変化(へんげ)
時間は、2時に近くなっている。
襲撃先は、自ずと決まった。
ほずみだ。
梓は、皆に疑われ始めていた。次に吊ることを考えて、今夜はほずみを襲撃することにした。
相変らず、美鈴と麻美は全く博正を疑う気配はない。
博正自身、相手のツボを心得ていて、時に優しく接するので、それが効を奏しているらしい。
いずれ襲撃するにしても、後にとって置いて損はなかった。
「真占い師は、武だろう。」真司が言った。「光は狂人だ。本当なら黒出しされる危険のある武を今夜襲撃してしまいたいが、狐のこともある。共有者である、ほずみを襲撃するのが妥当だろう。」
「それなんだが。」博正が、険しい顔で言った。「綾香さんが、狐じゃないかと思う。」
美沙は、博正を見た。
「それは、私も。だって武が疑ってるって知った時の、取り乱しようを見た?武が本物かどうかわからないけど占い師で出ているから、きっと疑われて呪殺されるのを恐れているのよ。」
真司が、すんなり頷いた。
「オレも思っていた。呪殺に関する話をしている時、どんな殺され方なのかしつこいぐらい聞いてただろう。最初あれだけ余裕を見せて村人を演じてたのに、綾香さんも精神的に追い詰められているんだろうな。」
美沙は、それを聞いて少し、表情を暗くした。
「それって…狐って、自分が殺されたら終わりよね?他に、仲間が居ないし。」
真司は頷いた。
「今回はそうだな。一人だけだったし。だが、オレ達が前回放り込まれたグループには、二人の狐が居たんだぞ。そいつを特定して吊るのに、一番苦労した。」
美沙は、それを聞きながら、綾香の気持ちを思った。
たった一人、このわけの分からないゲームに参加させられて、戦わなければならないのだ。
誰にも気を許せない…泣き言も言えない。
そして、回りでは人が、次々に死んで逝く。
それは、いくら綾香でも、追い詰められてしまっても、おかしくはないと思った。
「呪殺は…見たことある?」
美沙が言うのに、真司が頷いた。
「一人は呪殺だった。遺体は伸吾や京介と同じ。全く傷もなく、ただ寝ているようだったが呼吸も止まっていたよ。恐らく占い師に番号を打ち込まれた瞬間、腕輪からあの二人に投与されたのと、同じ薬品が投与されたんだろうな。」
美沙は、少しホッとした顔をした。
「じゃあ、苦しまないのね。」
博正が、頷いて言った。
「襲撃でも同じだよ。襲撃相手を見たら分かるが、死んだように眠ってる。おそらく、薬のせいだろう。なんの恐怖もなく、噛まれて終わり。オレ達が許されているのは、首をひと噛みだけ。大きな狼になるから、殺すのにはそれで充分だけどね。」
そんな制限があるんだ…。
美沙は、心がざわついた。
人狼になるけど、首をひと噛みだけ。相手は、ただ眠っている…。
「…思ったんだけど。」美沙が言った。「もしも村人陣営が勝ったら、どうなるの?吊られた人は、帰されて、それで…ここのこと、誰も言わないの?真司さんや博正だってそう。どうして、言わなかったの?他の人だって。」
真司と博正は、顔を見合わせた。
「オレ達は、人狼だったからさ。人を噛み殺したりした。それにまだ、人狼のままだった。世間で見世物になるのも嫌だったし、金も貰った。黙っていよう、と思った。」
博正が言うのに、真司が言った。
「オレもそうだった。何より、噛んだ人たちへの、負い目があった。他の村人がどうなったのかと、気になったし、今の自分が人外だってことが、世間に口をつぐませた。だが」と、じっと美沙の顔を見た。「オレはここの場所を探したんだ。この体を元に戻したくて。その時、いろいろなことを知った。聞いて見ると、死んでいるのはごく一部のような言い方だった。ほとんどの人は、記憶を改ざんされ、放り出されていた…それを裏付けるように、オレはある精神保養施設で、あの時の村人の一人が生きて収容されているのを見たよ。ただ、そいつは何も覚えてなかったけどね…ただオレを見た時、死ぬほど脅えた。それだけだ。」
