偽り
夜までの時間、美沙は梓の側で過ごしていた。
なぜなら、梓はほずみを失って、憔悴し切っていたからだ。
梓自身、疑われていた事もあり、美鈴と麻美にはまるで梓がやったかのような目で見られて、コソコソと内緒話をわざと目の前でされるらしい。
そんなことも、梓には堪えていたのだ。
「大丈夫、私は信じてるわ。梓は、ほずみととても仲が良かったもの。もしも人狼だったとしたら、絶対にほずみ以外を狙ったはずよ。だって、まだこんなに人数が残っているんだもの…。」
梓は、泣きながら頷いて縋るように美沙を見上げた。
「そうよ。もしも人狼だったら、あの子は最後まで狙わないわ。これが普通のカードゲームの時だって、私はほずみに投票するのさえ気が退けたのに。今回だって、絶対にお互いに投票したりしなかった。だって、親友なんだもの。親友を、あんな姿になんて出来るはずない…。」
梓は、そこまで言うと美沙の膝に突っ伏して泣いた。美沙は、梓の頭を撫でてやりながら頷いた。
「分かってる。誰が何を言ってても、気にしては駄目よ。このまま村人陣営を勝たせよう。人狼は、あと二人なんでしょう。博正が言っていたわ。」
梓は、顔を上げた。
「大樹さんは三人って言っていたけど…そうね、博正くんを信じるよね。美沙、博正くんと幼馴染だもん。」
美沙は、頷いた。
「博正が嘘をついていたら、私にはきっと分かるよ。でも、あれは嘘を言っていない顔。だから、あと二人だって私は思ってる。だったら、まだ村人は7人残ってるんだから、きっと勝てるよ。頑張ろう。ほずみのためにも。」
梓は、やっと少し表情を緩めて、頷いた。
「うん。頑張らないと。もしかして、もしかしてほずみが、また元気に戻って来るかもしれないもの…。」
美沙は、顔をしかめた。
さっき、話し合いを終えてほずみの部屋を覗いたら、もうほずみの遺体は無かった。
恵と同様、ベッドごとどこかへ連れて行かれたようだった。
同じく、綾香もそうだった。
ほずみは、あれだけの出血で、何時間も放置され、確かに完全に事切れていた。
それなのに、生きて戻って来る可能性は、限りなくゼロに近かった。
それでも、美沙は言った。
「そうだね。村人が勝ったら、もしかしてそんなことがあるかもしれない。がんばろうよ、梓。」
梓は、姿勢を正した。そして、涙を拭くと、美沙に笑いかけた。
「ありがとう、美沙。ごめんね、いろいろ意地悪言って。でも、美沙のこともほずみと同じように信じるよ。一緒に頑張ろう。」
美沙は、その笑顔を見て、心の奥がちくりと痛んだ。
だがそれ以上に、これでこの子の票が自分には来ない、という安心感が、美沙の心を支配して、美沙はそんな自分に嫌悪しながらも、止めることが出来なかった。
ごめんね、私は博正と二人で、生き残らなければいけない。
美沙は心の中でそう言い、少し休むようにと梓をベッドへと向かわせて、亜里沙の部屋へと向かったのだった。
翔のことは、もう諦めていた。
翔は博正の友達で、言いくるめるのなら博正の方が適任だ。
そして何より、男だった。
女なのだから、本当なら美沙の方が言いくるめることが出来そうなものだが、それには色仕掛けというものも付いて来る。
美沙は、自分にそんなものが備わっていないことは、知っていた。
そして何より、博正の友達が、自分に簡単になびいたりしないことは、美沙にも分かっていたのだ。
なので、あとは自分が何とか取り成せそうな、女である亜里沙と、近付いて置こうと思ったのだ。
思った通り、亜里沙はガランとした恵の部屋にじっと座って外を見ていた。
外というより、窓から見える空を眺めているようだった。
その背を見て、愛する者を失った悲しみを感じ、そんな亜里沙を利用することに良心が痛んだが、自分も失う事が出来ないものを背負っているのを思い出し、気を取り直して、表情を引き締めた。
「ここに居たの?」
声を掛けると、亜里沙は、少し振り返った。
「ああ…美沙ちゃん。」
美沙は、亜里沙に歩み寄った。
「あんまり一人で居ると、気がおかしくなっちゃうよ?何か食べ物を持って来ようか?」
しかし、亜里沙は首を振った。
