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狂気のはじめ

0時になった。

美沙は、飛び出すように部屋から出た。

真司と博正も、同じように出て来て、無言で頷き合って一階へと足早に向かって行く。

今日も、話すことが山ほどあるのだ。

リビングに飛び込んで扉を閉めると、美沙は言った。

「博正!どうして霊媒師で出たりしたの?!吊られるかと思った…私が、どれだけ心配したか!」

博正は、ソファへと歩きながら笑った。

「あの時の美沙の顔ったら無かったね。でも、あれは必要なことだった。」

真司が、先にソファへとたどり着いて座ってから、言った。

「その通りだ。あの時博正が出てくれていなければ、大樹は真霊能者で確定し、吊れなかった。ということは、こっちは光も失っているし、今夜武を噛むか大樹を噛むかで悩まないといけないところだったんだ。」

博正は頷いた。

「どっちにしても、疑われるリスクを背負ってね。」

美沙は、ソファに座りながら言った。

「それで、今夜は武よね?そうでしょう?」

真司と、博正は顔を見合わせた。そして、真司が頷いた。

「そうだな。武をやっておかないとどのみちオレは明日、黒出しされる。武が襲撃されたことで疑われるリスクと天秤に架けても、生き残れる可能性は、武を噛んだ方が高い。」

「疑われる?真司さんが?」

博正が苦笑した。

「だって、武が生きてて一番困るのは真司だからね。一番疑われてて、今夜占われてる。」

美沙は、思い出しながら言った。

「でも、麻美が言っていたじゃない。占い師が呪殺に成功したから、人狼にとってもう、占い師は必要ないって。だから、ここで襲撃されても、真司さんとは限らないって。」

博正は、笑いながらまた頷いた。

「そうだね。オレが先に、麻美と美鈴に話して聞かせてたからな。どうして真占い師の武が襲撃されないで、ほずみが襲撃されたんだろうって聞くから、武が真占い師だと思ってたなら、きっと狐の呪殺を待ってたんじゃないかってね。だから、今回呪殺が起こったってことは、きっともう武は用済みだよって。」

全部言いなりなんだ。

美沙は、感心した。

博正は、相手の望むような自分を演じられるのだ。それで、そうして思うように動かしてしまう。考え方さえも、まるで相手が、自分の中から考えて出した答えであるように。その実全て、博正が思うままなのだ。

「まあ、だから明日は、それ押しで言い逃れるしかない。投票先は、博正に任せるしかないな。こいつが持ってる二票は、大きいんだよ。それに、美沙ちゃんも。よくあの二人を、僅かな間に自分につけたね。」

美沙は、驚いて真司を見た。

「え…?あの二人?」

博正が言った。

「梓と亜里沙さんだよ。オレが吊られそうになった時、二人共、美沙のことを心配そうに見てた。オレはそれを見て、これはいけるな、と思ったんだ。」

そうだったのか。

美沙は、自分のことに必死で、そこまで見る余裕が無かった。二人は、美沙を気遣って大樹に投票してくれたのだ。

「ああでも…明日は分からないわ。まだ、翔が残ってる。あの子、博正を疑ってた。疑いたくない、って気持ちがあるから、ああして悩んでいたけど、結局博正に入れたんだもの。」

博正は、頷いた。

「なあ、美沙。もしもオレに票が集中しそうになったら、絶対にオレに入れると約束してくれ。それから後、美沙が生き残るために必要なことなんだ。美沙か真司さえ生き残れば、人狼陣営が勝利する。勝利陣営は、必ず帰してくれる。これは間違いない。オレ達が、そうやって前回帰って来たんだから。自分が生き残って、オレを救出することを考えるんだ。共倒れだけは、しちゃいけない。わかったな?」

美沙は、泣きそうな顔をした。分かっている。理屈では分かっているけど、どうしてもそんな気になれないのに…。

すると、真司が言った。

「オレにしてもそうだ。きっと、明日はオレのことで話が進むだろう。翔が居るからな。それに、誰を疑うにしても、麻美ちゃんと美鈴ちゃんは博正でなくオレを疑おうとするはずだ。もしも話しの流れがオレが黒ってことになったら、それに乗るんだ。そうして、オレを吊れ。博正も、そうするはずだ。」

「出来る限り避けるけどね。」博正は言った。「狂人の光でさえも、今は吊られたくないんだ。もう、最終局面に近付いてる。相手は5人、オレ達は3人とも生き残っている。狂人も居る。あと二人、こっちが無傷で消すことが出来たら、もうこれは終わりなんだ。光にオレ達が人狼カミングアウトしたら、票を集中出来るから一人吊って終わり。だが、相手も必死だ。そう簡単には勝たせてくれないだろう。だから、仲間を切り捨ててでも回りを信用させて生き残らないと。全ては、人狼陣営の勝利のためだよ。頑張らないと。」

