襲撃の夜
「お邪魔するよ。」
聞き覚えのある声がする。
美沙は、慌てて博正から顔を背けた。
博正が、ふて腐れたように言った。
「何だ、もう少し後にしてくれたら良かったのに。」
美沙は、真っ赤になって顔を覆いながら、指の隙間から声の主を見た。
そこには、真司が立っていた。
「これでも気を遣ったんだがなあ。説明する時間が要るだろうからって、20分ほど遅らせて来た。続きは、後にしてくれ。」
真司にそう言われて、美沙は顔から火が出そうだった。
博正は、別に恥ずかしいわけでもないようで、そんな真司と向かい合って、真顔になった。
「それで、誰を襲撃する?」
真司は、博正を見返した。
「京介。あいつは、絶対にオレから投票を外さないだろう、と言いたいが、京介は駄目だ。」
博正は頷いた。
「逆に真司が人狼だって疑われる。」
真司も、頷き返した。
「あれだけやりあったからな。残した方がいい。それよりも、光はどう思う?狂人か、狐か、それとも真占い師か?」
博正は、うーんと首をかしげた。
「明日の占い結果を見てみないと、なんとも。でも、もしかして真占い師なら、真司に黒出しして来るしな。その前に襲撃した方がいいんだろうか。」
「京介がオレに固執してるからな…もし、あいつがオレに白出ししてくれたら、京介も折れるよりないだろうに。」
博正は、じっと真司を見た。
「じゃあ、今夜はただの村人を?」
真司は、頷いた。
「その方が、無難だろう。占い師には生きててもらわないと、狐のことがある。それにしても、誰が狐か検討もつかない。お前、誰かたらし込んでまた相手の役職聞いて来てくれよ。」
博正は、はあ?と見るからに嫌そうな顔をした。
「役職持ちが、女とは限らないだろう?まあ、翔とは話すが、あれは素村(ただの村人)だな。伸吾のびびりっぷりはお見事と言う感じだし、綾香さんは役職カード放り出して鍵も開けたまま爆睡してたってことだし…。」
真司は、ため息をついた。
「じゃあ、今夜は素村か。だが、博正が言った奴らは目立って素村だから、他の奴の方がいい。梓、奈々美、恵、亜里沙辺りがおどおどしてて回りの言いなりっぽかったから、多分素村だ。そこから選ぼう。」と、美沙を見た。「美沙ちゃんは、誰から消すのがいいと思う?」
本当は、京介、と言いたいところだった。
真司が人狼なら、尚更生き残ってもらわねばならないので、今一番邪魔なのは、京介なのだ。
だが、今夜すぐに襲撃したら、疑われる。
その論理は分かった。
「…恵さんは?結構しっかり回りを見てて、社会人だからなのか、話し出したら説得力がありそう。営業マンだし。」
それを聞いて、博正と真司は、目を合わせて頷きあった。
「よし。じゃあ、今夜は恵を襲撃する。後はオレ達でやっとくから、美沙ちゃんは今日のところは部屋で休んでくれたらいいよ。」
美沙は、二人の顔を代わる代わる見た。
「でも、番号を打つだけなら、待ってますけど。」
真司は、ちらと博正を見たが、首を振った。
「いや、今日は止めといた方がいい。明日は、頼むかもしれない。」
美沙は、不安になった。
「あの、それで明日の投票は?私、誰に入れたらいいですか。」
「…何にしろ話次第だが、一度お互いに投票して置いた方がいいと思うんだ。人数が残ってるうちに、後々疑われた時のため。つまり、明日博正に票が少なそうだったら博正に、オレに少なそうだったらオレに入れておくんだ。オレ達も、美沙ちゃんに入れる。だから少し、攻撃的なことを言うかもしれないよ。そこは、うまくかわせるように言い訳は考えておいてくれ。」
美沙は、それでも不安だった。
「でも…。」
博正は、美沙の肩に手を置いた。
「大丈夫だよ、オレも真司も居る。それに、まだ分からないけど、狂人も居るんだ。生き残ってみせる。」
真司も、隣りで頷く。美沙は、下を向いた。
「…なんだか、とっても不安で。」
博正は、フッと笑った。
「襲撃が終わったらそっちへ行くよ。だから、部屋で待っててくれ。」
