二人だけの時間
博正は、脅え切って側を離れない美鈴と麻美と一緒に、ずっとリビングに居た。
それを見て、美沙はいい気はしなかったが、昨日までの美沙のように、変な嫉妬心は湧かなかった。博正は、計算ずくでやっている。あの二人の票を、少なくても自分に入らないようにと、考えている…。
だが、視界の隅に入るのは冷静では居られなかったので、三人とは違う小さい方のリビングに居た。
そこには、綾香や真司、翔や大樹も居て、皆で話をしていた。
「でも…武には悪いけど、もしも恵さんが真占い師だったりしたら?ほら、光が偽だったとして。」
美沙が言うと、大樹が頷いた。
「その可能性はあるな。でも、恐らく違うだろう。」
「どうしてそう思うの?」
綾香が言うと、大樹は苦笑して言った。
「勘。というか、恵さんはあれで、結構脅えてたぞ。亜里沙さんが居たから、表に出せなかったが、オレと二人の時とか、キッチンで水を飲む手が震えてた。見かねて声を掛けたら、役職持ち以外にも、出来ることはあるか、って聞くんだ。どうにかして襲撃を免れたかったんじゃないかな。占い師だったら、人狼を探せばいいんだから、ああは言わないだろう。だから、素村だと思う。」
綾香が、息をついてペットボトルから水を飲んだ。
「じゃあいったい…今夜は、誰を占うんでしょうね。」
「そりゃあ、人狼だと思う人だろうよ。」翔が答えた。「それで、狐がつれたらラッキーだ。どっちが真占い師か分かるだろう?ま、占い指定してなかったら、両方が占ったって言うだろうから、特定は難しいだろうけど。」
綾香は、無表情に言った。
「でも、それが呪殺だってどうして分かるの?あの死に様じゃあ、死体が二つって言っても、どっちも人狼がやったって事でもおかしくはないでしょう。」
それには、真司が答えた。
「呪殺の方は、きっと獣が襲ったようじゃないんじゃないか。どっちにしろ、死体を見たらそれが呪殺かどうか分かると思う。」
「どんな風だと思う?」綾香は、身を乗り出した。「あんな風に、自分でも死んだのか分からない間に死ぬのかしら。」
真司は、困ったように言った。
「分からないな。狐は一匹だろう?まだ居るだろうから、それが死なない限り、なんとも。」
綾香は、椅子の背に体を預けた。
「そうね。それにしても、気が滅入るわ。この調子だと、昨日の杏子も、どうなったのか分からないわね。」
するとそこへ、光が息急ききって入って来た。
「来て!恵さんが…!」
みんな、急なことに慌てて腰を浮かせた。
「なんだ?恵がどうした?!」
光は、戸の外から階段の方を何度も指した。
「居ないんだよ!跡形もなく!」
「ええ?!」
美沙も含めた、皆が叫んだ。光は、地団駄踏むように足をバタバタさせた。
「とにかく早く!見に来てったら!」
大樹が、先に走り出した。
それにつられるように、みんな一斉に二階へと駆け出して行った。
二階に上がると、先に亜里沙と博正、それに麻美と美鈴が到着して、戸の外に立っていた。
大樹を先頭に、皆がそこへ着くと、博正が言った。
「見てみろ。」
後から来た美沙達は、部屋の中を覗いた。
そして、絶句した。
あれだけ凄まじい様子だったベッドが、きれいに整えられたベッドに変わっている。
その上に、シーツにくるまれて寝かされていた恵の姿も、見えなかった。まるで、ベッドごと換えてしまったようだ。
ただ、床などに飛び散った血は、まだそのままだった。
だが、大体はベッドのマットに吸い取られていたので、その量は僅かだった。
「どうなってる…確かに、オレと真司がシーツにくるんで寝かせておいたのに。」
真司は、垂れているベッドのカバーを捲り上げて、下を見た。
「これも…床ごと入れ替わるようになってるのか。」
みると、ベッドの大きさに床に切り込みのようなものがあった。
「地下に何かあるのか…そこへ安置されてるってことか?」
翔が言った。真司は、立ち上がって首を振った。
「分からない。分かるのは、昨日吊られた杏子さんぐらいじゃないか。」
「つまり、吊られるまで分からないってことか。」
大樹が言う。
「知った瞬間に死ぬのかもしれないけどね。」
光が自嘲気味に言った。
美沙は、死体まで回収されてしまうのかと、それを見ていた。怖い…誰がこんなことをさせているのかわからないけど、目的が分からないだけに、本当に、怖い…。
人狼陣営であっても、本当に怖いのは、変わらなかった。分かっているのは、絶対にこれに勝たなければならないということだ。
勝たなければ、生きて帰れる気がしない…。
美沙は、ふつふつと沸きあがって来る恐怖を、無理やりに押さえつけていた。
今夜は、お腹が空いていなかった。
なので、昨日は7時に下へ降りて先に食事を取っていたが、今日は8時になってから降りようと思っていた。
今降りたら、また博正と麻美、美鈴を見ないといけない。
それは、避けたかった。
じっと部屋で時間を待ってボーっとしていると、コンコンとノックの音がした。
「美沙?」
博正?
