樹さんはどうだった?」
博正は、苦笑した。
「どうせ信じないんだろうが、オレが見たのは大樹さんは人狼だってことだ。だから、オレから見て人狼は後一人。」
みんな、ホッとしたような顔をする。
光が言った。
「でも、まだ博正が白って訳じゃないよね?だって武は博正を占ってなかったんだ。」
博正は、光を睨んだ。
「まあな。こんな短期間で、占ってもらえる方がラッキーだ。白確出してくれてたら、オレだってここまで面倒な思いをしなくて済んだ。でも、そうなると人狼に襲われる確率も高くなるがな。」
人狼は、かく乱するために白が確定している村人は、先に殺してしまう傾向がある。
それを言っているのだ。
「やっぱり、博正が怪しいな。」
翔が確信にも似たような言い方をする。
「でも…光くん、狂人でしょ?狂人が疑うのって、村人じゃないの…?」
梓が、ぼそりと言った。
翔が、それを聞いてハッとしたような顔をして、そしてじっと考えてから、頭を抱えた。
「確かにそうだ…もう、何を信じていいのか分からないよ!」
美沙が、それをなだめるように言った。
「もう一度、最初からゆっくり考えてみようよ。まだ夜まで時間はあるんだし…そんなに焦ったら、ちゃんとした答えが出ないから。」
翔は、ちらりと美沙を見て、ため息をつくと、頷く。
そうして、その場は一時解散となった。
昼過ぎ、いつもなら集まらないのだが、人数が減った事もあり、自然全員がリビングに集まった。
否応なしに腹は減り、自室に篭もるのも限界だった。
精神的にも、一人で居たくない、とみんな、追い詰められて来ていたのだ。
翔は手にまだ開封していないパンを持ったまま、ソファに座りながら言った。
「さっき…防御創はない、って言ってたけど、武の右手の指に、引っ掛かれたような傷があったんだ。」
みんな、驚いたように翔を見た。
美沙は、ぎくりとした…それは、きっとメモを取ろうと無理にこじ開けた時の…。
「じゃあ、やっぱり意識があったのかな?」
光が言う。しかし、翔は首を振った。
「いや、違うと思う。きっと、武は自分が襲撃されるのを知っていたんだ。それで、何とか占い結果を残そうと考えたんじゃないかな。机の上に、ペンが転がってただろう…武は、何かを書いたんじゃないかと思う。」
麻美が、口を押さえた。
「それって…誰が人狼なのか、引き当てて、自分が殺された時のために、持っていたってこと?」
翔は、頷いた。
「うん。オレは、そう思った。人狼は、それを見つけて武から奪って行ったんだ。」
亜里沙が、立ち上がった。
「ねえ、じゃあまだどこかに残ってるかもしれないわ。だって、そこまでした武が、その紙を奪われる事を考えなかったはずはないもの。探しに行ってみましょう。」
それを、考えていなかった。
美沙は、自分が人狼である時、考えが単調で考えがまとまらないことを思い出していた。
目の前に不審なものがあれば、それを排除するような頭は働くが、突っ込んだことまで思い当たらなかったのだ。
早く行って、他の誰かが見つけないうちに、自分がそれを見つけなきゃいけない。
美沙は、立ち上がった。
「そうよ!あるかもしれない。早く探しに行こう!人狼の手がかりが掴めるかもしれないよ!」
みんなは、美沙に促されて慌てて立ち上がった。
亜里沙は美沙に微笑んで頷き掛け、二人は先頭を歩いて、階段を登って二階の武の部屋へと向かった。
翔がそれに続き、皆が急いでそれを追う。
真司と博正は、その後を黙ってついて行ったのだった。




