仲間
しばらく黙って、その場に座ったままお互いの顔を代わる代わる見ていた15人だったが、柳京介が口を開いた。
「待つしかないな。それで、ここへ来るまでに話をした数人しか、オレは名前も知らないんだけど、自己紹介しておかないか?これから、二週間一緒に居るんだ。」
いい考えだと美沙は思った。どこの誰か分からない相手と、同じ屋根の下で寝起きするのだ。名前ぐらい、知っておいた方がいいだろう。ついでに、二週間の居心地を少しでも良くするためにも、ここで上手く人間関係を構築しておいた方が絶対にいい。
「オレは、柳京介。大学三回生。来年から就活でバイトも辞めるんで、ここらで大きく稼いでおこうと思ってこれに参加した。椅子の番号は、ええっと…」と、自分の椅子の背を見た。「9だ。」
皆が、急いで自分の椅子の背を確認している。すると、槌田光が言った。
「見なくても大丈夫だよ。腕輪に書いてあるから。」
そう言われて、美沙が急いで腕輪に視線を落とすと、一センチはあるだろう厚みの板の所の上に、「№1」と刻印されてあるのが見えた。
京介が、肩をすくめた。
「じゃ、隣りに行く?」
京介は、自分の左隣りの茶髪ロングに、ゆるい巻髪の可愛らしい感じの女性に話し掛けた。だが、恐らく自分より年上だ、と美沙は思った。化粧がうまい。
隣りの女性は、頷いて答えた。
「私は、田原奈々美です。大学二回生です。今度のバイトは、友達に誘われて来ました。番号は、10です。」
皆が、軽く頭を下げた。京介が、横から言った。
「じゃあ、友達が居るの?どの子?」
奈々美は、戸惑ったように言った。
「それが、まだ来てないんです。あの子、人数が多いから私と違う出発便なのかな、何て言ってたんですけど…船の時間が、私と違ったので。」
京介は、怪訝な顔をした。
「え?でも…あの案内の男は、他は遅れてるって言ってたけど。」
奈々美は、首をかしげた。
「分かりません。でも、確かに船の時間は違ったんです。もしかしたら、あの子の勘違いなのかもしれないけど…バイトを掛け持ちしててとっても忙しいので、それで。」
すると、その奈々美の隣りの顔立ちのはっきりした、モデルかと思うほど見栄えのする化粧ばっちりな女性が、いらいらと言った。
「ねえ、もういい?これだけの人数が居るんだから、名前だけでいいんじゃないの?」
奈々美は、慌ててそちらを見ると、頭を下げた。
「あ、ごめんなさい!あの、以上です。」
すると、その美人だがかなり気が強いらしい女性が言った。
「私は、紺野綾香。大学四回生。番号は11。」
本当にそれだけしか言わない。ここでの関係などどうでもいいと思っているのか、それとも元々そんな風に生きて来たのか知らないが、損な人だなあと美沙は思った。その勢いに、叱られると思ったのか、その隣りの品川伸吾は慌てて言った。
「品川伸吾。高校三年生です。番号は12。」
続けて、隣りの槌田光も、言った。声は落ち着いている。
「槌田光。高校三年生。番号は13。」
「川原翔。高校三年生。番号は14。」
「牧野梓。」と、梓は咳払いした。「高校三年生。番号は15。」
「崎原ほずみです。高校三年生。番号は、16。」
段々に近付いて来る。美沙は、表面上落ち着いているのを装って、順番を待った。
「只野麻美です。高校三年生。番号は、17。」
ついに、隣りの美鈴が、一瞬ためらってから、言った。
「田中美鈴です…高校三年生。番号は、18。」
美沙は、深呼吸した。そして、ハキハキと明るい風を装って、言った。
「海野美沙です。高校三年生。番号は、1です。」
美沙の声は、よく通った。自信が無さげでもない。我ながらうまく言えたとホッとしていると、美沙の横を三つ飛ばして、向こう側に座る井坂武が言った。