美沙は、答えた。
「いいよ、開いてる。」
扉が開いた。
博正が、食事を持って立っていた。
「どうしたんだ?今日は食事に降りて来る人数が少ない。」
博正は、後ろ手に鍵を閉めた。美沙は、寝転がっていたのに、ベッドの上に座った。
「え?みんな食べてないの?」
博正は、頷いた。
「みんなって言うか、京介さんも、伸吾も、亜里沙さんも綾香さんも部屋へ篭っててね。部屋に持って行って食べてるんだと思うんだけど。」
博正は、持っていたお盆を、側の机の上に乗せて、美沙の横へ座った。美沙は、昨日のことを思い出して少し、赤くなったが、横を向いて言った。
「…ここに来てていいの?美鈴と麻美が、嫉妬するんじゃない?」
博正は、苦笑して首を振った。
「もういいんだ。あの二人が、美沙に投票しないようにと気を遣ってたんだが、美沙、昼に占って欲しいって名乗り出ただろう?あれで、みんなの中では素村決定したわけで、あの二人が美沙に投票する可能性はなくなった。」
美沙は、それでも横を向いたままだった。
「でも…それからも、あの二人と居たじゃない。」
博正は、わざとため息をついて、美沙の顔をこちらへ向けた。
「確認してたんだよ。あいつらの意識をね。死体を目の当たりにしたら、さすがに私情で殺してる場合じゃないと気付いたようだ。みんなが勝手に素村確定してる、君のことはもう、絶対に吊らないよ。最後の一人にならない限りね。安心していい。」
美沙は、博正を見上げた。
「ねえ、どうして恵さんはああなったの?あれって、こっちで入力したら、勝手にああなっちゃうの?獣の噛み傷みたいだって…私、不安で…、」
「ストップ。」博正は、美沙の唇に触れた。「それは、今夜だ。今は、そんなことを話してて誰かに聞かれたらどうするんだ?」
美沙は、下を向いた。
「それは…そうだけど…鍵も掛けてあるし…。ここは防音設備、半端なくいいし…。」
「だろう?」博正は、そのまま美沙を、ベッドへと押し倒した。「昨日は期待に応えられなかったから、今しようか。」
美沙は一気に真っ赤になった。そして、ぶんぶんと首を振った。
「みんなどこかで起きてるのに!あの、襲撃の段取りが終わってからは?」
すると、博正は急に表情を険しくした。
「いや、終わってからは…恐らく、駄目だ。それどころじゃないだろうな。」
美沙は、急に不安になった。やっぱり、何かあるんだ…。
博正は、そんな美沙の表情を見て、フッと笑った。
「さ、いいじゃないか、今でも。オレ、今がいい。時間は大事だ。」
美沙は、焦って言った。
「でも、あの、私、その…」
「分かってるよ、初めてだろう?」美沙が耳まで赤くした。それを見た博正は、笑った。「オレ、ほんとにずっと美沙だけを見てたんだよ。だから、早くそうなりたい。いいさ、話し合いなんて。少しぐらい遅れても、真司がどうにかしててくれるよ。」
美沙は、こんな時なのに、ドキドキと高鳴る胸を押さえることが出来なかった。
生きて帰る…。
自分は、きっと博正と生きて帰るんだ。
美沙は、心に誓った。