「ありがとう。でも、何も要らない。だって…恵は、何も食べられないんだもの。」
美沙は、心が痛んだ。自分も、博正をあんな風に失ったら、きっとこんな心境になるだろう。
「亜里沙さん…。」
美沙が、本心から絶句して同情していると、亜里沙は美沙を見て、何かに気付いたような顔をした。
「美沙ちゃんこそ、何だか疲れているみたい。何かあった?」
美沙は、それを聞いてハッとした。そうだ、ここで同情している場合じゃない。自分もこうならないために、頑張らないといけないのに。
「ちょっと…でも、言ってもどうにもならないし。私の、勘違いかもしれないから。亜里沙さん、それでなくても大変なのに。別にいい。」
亜里沙は、体ごとこちらを向いた。どうやらまだ、好奇心は残っているらしい。
「どうしたの?いいよ、言って。私も、聞いておかなきゃ。だって、私だって投票しなきゃならないんだもんね。」
美沙は、迷うような顔をした。亜里沙は、じっと待っている。
美沙は、出来るだけ思いきったようなふりをして、言った。
「あの、梓のこと。今朝、ほずみがあんな風に見つかって…きっと落ち込んでるだろうと思って、慰めに行ったの。それなのに、寂しいよ、とか言うだけで、今一感情がこもってなかったって言うか…きっと、ショックが強過ぎて、今ちょっとおかしいのかも。最後には普通に疲れたから寝るって…表情も、穏やかだったし。あんなに仲が良かったのに、何だか戸惑っちゃって…。」
亜里沙は、眉を寄せた。
「…梓ちゃん、確か疑われてたよね。いつも、ほずみちゃんと投票が被るって言われて。ここで見ている限りはおとなしそうな子だけど、学校ではそうじゃないの?」
美沙は、戸惑いながら頷いた。
「うん…いつも、女王様みたいな感じで。ほずみは、それに同意してニコニコ笑ってるいい子だったんだ。場を仕切ろうとするタイプだったのに、確かにここ数日はとっても静かだったんだよね。」
亜里沙は、頷いた。
「そう言えば、付いてすぐに人狼をした時は何度か繰り返して分かって来た頃、とってもヒートアップしてたわね。なのに、これに参加させられてから、とっても静か…。」
美沙は、驚いたように目を見開いた。なるべく、そうではないと思っているように見えるように、大袈裟にした。
「ち、違うと思う!あの、クラスメートだし、ほずみのことは、ほんとちょっと、ショックで感覚がおかしくなってるんじゃないかな。私が神経質になって見てたから、そんな風に思ってしまったんだよ。だから、亜里沙さん、あの、深く考えないで…。」
しかし亜里沙は、険しい顔をして、首を振った。
「駄目だよ、美沙ちゃん。ちゃんと現実を見ないと。今夜の話し合いでも、ちゃんと見ていよう。」と、亜里沙は立ち上がった。「私だって、生きなきゃいけない。だって、ここのことを話して、恵の体を取り返して、きちんと埋葬してあげなきゃいけないもの。人狼を見つけなきゃ…ぼうっとしてる間なんて、無かった。」
美沙は、何かを決心した亜里沙を、とても美しいと思った。きっと、恵さんへの想いがそうさせるんだ。
そんな亜里沙を騙している自分が、美沙はとても嫌だった。
だが、これも自分が生き残るため。
みんなが探している、人狼は私。そして、私の恋人。
恐らく偏った愛情で私を愛してくれてるんだろう。こんなことに巻き込んで、それでもそれが正しいと、どこまでも、悪魔になっても一緒にと地獄にまで共にと引きずり込む恋人。
それでも、それゆえに強く想ってくれているのは、美沙にも分かった。
なので、自分はその愛情に応えなきゃならないのだ。
一緒に地獄へ落ちないと、そうしてそこから這い上がる強さがないと、博正を愛せないのだ。
美沙は、屈託無く微笑んだ。
「なんだか、すごく心強くなった。ありがとう、亜里沙さん。」
亜里沙は、同じように柔らかく微笑んだ。
「こちらこそありがとう、美沙ちゃん。私、大事なことを忘れていたんだわ。生きて帰らなきゃ。恵と、約束したもの。」
美沙は、亜里沙に少し休む、と言い置いて、そこを出た。
もう、騙すことに迷いは、無かった。




