腕輪の機能
時計は、もう10時をとうに回っていた。
現実を受け入れられずに何度も脈を取ったり胸に耳を押し当ててみたりしたが、やはり京介と伸吾は死んでいた。
何か起こったのか分からず、パニック状態になったが、それでもその現実は消えてはくれない。
いち早く我に返った真司と大樹、博正が手分けして、二人の遺体をそれぞれの部屋へと運んだ。
半狂乱になっていた綾香も、美沙になだめられてやっとおとなしくなりつつあった。
梓と美鈴は、まだ涙を流していたが、それでも博正に慰められて、少し落ち着いて来ていた。
まだ投票結果がテレビに表示されたままの中、みんなで奥のソファに座って脱力していたが、出て行っていた真司がやっと部屋へと戻って来た。
「伸吾の部屋が遠いから手こずった。ついでに、杏子さんの部屋もどうなってるか調べて来たんだ。」
大樹が、少し驚いたように真司を見た。
「杏子さんは、あそこには居ないだろう?ここで吊られたんだから。」
真司は、頷いた。
「でも、杏子さんの荷物は無くなっていた。」
脱力していたみんなが、目を見開いて真司を見た。目に、光が戻って来たような感じだ。
「じゃあ…もしかして杏子さんは帰ったかもしれないの?」
綾香が、もう化粧も取れてしまっている顔ですがるように言った。真司は、首を振った。
「それは分からない。だが、最初にここへ来た時と同じように、何もかもが元に戻っていたんだ。役職カードもないし、ルール説明の紙もない。ベッドも使った様子がない状態だった…多分、それはまた入れ替えたんだとは思うが。」
「オレ達の外出禁止の時間帯に、誰かが来て全て片付けてったってことか。」大樹が、独り言のように言った。「何のためかは分からないが…吊られて追放されたら、少なくても生存の可能性はあるってことか。」
綾香が、見る見る目に生気をみなぎらせた。
「良かった…!じゃあ、もしも勝ち残れなくても、きちんとゲームに参加して吊られて追放されたんなら、帰れるかもしれないのね!」
真司は、綾香を見て首を振った。
「希望を打ち砕きたくないが、吊られようなんて思わない方がいい。死んでいる可能性が高いんだぞ?これだけあっさり犠牲者が出てるんだ。それも、指一本触れないで一瞬で消してしまえる。」
美沙は、まるでいつか見た自動車の衝突実験に使われるダミー人形のように、何の受身も取るとこなく床へと倒れた二人を思い出していた。
本当に、一瞬のことだった。どうやったのか、本当に分からない…。
美沙が震えていると、博正の手がそっと美沙の肩に乗った。美沙は、それに気付いて博正を見ると、無理に微笑んだ。無理をしたので、変な風に引きつってしまった。
博正が、真司の方を見て言った。
「どうやったのか分かるか?オレには、何も見えなかった。だから、壁から何か飛んで来て当たったとかではないと思う。」
真司は、困ったように首をかしげた。
「いや、分からない。オレにも何も見えなかったし。今のところ向こうが接触して来たのは、この腕輪を通しての一方的な放送と、テレビだけだ。」
「腕輪…」大樹が、腕輪を見た。「そうだ、腕輪。もしかして、これで何かしてるんじゃないのか?」
美沙は、それを聞いてハッと思い当たった。
すっかり忘れていた…だが、昨夜自分は、これの中からちくりと痛みを感じて、それから物凄く体調が悪くなったのではなかったか。
それを言おうと思って顔を上げた美沙の腕を、博正の手がきつく握った。
急な痛みに、驚いて博正を見ると、険しい顔をしたまま、真っ直ぐに大樹を見たままだった。
美沙の動きに、誰も気付いた様子はない。だが、隣りの綾香が言った。
「…美沙?何か、心当たりはあるの?今、顔色が悪くなったわ。」
みんなの視線が、美沙へと向かう。美沙は、博正が何か知っていて、言ってはいけない、と指示して来たのだろうと思っていたが、こうなると後には退けず、おずおずと言った。
「あの…昨夜のことなのだけど。急に、腕輪がちくっとして。何だろうと思って見ようとしてたら、すぐに具合が悪くなったの…ものすごく苦しいんだけど、言葉が出なくて。そのまま気を失って、気が付くと朝だった。みんなに言おうと思ってたのに、起きてすぐに恵さんのことでパニックになって、今まですっかり忘れていたの。」
綾香が、顔色を青くした。
「これ…何か仕掛けてあるの?」
大樹が、またパニックになりそうな綾香に、急いで言った。