美沙は、断片的に見えて来る背景に、少し頭がはっきりとして来た。
さっきまでは恐怖しかなかったが、もっと知りたいと思うようになっていた。今は知識を得て、体を元に戻して、もう二度とこんな所へ来ないで済むように、平和に生きて行きたいだけ…。
「…入力しましょう。」美沙が、言った。「早く、今夜を終わらせてしまおう。」
博正も、真司も頷いた。
二人に見守られながら、美沙はほずみの番号を、ためらいなく押し、0を三回押した。
「今夜は、オレが。」
真司が、博正に言う。博正は、黙って頷いた。
ちくり、と、昨日の夜と同じ痛みが手首に走った。
美沙は、途端に熱くなって来る体に、覚悟していたはずなのに、身を丸めてソファへと沈んだ。
朦朧とする美沙の目の前で、二人の姿が大きく膨れ上がったように見えた。
見る間に顔の外側から黒く細い毛が物凄い勢いで生え揃い、瞳は鋭く金色へと変わった。口は耳の方へと裂け、耳は尖り上へと移動する。
背は丸まり、自然、体が四つんばいへと傾いた。
着ていた服は伸び、ボタンも引き千切れていて、二体の人狼はそれを鬱陶しそうに体から払った。
だが、腕輪だけはしっかりとその腕に巻き付いていた。
《美沙。》
実際には、ウーッとだけ聴こえた気がする。
だが、美沙にはそれが分かった。
《来い。》
二体は、大きな体を駆って、走って行く。
美沙は、昨日よりは頭がすっきりしていることに戸惑い覚えながら、自分の手足も毛に覆われていることに目をつぶり、何も考えずに、ただ二体を追って二階へと向かった。
大きな体の二体は、左側の手前から三番目の部屋の前へと到着した。
博正の方が、自分の部屋へと音もなく走ったかと思うと、あのマスターキーを口に咥えて持って来た。
そうしてそれをほずみの部屋のカードリーダーへとスライドさせると、ピッと軽い音がしてランプが緑に変わる。
開錠された。
もっと何か考えようと思うのに、今目の前で起きていることを確認するぐらいしか頭が働かない。
考えがまとまらず、今からほずみが殺されるというのに、何の感情も湧かなかった。
それよりも、この体の軽さと、解放されるような自由さが、美沙を魅了した。
こんなにも体が軽いなんて。
夢のよう…もうずっと、このままでもいいぐらいだ。
そんなことを思っていると、真司の方が、中へとするりと入って行く。
博正も、それに続いた。
美沙は、遅れてはいけないと、それについて入って行った。
中へ入って行くと、確かにほずみはぐっすりと眠っていた。
そう、不自然なほど、ぴくりとも動かない。
そんなほずみのベッドの上に馬乗りになると、真司は大きく口を開いて、ほずみの左側の首筋に、がぶりと噛み付いた。
途端に、溢れんばかりの鮮血が噴き出して回りを染める。
まるで花のように、数箇所から噴き出した血液は、三体の人狼に降り注いだ。
それを知っていた真司は、口を離す瞬間に脇へと飛びのいていたが、それでも容赦なく鮮血は降り注ぐ。
ただ呆然とそれを眺めていた美沙を、博正が鼻先でぐいと出口側へと押した。
《行け。》
美沙は、なぜか足が思うように動かず、よろよろと出口へと向かった。先に走っていた真司が、振り返った。
《血に酔っている。部屋へ。後はオレが。》
《頼む。》
博正が答えている。
美沙はそこで気が遠くなり、何かの背で揺られているのだけ感じ取れた。
襲撃は、成功していた。