美沙は、何とか頷いた。強くならなければ。向こうも、死にたくないのだ。当然だ。誰も、こんなわけの分からないところで死にたくないだろう。

「分かった。」美沙は、言った。「頑張ってみる。精一杯演技するよ。」

真司は、微笑んで頷いた。

「その意気だ。じゃあ、今夜だけど…」と、博正をちらと見た。「…博正と話し合ったんだ。もしも、美沙ちゃんが一人になった時、ちゃんと襲撃できるかって。」

博正は、真剣な顔で、美沙を見た。

「美沙、ここは襲撃して置いたほうがいい。もしも美沙がこの前みたいに気を失ったり我を忘れたりしても、もう誰も助けてはくれない。自分ひとりで部屋へ戻って、体を洗って、着替えて、何気ない風を装わなければならないんだ。それを、経験しておいた方がいい。オレ達が側に居る、今夜。」

美沙は、それを聞いて身を縮めた。人を噛む…昨夜、真司がしていたように。

最初の夜に、博正がしたように。

確かに、一人になって襲撃できなかったら、命取りになる。二人のことも、助けられなくなってしまう…。

美沙は、頷いた。

「やるわ。」

博正は、満足げに頷いた。

「よし。じゃあ、襲撃先の入力だ。」

美沙は、腕輪を前に出し、サッと入力した。

5。

武の番号だった。



ちくりと手首に痛みが走る。

その痛みさえも、今夜は心地よかった。どうしたのか、体が伸びて行くような気持ちよさがあり、美沙は思い切り伸びをした。

すると、体が解放されるようだった。

体に絡みつく何かを振り払うと、長いふわっとしたものが目の前を優雅に横切る。

それが、尻尾なのだと気付いた美沙は、自分が本当に、狼の姿に変化しているのを感じた。

側に二つの気配があり、振り返ると、自分より一回り大きな狼が二頭、こちらを見ていた。

《美沙、綺麗だ。》

博正の声が、そう言っているのがわかる。だが、実際は狼のぐるるっ、といった喉を鳴らすような声だった。

《行こう。早く済ませたい。》

美沙は言って、先に飛ぶように走った。

二頭の狼も、自分について走って来るのが分かった。


美沙は、自分の部屋へと飛び込むと、使っていなかったマスターキーを咥えて戻って来た。

そして、武の部屋のカードリーダーへとそれを通す。

ぴっと音がして、ランプが緑になった。

美沙はその場にマスターキーを放り出し、逸る心を押さえながら、部屋の中へと駆け込んだ。

武は、机に座っていた。

そうして、何かをしていたのか、机に突っ伏したまま、死んだように動かなかった。

武は両手を握り締めて机の上に乗せており、美沙は右手の拳の中に、何か白いものを見つけた。

それを見ようと、鼻先でぐいぐい拳を開こうと押したが、かなりキツく握り締めていて、開かない。

なので、前足を上げて爪を立て、武の指が切れて血が出るのも構わず、無理に開いた。

ぽとり、とその紙は床に落ち、丸まった紙を足で踏んで開いた。

『大井真司は、人狼。』

皺くちゃになったその紙には、書き殴ったような字でそう、記されてあった。

やっぱり、占っていたんだ。

美沙は、それを咥えると、二頭の方を振り返った。

『こんなのが、あった。』

くーんと、自分の喉から声が漏れる。真司が進み出て、それを受け取った。

『処分する。』

低い唸り声だった。

『美沙、長居は無用だ。』

博正が言う。

美沙は、ためらったが、武に向き直った。これが出来ないと、生き残る術が手に入らない。みんなを助けることが出来なくなる。

美沙は、思い切って武の喉元へと牙を突きたてた。

すぐに真っ赤な鮮血が降りかかって来る。

美沙は、自分でも驚くほどの俊敏さでそれを交わし、それでも降りかかった血を首を振って跳ね除けた。

血の臭い…それが、むせ返るようで、意識が遠くなるような気がした。

『来い!長居をしたら、我を忘れる!』

美沙は、走った。

博正と真司の声がする方向へ、必死に走ってその場を後にした。

そして、リビングの横にあるシャワールームに飛び込んで、飛び散った血糊を必死に洗い流した。

血の臭いは、私の正気を失わせる…。

美沙は、今夜のことを心に刻んだ。

これで、私は仲間を助ける術を得た。

きっと、一人でも生き残って、人狼陣営を勝たせてみせる!

シャワーが血糊を洗い流すにつれて、体が元へと戻って行くのが分かる。

気が遠くなりそうになりながら、美沙は必死に着替えを済ませると、博正に助けられながら、部屋へと戻ったのだった。

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