「でも、美沙ちゃんは生きてる。もしかして、きちんと作動するのか試したんじゃないのか。殺さない程度に発動させて。」
真司が、頷いた。
「有りうるな。美沙ちゃんは№1だ。試すのに使われた可能性はある。それにしても、ということは、これに何か仕込んであって…美沙ちゃんの話だと針のようだから、薬品か何かで殺害してるのか。」
光が、腕輪を憎憎しげにみながら言った。
「そんなに量は要らないもんね。一人一回しか要らないんだし。」
武が言った。
「そんな言い方するな。だが、その可能性が高いな。薬品か…あんな一瞬でなんて、かなり強力なヤツだな。」
光が、あーあと背伸びをした。
「もう、こんなの考えたって仕方ないよ。どうしようもないんだもん。とにかく、早く人狼を吊ってゲームを終わらせなきゃ。」と、テレビ画面を指差した。「ほら、投票結果。これを頭に入れておいて、明日の投票に役立てよう?どうせ明日には、消えちゃってるんだから。」
大樹が、頷いた。
「光の言う通りだ。もう11時だし、もうすぐ部屋へ戻らなきゃならない。今のうちにこれをメモって、食い物持って、部屋へ引き上げよう。残りは、明日だ。」
そう言われて美沙は、画面を見上げた。
相変らず、数字と矢印だけなので、メモるのは簡単だ。今回、№10である奈々美には、3票しか入っていなかった。
それなのに、吊られたのだ。
段々に、票が厳しくなって来る。
分かっていたことだったが、美沙は身震いした。このまま人狼全員が無事で終わりを迎えるなんて、無理かもしれない。今のところ真司が表立って皆を誘導してくれているが、真司が居なくなり、博正まで吊られたりしたら、自分は二人のために人狼陣営を勝利に導けるのだろうか…。
投票先は、こうだった。
綾香、大樹、翔→奈々美
美沙、博正→真司
真司、光→美沙
奈々美、武→綾香
ほずみ、梓→武
麻美、美鈴→大樹
亜里沙→光
美沙は、じっと見つめていて、首をかしげた。真司が自分に入れるのは、昨夜言われていたことだったし、それに自分もだからこそ真司に投票しているので、分かっていたことだった。
でも、光…。
もしかして光は、真司さんが人狼だと、気取っているんだろうか。
最初から白出ししたり、票を合わせたり、何かと真司にアピールしているような気がする。
自分が、狂人だと…。
だが、まずは自分に二票も入っている事実に、戸惑わねばならなかった。
美沙は、困惑した表情を作って、真司を見た。
「どうして私に…?」
真司は、メモを取っていたが視線を上げた。
「迷ったんだ。奈々美さんと、綾香さんと、美沙ちゃん。だからみんなの意見に合わせようと思って、一番票の入らなさそうな美沙ちゃんに入れた。結局奈々美さんだったけどね。」
美沙は、困惑した表情のまま、黙った。すると大樹が、言った。
「こうして発言するからには、ある程度の票は覚悟してたが、麻美ちゃんと美鈴ちゃんはいつも同じように投票するな。疑われてもおかしくないぞ。揃って、人狼だって。」
二人は、表情を硬くする。
すると、こちらから博正が言った。
「それを言うなら、梓とほずみだってそうだ。ほずみは共有者だけど、もしかしたら梓が上手く誘導してるのかもしれない。」
博正は、麻美と美鈴を庇った。
美沙は、無表情にそれを見た。あれは、大切な一票というか、二票を自分に留めておくため…分かってる。
麻美と美鈴は、ホッとしたように博正を見て顔を紅潮させている。
大樹は、ふんと笑った。
「私情は禁物だぞ?どんなヤツにも、人狼カードを引く可能性があるんだ。」
綾香は、自分に票を入れたのが武だと見た途端、半狂乱になって叫んだ。
「あたしは人狼じゃないって言ったでしょ?!あなた、話し合いの時からずっとあたしを疑ってるじゃない!」
武は、横を向いた。
「誰を疑おうがオレの勝手だろうが。吊られなかったんだから、とやかく言うんじゃない。」
綾香は、ぶんぶんと首を振った。
「駄目よ!嫌なのよ…疑われるのが…!」
綾香は、顔を伏せた。美沙が、綾香の手を取った。
「もう、部屋へ戻ろう?綾香さん。今日は朝早くからいろいろあり過ぎて、疲れてるんだよ。さあ。」
綾香は、ぐったりとうなだれながらも、頷いた。
そして、美沙に連れられて、二階へとふらふらと戻って行った。
みんなは不安なまま、一人、また一人と部屋へと戻って行ったのだった。