美沙は、まだ不安だったが、それでも二人がここに居させてくれそうにない。
仕方なく立ち上がると、二人を振り返りながら、リビングを出て行った。
それを見送ってから、真司が言った。
「…それで、お前がやるか?博正。」
博正は、険しい顔をしながら、頷いた。
「やる。どちらにしろ、美沙には明日覚悟してもらうとして、今夜は、オレが。」
真司は、頷いて時計を見た。
「もう、美沙ちゃんも部屋へ入っただろう。じゃあ、入力しろ。」
時計は、午前1時に近付いている。
博正は、腕を上げて、恵の番号、8を入力して、0を三回押した。
美沙は、部屋へ帰って鍵を掛けた。
ここの防音設備のことについては知っているが、鍵をかける音が聴こえないかと、細心の注意を払って電子キーを操作した。
だが、ここは一番端の部屋で、隣りは杏子、今日吊るされた子の部屋だった。
空室なので、万に一つも聞かれることはないはずなのだが、とても気になったのだ。
博正達は、番号を入力したのだろうか、とベッドに横になって考えていると、急に、腕輪を巻いている辺りが、チクリと痛んだ。
「イタ…ッ!」
美沙は、慌てて痛んだ箇所を見ようとしたが、腕輪の下なので見えない。どうにかして腕輪を剥がせないかと腕を回して見ていると、急に体がカーッと熱くなって来た。
「え…?!なに…?!」
クラクラする。
美沙は、眩暈で視界が狭まるのを感じた。耳の中で、何かの音がグアングアンと鳴っている。見えるのは白い天井の一部分だけ、だがそれはかなり鮮明だった。
体が熱い。
まるで燃えるようだ。
体中が焼け付くような痛みに苛まれ、美沙は意識が遠くなっていた。それでも、なぜか音は鮮明に聴こえ、相変らず狭い視界の一部分だけははっきりと、鮮明に見えた。
「うう…!」
美沙は、呻いた。しかしその声も、まるで自分の声ではないようだった。獣の声。そう、獣の声だ。
体が熱い。じっとしていられない。
ベッドの上でのたうち回りながら、何か言おうとしても口から出る言葉は形をなさなかった。必死に言葉にしようとしているのに、美沙の舌は思うように動かなかった。
それなのに、なぜか体の奥底から大きな力が湧き出るようで、体を動かすたびにその溢れる力を感じて、快感にも似た感覚が美沙を支配し、遠い意識の向こうで美沙は恍惚となっていた。
そうして、そのわけの分からない感覚に飲まれているうちに、美沙はフッと、意識を失った。
「美沙…美沙。」
誰かが、呼んでいる。
美沙は、ハッと目を開いた。
気が付くと、博正が疲れ切った様子で美沙を覗き込んでいた。それでも、その目には気遣わしさを感じた。
「博正…?あれ、私…。」
博正は、頷いて美沙の横に崩れるように寝転がると、美沙を抱きしめた。
「終わった。大丈夫、やっぱり誰にも守られてなかった。多分本当に、杏子は狩人だったんだ。」
美沙は、段々にはっきりとして来た頭で、博正を見上げて言った。
「博正、私さっき腕輪に痛みを感じたの。それで…それで体が熱くなって、気を失って…。」
博正は、頷いた。
「分かってる。だけど説明は明日。」
博正は、美沙に口付けた。美沙はそれを受けながら、もしかして、このまま…と、動悸が激しくなるのを感じた。
博正は、唇を放して、意地悪げに微笑んだ。
「なに?何か期待した?」
美沙は、途端に真っ赤になって否定した。
「そんなこと!期待なんて…!」
しかし、博正は弱々しく笑って、言った。
「期待に応えたいけど、今夜はもう無理だな。すごく疲れた…時間まで、ここで寝ていい?」
美沙は、見るからに憔悴し切っている博正に、急に心配になって言った。
「いいけど…大丈夫?」
博正は、頷いた。
「大丈夫だ。疲れただけだよ。」
そう言って、博正はすーっと眠りに入って行った。
博正の髪からは、鉄がかびたような匂いがした。
その匂いに、恐怖のような感情と、興奮のようなものが湧きあがってきそうになって、美沙は慌ててそれを押さえつけたのだった。