「オレは、井坂武。高校三年生。番号は、5。」
「田代博正といいます。高校三年生です。ここに居る高校生は、みんなクラスメートです。番号は6です。」
博正は、そんなことを付け足した。横の武が、ちらとあの気の強い綾香の方を見たが、綾香は今度は何も言わなかった。
そうして、博正の隣りの、おとなしそうな黒髪を後ろに一つに束ねた女性が言った。
「私は、藤原亜里沙です。社会人ですが、歳は大学四回生の人と同じだと思います。番号は、7。」
「で、オレで最後かな。」亜里沙の隣りの、中肉中背の人が良さそうな男性が言った。「奥田恵。オレも社会人で、藤原さんと同じ会社の営業です。歳は、藤原さんと同じ。番号は、8。」
くるりと一周した格好だ。つまりは、美沙から時計回りに順に18人並ぶ事になるのだろう。美沙の隣りに空いている三つの椅子は、遅れているとかいう三人が座る席になるのだ。
「あー、じゃあ、もういいわね?」紺野綾香が、立ち上がって伸びをした。「堅苦しいのよ、この椅子。それより早く、何か飲みたい。隣のキッチン見て来るわ。」
美沙は、拍子抜けした。これから、皆で何某か話して情報交換でもして行くんじゃないのか。
でも、確かに喉も渇いていた。
美沙が悩んでいると、みんなもう立ち上がっている。遅れてはいけないと、自分も立ち上がろうとしていると、斜め左の方から、大きく手を振る姿が見えた。
「おーい美沙!何か飲む?」
田代博正だった。
博正とは、腐れ縁の付き合いだ。家が近所と言っても100メートルほど離れているのに、幼稚園から小中学校、果ては高校まで一緒だという幼馴染なのだ。
実を言うとこのバイトに行こうと誘って来たのも、この博正だった。
梓が、やっぱりね、と隣りのほずみに聞こえよがしに言って、馬鹿にしたようにフッと笑って歩いて行くのが見える。美沙は、立ち上がって博正の方を見ないで、言った。
「ちょっと、別にあんたと一緒だからって来たわけじゃないのよ?こっちも生活掛かってるから来たんだし!」
誰がこんなお調子者なんかと。
美沙は思いながら、博正とは反対側の椅子の後ろを通ってキッチンの方へ行こうとした。既に、ほとんどの人たちが、キッチンへの扉の向こうへと消えようとしている。
博正は、慌てたようにこちら側へと回り込んで来て、言った。
「なんだよ、何怒ってるんだ?ここまで暑かったから?」と、それを無視してすたすたと歩く美沙の前へと回り込んだ。「いいよ、美沙はそこらに座ってて。オレが取って来る、あの果汁入り水ってヤツがあったら、それでいいだろ?」
美沙は、博正を睨んだ。自分の好みまで知ってる。だから、あまりに居心地が良くって、ついついコイツと一緒に来てしまったけど、付き合ってなんてない。そもそも、こいつも好きとか嫌いとか、一度も言ったことないし。ときめきも何も、コイツには全くないんだから。
「いいって!あんたの友達、いっぱい居るでしょう?っていうか、みんな友達でしょうが。男友達の方へ行きなって。」
博正は、戸惑うような顔をした。既に、みんなキッチンへ入ってしまっている。
「でも…あの女子の中で、美沙が仲いい子、居ないじゃないか。合わせるのも無理だろ?」
美沙は、カッと顔を赤くした。確かに、自分は誰とでも仲良く出来る性格じゃないけど。
「いいの!もうほんとにいいって!どうにかする、私だって人付き合いぐらい出来るから!あんたはそういうことには困らないんだから、行って来なよ。私と居たら、あっちへ入れなくなっちゃうよ?」
博正は、ふふと笑った。
「やーさしいーなー、やっぱ、美沙。」
美沙は、赤くなりながら、博正に背を向けてずかずかと歩いた。
「何言ってんのよ、訳わかんないし!」
美沙は、キッチンへと入った。博正も、それに続いてキッチンへと入ったのだった。